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魔法は楽じゃない

「さあて、それでは実験といきますか」


 街から少し離れた草原に立つジンは、ワクワクしながらそう呟いた。

 エルザと狩りに行った翌日となる今日、いよいよジンは魔法の習得を目指して魔法の実験をするつもりなのだ。

 既にこの数日でアリアから借りた本を読み込み、さらにはダンからも魔法の修行の仕方などを教えてもらっている。


「よし、いくぞ、『ファイア』」


 生活魔法の『ファイア』は、普通指先にライター程度の大きさの炎を灯す形で使われる。 ジンは腕を突き出し、最大限の大きさの炎をイメージして唱えた。 周囲の安全を確認して唱えたその生活魔法は、構えた指先から僅かに離れた所にイメージどおりの大きな炎を灯した。


「うわ、すごいな」


 ガスバーナー数本分はありそうな炎から生じる熱気を、ジンは腕を伸ばしていても顔に感じた。 しかし一番近い指先周辺には熱気を感じないのは不思議だ。 そしてその炎はいつものライター程度の時と同じ様に、10秒ほどで消えた。


「よし次は…」


 そうしてジンはいくつかの実験を繰り返した。 指先ではなく任意の目標地点で灯すことが出来ないか? 威力と距離の関係は? あえて威力を上げる事は可能か? 逆に絞る事は? 密度を上げてより高温にする事は? 効果時間を長くする事は? 逆に短くする事で威力は上げられるか? 等の実験を行い、その時の消費MPや効果時間を〔メニュー〕で確認しながら行った。


 そしてその結果わかった事は、「効果範囲は最大5m程度」「距離1mまでは威力は落ちないが、それを超えると段々落ちる」「炎の大小も、温度の高低も共に可能」「効果時間を伸ばす事は不可能だが、短くする事は可能。 だが威力に影響は及ぼさない」「どの場合も常に消費MPは1」という事等だ。

 そのうちのいくつかはダンから聞いた魔法の習得方法や、アリアから借りた本で可能である事はわかっていたが、やはり間違いはなかった。 ダンが行った火魔法の練習では、指先から次に30cm先の蝋燭に、それが出来たら50cm先と、どんどん火を灯す場所を離していくことから始まるそうだ。

 ダンは普通より早い10歳で〔基本魔法〕を習得し、これ以外にも色々な練習や言語の勉強もしたそうだ。 ジンはそれらの情報と今回アリアから借りた本の情報も合わせ、このような実験兼練習を行っているのだ。


 しかしダンが上手くなるまでに5年かかったという練習も、今回ジンは簡単に行う事が出来た。 やはり〔魔力操作 LV:MAX〕のスキルのおかげだろうと、ジンは考える。

 そしてそれは間違いではない。 実際ジンは簡単に行ったが、普通は遠くても2mが限界で、しかも極めて小さい炎しか灯せない。 炎の大小はともかくとしても、温度を変えることは不可能といっても良い。 だがジンの持つスキルが、それを可能としてしまうのだ。


 そしてジンは同様に風、水、土の基本魔法もそれぞれ使ってみた。 どれも性質によって若干の差はあるが、問題なく使用できた。 あえて言えば火を生み出す『ファイア』と、水を生み出す『ウォータ』は同じような使用感だった。 しかし『ウィンド』と『アース』は風や土を生み出すのではなく、空気や土を動かす魔法という所で若干勝手が違った。 だが結果としては問題なく扱う事が出来た。


 そしてその中で分かった事がもう一つあり、それは「INTの数値が大きいほど、効果の上限は高くなる」という事だ。 これはマッドアントクイーンとの決戦で使った『ウォータ』より、レベルアップした今の方が大量の水を出す事が出来た事からの推測だ。

 神殿で基本魔法を習得した時に言われた、たまに居る他人より大きい効果が現れる人と言うのは、INTが高い人のことだろうとジンは考える。 それにジンがライターどころでない大きさの炎を出せるのも、INTが高いからだと考えると説明がつくのだ。


「よし、これで基本は学べたはずだ。 次は呪文だな」


 ジンはある仮定をしている。

 スキルというのは、まず最初にその行為に対する知識と実践の量がある程度は必須なのだと。 そしてそれが多くなればなるほど目覚めやすいのではないかと。 そして戦闘等の緊張状態が、スキル習得には最適な環境なのではと仮定しているのだ。

 実際ジンがこの世界で習得したスキルは、ほとんど実戦で習得している。 例外の〔剣術〕や〔採取〕にしても、剣道経験やギルド書庫で勉強した採取の知識、それに何度も繰り返した実践効果で習得したと考えれば納得がいく。 だから同じ様に『魔法』について実践した今なら、アリアから借りた本に載っていた四属性の初級魔法も発動可能ではないかと考えたのだ。 発動の為の言語も、自分は〔言語設定〕があるので問題ない。 ジンはほとんど成功を確信していた。


「マナの炎よ集いて我らが敵を撃て『ファイアアロー』!」


 しかし、そう確信を持って唱えた魔法は発動しない。


「駄目か、1回で駄目なら繰り返すしかないな」


 ちょっと気落ちしながらも気分を替え、それからジンは何度も呪文を唱え続けた。 だが結果は変わらず、何度呪文を唱えても発動する事は一度もなかった。


「うわー、落ち込むな。 でもまあ、甘くは無いって事か」


 自信があっただけに、この結果はジンにとって残念だった。 しかし落ち込んでいても結果は変わらない。 ジンは練習が足りないのだと結論付け、その後は休憩を挟みつつ何度も基本魔法の練習を続けた。


「やっぱ『アーツ』と同じで、スキルを習得しないと発動は無理なのかなー?」


 何度も基本魔法を繰り返して練習し、ジンはそれなりに扱いにも慣れた。 指先から50cm程の長さの青い炎を出したり、洗車や庭の水撒きに使う様な勢いよく水を出す事も、シャワーの様に出す事も出来た。 扇風機の強くらいの風をおこす事や、簡単に地面に穴を掘る事も出来るようになった。

 基本魔法についてはかなり慣れたとジンは思っていたが、もちろん普通の人が見れば慣れたどころの話ではない。

 しかし、そこまで〔基本魔法〕に習熟しても、ジンが魔法スキルに目覚める事はもちろん、初級呪文の発動さえも出来なかった。


「う~ん。 手応えすら感じないな」


 最後にもう一度初級呪文の『ファイアアロー』を唱えたが、全く反応がない。 〔火魔法〕の習得が発動条件だとしても、成功する気配すらまったく感じない現在の状況にはさすがのジンも落ち込む。


「アリアさんに訊いてみるかな。 時間が空いてればいいけど」


 時刻は午後3時を過ぎたところだ。 あくまでアリアの都合が良ければの話だが、ジンは「分からなければ教える」というアリアの言葉に甘える事にした。

 そうしてギルドが混む前に急ぐかと、ジンは自主練習を切り上げて街へと戻る事にした。 練習前に薬草は採取済みなので、真っ直ぐ街へと戻ってギルドに直行する。 幸いギルドは比較的空いていて、アリアも受付に居るのが見えた。


「こんにちは、アリアさん。 いつもの採取依頼をお願いします」


「こんにちは、ジンさん。 はい、承りました」


 まずは薬草二種をアリアに渡し、査定をお願いするジン。 そしてアリアが処理を終えるのを待つ。 だがそれを待つ前に、依頼処理をしつつアリアがチラリとジンの顔を見て言った。


「どうしたんですか? 何か言いたそうですが」


 どうやらジンの顔は正直だったようだ。 


「いや、魔法の習得で行き詰っていまして。 アリアさんが良ければ、少しお時間をいただけないかなと思いまして」


 ジンも現在の状況を簡単に説明する。 基本魔法を使った練習方法を試してみて上手くいった事。 でも実際の魔法発動が上手くいかなくて行き詰っていること等を話した。

 そしてそうこうしている内に依頼処理も終わり、アリアはジンに書類を渡して話しかける。


「はい、まず此方が依頼完了の書類になります。 お疲れ様でした。 そして時間の方ですが…」


 と、そこでアリアは、チラリと隣の受付に居たサマンサを確認する。


「いいわよ。 この時間帯なら忙しくないし、しばらくなら私一人で大丈夫だから」


 話を聞いていたのか、すぐにサマンサが承諾する。 


「ありがとうございます。 それではジンさん、2階でお話しましょうか」


「お手数掛けてすみません。 アリアさん、サマンサさん、ありがとうございます」


 当然ジンはアリアだけでなくサマンサにもお礼を言い、そしてアリアと二人で2階に向かった。

 アリアはともかく、ジンはサマンサの無言のエールには気付かない。 ただ、ジンは協力してくれる二人に感謝と嬉しさを感じていた。


「アリアさん、お時間を割いていただき本当にありがとうございます」


 ジンは書庫の隣にある間仕切りで仕切られたブースに入ると、まず感謝の気持ちをアリアに伝えた。 忙しい中にわざわざ時間を割いて貰えるのがとても嬉しいのだ。


「いえ、お役に立てれば嬉しいですから、気にしないで下さい」


 アリアも素直にジンに答える。 ただ、そこでもっと正直に「ジンの役に立てれば」と言えなかったのは、アリアの乙女心だろうか。 ただ、そう答えるアリアの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。


「ありがとうございます」


 アリアの答えに、ジンの笑みも一層深くなる。 そして数瞬の後に本題を思い出し、少し慌ててジンはアリアに話した。


「っと、それで魔法の件なのですが、何かアリアさんに原因などで思い当たる事とかないでしょうか?」


「先程お話を聞いていて思ったのですが、具体的にどのような練習をして、何処までの水準で達成したのかを詳しく教えていただけますか?」


 ジンの問いに答え、より具体的に把握する為にアリアも質問する。 ジンはもっともだと内心頷き、今日自分がやってきた事を詳しく説明し始めた。 その水準がどれだけ非常識かは気付かないままに。


「……という感じですね。 個人的には結構上手くいったと思うのですが、肝心の初級呪文は手応えすら感じませんでした」


「……」


 アリアはジンの話に驚きっぱなしだった。 魔法使いマジックユーザーは修行で基本魔法を使うことは普通だが、その修行でもやらないような事をジンは軽々とこなしている。 有効距離の長さも驚きだが、炎の温度を変えるという発想自体が無かった。 水を勢いよく出すことまではアリアもやった事があったが、シャワーの様に変化させる事など考えもしなかった。 風だって回転して送るなどが基本魔法で可能とは思わなかったし、せいぜい固い地面を柔らかくする程度にしか使ってこなかった〔アース〕で穴を掘るなんて事も前代未聞だ。 アリアはジンの発想の柔軟さに驚き、固定観念に縛られていた自分を恥ずかしく思う。 そして同時に魔法の可能性に心躍る自分もいると、アリアは感じていた。


 普通なら疑うレベルの話だが、話しているのがジンだからアリアにとっては疑う気持ちは無い。 アリアが感じるのはただジンへの尊敬と、そして僅かばかりの危惧だった。


「ジンさん。 この話は他の誰かにしましたか?」


 長い沈黙を破って、アリアがジンに話しかける。


「いえ、アリアさんが初めてです」


「そうですか。 ではこの話は私が良いと言うまでは、他の誰にもしないでもらえませんか?」


 そう言ってアリアはその理由を説明する。 ジンのやっている事や発想が規格外である事。 もしかすると過去にそういう発想を持つ人はいたのかも知れないが、その場合は所謂秘伝となっているレベルの話である事。 ジンが可能な事が、基本魔法で出来る事の次元を超えている事。 場合によっては人を害する魔法としても使われかねないという事。 もしそうなった場合、誰でも使える基本魔法故に危険度が高い事等だ。

 ジンも事の大きさに少し動揺する。 INTの問題があるのでそう問題になる事はないのではと思ったが、それでも確かに混乱を招く可能性があるのは否定出来ない。


「わかりました。 アリアさんと私だけの秘密にしておきます」


 だからジンはそう約束した。


「は、はい。 ありがとうございます……」


 それを聞いてアリアは、動揺したように答えた。 そして続けてモゴモゴと、口の中で小さな声で呟いた。


「……二人だけの秘密」


 ジンはアリアが呟いた内容は聞こえなかったが、動揺しているアリアの様子を見て、自分のやった事はよほど大変な事なのだと感じた。


「大丈夫です。 本当に秘密にしますので安心してください」


「は、はい」


 アリアを安心させたいとそう念押しするジンと、秘密という言葉に反応してしまうアリア。 さすがにここはジンの鈍感を責めるわけにはいかないだろう。


「それで、何でそう規格外とまで言っていただけるのに、呪文は発動しなかったのでしょうか?」


 ひとまず秘密の事は置いておき、本題の方へと話を戻すジン。 アリアもようやく妄想から覚め、真剣に理由を考える。 確かにここまでのレベルであれば、とっくにスキルに目覚めても不思議ではない。 そこでアリアは一つの可能性に気付く。


「魔法言語に問題はないでしょうか? その辺りの意味の理解が足りないと、発動しない事もありえますが」


「魔法言語とは呪文の最後に言うキーワードの事でしょうか?」


「はい、そうです。 例えば火の魔法の『ファイアアロー』は、『火の矢』という意味がありますよね? 同じ様に全ての呪文には意味があり、その意味をきちんと理解する事が大事です。 そして発動の際にはその文字をきちんと脳裏に描く事が必要となりますが、それが曖昧だと発動しない事があるようです」


 ジンには初耳の事ばかりだ。 確かに借りた本には言語の部分もあったが、〔言語設定〕で普通に全てが日本語で読めるジンは、当たり前の事すぎてその部分が流し読みになっていたのかもしれない。

 ジンはアリアの本を取り出して、その文字を教えてもらう。 そしてその文字を〔言語設定〕の設定無しで見てみると、見た事が無い複雑な文字がそこには書いてあった。


「かなり複雑な文字ですが、これは正確に書かないと駄目ですよね?」


 半分そうだろうなと思いながら、ジンは一応アリアに尋ねる。


「そうですね。 実際魔法使いを志す者は、生活魔法を覚える前からずっとこの文字を勉強しますからね。 私も未だに癖で魔法文字を練習する事があるくらいですから、身に染み付いたものですね」


 そう言ってアリアは、ジンの反応に気付く。


「もしかして、ジンさんは魔法文字が書けないのでしょうか?」


 魔法使いに興味があるものは、とりあえず魔法文字の勉強をするのは常識だ。 アリアもまさかジンが魔法文字が書けないとは思っていなかった。


「はい……」


 そう答えるジンの声は、果てしなく暗かった。 何せ魔法はジンの夢の一つでもあったのだ。 そう時間をかけずに習得できると思っていたものだから、そのショックは大きい。

 ジンが基本魔法が使えるのは魔法文字が不要である事と、使い方まで含めてスキルをもらったからだろう。

 しかし〔火魔法〕のような一般の魔法は違う。 習得の為には魔法文字の勉強が必要で、しかもその文字は初めて見る難易度の高い文字なのだ。 仮に習得できたとしても、それが何年先になるかも分からない。 他にも色々と学ぶ事が多いジンとしては、これからずっと勉強し続けられる気がしなかった。


「大丈夫ですよ! 時間はかかりますが、今からでも勉強すればいつか使えるようになりますよ」


 アリアの励ましが嬉しくも痛い。 程度の差はあれど過去の折れた自分の状態と、現在の状況が軽くオーバーラップする。 そして同時にジンは気付いた。


 別に過去の様に体に治らない不具合が出来たわけではない。 魔法を習得できないと決まった訳ではなく、努力すれば使えるようになる可能性が高いのだと。


 そう考えると、自分は何を深刻そうに悩んでいたのだろうとジンは自分にあきれる。 要はやるかやらないかの話なのだ。 そして過去を反省して現在を生きる若者のジンとしては、やる以外の選択肢はないのだ。


「はい! アリアさん、時間はかかるかもしれませんが、あきらめず勉強してみます。 励まして下さってありがとうございます」


 だからジンはアリアにそう言って笑いかけた。 そしてアリアに勉強方法等を具体的に教えてもらい、毎日少しずつでも勉強していく事を決めた。 そうしてアリアの時間が許すしばしの間、アリアと共に魔法文字を勉強したのだった。


 本来は一度しかない人生のはずが、思いがけず第二の人生をいただいたのだ。

 ジンは今度こそ初めから一生懸命に生き、そして幸せであり続ける努力をしていくのだ。


 それが自分の感謝の気持ちを表す、一番の方法だと信じて。

次回は17日か18日の予定です。


楽しんでいただければ嬉しいです。 ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ソロで生き残りたきゃ武術鍛えるか無詠唱で使えるようになるかしないと死ぬね。1匹ならともかく集団相手にするならね
2019/11/24 08:20 退会済み
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