挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

「先輩と後輩」シリーズ

桜を見に行きませんか。

作者:人鳥
【Smile Japan】参加作。          ※この小説はpixivでも公開しています。
 桜を見に行きませんか。
 志岐くんがそう言ったのは、今日の放課後だった。
 志岐くんは同好会の後輩で、たった一人の会員だ。空を見たり、綺麗な景色を見たりする会なのだが、彼がわたしを誘ったのは、これが初めてのことだった。

「え? 桜? どうしたの、突然」
 高校の裏の、小高い丘の上。いつものように志岐くんと草の上に寝転んで空を見上げていると、ふいに、志岐くんが「明日、桜を見に行きませんか?」とひとり言のように言った。
「いつも伊空先輩から誘ってもらってばかりですから、ぼくからも誘ってみようと思いまして」
「そうじゃなくてさ、明日って突然だなって」
 首だけを志岐くんに向けて言う。草と土の香りが鼻孔をくすぐる。春の草は、とても暖かい香りがする。
「それを伊空先輩が言いますか? 朝四時に突然待ち合わせをしたり、夜に突然電話をかけてきて『星を見よう!』なんて言ったりする人が?」
 返す言葉もない。でもそれは、わたしが志岐くんと仲良くなろうという努力の表れであることは、ここで明確にしておきたい。決して、わたしが人の迷惑を考えない人だということではない。
「うー……まあ、明日は一日中本を読むつもりだったから大丈夫だよ」
「素直に暇だと言ってください」
 志岐くんはわたしを見ることもなく、空を見上げたまま言った。志岐くんがわたしを先輩とは思わない発言をするのは、今に始まったことではない。時折、呼吸をするようなさりげなさで、そういう発言をする。
 それがいつも概ね正しいから、余計始末に悪い。
「はいはい、わたしは暇ですよー」
 拗ねないでくださいよ、と志岐くんが苦笑交じりに言う。
 わたしはさらに拗ねたふりをして、視線を空に戻した。今日は少し雲が多い空だ。白と青は六対四くらい。夕方ということもあって、少し肌寒い。
「今日は少し気温が低いみたいですね」
「そうだね」
「肌寒くしたい気分だったのかもしれません」
「そうかもね」
 そんな話をして、この日は解散した。

 翌日。待ち合わせの十分前に、わたしは神社の参道の近くにある階段へとやってきた。この階段を上ったところに、参道を彩る桜並木がある。今日はタイミングが悪かったようで、上の方からにぎやかな声が聞こえてきた。花見客がいるのだろう。声から察するに、酔っ払いもいるようだ。
 今日はサンドウィッチを作ってみた。昼前の集合だからあったほうが良いだろうという先輩としての――そう、先輩としての心遣いだ。
 これで先輩アピールができる。
 ところが。
 志岐くんがやってきたのは、それから一時間後のことだった。
「あれ? もう来てたんですか?」
 と、志岐くん。
「一時間も待ったけど?」
「あれ? おかしいですね。待ち合わせはこの時間のはずですが……すいません。どうあれ、待たせてしまったみたいで」
「いいよ、いいよ。それよりさ、早く行こうよ」
 一時間の遅刻くらい、わたしは気にしない。わたしはもっと待たせた記憶がある。
「そうですね」
 石の階段を上る。並木の間には、やはり花見客が大勢いた。広くもない参道を埋め尽くす人。酒臭さはご愛敬、というところか。
「奥に行きましょう。あまり人もいないでしょうし」
「そうだね」
 神社の鳥居が見得る場所まで来ると、人の姿はほとんどなく、遠くから聞こえる騒ぎ声だけが人の存在をわたしたちに伝えている。
 しかし残念なことに、ここまで来るとあまり桜も植わっていなかった。数本の桜が申し訳程度に並び、薄桃色の花が風に揺られている。
「ちょっと奥まで来すぎたかな?」
「いいんじゃないですか? 二人で一、二……四本の桜ならおつりが出るでしょう」
 そういう問題ではないような気がしたけれど、黙っていることにした。
 桜は見た目がとても綺麗だけど、その実、香りはほとんどない。桜の可憐さに嫉妬した梅が、香りを奪って行ったのかもしれない。
「あ、そうだ。志岐くん、おなかすいて……ないよね」
「何言ってるんですか? 食べてませんよ。伊空先輩のお弁当目当てに、昼ごはんは抜いてきてます」
「……わたしが作ってなかったらどうするの?」
「そうですね、拗ねるかもしれません」
 いつもどおりの表情でそう言った志岐くんがおかしくて、思わず吹き出してしまう。
「なんですか?」
「いや、おかしくて」
「ふぅん? まあ、それはいいです。それで、その、作ってきてくれてます?」
 今度は少し不安げに言った。
「もちろん」
 持ってきたバスケットを開き、中からサンドウィッチを取り出す。ホイルにくるんだそれを志岐くんに渡す。
「いただきます」
「どうぞ」
 志岐くんはホイルをはがすと、サンドウィッチを一口食べた。レタスとトマトと卵だけの簡単なものだけれど、志岐くんはとてもおいしそうに食べてくれた。
「おいしいですね」
「そう? ありがとう」
 よし! これで先輩ポイントが一ポイントたまったぞ!
「あの、伊空先輩」
「うん?」
「好きです」
「は?」
 どうやらわたしが溜めたポイントは、先輩ポイントだけはなかったらしい。
 何かが残れば、幸いです。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ