初めての討伐依頼
「よし、こいつにするか」
ジンはそう言いながら、依頼書を掲示板から剥がした。それは『マグナ村の害獣退治』というEランクの依頼だ。
これまでは依頼といえば採取依頼ばかりを行っていたジンだったが、いよいよ討伐依頼を受ける事にしたのだ。その理由の一つに、近く行う予定のレイチェルとの臨時パーティがある事は言うまでも無いだろう。
討伐対象が魔獣ではなく普通の獣というEランク依頼の中でもさほど危険度が高くない依頼だが、ジンは初めての討伐依頼には丁度良いだろうと思ったのだ。
「おはようございます、アリアさん。受付をお願いします」
「おはようございます、ジンさん」
ジンが渡した依頼書を受け取り、アリアは受付処理を進める。いつもと違う依頼内容に、アリアは軽く眉を寄せた。
「お待たせしました。初めての討伐依頼ですね。ジンさんなら大丈夫だとは思いますが、気をつけて下さいね」
受付処理を終えたアリアは、そうジンに告げる。
「はい、ありがとうございます。充分気をつけますね。ではアリアさん、行って来ます」
アリアが心配してくれているのを感じたジンは、アリアを安心させる為にも笑顔でそう言った。
「はい、行ってらっしゃい、ジンさん」
そしてアリアも少し表情を緩め、笑顔でジンを見送った。そしてジンは送られる幸せを感じつつ、マグナ村に向けて出発した。
マグナ村までは、徒歩で1時間程度の距離だ。ジンがいるリエンツの街の周辺には、マグナ村のような集落がいくつか存在する。それぞれ農業や牧畜などの一次産業を主にしており、そこにはリエンツの街から派遣されたバークのような兵士が交代で守っている。だが兵士の役目は村を守る事なので、今回のような害獣退治は冒険者の仕事なのだ。いくら害獣退治とは言え、当然魔獣に襲われる危険性もあるのでなおさらだ。
そうして到着したマグナ村は、まさにのどかな西洋の農村のイメージどおりだ。麦や野菜を栽培しているマグナ村では、大人達が忙しそうに畑の世話をしている。そして子供達はその手伝いをする者もいれば、もっと小さな子供達の面倒を見ている子もいる。はしゃぐ子供達の笑い声が響き、それは明るくて活力を感じる光景だ。
街とはまた違った風情のあるその光景は、ジンにとって新鮮で楽しい。ニコニコと笑顔で村の様子を見ながら、出会った人々に挨拶をするジン。そしてそのまま、依頼の窓口である村長の家へと向かった。
「こんにちは。害獣退治の依頼で参りました、ジンと申します」
「これはご丁寧に。マグナ村の村長をしておりますエランです」
エランは体つきこそがっしりしているものの、髪も髭も真っ白だ。だが交わす握手は力強く、ひとかどの人物の様にジンには感じられた。
そしてエランと挨拶を交わしたジンは、害獣の種類や被害の多い箇所等の聞き取りをする。
ここ最近猪が原因と思われる被害が増えてきており、恐らく近くの森から来ているのであろうとの事だ。魔獣は生物しか襲わないので、作物に被害が出るとなれば犯人は獣という事になる。
ジンに依頼されたのは猪を二頭以上狩る事だが、その他の獲物も持って帰ってくれば村で買い取ってくれるので無駄にはならない。宿泊先は兵士も泊まる宿舎兼宿屋の一室だ。期間は最大三日間宿泊可能だが、ジンは出来るだけ今日一泊するだけで依頼を終わらせるつもりだ。
「それでは早速行って来ます」
「無理はなされぬよう。気をつけていってらっしゃい」
エランの見送りを受け、聞き取りを済ませたジンは早速弓を装備して行動を開始する。やはり射程距離を考えると、弓が一番狩りに向いているのだ。
まずジンが最初に行ったのは、〔MAP〕で猪を検索して確認する事だ。前情報どおり森に複数の反応があった。そしてジンは一旦その情報を消去すると、〔MAP〕の設定を「危険性が高いか、敵意以上の反応を持つ個体のみ表示」に戻す。
前回変異種が持つ〔隠密〕のせいで〔気配察知〕がギリギリでしか反応しなかった事もあり、〔気配察知〕はもちろん〔MAP〕も必ず対象を発見出来るとは限らないとジンは用心している。だからジンは〔気配察知〕のレベルを最優先で上げるつもりでこうしているのだ。
〔気配察知〕に加えて〔隠密〕も意識して、気配や足音などに注意しながらジンは森へと向かう。また途中風下に移動して、匂いで気付かれないようにもする。そうして森に入ってしばらくした頃、ジンは問題なく2頭の猪を見つける事が出来た。
ジンは身を隠したままゆっくりと弓を構え、〔装備〕を使って矢を手元に出現させて弓を引く。そしてしっかりと狙いを定めると、猪目掛けて矢を放った。
放たれた矢は見事に一頭に突き刺さるが、そこでジンは止まらない。矢を放った直後に再び〔装備〕で別の矢を手元に出現させると、続けざまに二射目、三射目と矢を放つ。そして合計四射の矢を放ったところで、やっと一呼吸置くジン。二頭の猪にはそれぞれ二本ずつ矢が突き刺さり、既にその動きを止めていた。
「ふううっ」
思わず安堵のため息を漏らすジン。警戒しつつ猪に近づくが、間違いなく既に死んでいる状態だ。
ジンは二頭の足をそれぞれロープで縛ると、そのまま太い木の枝に猪を吊るして速やかにその場で血抜きをした。
「しかし、やっぱ結構くるな」
やはりこうして獣を狩る事は、生命を奪う事を否応も無く感じさせる行為だ。これまでの様に他の第三者と一緒にした狩りとは違い、ジンは一人で行う事で余計にそれを強く感じた。
「我ながらへたれだな。生きる為には当たり前の事なはずなんだが」
元の世界でも猪などの害獣被害はあったし、それら害獣を狩る猟師もいた。そこまで直接的なものではなくとも、普通にスーパーでパック詰めされた肉や魚を食べているのだ。それらも元は生きていたという事に違いは無い。ジンには新人研修でグレッグがいった言葉が思い出される。
「俺達は忘れてはいけない。奪った命に対する敬意を……だな」
ジンは二頭に手を合わせ、拝んだ。
そして血抜きが終わり、出た血等は〔アース〕を使って穴を掘って埋めている。ジンは木から降ろした大きな猪二頭を、両肩に一頭ずつ担いだ。 ジンの肩から、ロープで足を括られた猪が垂れ下がっている形だ。
「重いな。いきなり二頭は間違ったかもしれないな」
そうぼやきつつもジンは、一頭100kg以上は確実にあるそれを肩に担いだまま村へと歩き出す。それを可能とするのは、レベルアップによる高いステータスだ。 そして程なくして、ジンは無事村へと到着した。
しかし二頭の猪を両肩に担いで歩くジンの姿が、目立たないわけが無い。農作業している大人はともかく、遊んでいた小さな子供達が興味深げに集まってきた。
「おっきいいのししだー」「お兄ちゃん力持ちだねー」「強いんだねー」
などと屈託なく話しかけてくる子供達に、ジンも楽しげに返す。
「ありがとねー。でも危ないからまだ触っちゃ駄目だよー。猪を地面に下ろしたら触ってもいいからね」
そうしてはしゃぐ子供達の声に呼ばれたのか、家に着く前に村長のエランが出てきた。
「お疲れ様。見事なお手並みだな」
「ありがとうございます。一応血抜きはしてありますが、何処に置いたら良いでしょうか?」
そしてジンはエランの指示に従って猪を下ろし、子供達に触ってもいいよと許可を出した。後でちゃんと手を洗う事を約束させ、喜んで猪を触る子供達を見て目を細めるジン。 そしてエランに向き直ると、今後について尋ねた。
「これで依頼の二頭は達成した事になりますが、もう少し狩った方がいいでしょうか?」
「そうしてもらえると助かるが、果たしてお前さん程の腕の持ち主をこの程度の仕事で拘束するのはどうかとも思うな」
そうエランは話を続ける。
「わしも長い事冒険者を見てきているが、たった数時間で二頭を狩った上に一人で両肩に担いで持って帰ってくる冒険者は初めてだ。こうしてあまり得の無い依頼を引き受けてくれるお前さんの厚意は嬉しいが、もっと他にお前さんにはやるべき事が多いと思うんでな。無理は言えんよ」
肉体的なレベルアップは魔獣を倒す事でしか成されない。さらに言えば獣を狩っても魔石は出ない。魔獣を対象とした依頼に比べ、獣が対象の依頼は実入りが少ないのは事実だ。
エランはその獣の討伐依頼をあっという間にこなし、さらには追加で狩ってくれるというジンの厚意には感謝していたが、だからこそジンの事を気遣ってそう言ったのだ。
「お気遣いありがとうございます。ご忠告に感謝します」
ジンもそのエランの気遣いを感じて素直に礼を言った。そして少し考えた後に、方針を伝える。
「それではエランさん、私はこれからもう一度狩りに行って来ます。そして今晩この村で一泊させてもらった後に、明日朝一番で街に戻ろうと思います。それでよろしいですか?」
もとより一泊は最初から予定の内だし、時刻もまだ昼を少し過ぎた程度なので問題ない。
「願っても無い事だが、いいのかね?」
「はい。このまますぐ帰った場合と、大した違いはありませんしね。あと、もしよければ台車のようなものを貸していただければ、獲物を持って帰ってくるのに苦労が無くて助かります。さすがに担いで持って帰るのは疲れましたし」
そう最後は冗談交じりに、ジンは希望を伝える。
「ははっ。すぐ用意しよう。助かるよ、ありがとう」
村長の礼に笑顔で返し、ジンは再度猪狩りに向かう事にした。
ただ、その前に猪を散々触って汚れた子供達の手を、〔ウォータ〕を使って洗い流す事は忘れないジンだった。
「「ジン兄ちゃん、ありがとー、がんばってねー」」
子供達の声援に見送られ、意気揚々と狩りへと向かうジン。そして夕方頃に追加で大きな猪を三頭も仕留めて戻ってきたジンを、今度は子供だけでなく大人も交じって歓迎した。
五頭もの猪が獲れたので、ジンはその内の一頭は売らずに腿肉等の約1/3程度だけを貰って、残りは村へと寄贈した。そしてジンは村の奥様方と一緒になって料理をし、そのままジン寄贈の猪を使った宴会へとなだれ込んだ。ジンは子供達や大人達、そして交替で非番になった兵士達と一緒になって楽しんだ。
ジンにとってこうして人々に囲まれて過ごす事は、この世界の一員である事を確認する儀式のようなものなのかもしれない。ジンはこの世界に生きている事を実感し、そして感謝して楽しい時を過ごした。
次回は23日前後の予定です。
ありがとうございました。