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新しい一日の始まり

 この2日間でアクセスが急増し、日刊ランキング総合8位、部門別5位。 お気に入り登録800件超え、評価ポイント2000P超えなどの反響をいただきました。 本当にありがとうございます。

 これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。

 柔らかな光が窓を照らす。小鳥のさえずりがジンの耳を心地よく刺激した。


「あ~朝か~」

 

 ぼんやりと朝のまどろみに身を任せながら、ジンはゆっくりとまぶたを開いた。

 目に映るのはいつもの見慣れた畳の部屋ではなく、昨日初めて訪れた宿の部屋だ。


「この世界にも雀っているのかな?」


 自分が異世界に来ている事を再認識しつつ、ジンは身を起した。


「ん? おおう」


 ふと自分の体の異常に気付く。ここ数十年感じたことのなかった現象がそこに起きていた。

 ジンの腰元あたりのシーツが、こんもりと盛り上がっていたのだ。


「そっか。若返っているんだもんな」


 数十年ぶりの感覚にしみじみとジンはつぶやく。これで精神年齢が老人なら戸惑うのだろうが、心も若返っているジンにとっては違和感のない事態だ。ただ記憶としては久しぶりだという、何とも奇妙な状況だ。


「まあいいか。健康って事で」


 ジンはベッドから降りて背伸びをすると、いそいそと1階のトイレへと向かった。


 用を済ませた後、宿の従業員に顔を洗う場所を聞くと裏庭の井戸を案内された。

 ジンは礼を言って井戸へと向かう。


「汗臭くはないけど、ちゃんと体を洗いたいな。理想は風呂だけど…」


 昨日は食事の後に直ぐ寝てしまった為、訓練で汗をかいた体のままだ。しかも体を拭うタオルもなければ、歯ブラシもない。今日は武器防具だけじゃなく生活用品も色々買い込まなきゃと、ジンは心に留めた。

 井戸水で顔を洗い、タオルがないので手で拭って水を切る。本当は着替えたいが、替えの服もないので我慢だ。チュートリアル装備のこの上下は、言ってみれば木剣と共に残された数少ない前の世界の品だ。ジンは大事にしようと改めて思った。


 中庭には他の人の姿は見えない。水が乾くのを待つのにもちょうど良いと、ジンは日課のラジオ体操を始める。

 健康な若い体なので、いつも以上に体が伸びて気持ちが良い。しっかり体を伸ばす事をイメージしながらラジオ体操を続け、中盤あたりに差し掛かったところで中庭に続くドアから出てきた背の高い若い犬耳の女性と目が合った。

 ジンは軽く会釈すると、その女性が井戸を使いやすいように少し端のほうに移動する。そしてそのままラジオ体操を最後まで続けようと再開したが、しばらくして此方を見る女性の視線に気付いた。ジンは邪魔にはなっていないと思ったが、少し恥ずかしくなってきたので途中でラジオ体操を止め、もう一度犬耳女性に会釈すると足早にその場を離れた。


 部屋に戻ると、ジンは朝食までの時間を利用して今後の方針を決める事にした。


 まずは日本円に換算して7億以上あると思われるお金の使い方だ。

 お金があるからといって、金に糸目をつけずに贅沢な暮らしをするのは論外だ。ジンはこの異世界を楽しみたいと思っていたが、楽をしたいわけではなかった。また、分不相応なお金は不幸を呼ぶものだ。

 変な輩に目を付けられるのも事だし、少なくともそれなりの実力を身に付けるまでは封印だなとジンは結論づける。


 ただ、この街に入る時に門番のバークに大金貨1枚を両替してもらっているので、その範囲までなら使っても良い事にした。バークの口ぶりから装備一式を揃えてもまだ余裕が残りそうだったので、当座の資金としては充分だろうと考えたのだ。


「さあて、んじゃやるべき事をリストにまとめてみますかね」


 そう言うとジンはメニューの〔メモ帳〕を手元に出現させる。そして同じくイメージしたペンで、箇条書きにやるべき事をメモし始めた。


・武器防具を揃える。武器は剣、初心者が買う無難なものにしておく。


・生活用品をそろえる。タオル・替えの服・下着・歯ブラシ・歯磨き粉・石鹸


・情報を集める。図書館があればいく。スキル・地図・立ち位置・一般常識・風俗・歴史 本を買う?


・ギルド。正式に冒険者となる。依頼を受ける。訓練をする。自主練も?


・バークに会う。保証金の返金手続き。


・スキルを使う。誰も見ていない状況で無属性魔法、鑑定。


・神殿に行く。ご挨拶。スキル確認は保留。


・メニューの確認。残りは設定だけ。


・魔法。属性は同じか? 習得方法は? 呪文の覚え方。本があれば買う。


・家。相場、賃貸、購入、風呂、改築、新築


「こんなもんかな? まあ思いついたら追加しよう」


 とりあえず思いついたままジンは書き出した。最後の家は先の話になるだろうが、出来れば早めに何とかしたい。風呂にもちゃんと入りたいし、このまま宿を拠点にするのも割高だろうしもったいない。日本人らしい要望と、老人らしい経済観念もったいないだった。

 ジンは昨日一日ですっかりこの街が気に入っていたので、この街を出ることなど考えていなかった。


「よし、今出来るのはメニューの確認だな」


 ジンはそう言って早速リストを消化しようと、〔メニュー〕の〔設定〕を呼び出す。これまでちゃんと見たことはなかったが、〔クエスト〕〔ログ〕〔詳細設定〕〔ヘルプ〕の4つの項目があった。


 このうち〔クエスト〕と〔ログ〕に関しては見たことがあるので省略し、ジンは〔ヘルプ〕を見てみる事にした。

 それはVRゲーム『ニューワールド&ニューライフ』用のヘルプのままに見えた。一応確認の意味で検索機能を使って〔鑑定〕を調べてみたが、ジンにはVRゲーム時の内容と変わらないように見えたので、必要になるまでは見なくていいなと次に移る事にした。


 だが、ジンは仮想世界でゲームをプレイしているのではなく、異世界という現実に転生したのだ。 ゲームシステムの〔メニュー〕が転生に合わせてスキルになったのと同じように、ヘルプの内容もこの世界に合わせて変わらないわけがない。もしジンがマニュアルをきちんと読み込むタイプの人間であれば、今後直面する問題やトラブルのいくつかは事前に回避できたかもしれない。

 だが結局それもジンの選択であり、そしてそれは決して悪い事ばかりではなかったのである。


 自分が大きな見落としをしている事にも気付かず、ジンは続けて〔詳細設定〕の内容を確認する事にした。


・地図

・ウィンドウ

・戦闘システム

・時間

・言語

・音楽


 気になる項目はあったが、まずはクリスがお勧めしていた〔地図〕を選択する。


・MAP表示

・ナビゲーション機能

・ターゲット表示


 という項目が現れた。どれもOFFになっていたのでまず〔MAP表示〕をONにすると、いつも通りウィンドウが現れた。そのウィンドウにはジンの居るこの部屋を中心に宿と思しきMAPが表示されていた。1階2階の切り替えや、拡大縮小も思いのままだ。 拡大を広げるとこの街の全体マップが、さらに広げるとこの街を中心とした世界マップが開いた。ただ、行ったことがある場所周辺しか表示されないのか、見えないようになっている部分がほとんどだった。


 ジンは縮尺をこの宿に戻し、次に〔ターゲット表示〕を試してみる事にした。設定をONにすると、〔ターゲット表示〕にはたくさんの項目が追加された。 

 〔生物〕〔人間〕〔魔物〕〔動物〕〔敵対〕〔友好〕〔警戒〕〔サイズ〕〔性別〕他多数、どうやらMAPに表示する光点の種類や状態を細かく設定できるようだ。


 例しに表示を〔生物〕にすると、宿屋のMAP上にあきらかに人の数より多い白い光点が表れた。特に調理場周りに多い事に嫌な予感がしたので表示を〔人間〕に限定すると、その数は一気に減った。予想通りの嫌な結果をあえて無視して〔敵対〕〔警戒〕〔友好〕等の感情状態をONにしたが、何も変わらなかった。これは恐らく宿にいる人とさほど面識がないせいで、此方にそういう感情を持っている人が居ないという事だろう。ジンはさっき中庭でラジオ体操を見られてしまった女性に警戒されていない事にホッとした。と同時に他人の感情を覗き見するような行為になってしまった事に申し訳ない気持ちになり、感情関係の表示を一旦OFFにした。

 

 まだ他にもあるたくさんの項目に混乱してきたところで、クリスが言っていたイメージ次第という言葉を思い出した。 頭の中で意識しながら地図のサイズを変えたり、警戒レベルの調整等の細かい変更等、一々個別に設定しなくともイメージどおりに問題なく変更出来た。このファジーな対応力は元々のゲームシステムの凄さなのか、それともファンタジー的な力なのかは分からなかったが、いずれにせよ便利だからありがたいなとジンは思う。

 そして結局は身の安全を守る為だけを考え、とりあえず〔ターゲット表示〕としては「此方を害する意識を持つ」以上の悪意を持つ〔敵対〕者のみ表示する設定にしておいた。

 これだけでも充分便利な機能だ。もし他に何か必要となったら変更すれば良いのだ。


「イメージでファジー最高です」


 ちょっとおどけてジンは笑った。

 

 次に〔ナビゲーション機能〕をONにしてみる。これもクリスお勧めの機能だった。ONにするとさっきと同様に項目が増えたが、二つだけだった。


〔検索〕……名前や職業、店の名前や業務内容など、様々な条件を設定して検索する事ができる。


〔目的地〕……クエストの目的地や任意の場所を選択し、そこに至るまでのナビゲートを受ける事が出来る。


「これは分かりやすいな」


 ジンは一息つくと、試しに「バーク」で検索して見てみたが0人の表示だった。範囲をこの街にすると表示は4人に増え、MAPに点と大き目の矢印マークで分かりやすく表示された。続いて兵士で検索すると1人になった。そのバークを目的地と意識すると、ちょうど車のナビのようにMAP上にルートが表示された。後でバークさんを訪ねる時に使えそうだとジンは思った。

 ついでにグレッグ教官や受付さんも検索してみようかと考えたが、教官はともかく女性に対しては失礼だなと思いやめた。


「便利だけどちゃんと常識を持って使うようにしよう。うん」


 一歩間違えればストーカーだ。反省しつつ自分に言い聞かせるように独りごちるジンだった。 


「でもこれで道に迷う事はなくなったな。嬉しい」


 方向音痴で困っていた身としては本当にありがたい機能だ。ジンはご満悦であった。

 〔地図〕はこの辺にして次の〔ウィンドウ〕にいく。


 〔ウィンドウ〕は単純だった。簡単に言えば見た目を変える事が出来るのだ。ウィンドウ周りの枠を貴金属製の豪華な装飾で彩ったりするのはもちろん、木の枝や炎でファンタジーっぽく囲む事も可能だ。そしてそれだけでなく、羊皮紙、巻物、木板、紙等、情報が映し出されるウィンドウ表面の素材変更も可能なのだ。

 ジンは〔基本情報〕を忍者が使うような巻物型でイメージして呼び出したが、細かい事に表示された情報までが筆で書いたような文字に変わっていた。表示は自分で開くように見せる事も可能で、まるで自分が実際に持っているかのように扱う事が出来た。もちろん実際は映像でしかないのだろうが、タッチパネル操作のような擬似的な触感も再現出来るので実に面白い。しかも基本的にウィンドウは自分にしか見えないが、表示機能をONにする事で他人に見せる事も可能になるのだ。実用性はともかく、なりきって遊ぶにはもってこいの機能で大いに気に入った。


 しかしジンが一通り遊んで〔ウィンドウ〕設定を終了した時、結局設定はデフォルトのままであり、表示をONにしたのも〔メモ帳〕だけだった。どうやらジンは自分で使う分には、あまり見た目にはこだわらない性格のようだ。


 〔時間〕と〔音楽〕も面白かった。時刻は単純に時計機能なのだが、その表示を手の甲や、木剣の刀身、適当な壁などにまで固定して出現させる事ができるのだ。後は出現場所を変更しない限り固定される。もちろん形や表示方法はイメージ次第で変更可能だ。

 ジンはファンタジーっぽい木製の腕輪型時計をイメージして遊ぶ。そしてどうせ実体ではないので邪魔にはならないと、ジンはそのまま付けておく事にした。もちろん他人には見えない表示OFFの設定だ。この世界も一日が24時間である事を知る事が出来たのは収穫だった。


 〔音楽〕は簡単に言えば音に関する全ての設定が可能だった。BGMや効果音に音楽再生、自分以外にも聞かせる事も出来るという、ジンに言わせれば〔ウィンドウ〕以上のお遊び機能だった。音源はゲーム素材のみで選択の幅は少なかったが、いずれにせよ昔から音楽はあまり聴かない派だったジンにはさほど問題でもなかった。 結局ここも変更する事無く、デフォルトの設定のOFFのまま終了した。


 〔言語〕を開いてみてやっと自分がこの世界で会話や読み書きに困らない訳が分かった。 


・言語設定【日本語】


 設定はデフォルトの日本語だったが、【 】の部分は、英語や独逸語など世界各国の言葉に変更可能だ。

 VRゲーム『ニューワールド&ニューライフ』は世界中で販売されていたので、こういう翻訳機能が搭載されていたのであろう。 心底日本独占販売でなくて良かったと思うジンであった。 


 そして残すところは重要そうな〔戦闘システム〕だけとなった。しかしここまで来るのに結構な時間が経ってしまった事と、もっと戦闘を経験した後に設定した方が良さそうだと判断しジンはまたも後回しにする事にした。 に少し前から感じている空腹感にジンが負けたわけではない。と思う。


「腹減った。時間もちょうど良いし、飯に行こう」


 ジンは腕輪時計を見ながらそう言った。時刻は午前8時を過ぎていた。


 そうして1階に下りたジンは従業員のお姉さん(推定40歳以上)から色々と世間話で情報を仕入れつつ、美味しい朝ごはんをたっぷり堪能した。


 こうしてジンは異世界生活最初の朝を、それなりに充実した形で始めることが出来た。


 そして冒険者生活の始まりに心躍らせながら、意気揚々と街中に向かったのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日から読み始めました。 ストーリーは淡々と進んで派手さは今のところありませんが、薄味の和食のようで好きな感じです。 [気になる点] ステータスやスキル等の説明は有難いのですが、細か過ぎて…
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