レイチェルの相談
まだ呑むには少し早い時間だったので、各自一旦戻ってから改めて集合する事になった。 ジンも風呂で汗を流してさっぱりしようと思ったが、いざ移動しようとする前に声をかけられた。
「すいません、ジンさん。 あの、よろしければお時間をいただけないでしょうか?」
声をかけてきたのはレイチェルだった。
「今から?」
「いえ、打ち上げの少し前とかでも構わないので、少しお話させていただければと思いまして」
今回の講習ではあまりレイチェルと話す機会がなかった事もあり、何だろうと疑問に思いながらもジンは承諾した。
「いいよ。 それじゃあ俺は風呂に入ったらギルド前の広場でジュースでも飲んで待っているから、レイチェルも用事を済ませたらそこにおいでよ。 多分俺の方が早く着くから、あせらずゆっくり来るといいよ」
「ありがとうございます。 でしたらまた後で。 失礼します」
そう言ってレイチェルは早足でその場から去っていった。 待たせる事を気にしているのかなと思いつつ、ジンも移動する事にした。
そしてジンはこっそり大荷物を〔道具袋〕に収納し、身軽な格好で直接公衆浴場へと向かった。 そしてしっかりと旅の汗を流した後、宿に寄って洗濯物をお願いし、そして待ち合わせの広場で冷たい果汁100%ジュースを飲みながらレイチェルを待った。
「お待たせしました」
しばらくその場でぼんやりと目に映る光景を楽しんでいると、レイチェルが小走りにやってきた。 レイチェルも着替えてさっぱりしたようだ。
「早かったね。 ここで話す? それともどっか店でも行こうか?」
「あ、時間もないのでここで大丈夫です。 あそこに座りませんか?」
ジンは飲み終わったジュースの空き瓶を屋台に返し、レイチェルが指したテーブルに移動した。
テーブルを挟み、ジンはレイチェルと向かい合わせで座る。 そしてレイチェルに話を促した。
「あの、改めて自己紹介させてください。 私はこの街の神殿で神官もしておりますレイチェルと申します。 年齢は18で、それで、えっと…」
なにやら緊張しているのか、よくわからないことになっていた。 真面目なイメージが強かったのでちょっと意外な反応だ。
「ははは。 あせらなくていいよ。 じゃあ俺も言うね。 名前はジン、年齢は18、趣味は今のところないかな。 昔はよく本とか読んでたけど」
ジンは笑って自分も自己紹介し、レイチェルが落ち着く時間をとった。
「すいません。 こういう状況は初めてだったので、何だか急に緊張してしまいました」
レイチェルも深呼吸して気持ちを落ち着けたようだ。 ちなみに新人メンバーは全員敬語無しという事になっていたが、メグやレイチェルは敬語ありの方が楽だという事でこういう状態だ。
「今回お時間をいただいたのは、ジンさんに色々とお聞きしたい事があったからです。 先程私は神官でもあるとお話しましたが、以前神殿でジンさんをお見かけした事があります」
ジンにとっては神殿は馴染み深い場所だ。 いつの事かなと思いつつ話を聞く。 そしてレイチェルは意を決したように気合を入れ、ジンに向かって話す。
「1週間程前の事です。 ジンさんは神に祈っておられましたが、その時ジンさんの体が光に包まれたように見えました。 それで思ったのです。 ジンさんは神の祝福を受けられた方ではないかと」
「祝福?」
少しだけドキッとするジン。 その言葉だけなら心当たりがないわけでもない。
「加護といっても良いです。 ジンさんは神の加護を受けておられるのではないですか?」
そう言うレイチェルの顔は、どこまでも真剣だ。
しかしジンには加護は受けた覚えはない。 確かにこの世界に来た時に祝福は受けたが、教会では光に包まれたと言う事さえ初耳だ。 しかしそうした加護云々の話は別にして、自分の体が光に包まれたという話は驚きだ。 その光景がレイチェルには祝福の様に見えたという事は、以前自分がこの世界の神様に受け入れてもらったと考えていたのは、やはり間違ではなかったのだとジンは思えた。
「いや、俺は加護は受けていないよ。 でもレイチェルの目に祝福されたように映ったのなら、それは俺にとってとても嬉しい事だね」
だからジンは嬉しくなって満面の笑みで笑った。 レイチェルはジンの笑顔に気圧される様になりながらも食い下がる。
「あ、あの、これを見てください」
そう言ってギルドカードをジンに渡す。 ジンも何かなと思いつつレイチェルのギルドカードに視線を落とし、そして焦ってすぐに視線を上げた。
「隠してないじゃないか! 駄目! すぐに隠しなさい」
レイチェルが差し出したカードは、ステータス以下の情報も隠していない状態だった。 ジンはすぐ目をそらしたのでほとんど記憶してはいない。 ただ、かろうじてレベルが8だったという事ぐらいはわかってしまった。
「でも…」 「でもじゃない! 隠す! しまう!」 「…はい」
そんなやり取りの後レイチェルはカードに手を滑らせて情報を隠し、そしてカードをしまった。
「んで、どうしたの。 何でそんな事したの?」
どっと疲れながらもジンはレイチェルに尋ねる。 口調がきつくならないようには意識していた。
「実際見てもらった方が信用してもらえるかと思って。 私も加護持ちなんです」
レイチェルの言葉にテーブルに突っ伏すジン。 そして起き上がると少しきつめの口調でレイチェルに言う。
「だからそういうことを言っては駄目! 信用してくれるのは嬉しいけど、情報は隠す! いい?!」
ジンは自分も〔気配察知〕をばらしはしたが、あれは見る人がみれば簡単に推測がつくスキルだからと棚に上げている。 ゲインに対人の話を聞いてからこの世界が優しいだけじゃない事を実感しているジンにとっては、レイチェルの対応はあまりにも無防備すぎる気がしてしまったのだ。 それに加護など、最も秘密にすべき情報だろう。 人の事は言えない筈だが、ジンは常識に欠けたレイチェルが心配になる。 ジンはレイチェルの加護発言から周囲に気を配っていたが、幸いこの会話を聞いている人は居ないようだ。
「いいかいレイチェル。 仮に俺が加護を持っているとしよう、もちろん本当に持ってないけどね。 でももし持っていたとしても、俺は訊かれてもそんな事は決して他人には言わないよ。 レイチェルも絶対他人に言っては駄目だ」
叱られたと思ったのか、しゅんとなったレイチェルに優しくジンは語りかける。
「私も仲間なのだから信用して欲しくて。 ごめんなさい」
寂しそうに言うレイチェルを見て、ジンは少し考えて言う。
「ねえ、レイチェル。 俺は加護持ちではないけど、レイチェルのことを仲間だと思っているよ? それじゃ駄目かな?」
加護持ちという事で疎外感でもあったのだろうか? レイチェルの事は何も知らないも同然だからわからない。 しかし、だからこそジンは、ただ自分が思っている事を言った。
「いえ、ありがとうございます、ジンさん」
顔を上げたレイチェルは、弱々しく笑って言った。 そしてこれまでに自分と同じ加護持ちに会った事がないこと、そして疎外感めいたものを覚えていた事を話してきた。 ジンは黙って最後までレイチェルの話を聞き、そして話し終わって沈黙するレイチェルに向けておもむろに手を差し出した。
「はい、握手。 力いっぱい握ってみて。 大丈夫だから」
あえて明るくジンは言う。 そしてレイチェルは初め遠慮がちに、そして最後は必死に力を込めてきた。 もちろんその力は普通の女性にはありえないものだろうが、ジンにも充分対応できるものだった。
「はい、終了。 ね? 大丈夫だったでしょう? 俺は加護持ちではないけどレイチェルよりレベルが少し高い分、ちょっとレイチェルよりステータスが高いみたいだね。 もしかしたらレイチェルが感じていたそれって、レイチェルの知っている世界が狭かったせいもあるのかもだよ。 俺達は新米冒険者だよね? 世の中には凄い人達がいっぱいいるんだから、これからも冒険を続けていればレイチェルが今感じている疎外感なんて消えるんじゃないかな?」
この若人の心を少しでも軽くしてあげたい。 ジンは心からそう思って話していた。
そしてニッコリ笑ってジンは続ける。
「それに強さは仲間かどうかには関係ないと俺は思うよ? レイチェルはシェリーやアルバートの事はどう思う?」
「シェリーは元気で可愛くて、アルバートは馬鹿だけど憎めないです」
そうして続けてジンは、今回旅をした仲間達一人一人についてレイチェルに聞いた。 レイチェルの答えは、どれも好意的なものだった。
「彼女達は今はまだそんなに強くないよね。 でもじゃあ仲間じゃない?」
「違います。 仲間です」
「うん、そうだよね。 ふふふ、じゃあレイチェルは一人じゃないよね?」
レイチェルは少し考えて、そしてしっかりと頷く。
「レイチェルも俺も、ちょっと他人よりステータスが高いだけなんだよ。 それも少しレベルが上の人を見ればあんまり変わんないと思うよ? だってグレッグ教官に勝てると思う? 無理無理、正直教官とレベルが同じになったとしても勝てる気がしないよ」
オーバーアクションで手を振り、ちょっと冗談めかしてジンは言う。
「うふふふふ。 確かにそうですね」
レイチェルも想像したのか、今度は明るく笑った。 その笑顔を見て、ジンはやっぱり女の子は笑顔が一番だと嬉しくなる。
「何か困った事があったらいつでも相談に乗るからさ。 一人で溜め込まずいつでも言いなね」
このほっとけない女の子に、ジンは本心のまま声をかける。
「ありがとうございます、ジンさん。 あの、早速ですが相談があります!」
レイチェルは落ち込みからは回復したように見える。 ジンが感じていた当初の固い真面目な印象は完全になく、年相応か少し幼いくらいの印象だ。 だがそうして少し素の部分が出てきた様子は、ジンにとってこちらをより信用してくれているように感じられた。 そしてそれは、ジンにはとても嬉しいものだった。
「何かな?」
だからジンは出来るだけ力になってあげようと、老婆心全開で優しく尋ねた。
「私とパーティを組んでください!」
「…え?」
その台詞は、ジンにとっては想定外のものだった。
きりが良かったのでここで投稿します。 ちょっと短いですが、予定日前の投稿と言う事でご容赦ください。
次回は予定通り8日か9日の予定です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。