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アリアとレイチェルのエトセトラ

「よし、だいたいこんなもんかな。 お疲れ、ジン」


 そう言うグレッグの台詞で、ようやくジンは解放された。


「はい、お疲れ様です。 でも、くれぐれも無理はしない事を徹底させてくださいね」


「ああ、わかってる。 怪我しない為の準備運動なのに、逆に怪我されたら本末転倒もいいとこだからな」


 ジンの念押しにグレッグも答える。 初心者講習の時にジンが行った準備運動を広める為に、ラジオ体操やストレッチの詳しいやり方や考え方を伝えていたのだ。 実際にやって見せながらだったので、朝から始めたこの打ち合わせはもう既に昼過ぎだ。

 今日伝えた事は同席していたギルド職員がまとめた後、まずはギルド職員で試してみる事になっている。 そして問題なければ冒険者へと教える事になっているのだ。


「ラジオ体操をギルド開始前に職員全員で行い、それを毎朝の習慣にするのも良いかも知れません。 事務職も健康第一ですからね」


 過去に会社では始業前に必ずラジオ体操をやっていた事を思い出しながら、ジンはグレッグに提案した。 ストレッチまでは難しいだろうが、ラジオ体操ならお手軽だから可能だ。


「確かに良いかもしれんな。 冒険者も必然的に見る事になるし、広めるのにも役立つな」


 グレッグもジンの提案に乗り気だ。

 ちなみに今回の一件はギルドからの依頼という形をとってあり、ちゃんと報酬も出る。 ジンは最初こそ遠慮したが、貴重な情報なのだから報酬が発生するのは当たり前だと言われて納得した。 いずれにせよ大した金額でもないだろうと、現在はありがたく頂戴しようとジンは思っている。


「悪いがきちんとマニュアルが出来るまで、もう少し協力を頼むな」


「はい。 最後までちゃんとお付き合いさせていただきます」


 依頼完了まではもう少し時間がかかるが、もともと健康や怪我防止の為の協力はジンの望むところだ。 ジンは快く協力を約束し、そしてグレッグに挨拶してその場を去った。


 ギルドは昼になり、交替で休憩を取っているようだ。 ジンは何気なく受付を見たが、アリアは休憩中らしく居なかった。 とりあえず食事に行こうかと思っていると、そのアリアに声を掛けられた。


「こんにちは、ジンさん。 何をしておられるのですか?」


「ああ、こんにちは、アリアさん。 さっきまでグレッグ教官と打ち合わせだったんですよ。 今から食事に行こうかと思いまして」


 思いがけずアリアに会えたので、ジンは笑顔で応える。 


「それと、昨日はわざわざお時間をとっていただいてありがとうございました。 あれから帰っても、ちゃんと勉強しましたよ」


 ジンは昨日のお礼を、改めてアリアに伝える。 昨日ジンは帰ってからアリアから借りた本に書いてある全ての呪文と魔法文字を抜き出し、それぞれの意味を加えて〔メモ帳〕にまとめている。 紙の本からもコピー&ペースト出来たので、昨日のうちにまとめ終える事が出来たのだ。


「ふふふっ。 そうですか、頑張っていますね」


 ジンにそのつもりは無くとも、その頑張ってますアピールはアリアから見れば微笑ましく、思わず笑顔になってしまう。


 だが一方のジンもアリアの笑顔を見て、以前聞いたグレッグの言葉を思い出していた。

 グレッグが言う様にアリアが笑うようになった理由が自分にあるのなら、それはとても誇らしく、そして嬉しいものだと。 そうしてジンも、笑顔のアリアを優しく微笑んで見つめた。 それは見る人が見れば慈父の笑みのようだと感じただろう。 それほど優しい笑顔だった。

 アリアもこれまでに無いジンの雰囲気に動揺し、顔が熱くなるのを感じていた。 そして思わず顔をそらしたところで、此方の話が終わるのを待つ女性の存在に気付いた。


「ジンさん」


 アリアはそう呼びかけてジンに背後への注意を促す。 振り返ったジンが見たのは、レイチェルだった。


「あれ? どうかしたの、レイチェル?」


「お話の邪魔をしてすみません。 私はお二人のお話が終わった後で大丈夫ですので」


 ジンの問い掛けに、レイチェルが申し訳なさそうに身を縮める。 レイチェルも決して邪魔しようと思っていたわけではない。 ギルドでジンへの伝言をお願いしようと思って来たら、たまたまアリアとお話中のジンを見つけ、その話の邪魔しないようにと少し離れて待っていたのだ。


「私は構いませんので、どうぞ」


 そうアリアがレイチェルに話を譲り、レイチェルはアリアにもう一度謝罪をした後に話し始めた。


「実はジンさんに依頼などでご相談させていただきたい事がありまして、よろしければ近いうちにお時間をいただけないでしょうか?」


「ああ、そうか。 確かに一緒に依頼をするって約束してたね」


 確かに初心者講習からもう3日過ぎている。 ジンは少し考えてから言った。


「よし、じゃあこれから話をしよう。 アリアさん、そういうわけなので今日はこれで失礼しますね」


 そう最初はレイチェルに、次はアリアに向かってジンは言った。


「はい」


「では、また」


 アリアの短い返答を聞き、ジンは何となく名残惜しく思う。 ただ、忙しいアリアとこれ以上おしゃべりするのも悪いし、かといって昼飯に誘うわけにもいかない。 そう考えて別れの挨拶を済ませたジンは、何となく後ろ髪を引かれながらも出口へと向かった。 レイチェルもアリアに一礼すると、ジンの後へと続く。 

 そして出口付近でジンは振り返り、アリアへと手を振ることでもう一度別れを告げた。 アリアもそっと手を振り返してくれたので少しホッとする。 そしてジン達はそのままギルドを出た。

 

 そして残されたアリアは、二人と一緒に行けない自分の立場をもどかしく感じていた。



 ギルドを出たジン達は、広場で昼食を取りながら話をする事にした。 ジンはすっかりお気に入りのバケットサンドイッチに、自分で串焼きの甘辛い肉をはさんでかぶりつく。 レイチェルも小さくカットされたサンドイッチを口へと運び、それぞれが美味しい食事を楽しんだ。 そして一通り食事を楽しんだ後、ジュースを飲みながら本題へと入る。


「それで、レイチェルの相談て何かな?」


「はい、私はこれからどうしたら良いでしょうか?」


「は? どういう事かな?」


「今後私がどういう行動をとるべきか、指示していただければと思ったのですが…」


 気軽に尋ねたジンだったが、レイチェルの相談内容に混乱する。 主体性のない他人任せの判断は、依存にもなりかねないし健全ではない。


「相談にはもちろん乗るけど、そういうのは俺が指示するものではないよ。 まず肝心のレイチェルはどうしたいの?」


「ジンさんのお役に立ちたいです」


 迷い無く答えるレイチェルはかなり危うい。 そう感じるジンは慎重になる。


「レイチェル、そう言ってくれるのは嬉しいけど、まず自分がどうしたいかを言ってくれないと困るよ。 他人に判断を任せるのは楽だけど、それでは仲間にはなれない。 俺達は上司と部下じゃないんだ。 まず判断基準を俺じゃなく、自分にして考えてみて」


 まだ何が悪いのか分かっていない様子のレイチェルに、ジンはゆっくりと言葉を重ねた。


「俺達はまだ正式なパーティじゃないんだよ。 俺の事を抜きにして、どういう自分になりたいか想像してご覧」


 パーティじゃないという発言に悲しそうな顔をするレイチェルに、ジンは諭す様に優しく言葉を紡ぐ。

 ジンは依頼うんぬんではなく、まず自分がどうなりたいかという将来像を想像させる事にした。 長期的目標である将来像を決めれば、おのずとその実現の為には現在どうするべきかは答えが出るものだ。


「大丈夫、俺はレイチェルを見捨てたりはしない。 だからゆっくり考えてみて。 俺の事を抜きにして、レイチェルはどういう自分になりたい?」


 怒っているのではない、突き放そうというのでもない。 ただレイチェルの事を想って言っているのだと、優しく笑顔でジンは伝える。 そしてレイチェルも目を瞑り、ジンに言われた事を考える。


「……回復魔法がもっと上手く使えるようになりたいです。 あと、レベルも上げて強くなりたいです」


 レイチェルはゆっくり考えた後にそう言った。


「うん、その為にはどうしたら良いと思う?」


 レイチェルは優秀だが、まだこういうのに慣れていないのだろうとジンは判断する。 だから一つ一つゆっくりと理解してもらう。


「今も神殿の治療院を手伝ったりしていますが、その時間を増やそうと思います」


「うん」


「レベルは討伐依頼をこなすしかありませんが……」


「うん、大丈夫。 それは俺も同じだから俺にも手伝える。 一緒に行ければ俺も助かるしね。 スキルは今あるものを伸ばす形でいいのかな?」

 

「はい。 回復術と武器スキルはありますので大丈夫です」


 レイチェルはきちんと自分で考えて答えを出した。 以前ジンが言った「自分の情報は無闇に言わない」という事もちゃんと守っている。 ジンは満足して笑顔で頷いた。


「よし、じゃあ方針は決まったね。 基本は治療院でスキルを磨く。 そして討伐依頼は俺か、もしくは他の信頼できる人と行くという事で良いかな?」


「はい、宜しくお願いします」


 レイチェルなら大丈夫なのかもしれないが、やはり一人で街の外に出るのは心配だと、ジンは自分の事は棚に上げて考えている。


「治療院の手伝いは、もしかすると依頼として受ける事が出来るかもしれません。 私は神殿にも所属してるので聞いてみないと分かりませんが、もし依頼として認められるなら依頼の達成件数も増えます」


「うん。 今度尋ねてみると良いよ」


 ちゃんと考えているレイチェルを見て、やはり彼女にはこうした経験が足りないだけだとジンは確信する。 そう言えば自分も社会人になって初めの頃は、ただ言われた事だけしていた事もあったなと思い出す。 なまじ経験や知識のある先輩が上にいると無意識で頼ってしまい、自分で考える前に尋ねてしまう事が多かったのだ。 もちろんそれで上手くいく事も多いのだが、自分で考えないから本当の意味での実力がつきにくいのだ。


「ねえレイチェル、誰かに頼る事は決して悪い事じゃない。 俺も頼られて嬉しかったしね」


 そこでジンは一旦言葉を切り、ニッコリと笑う。 


「でもそうやって相談する前に、まずちゃんと自分なりに考えておく事が大事だと俺は思うよ。 前にも言ったよね、世の中に完璧な人間なんていないんだから、その人が間違える事だってあるんだよ。 相談は相手の言う事を聞く為のものじゃなく、相手の意見を聞いて自分で決めるものだからね」


「はい。 ありがとうございます、ジンさん」


 ジンはニッコリ笑って頷いた。 ともすればこういう忠告は説教と捉えられ、なかなか素直に聞いてはもらえない事が多いものだ。 ジンは素直に聞いてくれるレイチェルに対して、逆に感謝しているくらいだった。


「そう言えば、レイチェルには目標とする人はいないの? もしいるならその人に教えを請うのも一つの手だけど」


「あ、います。 うふふっ。 そうですね、少し『相談』してみます」


 ジンに言われて初めて気付いたようだ。 そんな自分がおかしかったのか、レイチェルは悪戯っぽく『相談』の部分に少し力を込めて言い、そして笑った。


「うん、ちゃんと『相談』してみて」


 ジンもお返しに言って笑った。


 そしてその後は、今度はジンがレイチェルに回復魔法について話を聞いた。 基本は属性魔法と同じでやはり魔法文字が必要だったが、神殿で本を閲覧する事が可能である事を教えてもらった。

 ジンは今度改めて神殿に行き、そうした魔法文字をきちんと整理してまとめるつもりだ。 いくら無属性魔法が使えるとは言え、それ以外の魔法に感じる浪漫も捨てられないのだ。 


 そうしてその後もジンは自分の出来る事を楽しみながらも一所懸命取り組み、今日もいつものように充実した一日を過ごしたのだった。

ちょっとだけレイチェルがうざかったかな? 表現が難しいですね。

次回は19日か20日の予定です。


よろしければ次回もお付き合いください。 ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 説教くさいところが老人っぽくて良い。 [気になる点] 「はい。 最後までちゃんとお付き合いさせていただきます」 誰からいつ許可を取った?ファミレス・コンビニ敬語世代が高齢化した未来か…空…
[一言] 寄生虫多いですね。これってちょっと引きますが、作者さんは嬉しいのかな?最初から、依存する気満々の女。不快に思うのは私だけかもですか
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