段取り完了
「以上が私の『鑑定』により判明した『魔力熱』の仕組みです。では、次に対策についてですが……」
冒険者ギルドのとある一室では、ジンによって今回子供達に蔓延している病の説明がされているところだ。
会議室の大きなテーブルの上には地図が数枚重ねて置かれ、さらには薬草図鑑などの資料もいくつか積まれている。
参加者はギルド側からマスターであるグレッグと職員のアリアが、依頼主側としては神殿長のクラークが出席しており、オブザーバー兼アドバイザーという形でジン達パーティの三人が加わっている。
初めて話を聞くグレッグは勿論の事、そこにいる全員が例外なく真剣にジンの話を聞いていた。
「以上のように対策は二つあります。一つは病の原因である魔力を過剰供給している何かを見つけて排除する事ですが、これは現状では見通しが立っていません。しかし、それでも今後の事を考えれば放置するわけにはいかないと思います」
ジンの台詞に全員が頷く。
例え今回は治療薬を用意出来たとしても、原因究明が成されなければ根本的な解決にはならないのだ。昔の記録がそうだからと言って、今回もいつか自然に収まるだろうという判断は楽観的すぎるだろう。
また、この魔力の過剰供給が子供達を病で苦しめるだけでなく、更なる災厄を呼び込む可能性も否定できないのだ。
「二つ目が『滅魔薬』の作成ですが、先程も申し上げたように材料となる『マドレンの花びら』に関しては場所も分かっていますので、これは現段階で充分実現可能だと思われます」
ジンはテーブルに置かれた地図を広げ、縮尺をあわせた〔MAP〕をその地図と重ねる。勿論〔MAP〕はジンにしか見えていない状態だ。
ちなみにジンは〔MAP〕の事を、『地図』というスキルだと説明している。もちろん正確には『メニュー』というユニークスキルの一形態なのだが、説明が難しいので便宜上そうしているのだ。
「私の『地図』によると、このあたりが『マドレンの花びら』がある場所だと思われます」
ジンが指し示す場所はこの街から北西の方向にある山の辺りで、その近くには村もあるようだ。
地理的に言うとリエンツの街は王都のかなり南に位置し、王都に比較的近い北西方面には街もいくつか存在する。ただ、目的地近くの『アポス村』との直線上には街は存在しておらず、いくつか比較的近いところに村が点在しているだけだ。
「遠いな」
難しい顔をしたまま、そうボソッとグレッグが言葉を発した。
「はい、少し遠いですが、馬車等を使えば大丈夫じゃないでしょうか?」
「そうですね。『アポス村』まで六日前後というところでしょうか」
ジンの問いにアリアが答えるが、それはジンの予想とそう遠く無い答えだった。
「念のため一日多く見積もったとして往復で14日、山の探索で同じく7日見ても合計21日で戻って来れますので最終段階の一ヶ月までは充分間に合います。また、薬の作成は2日もあれば可能ですし、神殿の『治癒魔法』で進行が遅くなる事を考えると大丈夫なのではないかと思われます」
だが、これはあくまで最長を考えた話だ。現実に苦しんでいる子供達がいる以上、可能な限り早く採取を終わらせて戻ってくるのが当然だろう。さらに言えばアイリスのような小さい子供達は体力が心配であるし、その他の子供達も今後風邪などの病気を発症する可能性もあるので尚更だ。
一日も早い『マドレンの花びら』の依頼達成が望まれており、ジン達にはそれが可能だった。
「此処で問題なのは『滅魔薬』と『マドレンの花びら』の名前を出すわけにはいかないという事です。また、ギルドにも嘘の依頼と報告を黙認いただき、記録にも残さない形にしていただけないでしょうか。どちらも理由は先程お話しした通りです」
ここはビーンの信頼を裏切らない為にも、ジンにとって譲れない処だった。グレッグならば承諾してくれるという気持ちはあったが、ギルドマスターの立場で言えば断るべきところだ。だからジンは万一グレッグが断った場合も、それならそれで良いとおもっている。
何故なら最悪ギルドを通さず神殿との直接依頼という形も取る事が出来るし、今回このようにしてギルドで話したのも情報共有の意味もあったからだ。特に原因究明や不測の事態への備えに関しては、やはり冒険者ギルドの力に頼るところが大きいのだ。
「そんな事は問題ではない。その程度の泥は喜んでかぶろう」
しかしそんなジンの懸念を軽く一蹴し、そうグレッグはあっさりと言った。
その態度に「やっぱりグレッグさんだな」と信頼と納得の笑みを浮かべるジンだったが、それとは対照的にグレッグの顔は未だ難しい顔のままだ。
「ありがとうござ」「ただし!」
ジンの言葉を遮ってグレッグが続ける。
「もう一つ問題がある。ジン、お前の冒険者ランクは何だ?」
グレッグのその言葉にジンはハッと気付かされる。
「そうだ、街を跨ぐ様な依頼はCランク以上と決まっている。いくらお前達の実力がCランクに近いものであっても、現在はまだDランクだ。しかもお前達が行こうとしている『ダズール山脈』は、CランクだけでなくBランクの魔獣も出る可能性がある場所だ。お前達には未だ危険すぎる。俺がBランク冒険者を呼び寄せるから、そいつらに任せろ」
これはグレッグにとっても苦渋の選択だ。勿論今回はスピードが重要である事は理解しているが、だからと言ってルールを無視してジン達を行かせる訳にはいかない。何故なら、このルールは経験の少ないジン達を死なせない為のものだからだ。
「それは不可能です。私は『マドレンの花』の場所は分かっても、その花の姿形は分かりませんので教える事も出来ません」
ジンはグレッグの気持ちを理解しつつも、ここで素直に頷くわけにはいかない。
「ならばお前が彼らに同行すればいい。それなら俺も安心して送る事ができる」
実際グレッグの言う事はもっともだ。失敗が許されない依頼だからこそ、確実さを求めるのも間違いではない。
ジンもそれが理解できないわけではないし、自分一人の問題であれば受け入れたかもしれない。それにグレッグが心配しているところも、何となくジンには理解できていた。
恐らく、最後の一文がグレッグの本音だろう。
しかし、それでもジンには受け入れられない理由があった。
「心配してくださってありがとうございます。確かにグレッグさんの紹介なら、その人達も信用が置ける人たちなのでしょう。ですが、私は自分の目で確認したわけでも無い人達に、これ以上『滅魔薬』について広めるわけにはいきません」
ビーンが言った禁忌という言葉は伊達ではない。それを聞いた以上、自分には秘密を守る義務と責任があるとジンは考えているのだ。
「それに、『地図』の使い方は探しものだけではありません。魔獣を対象にする事で極力戦闘を避ける事も可能ですので、道中の危険度は減ります」
「しかし……」「それに!」
グレッグが反論しようとするのを遮って、ジンは話を続ける。
「相手が人でも問題ありません」
ジンはグレッグから視線を逸らさず、二つの意味を込めてそう言った。
訪れた僅かな沈黙の後、グレッグは思わず浮き上がっていた腰を落として深く椅子に沈みこんだ。
「あと、これはまあ大した理由ではないのですが、私には他にも話していない秘密がまだ結構あります」
ジンは元々必要であれば隠す気はなかった事もあり、蛇足になるかなと思いつつそう言った。
しかし、図らずもこの台詞がグレッグにとっては止めとなり、何かを吐き出すようにグレッグが大きなため息をついた。
「これ以上ジンさんのことを広めるのは、現段階ではちょっとまずいでしょうね」
その変化を察したのか、これまで沈黙していたクラークがグレッグの気持ちを代弁した。
守る為にとろうとした行為で、逆に危険を呼び込むのであれば本末転倒だ。
ジンの人柄を知っているグレッグ達だからこそ、ジンの規格外な所も受け入れる事ができるのだ。しかし、これが初見でジンの特異性を見せられた場合、果たしてそれを受け入れる事が出来るかと考えると怪しくなってくる。
ましてやジンの冒険者ランクはまだDで、現状ではその力に説得力も無いのだ。この事がばれた時にまだ自分の身を守るすべを持っていない現状では、そんなリスクを犯すべきではない。
それは年長者であるグレッグとクラーク、そしてアリアの共通した意識だった。
ちなみに同じ年長者の経験を持つジンだったが、エルザやレイチェルと同様にその危険性を理解してはいた。だから信頼していない人達への自分の情報公開には消極的だったのだが、必要であれば仕方ないし、その時はその時だとも考えていた。
少し吹っ切れすぎなのかもしれない。
また、同時にグレッグが心配するジン達の戦力補充については、そこにいるジンを含む全員が必要性を感じていた。
より依頼の確実性を上げる為、それぞれの頭の中では候補となる人物やグループが浮かんでは消えていた。
そんな決定打にかける思考の中、一人の人物が名乗りを上げた。そしてその人物を最終的な候補に上げていたのは、グレッグただ一人だった。
「私が行きます」
自らそう名乗りを上げたのは、もちろんアリアだ。
「私はギルド職員ですが、同時にCランクの冒険者でもあります。実力に関してはギルド長がお分かりかと思います」
アリアが元腕利きの冒険者だったとは聞いていたし、信頼できる仲間としてジン達の頭をよぎったのも事実だ。しかし現役を離れて6年も経ち、ギルド職員としてのイメージも強かったが故に、ジン達は最終的には候補から外していた。
「俺をギルド長と呼ぶな。……しかしそうだな。頼めるか、アリア?」
しかし、それはグレッグにとっては最適な選択だった。
本当なら自らジン達に同行したいところだったが、リエンツギルドのTOP2であるグレッグとメリンダの二人には、戦力の面から長期の不在は許されていない。また、原因不明の魔力異常がある現状があるので尚更だ。
今後起こりうる、不測の事態にも備えておかねばならないのだ。
「アリアはランクこそCだが、このギルドでは俺とメリンダに次ぐ実力を持つ。ギルド職員となってからも何度か俺達の手伝いをしてもらってるし、ブランクは考えなくて良い」
緊急の高ランク依頼などで冒険者が対応できない場合など、ランクが高いギルド職員がその依頼をこなす事がある。その依頼に、グレッグやメリンダはアリアをよく同行させていた。
初めのうちこそ半ば強引に連れ出していたが、すぐにアリアも自ら進んで依頼に同行するようになった。そこから冒険者に復帰するとまではいかなかったが、グレッグ達が考えたリハビリの意味では充分その役目を果たしていた。
アリアの他にも元Bランクの職員も数名いるのだが、彼らよりレベルは低くとも実力はアリアの方が上なのだ。特に最近ではグレッグやメリンダに対人の訓練を依頼したり、休日には一人で冒険に出かけるなど、自らを鍛え上げる事に余念が無かった。
何故アリアが最近変わったのか、それは最近のアリアの変化を知る者全てが想像する通りの理由だ。
「ジンさん、エルザさん、レイチェルさん。私の同行を認めてもらえませんか?」
「ありがとうございます。お願いします」
「心強いです」
「助かります」
グレッグが太鼓判を押す実力ならば、ジン達に断る理由などない。信頼できる頼もしい仲間が増える事に三人はそれぞれ喜び、心からアリアに感謝していた。
「ただし!」
その一言で、グレッグは場に再び緊張をもたらす。
「今回の依頼をお前らに任せるには、一つ条件がある。いや、条件というより約束だな」
グレッグはそう言うと、ジン達の顔を厳しい表情で一人一人見詰めた。
「アリアが殺せと言ったら、ためらわず殺せ。これだけだ」
グレッグが何を言いたいのか、ジン達にはすぐに分かった。確かに、いざと言うときに心理的ブレーキがかかる可能性は低くない。だからここで『約束』させるのだろう。
「「「はい!」」」
ジン達はまっすぐにグレッグを見詰め、怯む事無く返事をした。
「よし。では、今回の依頼をジン達三人のCランク昇格試験とする。ギルドからの同行者兼見届け役はアリアだ。昇格試験故に詳細は一般には発表されないし、書類には適当な内容をでっち上げとくから任せておけ。あと、馬車についてはギルドで手配するんで、お前達は今日中に食料などの旅の準備をすませろ。いいな?」
「はい。ただ、馬車は出来れば4人乗りのスピード重視のタイプでお願いします」
ジンの要望にグレッグは首をひねる。
「そうなるとあまり荷が積めないぞ? 途中、村に寄って補給するつもりか?」
「いえ、私にはこれが有りますので」
グレッグのその疑問に、ジンは〔道具袋〕を開く事で答えた。
ジンは正面に現れた円盤状のゲートに手を突っ込むと、次々とその中から食べ物やポーション等を取り出してテーブルの上に並べた。
空中に浮かんだ円から次々に出されるその様子は、何処かコミカルでありつつも、やはり異様な光景だ。
「これに食料や水等の旅に必要なものは全て入れて運べますから、馬車は四人が乗れるだけのスペースがあれば充分なんですよ」
ジンは軽くそう言うが、その他の全員は驚きのあまり声も出ない。
「これは『空間魔法』でしょうか?」
かろうじてアリアが自らの知識の中から、この現象に当てはまりそうなものを探し出して口にした。
「ああ。ちょっと違うと思います。えっと、そうですね。『無限収納』というスキルだと思ってください」
やっぱり空間魔法は存在するんだなと嬉しく思いながら、ジンは『地図』に続いて適当なスキルをでっちあげる。
今回ジンが〔道具袋〕を公開したのも、グレッグにスピード重視の理由を分かってもらう為に必要だと判断したからだ。しかしこれは〔鑑定〕や〔MAP〕と違い、直接目の前で見せられるのでグレッグ達には強烈な印象を与えた。
「ジン」
「はい、何でしょう?」
グレッグがジンに呼びかけ、ジンも素直に答える。
「自重しろ」
グレッグのその台詞に、ジン以外の全員が大きく頷く。それは、彼ら全員の総意だった。
「ええ?!」
いくら皆を信頼しているとは言え、ジンも考える必要はあるだろう。
やはり、ちょっと吹っ切りすぎなジンだった。
ちょっと体調悪くて遅くなりました。おかしい所があれば後日修正します。
宜しければご意見ご感想をお聞かせください。
次回、ようやくジン達は出発の予定です。
次回は12日か13日の予定です。
宜しければ活動報告もご覧下さい。
ありがとうございました。