希望への道筋
何とか仕上がったので一日早めて投稿します。
『魔力病』という名称を『魔力熱』に変更しました。
オルト宅を出たジンは、アイリスとの約束を胸に神殿へと向かった。
目的はクラークとの会談だ。
「クラークさん。この度は無理を言って申し訳ありません」
そこはクラークの執務室だ。
ジンは急に押しかけた上に人払いまでお願いした無作法をクラークに詫びた。
「いえ、それで大事なお話とは何でしょう?」
クラークもジンが理由も無しにこのような事をするとは思っていない。良し悪しは別にして、ジンが何か変化をもたらすのだろうと推測していた。
「はい。子供達がかかっている病気の名前が判明しました。『魔力熱』、別名を『魔力過多症』です」
「!?」
ジンの前置きなしのその台詞の内容に、クラークは言葉を失う。
「ここだけの話にして欲しいのですが、私は『鑑定』というスキルを所持しています。今回の病名はそのスキルを使用してわかったことです」
ジンは淡々と言葉を重ねる。
魔力熱とは魔力に何らかの理由で負荷がかかり、それに対応できなくなった体が発熱という形でその魔力を発散しようとしている状態の事を言う。
高熱が一日程度続き、また平常に戻る初期段階。次に高熱が二日以上続き、その後微熱状態が続く中期段階。最後は高熱がずっと続く最終段階と、その症状は進行していく。
初期段階と中期段階の期間はそれぞれ一、二ヶ月程度で、もし最終段階になればもう長くはもたない。
現在の状況は中期段階にあたり、最終段階まであと一ヶ月程度しか時間は残されていない。
「どうですか、クラークさん。これで治療は可能でしょうか?」
〔鑑定〕によってここまでの情報がわかった。これで〔治療〕の魔法も効くのではとジンは期待していた。
しかしクラークは首を横に振った。
「いえ、残念ながら魔力が関係する病には『治療』の効果も高くないのです。しかし進行を抑えることは出来ると思います。その間に魔力異常を引き起こす原因を見つけて無くす事が出来れば、あるいは症状も治まるかもしれません」
それはジンの求める答えではなかったものの、まだ何とかなる可能性があった。
「ちょっとすみません」
そうクラークはジンに一言断りを入れ、机に積んであったファイルの一つを手に取った。そしていくつもの付箋が貼ってある箇所をそれぞれ確認していき、少し時間をかけてようやく最後のファイルに目当てのページを発見した。
「ありました。正確な年代は不明ですが、同じような症状の病気があったと記録が残っていました。その時もやはり魔法での治療は出来ず、薬師の方と協力して薬を処方したようですね。『滅魔薬』と言うそうです」
随分物騒な名前の薬だが、薬の名前が分かったのは大きい。
「残念ですが、この時も病の原因は不明です。勿論薬のレシピも載っていません。ですが……」
「はい。ビーンさんなら分かる可能性がありますね」
ジンがクラークの言葉を引き取る。
「ええ、もしビーンさん本人が分からなくても、その伝手をたどっていけば可能性はあります」
実際はいつの時代の病気かも分からない程古い記録だ。決して楽観視できるような状況ではない。
しかしそう言うクラークは勿論、頷くジンの顔にも希望の色があった。
「クラークさん。早速私はビーンさんの所へ向かおうと思いますが、クラークさんはどうされますか?」
「ご一緒します。これは神殿としても正式に依頼すべき事ですので」
ジンは貴重な情報をもたらしたとは言え、あくまで一介の冒険者に過ぎない。だから実際はクラークに付いて行くのがジンなのだが、本人達はそのような事は気にしていない。
それは上下関係や立場を超え、ある意味同じ目標に向かって進む仲間が持つ思考だ。
此処で褒めるべきはジンの告白を無条件で信じて共に行動する、そのクラークの度量の大きさなのかもしれない。
その後ジンとクラークは足早にビーンの店へと向かい、到着後すぐに別室でビーンとジン達三人だけで面談をした。
「…………」
その場でジン達は『魔力病』や『滅魔薬』など、知る事を全て包み隠さず話した。勿論ジンの『鑑定』についてもだ。それはビーンにとっても希望が持てる話だったのだが、その話が『滅魔薬』という言葉が出た頃からビーンの表情が厳しくなっていった。
不安に思いつつもジンが『滅魔薬』について心当たりを尋ねたところが現在の状況であり、その答えがこのビーンの沈黙であった。
「……分かりました」
ジン達は辛抱強く待ち続け、ビーンは長い沈黙の後にようやくそう言った。
「お待たせして申し訳ありませんでした。ですが事が禁忌に属するものでしたので慎重にならざるを得ませんでした」
そう言ってビーンは二人に頭を下げ、真剣な目でジン達を見詰める。
「私は師匠から禁忌とされている薬のレシピをいくつか授かっています。それらについて分かっているのは薬の名前と材料や製法のみで、その効果等は私も知りません。ですが万一これらの薬が世に広まれば世界に大きな混乱をもたらす事になると聞かされております。本来なら焼き捨てるべきものであるはずですが、今回の様に稀に発生する一部の病気には特効薬となる等の理由で、こうしてレシピとして存在しております」
ここでビーンは一旦言葉を切り、大きく息を吐いた。
調合士本人ですら効果を知らない禁忌の薬。ただ、病気の治療の為に神殿等から要請があった時にだけ、こうして作成を検討するのだろう。
「現在これらの禁忌のレシピを所持している調合士が何人いるかは分かりませんが、所持している可能性がある事自体が秘密である事はご理解いただけると思います。ジンさんも自らの秘密を話してくださっているのに申し訳なかったのですが、事が世界にかかわる事でしたので即答できませんでした。申し訳ありません」
確かにもし悪辣な人間がこの事実を知れば、脅迫でも何でもしてその秘密を探ろうとするだろう。
調合士達の安全の為である事は勿論、その結果世界に災厄が訪れる可能性を考えるとビーンが慎重になるのも無理は無い。
「いえ。ビーンさんの考えは間違っておられません。話してくださってありがとうございます。必ず秘密は守ります」
「ジンさんのおっしゃるとおりですね。ビーンさん、ありがとうございます。私も神に誓って秘密を守ります」
恐らく相手が信用できないのであれば、禁忌を知る調合士は薬の存在は知らないで通すのだろう。
それはビーン達にとっても助けられるはずの命を見捨てる事になる苦渋の選択だ。それでもそうせざるを得ない可能性がある程重大な秘密なのだ。
ジン達はその秘密を話してくれたビーンに感謝こそすれ、不満になど思うはずがない。
「ありがとうございます。確認して来ますので、少しこのままお待ちいただけますでしょうか」
そうしてジン達の了承を得たビーンは席を外し、10分以上経った後に再び戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。『滅魔薬』のレシピは確かに存在したのですが、材料に私も初めて聞くものがありました。『マドレンの花びら』というものです」
これで振り出しに戻ったと考えたのか、そう言うビーンの表情は固い。確かにせっかく必要な薬がわかったと思えば、今度は熟練した調合士であるビーンでさえ初めて聞く花が材料だ。その調べ物の困難さを想像したのだろう。
しかし、名前さえわかれば問題ない。
「大丈夫です」
力強く断言したジンはすぐに〔MAP〕で『マドレンの花』を検索して探し出す。
どうやらマドレンの花は群生地しか存在してないようで、しかも咲いている場所は少なかった。リエンツの街に一番近い場所でもかなりの距離があり、検索範囲を二倍にしてようやく次の群生地が見つかるほどだ。
〔MAP〕上のその光点が指し示す場所は、探索済みのリエンツの街周辺とは違ってまだ靄がかかったようにしか表示されず、ある程度近くまで行かない事には詳細は不明だ。
「はっきりした事はわかりませんが、大体の場所は分かりました」
今回ジンは〔MAP〕をビーン達にも見えるようにしたわけではないが、使っている事自体を隠す気もなかった。
その為ビーン達はジンが何らかのスキルのようなものを使った結果、そう断言したのだと理解した。しかし『鑑定』に続く新たなスキルの実質的な告白に、ビーン達も驚きを隠せない。
どちらもビーン達が存在すら知らなかったスキルで、客観的に見ると『鑑定』に続く二つ目のレア、もしくはユニークスキルとなる。
実際ジンのステータス上のユニークスキルは『メニュー』のみだが、この世界に持ち込んだスキルは全て実質的にはユニークスキルと言って良い。
LV:MAXとなったスキルは勿論、LV:1だった『鑑定』でさえこの世界のものとは似て非なるものだ。実際この世界ではレアスキルにあたる『鑑定』だが、この世界のものは制限も多くて生物も対象外と、ジンが使うそれとは別物だ。
これらの事実をジンは知らないが、仮に知っていたとしても行動は変わらなかっただろう。
ジンは今回のこの病を治す為に真に必要とあれば、誰にでも何でも教えるつもりなのだ。それが信頼するクラークやビーン相手なのだから、そこで躊躇うはずが無い。
「私もジンさんの秘密を守ります」
「ええ、当然私も神に誓って守ります」
ビーンやクラークがわざわざそう言うのも無理は無い。二人の理解としてはジンのスキルは「探し物の場所を見つけるスキル」というものだが、それだけでもその有用性は計り知れない。もしこの事が広まれば、人材確保の為に国や組織が動き出すのは間違いが無いだろう。
ジンがビーン達の信頼を裏切らないように、ビーン達もジンの信頼を裏切るつもりは無いのだ。
「ありがとうございます。それでは今後の方針なのですが……」
ジンは二人の気持ちに感謝し、その後三人で細かい打ち合わせを行った。
グレッグには全てを話すが、病気とは関係の無い神殿からの採取依頼と言う形をとる事。
用心の為、『滅魔薬』や『マドレンの花』の存在はグレッグとエルザ達パーティメンバーのみに伝える事。
薬の作成難易度が高くない事もあり、秘密保持の為に作成はビーンとジンの二人だけで行う事。
薬が完成した後は、神殿が薬の名前を伏せて配布する事。
アイリスや孤児院の二人などの低年齢の病人へは特に注意し、定期的に診断と治療魔法をかける事。
万一の事態に備え、ジンが持つ複製ポーションを孤児院のヒルダに6本、残り10本すべてをクラークに預ける事。
最後のポーションの存在が再びビーン達に衝撃を与えたのは想像に難くないだろう。
こうして三人で色々な事を話し合った後、ジンとクラークは一旦解散して一時間後にギルドで集合する事にした。
事はジンだけの問題ではなく、エルザやレイチェルにも関わってくる。だから今度はグレッグとジンのパーティメンバーであるエルザ達も交えての話し合いの予定だ。
ビーンは用心の為に薬作成以外には関わらないようにするので、その場には不参加だ。
レイチェルへの連絡はクラークが、エルザへの連絡はビーンが手配する事になっている。
そうしてジンは一旦クラークと別れ、一人孤児院に向かった。
「わかりました。ジンさん、ありがとう」
孤児院の一室でヒルダがジンに微笑みかける。
テーブルの上には6本の複製ポーションが置かれていた。
そうしてポーションの説明等、やるべき事を終えて帰ろうとしたジンだったが、ヒルダに引き止められてしまう。
「少し待っていてくださるかしら」
そう言うとヒルダが部屋を出て行き、しばらくすると今度は二人で戻ってきた。
「ジンさん!? 何故ここに?」
恐らく手伝いに来ていたのだろう、そのもう一人とはアリアだった。
「子供達の件でヒルダさんに少しお話が有りまして」
当然ジンはアリアにもポーションの事を隠すつもりが無い。ジンは話を続けようとしたが、それを遮るようにヒルダが言葉を発した。
「アリア、まずお座りなさい。それとジンさん。私は席を外すからアリアに話せる事があるのなら話してあげて」
そう言ってヒルダはジンの返事を待たず、アリアの背中をポンポンと励ますように叩くと、ポーションを持って部屋を出て行った。
ヒルダのこの行動の理由を一言で言えば、恐らくは老婆心となるのだろう。
しかしいきなり二人きりにされるという展開にジンは少し混乱してしまい、向かい合わせに座ったアリアに何をどう話したものかと考え込んだせいで無言になってしまった。
その沈黙を破ったのはアリアだった。
「ジンさん。ヒルダ先生が何を思ってああおっしゃられたのかは私には分かりませんが、もし私で何かお役に立てるようであれば話していただけませんか?」
アリアの目は真剣で、且つどこかすがるようだった。
その目を見て、ジンの腹は一瞬で決まった。
「役に立てる立てないは関係なく、私が何をやろうとしているのか聞いてもらえますか?」
そうしてジンはアリアに全てを話した。
さすがに『滅魔薬』に関してはエルザ達に話すつもりのレベルまでしか伝えなかったが、その他の〔鑑定〕を含むこれまでの経緯や今後の方針などは勿論、〔MAP〕に関してもエルザ達が知るのと同等の情報は明かした。
それはアリアにとって驚愕の連続であり、それと同時に歓喜の時間でもあった。
そう、病気は治るのだ。
こうしてジンの全ての話が終わり、その話を真剣に聞いていたアリアが口を開いた。
「ジンさん、私もグレッグさん達との会合に参加させてください。必ずお役に立ちます」
その目はさっきの話をする前のものとは違い、今は強い決意の光が感じられた。
「(うん、こっちの方が断然良いな)」
ジンは自然と微笑み、そして答えた。
「はい、お願いします」
そうしてつられて微笑むアリアの顔を確認した後、ジンは立ち上がってアリアに悪戯っぽく笑いかける。
「では一緒にグレッグさんに会いに行きますか。我らが敬愛するギルドマスターにね」
そうウィンクでもしそうな口調でジンが話したその事実は、つい先程のビーン達との会話で知ったものだ。
だがそれはジンにとって驚きつつも納得がいくものであったし、だからと言って何か態度が変わるようなものでもない。
それは単にグレッグをからかうネタが増えただけの事で、大事なものは何も変わらないのだ。
次回は9日か、遅くとも10日までには何とかしたいと思います。
ありがとうございました。