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アリアと周囲の反応

 ガンツの武器屋を出たジンは、ガンツから聞いた朝からやっている公衆浴場を目指した。 朝とは言っても既に午前10時を回っているが、その店も10時開店という事だから丁度いい。 昨日もギルドからの帰りに公衆浴場に寄ったものの、疲れていたせいか今ひとつすっきりしなかったのだ。 今日は依頼を受けるつもりがないジンは、朝から風呂にゆっくりと入るという至福の時間をたっぷりと時間をかけて楽しんだ。


 そうして贅沢な朝風呂を堪能した後、ジンは2日前にエルザと行ったギルド近くの食堂で昼食をとる事にした。 前回はジンがお腹いっぱいになるほどのボリュームを誇る店だったが、今回は腹八分と言ったところで収まった。 いつもより旺盛な食欲とは言え、それでも朝よりは大分治まってきた事にジンはホッとした。 


もし朝のままの食欲が続けば、財布に厳しすぎるのだ。


 ジンは昼食後の腹ごなしを兼ねて、大通りの屋台街を散策した。 カラフルでお洒落な屋台が立ち並ぶ大通りは何度来ても新鮮なものだ。 ジンはあちこちのお店を冷やかしながら歩き、そして色鮮やかな花々に囲まれたお目当ての花屋を見つけた。


「こんにちは」


「はい、いらっしゃい。 何をお探しですか?」


 ジンはあまり花には詳しくなかったが、そこには元の世界で見た事があるような花もあった。 そこでジンを出迎えてくれたのは、垂れた犬耳頭でエプロン姿の青年だ。


「ローゼンの花を探しているのですが、ありますか?」


「はい、ございますよ。 色は何色でしょうか?」


「赤をお願いします」


「おお、赤ですか。 なら花束にするか一輪だけにするかですが、どっちが良いですか?」


 元々人当たりの良さそうな青年だったが、花の色を聞いて俄然やる気が増したような印象を受ける。 ジンは仕事に誇りを持っている人は好きなので、こういった青年のやる気に好感を持った。


「お薦めはどちらですか?」

 

「そうですねえ。 その方にローゼンの花を贈られるのは初めてなんですか?」


「はい」


「個人的な考えですが、でしたら花束のインパクトより、一輪だけの落ち着きの方が良いと思います。 その方がその後に続く言葉も、より相手に伝わるんじゃないかと思いますので」


 ジンは少し「その後に続く言葉」とは何か疑問を持ったが、考えてみれば花を贈って感謝の言葉を伝えないわけがない。 ジンは自分がアリアに花を渡す光景を想像し、確かに一輪だけの方が良いなと結論を出した。


「確かにそうですね。 それじゃあ一輪だけの方で、高くても品質が良いやつがあればそれでお願いします」


「はい、丁度良いやつがありますのでそれにしますね。 包装もそれにふさわしいものにして宜しいんですよね?」


「はい、お願いします」


 ジンが自分でラッピングなど出来るはずもなく、全てこの店員さんにお任せした。 ジンは何気なくラッピングされる『ローゼンの花』を見たが、何となく薔薇に似ている華やかな花だった。 店にも赤だけでなく青や白等の同じ花の色違いが多く並んでおり、人気なんだろうなとジンは思った。


「出来ました。 お待たせしました」


「ありがとうございます。 しかしこの店にもたくさん置いてあるみたいだし、この花は随分人気なんですね」


 ジンは出来上がった花を受け取り、店員さんに代金を渡しながら何とはなしに尋ねてみた。


「ふふふっ。 女性で嫌いな人はそうは居ないと思いますよ。 それでは成功を祈っておりますね。 ありがとうございました」


 そう笑いながら言う店員さんに見送られ、ジンはその場を後にした。 アリアさんが喜んでくれると良いなと思いながら。


 そうして花屋を後にしたジンは、それからも店を覘きながらギルドへと向かう。 お酒を売っている所があればグレッグが好きだという銘柄のお酒を購入しようと思ったが、さすがに真昼間から屋台でお酒を売っている店はなかった。 ジンは次の機会に〔MAP〕で検索して酒屋さんを探そうと思いつつ、今日は予定通りアリアだけにお礼をする事にした。


 ギルドでは昼過ぎの早い時間にもかかわらず、この時間としては少し多めの人数がいた。 掲示板前にはパーティらしき冒険者もいるが、幸いにも受付はガラガラだ。 ジンは掲示板前にいる冒険者の一人と目が合った気がしたので、軽く会釈するとアリアの元に向かった。


「こんにちは、アリアさん。 今よろしいですか?」


「こんにちは、ジンさん。 はい、昨日の報酬の件ですよね。 鑑定と査定も済んでおります。 これが書類になります」


 そう言ってアリアが3枚の書類をジンに渡す。 2枚が『パムの花』の採取依頼で、もう1枚がマッドアントの素材の明細だ。 目立たないように口頭では言わず、書面で伝えるのはアリアの配慮だ。 その金額は『パムの花』の採取依頼が合計で小金貨1枚、銀貨3枚、マッドアントが素材と魔石合わせて大金貨1枚、小金貨4枚、銀貨1枚、銅貨90枚だった。 採取の報酬も合わせ、日本円に換算すると全部で約155万円だ。


「!?」


 かなりの金額に思わず顔を上げ、アリアの顔を見てしまうジン。 


「数が多いのと、人気の素材ですので」


 そうアリアが小声で手短に理由を教えた。

 実際ジンが倒した40匹以上という数がまず多いのだ。 その上マッドアントは巣別れ以外では大集団が巣から出る事はなく、そもそも遭遇する事自体が多くない。 さらに遭遇したとしても2~4匹程度の小集団な為、需要に比べて供給が少なく、市場価値は高めなのだ。


「ありがとうございます」


 思いがけない高収入に驚きつつも、ジンはガンツの店で装備を整えられそうだと一安心した。


「結局ビーンさんとお話しをしまして、『パムの花』の採取依頼は2件達成という事になっております。 これでジンさんの累積依頼達成件数が6件になりましたので、レベルによっては昇格が可能です。 神殿には行って来られましたか?」


「いえ、ですがカードを更新してもらって大丈夫です」


 ジンはそう言ってアリアにカードを渡す。 一瞬ジンに何か言いたげな素振りを見せたアリアであったが、結局納得してカードを受け取った。


「ではジンさん、右手をこちらにお願いします」


 さすがにジンももう慣れたものだ。 右手を水晶の上に乗せてギルドカードの更新を行い、宿での確認どおりレベルは11に、スキルに採取が追加されていた。


「はい、問題ありません。 ジンさんはこれでEランクになりました。 おめでとうございます。 ただジンさんなら大丈夫だとは思いますが、出来ればあまり無茶はしないでくださいね」


 ジンは自分のランクより上のものを受けるつもりはなかったので無茶とは何か分からなかったが、昨日の今日でアリアはまだ心配してくれているのだろうと、アリアの心遣いに感謝した。


「はい。 三日後に初心者講習があるのですよね? それまでは依頼はやったとしても何時もの常時依頼だけで、基本的にはグレッグ教官や他の方々に技術や魔法を学ぼうと思ってます」


「そうですか、それなら一安心です。 ですが申し訳ないのですが魔法はこのギルドでは学べません。 学ぶ為には魔術師ギルドか街の私塾に通うか、それか誰か魔術師のお知り合いでもいればその方に教えてもらうか、後は本などで自主勉強するしかないです」


「そうなんですか。 どうしようかな」


 確かにギルド書庫には魔法関係の本は見つからなかった。 近接技術はもちろん大事だが、魔法の使い勝手の良さも実感していたジンだったのでどうするべきか悩んだ。

 しかし後2日しか時間がない事もあり、どっちつかずになるよりはまずはこの冒険者ギルドで身に付けられるスキルを勉強するほうが大事かなという結論に落ち着いた。


「もしよろしければ私が昔使っていた本をお貸ししましょうか? いずれ何処かで習うにしろ、基礎理論等の本から得られる知識は覚えておいたほうが良いですから」


 今回は諦めようとしていたジンにとって、アリアの申し出は願ってもない話でとてもありがたかった。 ただギルドにも保管されていないという事は、もしかすると貴重な品ではないかとジンは気遣う。

 

「それは嬉しいです。 でも本当にお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はい。 今は使っていませんし大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。 大事に読ませていただきますね」


 嬉しい提案をしてくれたアリアに、ジンは素直に感謝して笑顔で心からお礼を言う。


「でも魔法が使えるなんてアリアさんも以前は冒険者をされていたのですか?」


 そしてそのまま笑顔で、ジンは何気なく尋ねた。


「・・・はい」


 しかし答えるアリアの声は、さっきまでとは打って変わって暗いものだった。


 和やかなものから、一気に変わってどことなく重くなる雰囲気。

 ジンは何かまずい事を聞いてしまった事に気付き、話題を変えねばと頭を働かせる。

 そしてここに来た目的の一つを思い出す。


「アリアさん!」


「はい!?」


 ジンはちょっと大きめな声でアリアの名を呼んだ。 呼ばれたアリアも少し驚いて、さっきまでの重い空気が少し薄れた。


「これを受け取ってください」


 ジンはこのタイミングを逃すまいと、その勢いのまま鞄から『ローゼンの花』を取り出し、アリアの前に差し出した。


「!?」


 その瞬間アリアはもちろん、アリアの様子を横目で眺めていたサマンサや、大きな声を出したジンを何事かと注目していた数人の冒険者やギルド職員も固まった。 そしてその様子に気付いた他の人たちも次々と気付いてゆき、ついにはギルド全体が静寂に包まれた。

 そこにはアリアに赤い『ローゼンの花』を差し出す若い冒険者の姿があった。


 誰もが固唾を呑んで見守っていたが、ジンはアリアだけを気にしていたので周囲の雰囲気には気付いていない。


「あの…」


 何か言葉を発しようとするアリアだったが、そこに先程まであった重い空気は欠片も残っていない。 その事実にようやく落ち着いたジンは、自分がただ花を差し出すだけで肝心の言葉を言っていない事に気付いた。


「何時も心配かけてすいません。 そして何時も気にかけてくださってありがとうございます。 日頃の感謝の気持ちを込めて、アリアさんが好きだというこの花を贈ります。 よろしければ受け取っていただけませんか?」


 とても大事な事なので真剣に、そして最後は気持ちを込めて笑顔でジンは話す。

 その言葉は外野では断片的にしか聞こえず、さらに誤解が生まれているが気付かない。


 そしてジンの笑顔を見つめていたアリアは、その発言の意味を理解するより前に自然と手が動き、その手に赤い『ローゼンの花』を受け取っていた。


「感謝ですか…」

 

 少ししてアリアはようやくジンの発言の意味に理解が追いつき、僅かな沈黙の後にそう言った。


「昨日心配をかけてしまったお詫びも込めて、アリアさんがこの花を見て心癒されるといいなと思いまして」


 受け取ってもらえた事が嬉しくて、ニコニコと笑顔で話すジン。 アリアがどう感じているのかは分からないが、何となく喜んでくれているような気がしていた。


「ジンさん、ありがとうございます」


 笑顔でアリアはそう言った。 3日ぶりのアリアの笑顔に、ジンの笑みも深くなる。


「それで誰が私がこの花が好きだと言ったのですか?」


 そして笑顔のままそう尋ねた。


「ガ、ガンツさんです。 さっきお店に行った時に教えて頂きまして。 …お好きじゃなかったですか?」


 何故か少しあせってしまったジンは素直にガンツに聞いた事を話し、そして恐る恐る訊いた。


「いえ、好きですよ。 ジンさんが贈ってくれたものですから」


 今度の笑顔は怖くない。 とりあえずアリアが喜んでくれているのは間違いないようだと、ジンはホッと胸をなでおろす。


 そうして2人が笑顔で微笑みあっている光景が、周囲にどう見られているかに気付かないままに。



 掲示板の前では、冒険者達が小声で騒いでいた。


「おい、アリアさんが笑ってるぞ。 俺はじめて見た」


「俺もだ。 ちくしょう、誰だあいつ」


「あいつローゼンの花を渡してたよな、しかも赤だぞ。 アリアさんも受け取ってたし」


「花言葉は『貴方を愛しています』だったよな? しかも好きとか言ってたぞあいつ。 くそっ」


「ちっくしょう。 おい、あいつ本当に誰なんだ。 見た事ないぞ」


 騒ぐ若い冒険者達。 その声にはやっかみや嫉妬、怒りの感情まで込められている。

 だがそうして騒ぐ若者とは対照的に、年かさの熟練冒険者達はアリアとジンの様子を目を細めて眺めていた。 その顔も話す声も共に、基本的には穏やかだった。


「氷の魔女が笑ってるぜ。 いい笑顔だ。 随分久しぶりだな」


「ああ、ようやく笑えるようになったって事か、やるじゃねえかあの坊主」


「そうだな、よくやったと褒めてやりたいな」


「そうだな、だが…」


「ああ…」


「「もしつまんねえ男だったら潰す!」」


 最後は声を合わせて宣言していた。 そして似たような光景は冒険者達だけでなく、ギルドの若者達や年かさの職員達の間でも見られた。


 アリアは色んな意味で愛されているようだ。


 そして隣の席で唯一全ての会話がちゃんと聞こえていたサマンサは…。


「(ふっふっふ~、確定だね~♪)」


 ニコニコと笑顔で、非常に楽しげな様子だった。

最後の締めをちょっと悩みましたが、一応これで投稿します。

次回は明日24日か明後日25日になると思います。


最近感想が少しずつ増えてきて、嬉しい限りです。 ありがとうございます。

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[一言] よし。皆、丸太は持ったな?いくぞ
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