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意外な解決法

 この世界には魔力が満ちている。

 魔力は魔獣を生み出す原因となる一方で、世界に活力や恵みも与えている。魔力自体に善悪は存在せず、ただ力として世界を循環しているのだ。


 そう。魔力は停滞せず、常に流動している。


 だが、時には魔力の供給が多すぎる等の理由で、循環が上手くいかず流れが停滞してしまう事がある。

 そうした時間が長くなれば魔獣の出現率は増えるし、最悪の場合は魔力溜まりとなって変異種などが生まれることもある。


 ここで重要な役割を果たすのがジン達が求めている『マドレンの花』、つまり『吸魔花』だ。

 この花の役割は、そうした魔力溜まり等の原因となる余剰魔力をその身に蓄える事だ。蓄えられた魔力は時間をかけて地中へと流され、そうする事で周囲の魔力量を調整する役割を持っているのだ。

 だからこの吸魔花はどこにでも生えているというものではなく、魔力が溜まりやすい場所にだけ咲く花と言える。


 実はジン達が戦った魔獣も、長い間この場所にいたために少しずつ吸魔花から魔力を吸われ、若干弱体化していたのだ。

 地面に強く根を張って丸まった状態で休んでいたのも、吸魔花に魔力を吸い取られないようにするためだ。

 そんな弱体化した相手と戦ったジン達は、ある意味運が良かったと言える。


 しかし、こうした性質を持つ吸魔花だが、もしこれを全て採取しつくしたらどうなるだろうか?


 そして、これこそが遥かな過去に大きな災害を引き起こし、文明を衰退させた原因なのだ。


 ここでユニコーンは世界の仕組みを語るのを止め、静かにジン達に問いかける。


「《お前達には信じられるか? お前達が未開拓地と呼ぶあの場所にいくつもの国があり、そこに多くの人や獣が住んでいた事を》」


 どこか懐かしむように投げかけられる言葉は、同時に悲しみにも満ちていた。


 現在のこの世界では、人の支配領域は居住可能な土地のおよそ半分といったところだ。未開拓地と呼ばれる、魔獣の影響が強くて人の住めない土地も多い。

 しかし数千年以上の昔、人はその八割近くの場所で生活し、その暮らしぶりも現在より進んだものだった。魔獣による被害は皆無ではなかったが、それでも充分対処できていた。

 国同士の小競り合いも無いわけではなかったが、大規模な戦争が無い分、それでも比較的平和だったと言える。

 だが、そんな時に一つの発見がなされた。


 『マドレンの花』の魔力をその身に蓄えるという性質が発見され、それにより『吸魔花』とも呼ばれるようになった。

 それだけならば未だ良かったのだが、大陸中央に存在した当時一番進んだ文明を持った大国で、吸魔花の性質を利用して己の魔力を上げる薬が開発された。


 当時は必要魔力こそ大きいものの、現在以上に強力な魔法が存在していた。

 本来は高レベルの魔術師しか使えないはずのそうした魔法も、薬で魔力を上げることで比較的低レベルな者まで扱う事ができるようになった。

 こうして一部の人間が魔力を上げて強力な魔法を使い、本来なら敵うはずの無い高ランクの魔獣を狩ってレベルを上げる行為を盛んに行った。それはこの世界における『レベルが高ければ高いほど老化は遅くなり、寿命も伸びる』という法則故だ。

 つまり、その大国の特権階級が望んだのは、古来よりの人の業である『不老長寿』だったという事だ。


 こうしてその薬の製法は一部の特権階級に広まり、多くの者がこぞって魔力を上げる事に夢中になり始めた。


 そうして得た、強大な力に酔ってしまう者も多かったのだろう。

 レベルアップを果たしただけでは治まらずに、自制心を忘れて傍若無人な振る舞いに及ぶ者も少なくはなく、ついには国同士の小競り合いが戦争という形にまで進む事さえもあった。

 そうした流れの中で、『マドレンの花』は凄まじい勢いでその数を減らしていったのである。


 その事により起こり得る危険性を考えたのは、ごく一部の人間でしかなかった。


 『マドレンの花』の数が減り、処理しきれなくなった魔力は多くの魔獣を生み出し、同時に発生した魔力溜まりは強力な変異種も生み出した。行き場を失った魔力の反動か、その数は膨大なものだった。

 そうして増えた魔獣により、考えられないほど大規模な襲撃、『暴走スタンピード』が引き起こされ、多くの国々が呑まれていった。吸魔花のおかげで高い魔力やレベルを誇る者もある程度の数は存在したが、その程度で対応できる規模ではなかったのだ。


 そして何とかその暴走をやり過ごす事が来た頃には、人類の居住する領域は以前の半分以下になってしまっていた。


 その後も、魔力供給のバランスが崩れた事で発生する魔獣の襲撃に耐えながら、長い時間をかけてようやくここまで復興したのだ。

 ただ、『マドレンの花』を乱獲していた当人達が全滅した為に、こうした事情は一般には伝わっておらず、ただ過去に大規模な魔獣の暴走があったという記録だけが残っている状態だ。

 また、その過程で多くの強力な魔法や技術などが失われ、現代には伝わっていない物も多い。ごく一部の文献でその痕跡を見る事もできるが、遺失魔法ロストマジック遺失技術ロストテクノロジーと呼ばれる眉唾物の話としか捉えられていない。


 こうして、この過ちによって文明は大きく後退し、現在のような魔獣の脅威が強い世界となってしまった。

 それからは残された『マドレンの花』が咲く場所の多くを聖獣が守護するようになり、二度とこのような過ちがおきないように守ってきたのだ。



 ジン達は、こうして語られた歴史に言葉も出ない。一部の人間の欲により、当時どれ程の人が亡くなったのだろうか。

 失ったものの大きさと、先程言われた「世界の危機を招きかねない」との言葉の意味を、ジン達はようやく理解する事が出来た。


「《しかし『滅魔薬』とはよく言ったものよ。この吸魔花を使って、魔力を滅するような薬を作る事は出来ん。実際に出来るのは、魔力量を増やす『増魔薬』なのだからな》」


 その物言いではビーンが嘘を吐いているようにも聞こえ、ジンは否定したかった。しかし、『マドレンの花びら』には魔力が蓄えられているという話を考えると、上手く反論できなかった。

 しかし、それでもジンは、ビーンが嘘を吐いているとは全く思っていなかった。


「《ああ、別にお前達が嘘を吐いているとは言っていない。わざわざ逆の意味の名前をつけたのも、魔力を増やすと言うイメージを消したかったのだろうし、他にも何らかの意図があるのかもしれないしな》」


 ジンの葛藤を感じたのか、そうフォローを入れるユニコーン。


「《だから、今度はお前が『魔力熱』とやらについて詳しく話すがよい。その症状や原因を知れば、何故『マドレンの花』を求めたのかも分かるやもしれん》」


 その勧めに従い、ジンは自分が知る限りの詳しい話をした。


 病にかかっている子供の年齢は、13歳未満がほとんどな事。

 何らかの理由で過剰供給されている魔力に、子供の未成熟な体が耐え切れず、発熱という形で魔力を発散しようとして起こる病だという事。

 病の進行には三段階あり、残された時間は後二週間程度だという事。

 その病名と仕組みなどは、自分の『鑑定』というスキルで調べたものだという事。

 『滅魔薬』は調合士によって禁忌とされ、極めて厳重に秘密が守られている事。

 年代は分からないが、随分昔にこの『滅魔薬』を使って治療したという記録が残っている事。


 ジンが全てを話し終えると、黙って聞いていたユニコーンが思念を飛ばす。


「《なるほどな。『マドレンの花』を使って作る薬が、何故その病気に有効なのか分かった。魔力に耐えられない為に発熱するのだから、耐えられるように魔力量を薬で増やそうというのだろう。しかし……》」


 そこで一旦言いよどむが、ジンにもその言わんとしている事がわかった。


「《一時的には増えた魔力容量で持ち直すだろうが、原因となる魔力異常が解決しない限り、根本的な解決にはならんな》」


 確かに一時的には病は治まるだろうが、過剰供給される魔力の問題が解決しない限り、いずれその増えた容量を超えて再び発熱するだろう。


 実際ビーンのレシピにある『滅魔薬』は、遥か過去の『増魔薬』を薄めたようなものだ。少ない材料で多くの治療薬が出来る分、上昇する魔力は微々たるものだ。

 この事はジンもビーンさえも知らない事実だったが、増える魔力容量が少ない分、ユニコーンの言うように再発する可能性は高い。


 過去の記録でも、増えた魔力で耐えられていた間に原因となった魔力異常が治まった為、その後再発がなかったのだろう。

 勿論、今回も『滅魔薬』によって病が治まっている間に、原因の魔力異常が解決する可能性もある。しかし、世界の危機を覚悟しても根本的な解決にならないのは、ジン達にとって己の無力さを噛み締める事実だ。



「《人はただ生活しているだけで魔力を吸収し、自然とその身に蓄える事が出来る。魔獣が人を襲うのも、その蓄えた魔力に惹かれるためだ》」


 ユニコーンが唐突に語り始める。


「《人は魔力を蓄える事が出来るが、当然蓄えきれない魔力は自然と放出されるものだ。少なくとも人の体は自然と対応できるようになっている》」


「ですが、実際に子供達は……」


「《そう、問題はそこよ》」


「《そうした魔力を放出する部分が未成熟な子供達・・・だから、多過ぎて処理しきれない魔力が悪さをしたのだ。だが、それなら何故13歳という年齢で上手く放出できるようになるのだ? 確か人間の13歳はまだ未成熟だったはずだろう?》」


 13歳といえば中学一年生くらいだ。発育が良い者もいない訳ではないが、まだまだ子供のような者も多い。そう考えると、13歳を境にこの病気がぱったりと見られなくなるのは、言われて見れば確かにおかしいとジンは思う。


「《吾は人の営みに詳しくはないが、何か13歳で行う儀式などはないのか?》」


 ジンは仲間の顔を見る。まだまだジンは、この世界の習慣について疎いのだ。


「13歳…… 儀式……」


 アリア達も頭を必死にめぐらせる。そしてジンも、一つだけ記憶の海から浮かび上がった物があった。


「「「「生活魔法!?」」」」


 奇しくも、四人の口から同じ言葉が出た。

 しかしこれが正解かは未だ分からない。ジンはユニコーンに生活(基本)魔法について説明し、その意見を請うた。


「《間違いないだろうな》」


 そしてその口から、お墨付きが出た。


「《魔法を習得するという事は、効率的な魔力放出の回路が出来るということでもあるからな》」


 ここでようやく、ジン達の顔に笑顔が浮かぶ。


 これはつまり、「溜まってしまったなら、出せばいい」という事だ。溜まった魔力は、魔法としてなら簡単に外に出してしまえるのだ。

 言われて見れば簡単な事だが、ジン達にこの発想は無かった。

 元々、基本魔法が13歳以上とされているのは、魔法を悪戯などに使わないように分別のつく年齢まで待っているだけの事なのだ。

 一番年齢の低いアイリスで4歳と、確かに早すぎる魔法の習得ではある。しかし、きちんと教え込めば少なくとも危険な悪戯はしないだろうし、何より命には代えられないのだ。


「《答えは出たようだな。どうだ、まだ『マドレンの花』は必要か?》」


 そう問いかけるユニコーンの思念には、これまでにない暖かな感情が感じられた。


「いえ、確かにもう必要はありません。この治療法があれば、リエンツの街の子供達を救う事ができますし、今後他の場所でも『魔力熱』で命を落とす子供は出なくなると思います。本当にありがとうございます」


 ジンに続き、アリア達も口々に感謝の気持ちを伝える。

 魔力を増やすという秘密を知られる危険性のある『滅魔薬』と違い、この方法ならばその心配は要らないし、しかも根本的な病の治療法となるのだ。

ジン達はこの旅に出てから、ようやく心の底から喜べたような気がしていた。


「《では、去るがよい。この地は吾が守護する場所。吾との約束を忘れる事がないようにな》」


 代々アポス村に伝わってきた「山に入らない」という決まりは、この聖獣が守護する場所が山の上にあるからだ。今はもう理由は忘れ去られてしまったが、それは遥かな過去に初代のアポス村村長との間に交わされた約束だった。

 

「ありがとうございました。このご恩は決して忘れません。今後何か私でお役に立てるような事があれば、いつでも言ってください」


 ジンは改めて深々と頭を下げ、それに続くようにアリア達も頭を下げる。

 当初の予定とは違うが、この出会い無しに現在の状況はなかったのだ。

 これで子供達を救えると、ジン達の心は深い感謝と明るい希望で満たされていた。


「それでは、あ……」


 ジンは呼びかけようとして、「聖獣様」も「ユニコーンさん」も違うなと、言葉に詰まってしまう。


「申し訳ありません。もし宜しければ、お名前をお聞かせ願えませんか?」


 もしかすると聖獣の名前には何か特別な意味がある可能性もあるが、最後くらいはちゃんと名前を言ってお別れしたいと、ジンは思い切って訪ねる。


「《ふっ。くっくっく。名前を聞かれるのは随分久しぶりだな。よかろう、吾が名はペルグリューン。だが、この名を記録する事も、軽々しく他人に話す事もするなよ?》」


「はい。ではペルグリューンさん、本当にありがとうございました」


「「「ありがとうございました!!」」」


 このまま長居する訳にもいかない。最後にそう全員でお礼を言い、その場を去ろうとした。


「《おっと。ジン、手を出せ。忘れ物だ》」


 言われるがまま出したジンの手の上に、空間魔法で飛ばされていた右手の手甲等の装備が出現する。

 ちなみに、蔦魔獣の素材や魔石についてはスルーしている。少なくとも自分達が処理して良いものではないという判断だった。


 そしてそれだけでは終わらず、ペルグリューンがジン達の側に近づいて来る。


「《ついでにびだ》」


 ジン達のすぐそばまで来たペルグリューンのその思念と共に、ジン達は一瞬何か半透明の球体に包まれたかと思うと、次の瞬間にはさっきまでとは違う場所に転移していた。

 何となく見覚えのあるこの場所は、ジン達がこの山を登った初日に通ったところだった。


「《では、さらばだ》」


 突然の移動に戸惑うジン達にそう別れを告げると、ペルグリューンは再び転移してこの場を去った。


 ペルグリューンは先程詫びと言ったが、もしかすると子供達を気遣ってこうして転移してくれたのかもしれない。

 これで約二日かかるはずだった下山の時間が、一気に短縮された事になる。


「「「「ありがとうございました!」」」」


 ジン達はペルグリューンがいるであろう山頂に向かい、再び深く頭を下げる。

 たっぷり2秒は頭を下げた後、顔を上げたジンは口を開く。


「よし、急いで帰ろう!」


 ジンはアリア達に向かい、そう満面の笑顔で言った。


 子供達が病から解放されるのも、もうあと少しだった。

お読みいただいてありがとうございます。

今回の話は楽しんでいただけましたでしょうか?


お気づきの方も多いかもしれませんが、基本魔法の取得時期を16歳から13歳に変更しています。

数日前に念の為に確認してこのミスに気付きました。

何を思って16にしていたのやら、このせいで基本魔法が解決法になると気付かなかった方も多いかと思います。せっかくの想像する楽しみを奪ってしまうような結果となり、申し訳ありません。


次回は8日か9日の予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 挨拶や礼節を大事にする姿勢は素晴らしい。 [気になる点] >何らかの理由で過剰供給されている魔力に、子供の未成熟な体が耐え切れず、発熱という形で魔力を発散しようとして起こる病だという事。 …
[一言] 3人からジンへのお説教は移動中か全部終わってからかな? なんにせよ叱られることが増え続けてるので大変だろうなー
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