鍛冶魔法
ジン達の引越しパーティの正式な日程が決まり、開催まで後八日となった。招待客には既に連絡済で、それぞれの参加予定も確認している。
そんな中、本日の調合修行を終えたジンは、ガンツの下を訪れていた。
「おおー、良いですねー」
ガンツより手渡されたその武器は、先日ジンがガンツに依頼した特注の長柄武器だ。と言っても黒鉄製ではない。ガンツがこれまでに作った事が無い初めての武器という事も有り、まずは鋼鉄で作ってジンが実際に使い勝手を確かめる事になっているのだ。そしてその結果を踏まえ、様々な修正を施した後に黒鉄で作成する手はずとなっている。
その剣身は小剣程の長さで厚みもあり、普通の剣より頑丈なつくりだ。また、剣の向きに合わせて長柄の部分は楕円形になっており、握っただけで剣の向きが分かる様になっている。
これが日本刀なら薙刀だが、剣身は所謂西洋剣の作りで両刃だ。細かいところは違うが、しいて言えばグレイブという呼び名になるだろうか。いずれにせよそれはジンの想像以上に良い出来だった。
「魔獣相手に振り回す事を考えて、剣身は丈夫さ優先で厚くしている。槍として使う事も考えれば、幅も長さもこれぐらいが最大だと思う。まあ、実戦で使ってみて何か問題があれば言ってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
ジンの嬉しさを隠せないその返事に、ガンツも満足そうに頷いた。
「それにしても、ガンツさんは凄いですね。この鎧もそうですけど、どうやったらこんな凄い物を作る事が出来るのですか?」
ジンの槍は剣身から長柄の部分まで、継ぎ目一つ無い全て鋼鉄製の作りだ。柄の部分には所々皮で滑り止めが巻いてあるとはいえ、全長3m近い長さがあるのに継ぎ目が見当たらない理由が分からない。それに鎧にもマッドアントの甲殻を加工した均一な大きさの板や部品等がたくさん使われており、ジンにしてみればどうやったらこんな事ができるのか見当がつかないのだ。
「何だ? ジンは鍛冶に興味があるのか?」
ガンツは自慢のあごひげを撫でながら、面白そうな目でジンを見つめた。
「自分が出来るとは思いませんが、興味は有りますよ、そりゃあ」
ゲーム好きの日本人男性にとって御馴染みの村正を初めとして、名刀や名剣には男心をくすぐる何かがあるものだ。たまにTVで特集されていた刀鍛冶の作業風景なども、ジンにとって非常に興味深いものだった。元の世界では刀剣を所有する事は無かったが、包丁は刀鍛冶が作ったものを購入して使っていた事もある程だ。ちなみにその切れ味はさすがの一言で、研ぎに技術がいるので業者に頼む等の手間は掛かるものの、その満足度はかなり高かった。
「ふむ、なら見てみるか? どうせこの後はエルザ嬢ちゃん達の鎧の続きをやるつもりだったからな」
「是非お願いします」
ガンツの誘いにジンは躊躇無く頷き、半ばガンツをせき立てるように奥の仕事場へと向かった。
「おおー、大分出来てますね」
ジンの視線の先には、エルザやレイチェルの鎧と思しきものがある。細かいところはまだまだだが、そのフォルムは既に立派な鎧だ。
「まだ時間は掛かるがな。よし、今日は炉も温めてないし、たぶんお前が一番知りたいであろう『変形魔法』を見せてやる」
ジンにとってそのフレーズは初めてのものだが、ガンツはお前が知りたい事はわかっているとばかりの態度だ。
ガンツは作業机の前に座り、小さめのマッドアントクイーンの甲殻を取り出してその上に乗せた。そしてジンがその作業を見守る中、ガンツは素材に両手をかざす。そしてガンツの呟きと共に丸みを帯びた甲殻がゆっくりと変化していき、見る見るうちに一枚の板状へと形を変えた。それはジンの鎧で見た部品の一つと同じ物だった。
「どうだ? これが所謂『鍛冶魔法』の一つ、『変形魔法』だ」
驚きで声が出ないジンをニヤニヤと見ながらガンツが言った。
「凄いです」
ジンは驚きのあまりその一言しか出せない。正直言って炎を以って鉄を打つという刀鍛冶のイメージが強すぎて、ジンの中では魔法の存在と結びついていなかったのだ。
しかしその事実を知れば、なるほどこのような魔法で加工していたのであればこそのこの鎧の出来なんだなとジンは納得していた。
「鍛冶は今日は無理だが、こっちの魔法の方なら見せられるからな。さっきも自分の鎧を触ってたし、こういうのが知りたかったんだろう?」
ガンツの言葉にジンは頷くしか出来ない。ジンが知りたかった事をまさにピンポイントで当てられた形だ。
またこの時ジンは、この魔法の可能性を色々と考えていたのだ。
素材さえあれば記憶にある調理の便利グッズを再現できそうだな。大根なんかをすりおろす為のおろし金が欲しかったし、泡立て器も欲しいな。必要ないけど、普通のスプーンを先割れスプーンとかにもできそうだな。細い針金みたいなのが作れれば、茶漉しやフライ用のおたまとかもいけるな。
などと、特に料理関係で想像は膨らむばかりだ。
「嬉しそうなところを何だが、これは何でも変形できるという訳ではないからな?」
その台詞に反応するジンを確認してガンツは話を続けるが、その内容はこうだ。
魔力が元となって存在する魔獣素材等は同じ魔力を使う『変形魔法』と相性が良いが、普通の鉄や石のような魔力があまり通っていない素材については効果が薄い。魔獣素材以外については、通常の鍛冶の手順を踏んだ上でないとほぼ効果を発揮しないと言ってよいのだ。
さらに言えば魔獣素材も加工する術者の魔力と時間をかけて馴染ませなければ、同様に効果は薄い。
魔獣に限らず、基本的に人も無意識に魔力を放出しており、その魔力が素材に浸透する事で初めて魔法が効果を十全に発揮する事が出来るのだ。今回かなりの速さで加工が完了したのも、ジンがガンツに素材を渡してから時間が経っている分だけガンツの魔力と馴染んでいるからだ。
またジンの鎧で言えば、既に時間が経ち今ではガンツよりジンの魔力と馴染んでいる為、仮にガンツが加工魔法をかけたとしても、その効果は前ほどではない。だからジンが考えていた程応用が効く魔法ではなく、敵の装甲を薄くする等の攻撃転用も難しいのは事実だ。
とは言え手順さえきちんと踏めば、調理器具の再現等はありえない話ではないし、可能性を感じさせる魔法だとジンは捉えている。
また、この他にも武器防具の損傷を同種素材を使って補修する『修復魔法』と、今回のジンのグレイブのように別々に作った部品同士を融合させて一つにする『融合魔法』がある。どちらも『変形魔法』と同様に制限はあるものの、便利な魔法である事実は変わらない。
そしてこの三つを総称して『鍛冶魔法』と言い、これは『基本魔法』と同じく魔法文字を使用しない魔法だ。
「勉強になりました」
ガンツの説明を全て聞き終え、ジンは深々と頭を下げて礼を言った。
「しかし、特に『修復魔法』は是非身に付けておきたい魔法ですね」
今後起こりうる長期間の冒険においては、武器防具の損耗率は命にかかわる。タイミング良く町に戻る事が出来ればガンツに依頼する事も可能だが、そうで無い場合がほとんどだろう。
今後のパーティの為にと、その重要性を感じているジンだった。
「その通りだな。一流どころのパーティには必ずこの魔法を使えるものが居るもんだ。別にこいつは俺達ドワーフの専売特許という訳ではないしな。とは言え、鍛冶を経験したものじゃないと、まずこの『鍛冶魔法』には目覚めないだろうな」
そう言いながら意味深にジンを見つめるガンツ。恐らくは次にジンが言い出すことも分かっているのだろう。
「ガンツさん。魔法目当てという不純な動機で申し訳ないのですが、私に鍛冶を教えてもらえないでしょうか」
ジンはあくまで冒険者であり、鍛冶師ではない。ビーンの時もそうだったが、誇りある専門の職人から自分に都合の良い技術だけを貰う事に申し訳ない気持ちになるのも事実だ。だがそれはジンなりに考え、必要だから行動に移したものだ。
だからせめて嘘を吐かず、ただひたすら真剣にジンはお願いをするだけだ。
「鍛冶よりも魔法が目当てか?」
「はい」
ガンツの視線から目を逸らさず、ジンは正直に答えた。
「ふむ、まあいいだろう」
そしてあっさりとガンツはジンの鍛冶修行を了承した。
断られて当然だと考えていたジンはそれでも何度でもお願いするつもりだったが、ガンツの意外な承諾の言葉に嬉しさよりも驚きの方が先にたってしまった。
「俺もそうだったが、鍛冶屋から冒険者になるものは少なくは無い。くだらん奴に教えるつもりは無いが、お前なら目的もはっきりしているし構わんよ」
そこまで言って一旦言葉を止め、ガンツはニヤリと笑みを浮かべる。
「普通は冒険の片手間で身につくようなもんじゃないが、お前なら出来そうな気がするしな」
「ありがとうございます!」
ジンはガンツに深く感謝して頭を下げた。
こうしてビーンによる調合修行に続き、ガンツによる鍛冶修行が始まった。
ジンが真剣に、そして嬉々として修行に取り組んだのは言うまでも無い。
ギリギリの投稿で申し訳ありません。
本当はもう少しだけ頑張るつもりだったのですが、今後は2日に1回のペースの更新ではなく3~4日に1回のペースに戻させていただきます。
申し訳ありませんがご了承ください。
次回は29日か30日の予定です。
宜しければ今後とも宜しくお願いします。