盾と弓と私
次の日もジンは、まずガンツの武器屋に向かった。
「こんにちはー」
「おう、来たか。 仕上がってるぞ」
そうガンツが言って渡してきたのは、修理をお願いしていた鋼鉄の槍だ。
ジンはその場で分解と組み立てをして仕上がりを確認した。 変異種との戦いで少しきしむ様になっていたが、きちんと直っている。
「ありがとうございます。 これで万全の状態です」
「おう。 しかし実際その槍はお前には力不足だな。 いくらメイン武器じゃないとは言え、買い換えなくて良いのか?」
そう言うガンツの心配も尤もだ。 実際変異種との戦いではそれが浮き彫りとなり、結局槍ではなく木剣を使ったのだから。
「うーん、分解出来るというのが気に入っているんですよね。 興味が無い訳じゃないですが、少し性能が良いくらいだったら私はこの槍を選びますね」
通常サイズの槍であれば、常に片手で持つか背中に括り付けるしかない。 どちらの場合も邪魔になることが多いので、ジンにとっては分解出来て持ち運びがしやすいこの槍を気に入っているのだ。 それにメイン武器として木剣があるという安心感もあったのも事実だ。
「まあ、お前がそう言うなら良いがな」
自分が作った武器を気に入ってくれているのだから、ガンツも悪い気はしない。
「それより今日は盾や弓を見せて欲しいんですよ。 自分の出来る事を増やしたくて」
そう言うジンのリクエストに応えて、ガンツはお薦めとして円形の盾を持ってくる。 盾の中心が丸く突き出ていて、裏側から見るとそこが窪みになっている。 そこにある取っ手を握って構えるようだ。
「盾ならこいつがお薦めだな。 円形の盾は盾の中では軽いほうだが、防御力は中々のものだ。 見ての通りここの窪みにある取っ手を握って使うのが基本だな。 手首で攻撃を受け止める事になるが、お前なら大丈夫だろう」
ガンツはそう言いながら別の盾も見せてくる。 サイズが少し大きいだけで見た目は同じだが、裏面が違う。 先程のように中心にある取っ手に加え、中心ではなく少し端にずれたところにもう一つ取っ手がついており、その対角線上に固定用のベルトもついている。 どうやら小手から拳に亘る全体で固定し、攻撃を受け止める造りのようだ。
「このタイプの方が腕全体で固定する事も可能だから、さっきのより攻撃はしっかりと受け止める事が出来る。 ただお前の場合は両手持ちで戦う事もあるだろうからな。 そう考えると、簡単に投げ捨てられる方が良いと思うぞ」
確かにいくら攻撃をしっかりと受け止められるとは言え、簡単に投げ捨てる事が出来なければいざという時に困るだろう。 ジンは少しだけ悩み、結論を出した。
「うーん、サイズが少し大きい方にします。 それなら中心で持つ事もできますし、使い分けようと思います」
ジンが話している事は事実だが、もう一つの考えもあった。 それは〔チェンジ〕や〔装備〕を使う事だ。
一度に二つ以上の装備を替える時は〔チェンジ〕が便利だが、一つだけであれば〔チェンジ〕を使うまでもない。 一箇所であれば〔装備〕や〔道具袋〕を意識する事で、簡単に変更が可能なのだ。
ジンは昨日思い付いて一人の時に試したのだが、木剣を右手に持っている状態でそれを槍に交換する事も、空いた左手に槍を出したり消したりする事も意識するだけで簡単に出来た。 ジンは両手持ちで戦う時には、盾を〔道具袋〕に収納して行うつもりなのだ。
「よし、わかった。 後は弓だが、残念ながらうちには弓は置いてないんだ。 どうせギルドには顔を出すだろうから、何処が良いかグレッグにでも訊いてみればどうだ?」
「わかりました、そうします」
そうしてジンは少し大きめの円形の盾を購入した。 そして早速左手に固定する形で装備してみるが、STRが高いおかげか大した負担にはならない。 ジンは軽く腕を振って具合を確認し、満足げに頷いて笑った。
「ふむ、中々様になっているな」
ガンツはそんなジンの姿を見て、何か考えているようだ。 そしてしばらくの後、ジンに尋ねてきた。
「昨日も言ったが、革はマッドブルの上質なのが手に入ったからそれを使う。 予算は8枚というところだが、お前10枚でも大丈夫か?」
「予算は大丈夫ですけど、どうしたのですか?」
「いや、ちょっと思いついたことがあってな。 盾は今後も使い続けるつもりなのだろう?」
「はい。 そのつもりです」
変異種との戦いでも、後ろに通さない為にわざと攻撃を剣でブロックした事もあった。 ジンはパーティで戦う際には殲滅力も必要だが、守る事の大事さも感じていた。 だから将来のパーティ戦闘を見越した場合、盾は必須だと考えているのだ。
「よし、では完成までの時間を予定よりもう少しくれ。 物にならなかったら予算は8枚のままで良い。 どうだ?」
「はい。 是非お願いします」
ジンは即答した。
ジンにはガンツの考える事はわからなかったが、信頼する彼がわざわざ時間をとって自分の為に考えて作業してくれるのだ。 ジンは喜んでその提案を受け入れ、楽しみのあまり顔がニヤニヤと笑ってしまうほどだった。
「まあ、期待に応えられるよう頑張るよ」
期待しすぎのジンに苦笑しながらも、その信頼に応えるべくガンツも気合を入れた。
そうしてしばらくガンツと話した後、ジンは店を出てギルドへと向かった。
移動の最中もジンは盾を装備したままだ。 普段なら〔道具袋〕にしまうところだが、慣れる為にもわざとこうしている。 別に新しい装備が嬉しくてこうしているわけではない。 ……と思う。
ギルドに入って運動場を目指すが、途中で女性に声をかけられた。 声をかけたのはサマンサだ。
ジンは受付で見たことはあったものの、直接の面識は無い。 ジンは不思議に思いながらもサマンサに用件を尋ねる。
「何でしょうか?」
「急に声をかけてごめんなさいね。 私はサマンサと言います。 運動場に向かうということはグレッグ教官を探しているのかと思ったんですが、違います?」
「いえ、おっしゃる通りですが」
「それならごめんなさい、グレッグ教官は今日は運動場にはいないんですよ」
そう言うサマンサの答えにジンも納得する。 わざわざ親切に教えてくれるとはありがたいなと素直に思う。
「わざわざ教えていただきありがとうございます」
だからきちんと感謝の気持ちを表した。 そして続けて言った。
「メリンダ教官はいらっしゃらないのですか?」
「え? いえ、メリンダ教官ならいると思います」
何故か動揺したようにサマンサは言う。
「良かったです。 ではメリンダ教官に聞いてみます。 ありがとうございました」
少し不思議に思いながらも、ジンはサマンサに別れを告げて運動場へ向かった。
一方のサマンサは、顔には出さないが残念だった。 ジンに声をかけたのは、アリアの為にジンと知り合って仲良くなるという目的があったのだ。
そしてあわよくばジンとお茶でもして、色々と聞き出したいという考えだった。
だがそうした思惑は見事に外れ、ジンが運動場に入った頃にサマンサはボソッと呟いた。
「逃がしたか」
その少し黒い呟きを聞く者は、幸いな事に他には居なかった。
ジンは運動場に入ってメリンダを探す。 だがジンが見つける前にメリンダに声をかけられた。
「やあジン君。 どうしたの? グレッグなら今日はいないわよ」
「こんにちは、メリンダ教官。 実はご相談がありまして」
「私に? 何かな?」
そこでジンは自分が弓を購入するつもりで、どこかお薦めの店をしらないかを教えて欲しい事を伝えた。 ジンのお願いを聞いてメリンダは少し考えると、ニコッと笑ってジンに言った。
「そうね、お薦めはあるわよ。 ただ時間がちょっと早いかな。 昼食後に行くと丁度良いとおもうわよ」
そうしてジンはメリンダに詳しい情報を教えてもらい、午後一にそこへ行く事を念押しされた。 ジンは深く考えずに午後一番で店に行く事を約束し、メリンダにお礼を言うとその場を立ち去った。 背後でニヤニヤと笑うメリンダには気付かない。 少しだけ黒い人はサマンサだけではなかったのだった。
ギルドを出たジンは早めの昼食をとった。 ジンにとって、この世界に来ての一番の楽しみは食事だ。 健康な体に感謝しつつ食事を食べ進める。 そしてそう言えば大変だったと、苦笑しつつ昨日の朝の事を思い出した。
打ち上げの雰囲気でそこそこの食事はしたジンだったが、いつもより食べる量が少なかったのは事実だ。 理由を特に深く考える事もなかったが、次の朝に起きた時に理由がわかった。 何故なら猛烈な空腹感に襲われたからだ。 その空腹感でようやくジンは、変異種を倒してレベルが上がった事に気付いたのだった。
今回は事前に宿に言ってはなかったが、従業員の好意でなんとか食事を用意してもらい空腹を満たす事が出来た。 前回に比べるとレベルは1つしか上がってないせいか、だいぶ少ない量で満足したのが救いだった。
そしてさすがに今回の事で懲りたジンは、今まで使用していなかったシステム音を採用する事にした。 レベルアップやスキルを新しく習得した時は、システム音を鳴らす設定にしたのだ。
もし「ポーン」と音がなった場合は、ログを見るなり〔基本情報〕を確認すれば良いので、今回のように見落とす事がなくなる。 実際今回の講習ではレベルが上がっただけでなく、新しいスキルも身に付けていたのだ。
そうしてジンは食事を楽しんだ後、大広場でジュースを片手に異世界の光景を眺めて過ごした。 そしてそろそろ時間というところで広場を離れ、メリンダに教えてもらった店へと移動した。 弓を買うのでさすがに盾は外しており、こっそり〔道具袋〕に収納済みだ。
「こんにちは、ごめんください」
ジンはそう声を掛けて店へと入る。 店の中には先客がいたようで、立ち話をする女性二人が見える。 そのうちの一人が振り返ると、その女性はエルザだった。
「ジン、どうしたんだ、こんなところに?」
意外そうにエルザはジンに声を掛ける。 エルザはジンが弓を練習している事を知らなかったので当然だろう。
「弓矢を買おうと思ってね。 メリンダ教官に教えてもらったんだ」
「そうか、私は調整に出した弓を取りに来たところだ」
と、二人がお互いの用件を確認していたところで、従業員の40代と思しき犬耳の女性が声を掛けてきた。
「エルザが世話になっているようだね。 あたしはこの店の店員で、この子の叔母でもあるシーマだよ、よろしくね」
「お世話になっているのは此方の方ですよ。 私はジンと言います。 こちらこそ宜しくお願いします」
ジンはシーマとにこやかに挨拶を交わす。 そして弓を購入したい旨を告げると、実際にいくつか弓を引いてみて具合を確かめた。 そして結局値段的にも手ごろで、ジンの力にも対応できる長弓を購入する事にした。 短弓は軽すぎて合わず、複合弓は値段で断念したのだ。
「エルザより重い弓を引けるとはね。 そのうちレベルが上がってお金も貯めたら、うちの人にオーダーで複合弓を作ってもらうと良いよ」
ただでさえ高い複合弓のオーダーなんていくら掛かるかわからないが、そのうち必要になるのかもしれない。 ジンはとりあえず笑ってお茶を濁した。
「ところでジンは今日はこれから予定があるのか?」
矢も50本購入して用事が済んだジンに、エルザが話しかける。
「いや、薬草採取のついでに弓を試してみようかと思ってたくらいかな」
「なら私に付き合わないか? 練習がてら狩りをして、獲物は肉屋に卸しているんだ。 さほど遠くも無いし、夕方には帰って来れると思うぞ」
「へえ、ならお願いしようかな」
慣れるには実戦が一番だろう。 獲物もちゃんと有効活用するなら、ジンも否は無い。
二人は連れ立って店を出ると、エルザの案内に従って目的地の森を目指した。 そして森に入る少し前からは忍び足で進み、獲物に気付かれないように以後は会話は控えた。 ジンが初心者講習時に習得した〔隠密〕も役立ち、攻撃前に気付かれる事もほとんどなかった。
そして獲物を発見した後はジンとエルザそれぞれが同じ獲物を狙って撃つ事で、一人が外したとしてももう一人が仕留めることが出来た。 最初のほうこそジンも外してばかりだったが、中盤以降は弓の距離感にも慣れて外す事もなかった。 狩りの途中に設定しておいたシステム音が鳴ったのは言うまでも無い。
そうしてそこそこの数の獲物を仕留めると、二人は街へと戻る事にした。
「ジンはやっぱり凄いな」
歩きながらエルザが言う。
「剣で戦えば変異種だって一人で倒すし、弓だってすぐに上手くなった。 ほんと凄いよ」
エルザがこの数週間鍛えに鍛えた弓術だったが、ジンに一日で追いつかれた気がしたのだ。 変異種だって勝てるかどうか自信がない。 口では凄いと言いながらも、そういうエルザの顔は寂しそうだ。
「エルザだって凄いじゃないか。 狙いも外していなかったし、特別俺が凄いというわけじゃないよ」
ジンはそう言うがエルザの顔は晴れない。 その横顔を見てジンは過去の自分を思い出す。
世の中には出来る人間というのは確かに存在する。 学生時代はスポーツ大会で活躍するクラスメイトを、社会に出てからは営業成績の良い同僚を羨ましく思った。 出来ない自分と比べることで、劣等感を覚える事もあった。 今のエルザの顔は、その時の自分に似ているとジンは思った。
だがジンはそういう時、だからと言って同じ分野で頑張ろうとは思わなかった。 特に体を鍛えるような事はしなかったし、営業成績を上げる為に継続して何か工夫する事もなかった。 努力もせず、ただ羨ましく思っているだけだった。
しかしエルザは違う。 弓術だってきちんとした目的意識の元に鍛え、そしてちゃんとそれは身に付いている。 なりたい自分の為に努力し続けているのだから、何処にも卑下するところが無い。
病気療養を切っ掛けに過去の自分を反省し、その後はちゃんと努力を続けたジンだったが、それ以前の自分とエルザは全然違うのだ。
ジンは何とかエルザの心の負担を軽くしたいと思い、言葉を紡ぐ。
「ねえ、エルザ。 確かに俺はちょっと人より物覚えが良いみたいだし、正直他にも言えない秘密もあるよ」
秘密の部分に反応して、エルザがジンの顔を見る。
「エルザが凄いと言ってくれるのは、そういう努力と関係ない部分なんだよ。 そして俺はそんなのは全然凄いと言わないと思う」
ジンはエルザが此方の話をジッと聞いているのを確認し、一拍置いて言った。
「凄いのはさ、エルザみたいになりたい自分に向かって努力し続ける人の事だと俺は思う」
過去の自分の失態を思い、心を込めて自分が思う真実を告げる。
「俺はさ、今でこそ一生懸命に努力しているつもりだけど、昔はそうじゃなかった。 なりたい自分がいても、その為の努力は少なかった。 でもエルザは違う。 ちゃんと努力しているのを俺は知っているよ」
百歩譲って自分が凄いとしても、そんなのは本当の凄さではないとジンは思う。 与えられた能力におんぶにだっこの今の自分は、未熟もいい所だと言うのがジンの考えだ。
「世の中には凄い人がたくさん居るよね。 グレッグ教官や、メリンダ教官だってそうだ。 ああいう人には憧れるよね、なりたいって思うよね。 だけどさ、エルザは俺みたいになりたいの? グレッグ教官達より弱い俺に? それともグレッグ教官達みたいになりたいの?」
そして一拍の間を置き。
「それともその誰よりも強くなりたいの?」
そうジンはエルザに問いかけた。
そして問われたエルザも答えを出した。
「誰よりも強くなりたい。 グレッグ教官より、メリンダ教官より、ジンより、誰よりも強くなりたい。 今は無理でもいつかそうなりたい。 それが私の夢だから」
エルザは思い出した。 エルザの母親は自分を産んだ後に体調を崩し、昔みたいには動けなくなった。 しかしそうなる前はとても強い人だったと聞いた。 今でも充分強いのに、昔はどれほどだったんだろうと思った事を覚えている。 そして自分がそんな母を弱くしてしまったんだと思い、いつの頃からか母の分まで強く、そして誰よりも強くなりたいと思うようになった。 しかし大人になり、冒険者になって現実を知ると、そんな夢は見なくなってしまった。 強くなる努力はしていたが、無理だと諦めていた。 そんな時にジンに出会ってその才能に惹かれ、そして同時にその才能に嫉妬してしまった。 さっきまで自分の中で渦巻いていた感情はそう言うことだったんだとエルザは思った。 だけど自分が抱いていた夢を思い出し、エルザは気分が晴れるのを感じていた。
「うん。 なら俺なんかを見てどうこう思うんではなく、もっと上を見なよ。 比べるなら一番高いとこで比べなきゃね」
ジンはそう笑って言った。 エルザの気分が晴れたのを感じたのだ。
「うん、そうだな。 変なところで落ち込んでしまってすまない」
ようやくエルザの顔に笑顔が戻った。
「ああ、そうだ」
そしてジンは付け加える。 ジンにだって夢はある。
「俺の夢の一つは、自分の周りの人をきちんと守れるだけの力を持つ事なんだ。 だからエルザが最強になるなら、そのエルザを守る為にはもっと強くならなきゃいけないな」
守ると言っても物理的なものばかりとは限らない。 だがここはあえて単純化してジンは言う。 この努力家の可愛いライバルに。
「最強を目指す気は無いが、エルザに負ける気もないからな。 これからもお互い勝負だな、エルザ」
ジンはそうニッコリと笑って、エルザに発破を掛ける。
「ああ、私も負けないぞ」
そうエルザも笑顔で返す。 そしてどちらからともなく手を差し出し、固い握手を交わした。 そうして数瞬の後、お互いにプッと吹き出して笑い出した。 その笑い声に共通しているのは、得がたいライバルに出会えた事への感謝だ。
そうして笑う二人の明るい笑い声は、この広い草原の風と共に響き渡ったのだった。
遅くなりましたが何とか投稿。
次回は15日前後だと思います。
宜しければ次回もお付き合いください。 ありがとうございました。