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笑顔とリベンジと生活魔法

 街に戻ったが、まだ時刻は4時にもなっていない。とりあえずジンは採取した薬草が新鮮なうちにギルドに納品した方が良かろうと、まずはギルドを目指す。ほどなくしてギルドに到着すると、アリアの元へと向かった。


「アリアさん、ただいま戻りました。これが依頼の薬草になります。ご確認をお願いします」


 そう言ってジンは鞄からチリル草の束と、メル草の房の部分をまとめた小袋を渡す。どちらもゲートからではなく、直接鞄からだ。どうやら〔道具袋〕は生きているものは中に収納できないようで、とったばかりの植物は収納できなかったのだ。


「はい、それでは確認させていただきます」


 この短時間でジンが戻ってきた事に対してか、アリアは一瞬少し驚いたような顔をしたがすぐに無表情に戻ると確認作業に入った。

 チリル草は五つ全て根の部分をタオルでくるみ、一つにまとめてあった。その根の部分は土のままの状態で、生えているときとほぼ変わらない状態を保っている。メル草の房も潰れない様に採取専用の小袋に入れてあり、考えられる最高の状態だ。 常時依頼は期限が長い事もあり何かのついでで受けられる事が多く、今回のように全てが新鮮な状態で納品される事は多くない。またこのように保存方法も完璧な状態となると、皆無といってよかった。


「チリル草5本、メル草の房10個、間違いなく揃っております。状態も完璧ですので報酬は25%増額させていただきます。後ほどこの書類を奥にある出納係へお持ちください。そちらで報酬が支払われます」

 

 確認を終えたアリアはそう言うと、アリアのサインの入った書類をジンに渡した。


「ありがとうございます」


 これで初依頼達成だ。しかも良い評価をもらえて嬉しいジン。


「ジンさん、興味本位な質問で申し訳ないのですが、ちょっと訊いてもよろしいでしょうか?」


「え? なんでしょう?」


「どうやってこんなに早く薬草を見つけたのですか?」


 ジンがこのギルドを出てからまだ4時間程度しか経っていないのだ。アリアが疑問に思うのも無理はないだろう。ジンはどう答えたものかと考える。

 いくらアリアさんとは言え、〔地図〕について話すわけにいかない。〔鑑定〕ならばとも思うが、これも昨日まで持っていなかったのが急に今日習得できましたではおかしいだろう。それにこのスキルが真っ当なものかもまだはっきりしていない。とは言え出来ればアリアさんに嘘はつきたくないしな。


 ジンは目線を上に上げると、しばしそのまま視線をさまよわせつつ考える。そしてアリアに向き直ると悪戯っぽく笑ってこう言った。


「それは……秘密です」


 思わぬ返事に唖然としてしまうアリア。眼鏡の奥の瞳が驚きでまん丸だ。


「ふふふっ。早速アリアさんの教えを実践してみました」


 そんなアリアの様子を見て、ジンは屈託のない笑顔で笑う。アリアが言った「自分の情報は軽々しく口にしない」を実践したつもりだ。


「ふふっ。秘密じゃあ仕方ないですね」


 そしてアリアも口元に手を当てると小さく笑った。初めてアリアの笑顔を見たジンは思わず見蕩れてしまう。アリアの笑顔は長くは続かず、すぐに元の無表情に戻ったが、それでもジンには雰囲気が微笑んでいるように感じた。


「ははは。ではアリアさん、また明日宜しくお願いします。 失礼します」


 この柔らかい雰囲気の場所を去るのはジンにとってかなり名残惜しかったが、さすがに受付を一つ占拠しておくわけにもいかない。後ろ髪を惹かれる思いではあったが、ジンはアリアに別れの挨拶をすると換金の為に出納係へと向かった。


 そして何事もなく出納係で銀貨3枚に銅貨75枚の初報酬を手にしたジンは、ギルドを出て街をニコニコとニヤニヤが入り混じった笑顔で歩いていた。

 その笑みの理由は初めての報酬を得た事での笑みだけではない。思い出すのはアリアの笑顔だった。


(やっぱ女性は笑顔が一番だな。アリアさん可愛かったな~)


 心も18歳の若者としては当然の反応だといえるだろうが、同時にジンは結構な年の老人でもある。何十年振りかわからないそのときめきは本当に久しぶりで、しかもどこか新鮮で楽しかった。


 しかし本当に心も若返っているんだなとジンはしみじみ思う。本来なら20代の女性を見て綺麗だなとか可愛いなとは思っても、なかなかときめきは感じないものだ。何せ自分の甥姪のさらに子供とそう年が違わないのだ。さすがに60を越えた頃からその手のときめきは感じたことがないと思う。でも今はそうした老人の経験を持ちつつも、18歳の若者らしい情熱というか情動というかその手のエネルギーを自分に感じる。こうして違和感なく18歳の若者の心でいられる今の状況は、まさに神の奇跡だなとジンはつくづく思う。

 とは言えもちろん老人としての理性もあるので、ジンはときめいた程度でアリアを口説こうとは思わない。惚れる以前のときめき段階で口説くなど論外だし、少なくともこの世界でやっていけるだけの実力を身に付けるのが先だと考えるのだ。 


 老人の知識と経験を持つジンの恋愛観は、所謂世間一般から見ると固いのであろう。だがこうした理性が本能にどこまであらがえるかは怪しいものだ。ましてや今のジンの心は18歳の若者なのだ。もしかするといきなり恋心が暴走する可能性もありうる。

 だがそれはジンにとって決して不安というだけではなく、どちらかと言えば期待に近い物も多かった。


「ふふっ。また恋なんてする日が来るのかな? 楽しみだ」


 それがアリアとは限らない。もし自分が女性に惚れてしまったら、自分はどう変わるのだろうか? それとも変わらないのだろうか? その日が待ち遠しくも感じるジンであった。


 そしてジンは思い出し笑いを収め、気分を変えて街を歩き続ける。街は夕飯の買い物の為か、人通りも多い。前の世界だったら夕方5時か6時には夕食を食べていたジンだったが、さすがにこの世界でその習慣を続ける気はない。昼食を食べ過ぎた事もあり、食材はもちろん美味しそうな惣菜も無視して歩き続け、そして公衆浴場の前に着いた。

 そして本日2度目のお風呂に入って身を清めると、新しい服に着替えて神殿に向かった。


 目的はそう、リベンジである。


 神殿では朝と比べて格段に人が多かった。神像の前で熱心に祈りを捧げる人たちにまぎれ、ジンも失礼のお詫びとお祈りのやり直しをする事が出来た。今回は身も清めている。これでリベンジ達成だ。胸につかえていた物がとれて、ようやくジンは落ち着いた。


 そして続いてはもう一つの目的である『生活魔法』の習得を目指す。どの神官さんも忙しそうだったが、たまたま近くを通った男性神官にジンは声をかけた。


「お忙しいところをすみません。『生活魔法』を習得したいのですが、どのようにしたら宜しいでしょうか?」


「あ、はいはい大丈夫ですよ。今からでもよろしいのでしたら私が務めさせていただきますよ」


 30代そこそこであろう若い神官は、気さくにジンに申し出た。そして何処か別室に移動するという事もなく、この場で始める様だ。


「一応決まりになっているので説明しますね。このスキルは神様からの贈り物と言われており、私達神官はその橋渡しをするだけです。神様に感謝して受け取ってくださいね。スキルの詳細は自然とわかるようになっていますのでご心配なく。一応簡単に言えば、指先から火や水を出したり、洗濯物を洗ったり出来るようになります。これらの魔法の効力は、普通はそんなに大きな効果ではありません。ただ、たまに大きい火が出たり、たくさんの水が出たりと効果が大きく出る方もおられます。でもそういう人もそのうち慣れますので、もし貴方がそうなっても安心してくださいね。ただ一応念の為に、初めて魔法を使うときはちゃんと周囲の安全を確認してから行ってくださいね。もし何か分からない事や困った事があればいつでも此方にいらしてください。たぶん大丈夫だと思いますけどね。それでは説明も終わりましたのでいきますね」


 そう一気にしゃべった神官は右手をジンにかざした。ジンもあわてて頭を軽く下げる。


「天空に住まいし神々よ、御身の恩恵をこのものに与えたまえ『インプリンティング』」


 神官の呪文を聞いてジンは思う。


(いくらなんでも刷り込み(インプリンティング)はないよな。日本語翻訳機能のおかげで会話に苦労しないばかりか呪文のキーワードまで翻訳してくれるのはありがたいけど、たぶん俺の知っている言葉で訳してくれているのだろうな。まあ英語は特に得意ってわけじゃなかったし、意味が何となくでもわかるからいいんだけどね)


 話に「~ね」の多い神官の軽い気さくな雰囲気につられたのか、ジンの思考は変なところにいってしまっていたが、自然にすっと閃いたような感覚でスキルが宿った事を感じた。


「ありがとうございます。たぶんスキルを身に付ける事が出来たと思います」


「それは良かったです。それでは今から成長確認の儀式をしますね。これをしないと使い方も何も分かりませんから」


 ジンは恐らく神殿で行うというステータスチェックのことだろうと判断した。そう言えば普通は神殿かギルドに行かないとステータスやスキルはわからない事という事を思い出し、あいまいにうなずく。


「天空に住まいし神々よ御身の力もてこの者に自身の成長の証を表したまえ『ステータスチェック』」


 その神官の言葉と共にジンの前にステータスウィンドウが現れた。お馴染みの〔メニュー〕で出すそれとは若干違うが、内容的にはほとんど変わらなかった。そしてそこには新しいスキルが追加されていた。


〔基本魔法〕…全ての者が適正を持つ火・水・風・土の4属性の基本的な魔法

・ファイア…火を出す (消費MP1)

・ウォータ…水を出す (消費MP1)

・ウィンド…風をおこす(消費MP1)

・アース…土を動かす (消費MP1)


 どうやら『生活魔法』というのは通称で、正確には『基本魔法』というらしい。呪文は単純な説明しかないが、水と火は単純に便利だろうし、風は扇風機で土は農業系かな? いずれにせよ使い勝手は悪くなさそうだと、スキルを確認出来たジンは改めて神官にお礼を言う。


「ありがとうございます。無事確認できました」


「はい。それは良かったです。色々と応用も利く魔法ですので、ちゃんと神様に感謝してくださいね」


 そう言うと神官は小走りで去っていった。お布施の事は何も言わなかったが、所謂お気持ちで良いという事だろう。ジンは忙しい中付き合ってくれた神官さんの後姿に感謝を込めて一礼する。そしてお布施箱の前に移動すると、今日の収入である銀貨3枚に銅貨75枚を全部箱の中に入れた。


 初任給というわけではないが、もともとジンはこの世界で初めてお金を稼いだらそれは神殿でお布施にするつもりだった。初任給を親へのお礼に使う子供のように、初めて稼いだお金は神様に捧げたいと思ったのだ。

 だからジンとしては今回納めた分にはスキル分のお布施は入っていないと考えている。なのでジンはちゃんと稼いでから改めてスキル分を納めに来るつもりだ。


 神殿を出たジンは時間を確認したが、まだ5時を少し過ぎたくらいだった。今日の予定はここまでとし、ぶらぶらと散歩をして帰る事にする。


 威勢のいい返事の魚屋の若いお兄さんにガラガラ声で呼び込む八百屋のおじさん、そして笑顔で値切るしっかり者の奥様と笑いながら駈けていく子供達。それは古き良き日本の商店街を思わせ、ジンもどこか懐かしいものを感じた。

 ただその一方で行き交う人々の髪の色は赤金青銀黒茶と様々で、実にカラフルだ。値切りに成功して嬉しそうな若奥様の耳は長く尖っており、苦笑いの店のおじさんの頭には垂れた犬耳が、そしてお尻には尻尾がある。ファンタジーでありながら生活感あふれるその光景は、ジンにとって強くせいを感じさせるものだった。ゲームではない、誰もが一生懸命に生きている現実の世界。

 ジンは心の底からの笑顔でこの光景を楽しみ、あちこちの店にぶらぶらと立ち寄りながら時間をかけて宿へと戻った。


 宿へ戻るとジンは出迎えてくれたお姉さん(既婚、推定50代)に洗濯について尋ねると、銅貨30枚で全部洗濯してくれるとの事だったのでお願いする事にした。お風呂に2回入ったので洗濯物の量は多い。

 ついでに洗濯の仕方を見せてもらうと、樽に水と洗濯物と洗濯用の道具という白い石を入れて生活魔法をかけて洗濯機のように回していた。お姉さんにやり方を訊くと、〔ウィンド〕の魔法を水にかけて回しているそうだ。また普通洗濯物を乾かす時は天日干しだが、急ぐときは〔ファイア〕と〔ウィンド〕を使ってドライヤーのようにして乾かすらしい。なるほど『生活魔法』という通称はピッタリだ。お姉さんによるとこういった主婦の知恵と言うべき生活魔法の使い方がいくつかあるそうなので、宿を出て1人暮らしする迄には教えてもらおうとジンは思った。


 そしてその後ジンは1階の食堂で今日も美味しい夕食をとり、お姉さんや他の従業員とも世間話をしながら夜を過ごした。そしてささやかな初依頼達成のお祝いにとこの世界に来て初めてお酒を飲んだジンは、ほろ酔い気分で夜の9時にはベッドで気持ちよく眠りについたのであった。

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[一言] 復讐達成とは穏やかではありませんね
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