新たなスタート
ジンはギルドを出て街中を歩いていた。
換金を済ませてギルドを出る時に冒険者達から睨まれた気がしたが、これが蟻モドキ退治の影響かなとグレッグに言われていたとおり特に気にしない事にした。 ただ何故か一部のギルド職員にも睨まれていた気がするのが不思議だったが、そういうものなのかなと同じく気にしない事にした。
そしてギルドを出たジンが今向かっているのは、ビーンの薬屋だ。
アリアからビーンが会って直接お礼を言いたいと言っていた事を聞き、ジンも無くなってしまったポーションを補充したいと思っていたので丁度良い機会だったのだ。
そうしてジンが訪れたビーンの薬屋は、大通りに面した大きな店だった。 ジンは思わずもう一度〔MAP〕で確認したが、場所に間違いはない。
「こんにちは」
そう言って入った店の中は外観に比べて中の店舗スペースはそこまで広くなく、その大部分を作業や倉庫のスペースに充てているようだった。 所謂ドラッグストア的な店舗ではなく、処方箋で薬を出す薬局のような感じだ。 カウンターには店員であろう中年女性が一人店番をし、その後ろの棚にはたくさんの薬が並べられていた。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」
「HPとMPを回復するポーションを探しています。 あと、ビーンさんは居られますでしょうか? ジンが来たと言ってもらえれば分かると思います」
「まあ、あなたがジンさんなのですね。 主人がお世話になっております。 私はビーンの妻のマギーと申します。 すぐに呼びますので少々お待ちくださいね。 あなたー、ジンさんがお見えになりましたよー」
そう言ってマギーは奥の扉に上半身だけ入れてビーンを呼び、そして程なくしてビーンが現れた。
「ジンさん、良くおいで下さいました。 昨日はパムの花を12輪も採取していただいて本当にありがとうございました。 あれだけ用意していただければもう大丈夫です。 本当にありがとうございます」
そう満面の笑みでビーンは感謝の念を伝えてくる。 そして奥さんのマギーも同様にお礼を言った。
「いえいえ、お役に立てて光栄です。 これで薬の心配がいらなくなったのなら私も嬉しいです」
ジンも笑顔で応える。
どんな仕事でもこうして喜んでもらえるから続けられるし、自信と誇りが持てるというものだ。 さらにこの先に病から解放される子供達の笑顔があると思えば、蟻モドキ(マッドアント)の一件も体を張って無茶をした甲斐があるというものだ。
ジンは反省は反省として次に活かす事は当然の事だが、同時にこの成果は成果として卑下せずに受け止めようと思った。
「詳しくは存じ上げておりませんが、ジンさんは今回かなり無茶をされたと聞いております。 お体は大丈夫でしたか?」
「はい。 なんとか無事で済みました。 ただポーションを使い切ってしまいましたので、新しくこちらで購入させていただこうかと思いまして」
「おお、そうでしたか。 それならばこちらが…」
そうしてビーンから薦められたポーションはチュートリアルでもらったフラスコタイプではなく、試験管タイプの瓶にコルクのような物で栓がしてあるタイプだった。 回復手段の重要性を実感していたジンは、結局中級HP回復ポーションと低級MP回復ポーションをそれぞれ10本ずつ購入した。 そして状態異常にはかからないとは思いつつも、念のため毒消しや麻痺消し等の状態異常回復アイテムもそれぞれ5つずつ購入した。
「これらの薬は全部ビーンさんがお一人で作っておられるのですか?」
そうして買い物を終えたジンは、世間話の一環でビーンに尋ねてみた。
「大部分はそうですね。 一応弟子もいるのですが、まだスキルに目覚めていないので品質が今ひとつなんですよ」
やはりスキル無しでも一応作れる事は作れるらしい。 しかしやはりスキルの恩恵が受けられない分、出来上がりにはムラがあるようだ。 そうした見習いの作る薬は効果が今一つなので少し安くしているそうで、中には疲労回復の栄養ドリンク代わりに買ってく豪気な人もいるそうだ。
「今すぐと言うわけではないのですが、いつかビーンさんが薬を作っておられるのを私が見学したり、もしくは薬の作り方を習う事は出来ますか?」
今はまだ他に優先すべき技術があるが、今後もし可能となれば採取と合わせてポーションの自給自足が可能となる。
「はい、ジンさんなら構いませんよ。 練習に使う薬草を持参してもらえたら費用は結構ですし、私が居る時であれば見学はいつでも大丈夫ですから」
「おお、ありがとうございます。 その時は是非お願いします」
「はい、いつでも言ってくださいね」
専門が冒険者であるジンは、例え自分で薬を作成できるようになっても個人で販売する事は禁止されているそうだ。 もし売りたい場合は、一旦ビーンのような専門の業者が買い取ってから販売される事になるのだ。 ジンにポーション作りを教えても直接のライバルとなるわけではないとは言え、それでも授業料も無しに教える物ではないだろうし時間もとられるのだ。 にもかかわらず快諾してくれたビーンの厚意が、ジンにはとてもありがたかった。
そうしていつか〔調合〕を学びに来る事を約束し、ジンはビーンとマギーに別れを告げて薬屋を後にした。
そして次にジンが向かったのはいつもの神殿だった。
ただジンはいつものようにすぐにお参りするのではなく、まず神像に向けて一礼した後に並べられた長椅子の一つに腰掛けた。 祈る前にもう一度自分の考えを見つめ直す為だ。 ジンは視線は神像に向けたまま、頭の中では〔ダメージ再現率〕の恩恵を返上した事を思い返していた。
俺は神様にこの世界に転生させていただいた。 直前まで遊んでいたVRゲームの設定のまま、『武の才能』や『健康』などの多くのスキルを持った状態でだ。 しかもゲーム設定をそのまま使えるようにと、誰も他には持っていない『メニュー』というスキルまでいただいている。 その上自分の体は18歳まで若返り、しかもこれまでの経験と記憶はそのままに体だけでなく精神も若返っているのだ。 俺にとってこれ以上ない形での異世界転生だ。
神様からいただいた祝福の言葉もありがたかったが、こちらこそ感謝しかない。
しかし俺は〔ダメージ再現率〕の恩恵を自らの判断で無効にした。
この事は俺の我侭であり、自己満足であり、そして傲慢さでもあろう。 しかし、かつて様々な痛みを乗り越えて人生を送ってきた老人として、そしてこれからこの世界に生きていく若者として、どうしても一方的に痛みを与えるだけの存在になる訳にはいかなかった。 それはこれまでの自分の人生を否定する物であり、この世界で冒険者として生きていく事に対してあまりに不誠実なものだと思うからだ。
冒険者として命を奪うのなら、自分も命を奪われる覚悟をしなければならない。
冒険者として攻撃する(痛みを与える)のであれば、自分も攻撃される(痛みを与えられる)覚悟をしなければならない。
本当ならもっと他にもあるのだろうが、せめてこれくらいは守るべき礼儀だと思うのだ。
もしかすると傲慢の極みなのかもしれないが、今でも俺は痛みを感じる事になった事を間違っているとは思わない。
しかし、本来なら俺は全ての恩恵を捨てるべきなのかもしれない。 大量の資金。 恵まれた才能。 唯一のスキル。 そして傷つかない体。
特に最後の傷つかない体など、これも現実ではあってはならない不誠実な物である事は間違いない。 痛みを感じず衝撃しか感じない体だけを捨て、傷つかない体はそのままだ。 しかし自分の中では痛みだけが問題であったし、今もあのときのような強い想いは湧いてこない。 だがそんな自分勝手な事でいいのか? 本当にそれでいいのだろうか?
「駄目だ。 一旦ストップ」
ジンは大きく頭を振って一旦考えるのを止める。 また悪い癖で考えすぎているようだ。 自分は足りていない、自分は間違っているかもしれないと考える事は成長を続けていく為の重要な考え方の一つだが、それも過ぎると偽悪的なものになってしまい精神的に良くないのだ。
「随分とお悩みのようですね」
ジンの思考が途切れた事を確認してか、そう話しかけて来る者がいた。
「あ、これはクラークさん。 こんにちは」
「はい。 こんにちはジンさん」
話しかけてきたのは、この神殿の長であるクラークだった。 髪も髭も真っ白なクラークは、そうしてジンを気遣うような笑顔を見せた。
「お見えになった事に気付いてからずっと拝見していましたが、随分と何やらお悩みの様子でしたので気になりまして」
「そうでしたか、これは気付かず失礼しました。 はい、確かに色々と考え込んでました」
お気になさらずと笑うクラークと、困ったように頭をかくジン。 特にこれといった事は何も無いのだが、もやもやした気持ちが落ち着いていくのをジンは感じていた。 そうしてしばらく穏やかな沈黙が続いた後、ジンは口を開いた。
「クラークさん。 少し話を聞いていただけますか?」
「はい」
クラークに促されたジンは、二人別々の長椅子に向かい合わせで腰掛けるとゆっくりと話し出した。
「詳しくは申し上げられないのですが、正直に言って私は少し他人とは変わっております。 そのおかげで助けられもしましたし、感謝もしております。 ただ同時にその他の人とは違うという事が、何やら不誠実に感じてきまして」
「ふむ、不誠実とは何に対してですか?」
「他の人々やこの世界に対してでしょうか? 自分でもこのあたりはよく整理できていないのです。 どうしても許容できなかった事は勝手に無かった事にしたくせに、別の事は無頓着で放っておくし。 そんな自分が駄目だとか色々ごちゃごちゃと考えてしまって」
そういって頭を抱えるジンを、クラークは微笑して優しい目で見つめていた。
「ジンさんは真面目なんですね。 それではお尋ねしますが、そのジンさんの変わったところは誰かに迷惑をかけるようなものですか?」
「いえ、そんなことは無いと思います」
正確に言えば悪用しなければの話だが、もとよりジンにそのつもりは無い。
「では、ジンさんのその変わったところが無くなったとして、誰かが得をするようなものなのですか?」
「いえ。 …もしかすると逆に迷惑をかけることもあるかもしれません」
少し考えてジンは言った。
ギルドで仕事が出来ているのも元々スキルあっての事だし、何より〔メニュー〕の〔言語設定〕が無ければこうして話すら出来ないのだ。
「誰かに迷惑をかけるものではなく、無くなったところで悪影響しかない。 それならその変わったところと言うのはジンさんの良い所ではないのですか?」
「えっと。 …確かにそうですね」
考えてみればこれらのスキルがあればこそ各種薬草や〔パムの花〕も採取できたし、蟻モドキ(マッドアント)との戦いにも勝利して生きて帰る事が出来た。 そして今後子供達がかかるであろう病気を治す手助けが出来たし、アリアやビーン夫妻にも喜んでもらえたのだ。
「ただ、自分であれは良くてこれは駄目なんて勝手に決めた事も気になってまして」
何だか何を悩んでいたのか分からなくなって、ジンはとりあえず気にかかっていた事を話す。
「それは先程ジンさんがおっしゃっていた、自分のスキルを使わずにいるという事を気にされているのでしょうか? もしそうなら『マーガスの選択』というお話はご存知ありませんか?」
「いえ、残念ながらそのお話は存じ上げておりません。 どのようなお話なのでしょうか?」
クラークが言っていることは、確かにジンが言いたかった事に近い。
「簡単に言えば、生まれ持って『裁縫』のスキルを与えられていたマーガスという男がそのまま成功が約束された裁縫の道に進まず、あえて憧れであった鍛冶の道に進み、困難を乗り越えてついには『鍛冶』のスキルを得て大成するという話です」
ジンはクラークの話をしっかりと聞き、その意味を考える。
「ご存知のように先天的にスキルを与えられるなど滅多にあることではありませんし、まさに神の贈り物と言えます。 しかしそのスキルを活かす道に進むかどうかは本人次第なのです。 そして神もその選択を尊重して見守ってくれるのです。 その証明こそがマーガスの『鍛冶』スキルの習得だと言えます」
「私がそのスキルを使うも使わないも気にすることはなく、ただ己の選択に信念を持って行動すれば良いという事ですね」
「はい、おっしゃる通りです。 必要であれば使い、必要なければ使わない。 神はその選択の自由を私たちに許されているのです」
確かに〔ダメージ再現率〕は本来変更できないはずのものだったのに変えることが出来た。 それは神様が自分の使わないという選択を尊重してくれたと言う事だろうと、改めてジンは思う。
「それに…」
続くクラークの言葉をジンは傾聴する。
「私はジンさんが与えられたものが何かは分かりませんが、それが誰に迷惑をかける物ではなくジンさん自身にも良い影響を与える物であるのならば、それは磨き続けていくべき物だと思います。 それに今は不要と感じる物も、もしかすると今後いざと言うときに必要となる日が来るのかもしれませんしね。 もちろん『マーガスの選択』のようにずっと必要としない事もあるでしょう。 ただ私はこうも思うのです。 マーガスはあえて『裁縫』を使わない選択をしたからこそ鍛冶の道で大成する事が出来たのではないかと。 使わないと言う覚悟がマーガスにとって必要だった様に、ジンさんにとってもその使わないと決めた覚悟が必要な事だったのかもしれないと思うのです」
クラークの話を聞いていて、ジンは自分の中から不安や恐れといったモヤモヤとしていたものが無くなった事に気付いた。
「(痛みを得て俺はやっと『ジン』というこの世界で生きる人間になれたのかもしれない)」
何だか憑き物が落ちたようにすっきりしたジンは、今この時をもってうだうだと自分の存在について考えるのを止める事にした。 ただこれからも自分の信念を持って物事にあたり、そしてこの世界を楽しもうと。 そしていつかこの世界に恩返ししようと、ジンはそう思った。
「それに、ただ与えられた物を漫然と受け入れるのではなく、与えられた物の意味を真剣に考えるジンさんの方が個人的には好ましいですよ」
最後にクラークは笑ってそう言った。
「クラークさん、ありがとうございます。 おかげで悩みが晴れました」
ジンは立ち上がり、深々とクラークにお辞儀をした。 ジンはいろんな意味でクラークの言葉に救われた気がしていた。
「どういたしまして、私もお役に立てて嬉しいです」
クラークも笑顔でジンに返した。
そしてジンは改めてクラークに忙しい中に時間を割いてくれたことに礼を言うと、クラークと別れ祭壇の前に立って神様にお参りした。
もちろん自分の中でまとまった考えと決意を伝えると共に、心からの感謝を神様に伝えた。
そして前回の自然魔法の分も合わせた銀貨5枚をお布施箱に入れると、軽い足取りで神殿を後にした。 神殿を出て一礼した後に振り返ったそのジンの顔は、悩みが消え晴れ晴れとしたものだった。
そして一方ジンが去って少し経った神殿の一室では、机に座ったクラークの前に一人の女性神官が立っていた。 長い髪と尖った耳が特徴の、若いエルフの女性神官だ。
「先程の方が先日お話した私が見た方です」
その女性は、ジンが神殿で初めて祈った際に光に包まれたところを偶然見ていた神官だった。
「やはりそうでしたか」
真面目な表情の女性神官と違い、ジンを思うクラークの表情は変わらず優しい。
「貴方が見たその光が神の祝福かどうかは別にしても、ジンさんは確かに特別な何かをお持ちなのでしょう。 ですが、だからどうだと言うのですか? あの方は私が見る限りとても良い心根の持ち主だと思いますよ」
「わかりません。 ただ私があの光景を見た事も何か神の思し召しではないかと思うのです」
「それが単なる貴女の好奇心という可能性もありますよ?」
「そうかもしれません。 ですがあの方の祈る姿が忘れられないのです」
答える女性の顔は、どこまでも真面目だ。
「ふむ。 レイチェル、それならば貴女は冒険者になってみてはどうですか? ジンさんは冒険者ですから何時かパーティを組む事もあるでしょう。 もし貴女に何か縁があるのであれば、もしかするとその一員となれるかもしれません。 それに何れにせよ貴女がジンさんの事を知りたいのであれば、同じ世界に身をおいてみるのが一番の早道だと思いますがどうでしょう?」
クラークの話を聞いたその女性神官、レイチェルは少し考えた後に冒険者となる事を承諾してその場を去った。 残されたクラークはその後姿を見ながら嘆息した。
「やれやれ、将来有望だけど同じくらい将来が心配でもあったあの子がねえ。 完全に関係ないとは言えませんが、神以外に初めて興味を持ったのがジンさんとは。 ある意味納得ですし安心でもありますが、何だか寂しいですね。 まあ個人的にもジンさんには何かしてあげたいと思っていましたし、あの子なら問題ないでしょう。 丁度良い機会だったと思う事にしますか」
まず大丈夫だと思うが、万一レイチェルがジンに何か迷惑をかける事があればその時は責任を持って対処しようとクラークは思った。
そしてある意味孫馬鹿の要素を持つクラークは、ジンの幸せと可愛い孫の成長を想って優しく微笑んだ。
終わらなかったorz
次回は27日か28日の予定です。 早く出来れば前倒しで投稿します。
ところで前回の話はあまり好まれなかったのでしょうか? いつもより感想も少なく、評価が伸びなかったのがちょっと心配です。
基本的に書く話でお返ししようと全然返信しておりませんが、ご意見やご感想は大歓迎ですので、よろしければお願いします。
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何だかんだでいただく反応が私の活力になっております^^