第38章 囚われの身
お話戻って、
白バラの森を飛び立ったオデット王女一行のその後。
ベルーシアへの旅は順調そのもので、クラリスたちがカカッサスの洞窟にいる頃にはすでにベルーシアに入っていました。
十分間に合うとなると王女に欲が出てきました。
「やっぱりロットバルトに対抗する味方がほしいわよねえ」
「また熊さんみたいな?」
話し相手は例によって火花の精ヴァイオレットです。
「そうじゃなくって、ロットバルトに馬鹿なことはやめるようにって説得できる人よ」
「いるかなあ、そんなの? あいつ、世界で一番偉いのは自分だって思ってるよ、ぜったい」
「でしょうけどねえ・・。
でも思うんだけど、あの人、鳥の大将ってことだけど、もともとフクロウで、夜の世界の王様だったわけよね? 昼の鳥たちの王様っていなかったのかしら?」
「野生の動物たちにそんな意識なんてありゃしないよ。みんな自分のテリトリーを守って、外のことなんかおかまいなしさ。ロットバルトだけ特別なんだよ。あいつは人間の真似をしているのさ」
「だったら、自分のテリトリーを侵されてロットバルトに反感を持っている力の強い鳥っていないのかしら?」
「そういうことなら、いるかもね」
「そういう鳥が何羽か集まって他の鳥たちにロットバルトに協力しないように言ったらどうかしら?」
「でももし鳥たちの協力がなくなったってロットバルト一人で十分強いよ。火に油って結果にならなきゃいいけどねえ」
「このまま何もしないよりはましでしょ?」
「それじゃああたいが鳥たちに探りを入れてみてもいいけど、あたいが居なくてだいじょうぶ?」
「だいじょうぶでしょう。ナージャもいるし、ロットバルトもこれ以上わたしに嫌われたくもないでしょうから」
というわけで、ヴァイオレットは一人一行から離れて森の鳥たちにロットバルトに反感を持っている者がいないか探りに出かけました。
オデット王女は
「白鳥でいられるのもあとわずかだから今のうちに空の散歩を楽しんでおきましょう」
とお城の麓の湖の周辺及び西の方にかけて一日中のんびり行ったり来たりしました。
他の者には言いませんでしたが、もしかしたら、この森からの脱出の際脱落した二人、近衛女官のレスリーと女中のジジがどこかで生きていて自分たちを待っているのではないかと一縷の望みを持ってのことでした。
残念ながら二人は発見できず、一日経ち、二日経ちました。
ヴァイオレットの方もなかなか芳しくないようです。どうやら思った以上に鳥たちに対するロットバルトの支配は強いようです。
そしてとうとう満月の前日になりました。
朝出かけてすぐにヴァイオレットが喜び勇んで帰ってきました。
「いたいた、見つけたよー! ものすごい鳥の王様を!」
ヴァイオレットの案内でオデット王女たちは北の方の湖に向かいました。
そこで待っていたのはロットバルトにも負けない立派な大鷲でした。それも三羽。彼らはこの辺りを縄張りとしているライバルたちでした。
彼らは地面から大きく突きだした岩に止まり、王女はその足元に歩み寄って対面しました。
「ロットバルトの奴は腹に据えかねる」
一羽が迫力満点に言いました。
「大風をまき散らして俺の縄張りを荒らしやがるし、奴の子分のチビ助どもが徒党を組んで大いばりで俺の獲物を横取りしやがる。ふざけるなと叩きのめしたら奴が出てきてこの有様だ」
この大鷲は額に大きく引き裂かれた傷跡がありました。
別の大鷲が言いました。
「他の鳥どもは奴に騙されているのさ。奴は人間の王になりたがっているのだ、人間の王になってしまえば鳥のことなど見向きもしなくなるさ、同じ仲間のくせにな」
もう一羽も言いました。
「あいつは俺たち鳥のためにならねえ。さっさと殺してしまわねば俺たちの世界はめちゃくちゃになっちまう」
三羽はただでさえ恐い顔を怒りでこれ以上なく凶悪にして今にも獲物に飛びかかりそうに羽を怒らせました。
王女は危うい雰囲気に警戒して言いました。
「まあ待ってください。ロットバルトを王の座から引きずり下ろすのはけっこうなんですけれど、争いになっては困ります。だいたい、申し上げにくいんですけれど、あなた方が彼に戦いを挑んで勝てるんですか?」
王女はチラリと一羽の額の傷跡を見ました。
大鷲たちは怒りました。
「鳥の世界で俺たちにかなう奴なんていねえ! ただ、奴は俺たちにはない魔法を使う。だがそれも奴に近づければ問題はない。俺たち三羽が力を合わせれば必ず奴を倒せる!」
オデット王女はますます困りました。
「倒されてしまうのも困るんです。わたしはただ彼を無力にしたいだけなんです。彼も元々は人間に対する怒りから立ち上がったわけですから、同じ鳥のよしみでなんとか殺すのは勘弁してあげてくださいません?」
と、大鷲たちをなだめました。
大鷲たちは面白くなさそうでしたが、そこはさすが鳥の王者、誇り高く慈悲を示してくれました。
「よし。ではおまえたちに俺たちの力を見せてやる。このままこの湖に遊んでおれ。森中の鳥たちを味方にして奴からおまえたちを守ってやる」
オデット王女はそれも迷惑な話だと思いましたが、相手は何しろ巨大で強力な肉食鳥です、あんまりごねて機嫌を損ねてはたいへんなので申し出をありがた迷惑に受けることにしました。
湖で待つ仲間たちのところへ向かいながらオデット王女はヴァイオレットを睨み付けました。
「なーにが鳥の王様よ、ただの頭の悪い乱暴者じゃない」
ヴァイオレットはむくれました。
「あたいが悪いんじゃないよ、ロットバルトが嫌われているだけだよ」
仲間の白鳥たちも不安そうに各々飛び立っていく大鷲たちを見上げています。
オデット王女は羽をすくめて言いました。
「わたしたちを守ってくださるそうだから、ま、お任せしましょう」
湖の周辺に続々鳥たちが集まってきました。
鷲に鷹に鳶にミミズク、カモにサギにカワセミ、キツツキにシジュウカラ、ツグミにヒタキにホオジロ、スズメにヒバリ、ハト、そしてあのにくったらしいカラスたちまで、湖の周りに、森の木々に、大量に集まってやかましく鳴き声を上げています。
あまりの騒々しさと数の多さにさすがにお気楽なヴァイオレットもだんだん不安になってきました。
「なーんかヤバイ雰囲気じゃないか?」
三人の子どもたちはすっかり脅え、天馬のナージャもイライラしたようにブルブル鳴きました。
しかし今さら脱出しようにも上空をあの三羽の大鷲が見張るように旋回しています。
ヴァイオレットが申し訳なさそうに王女に言いました。
「もしかしてさー・・・」
「どうやらそうのようね」
王女はすっかりあきらめたように答えました。
そして夕方。
不安は的中して大きなつむじ風がゴオッと湖の上にやってきて、中から大きな翼の持ち主が現れました。
ロットバルトです。
今度のロットバルトは人間の体の背中に翼を生やして、顔は、フクロウそのものでした。
オデット王女はロットバルトに言いました。
「ぜーんぶお見通しで、罠だったってわけね?」
「そういうことですな」
ビックリしたようなまん丸い巨大な金色の目のロットバルトは無表情に言いましたが、その声は得意満面でした。
ヴァイオレットが悔しそうに上空の鷲たちに叫びました。
「こらーっ! この卑怯者ーっ! なーにが鳥の王者だ、バッカヤローッ!!!!」
「彼らを責めるのは間違いだな」
ロットバルトが鷲たちを代弁して言いました。
「彼らは誇り高き鳥の王者だ。だが、偉大な王も森がなくなっては生きていけないのでな。わたしが約束したのだよ、わたしが人間の王になったら必要以上に森を開発することはさせないとな」
やっぱりロットバルトこそが鳥の王だったのです。
「念のため訊くけれど」
オデット王女が言いました。
「彼の額の傷はあなたが付けたものじゃないの?」
「わたしが付けたものだよ。この森を代表する彼と決闘してな。もちろん鳥のわたしとしてだ。結果は、もちろんわたしの勝ちだ」
ロットバルトはスーッと下りてきて水の上に立つと人間の顔に変身しました。
「さあまいりましょうか、オデット姫。もちろん姫お一人でですぞ。お友だちの皆さんはこちらで待っていていただきましょうか。もちろん、嫌とは言わせませんぞ」
「仕方ないわね」
オデット王女はロットバルトに従う振りをして横をすり抜けるとバシャバシャ駆けて飛び上がりました。
森の鳥たちがざわめきましたが、ロットバルトは手で制してつむじ風を巻いて飛び上がり、簡単にオデット王女を捕まえてしまいました。
「鳥どもが追ってくると思ったか? 残念だったな」
オデット王女の白鳥はロットバルトの腕の中でもがきました。
ロットバルトは残酷に笑いました。
「この程度の戒めからも抜け出せないか、クラリス?」
オデット王女はもがくのをやめてロットバルトを見ました。
「妖精! ヴァイオレットとか言ったか? それにペガサス! おまえたちにも来てもらおうか?」
ヴァイオレットは悔しそうに歯ぎしりしながら、仕方なくナージャを伴ってロットバルトのところへ飛びました。
ロットバルトは片手でヴァイオレットをムンズと捕まえ、気分良さそうにナージャにまたがりました。
「ねえ、ロットバルト」
オデット王女が訊きました。
「仲間たちの安全は保障してくれるんでしょうね?」
「それは姫の態度次第、と言いたいところだが、まあいいだろう。鳥たちには手を出させない。ただし、ここでおとなしくしていればだ」
王女は頷き、下で心配そうに見上げる仲間たちに言いました。
「わたしはだいじょうぶよ。みんな、きっと人間に戻してあげるから安心して待っていてね」
ロットバルトは声を出して笑い、
「それ行け!」
とナージャの脇腹を叩き、風の絨毯に乗せてものすごい速さで駆けさせました。
ロットバルトを乗せたナージャはあっという間にユークリナの王宮に到着しました。
ロットバルトはナージャを厩舎につなぎ、厳重に鍵をかけました。ヴァイオレットは頑丈な鳥かごに入れられ、こちらも厳重に鍵がかけられました。
オデット王女は、白鳥の姿のまま王女の寝室に連れていかれ、ベッドの足に足かせをつながれました。
「それもそれでいい姿だな」
ロットバルトはバカにして笑いました。
「だが、」
気障にパチンと指を鳴らすとオデット王女は人間の姿に変身しました。
ロットバルトはフムと感心しました。
「やはり姿を変えているだけでなく精神を入れ替えたようだな」
「さて、なんのことかしら?」
「とぼけるな。おまえが本当はクラリスなのはお見通しだ」
オデット王女はあらあらと肩をすくめました。
ロットバルトはちょっと不愉快そうに顔をしかめましたがすぐに余裕を取り戻してニヤリと笑いました。
「どうりでオデット姫にしては品がないと思った。しかし精神を入れ替えるとはな、小娘のくせにしゃれた魔法を使いやがる。正直、見事なもんだよ。もっとも、ばれてしまっては自分を窮地に陥れるだけだがな。しくじったな、クラリス」
「ばれちゃったらしかたないけれど、オデット王女には会わせてもらえるんでしょうね?」
「なぜ」
「だって、王女に会わなきゃわたしたち元に戻れないもの。このままじゃあなたも困るでしょ?」
「さあ、どうだろうな?」
ロットバルトは考える振りをして嫌らしくオデット王女の姿のクラリスをじろじろ眺め回しました。
「俺はどっちでもかまわんかもな。オデット姫の姿をしたあの女の娘を妻にするのも悪くはないか。それともあくまでオデット姫本人を妻にするか?」
「わたしがあなたの奥さんになると思う?」
「拒否するか? 友だちの白鳥どもは一生あの姿で過ごすことになるぞ」
「たぶんそうはならないわよ」
ロットバルトは笑いました。
「この期に及んでまだ俺に勝てる気でいるのか? 言っただろう、俺は最後にはなんとしても欲しいものは手に入れる、と」
ロットバルトは王女の首目がけて手を伸ばしました。
王女の額がキラキラ輝き、ロットバルトの手がブスブス煙を吐き、ロットバルトは顔をしかめました。しかし目が攻撃的にギラリと光ると腕から黒い光が発して額の輝きを圧倒しました。
ロットバルトはがっしり王女の白い首を掴みました。
「祝福の口づけがなんだ。そんなもの俺がちょっと本気を出せばどうということはない。きのう俺の会ったクラリスは魔法を使っていたぞ。体を取り替えて魔力も渡してしまったか? つくづくバカな真似をしたな。今のおまえにできるのはせいぜい人の目を惑わしてグラスを入れ替えることぐらいか? 無力だな、クラリス。今のおまえに俺は拒否できない」
ロットバルトはぐっと王女に顔を近づけました。
しかし王女は静かな力強い目でまっすぐロットバルトを見つめ返していました。
ロットバルトは面白くなさそうに言いました。
「もう一つ選択肢がある。おまえをこのまま括り殺しておまえの姿のオデット姫を花嫁にする。それともこのまま呪いで完全に白鳥にしてしまうか。さあ、どっちがいい?」
王女がフッと笑いました。
「いい年して幼い女の子がご趣味?」
「ああ、そうさ。あの女の娘と思えばなおさらな」
「ねえ、ロットバルトさん?」
王女があどけなく首を傾げて言いました。
「もしかしてあなたわたしのお母さんが好きだったの?」
ロットバルトはギクリとしてカッと怒りました。
「誰があんな女を。くそっ」
ロットバルトは王女を乱暴に突き飛ばしました。
ロットバルトは忌々しげにベッドに腰を下ろした王女を見て言いました。
「おまえの母親は俺がこの世でもっとも軽蔑する女だ。あれだけの力を持っていながらそれをくだらんことにしか使おうとしない。この世が神が作ったものであるならば、あの女は神の最大の失敗作だ!」
おおげさねー、と王女は呆れました。
「お母さんは人間のすることに興味がないっていうか、興味を持たないようにしているのよ、たぶん。だってお母さんが本気になったら、言うことを聞かない人間なんていやしないもの。この世で生きている人間にとっては神様より恐いんじゃない、とりあえずは?」
ロットバルトはチッとますます忌々しそうに舌打ちしました。本当は自分がそういう存在になりたかったのでしょう。
「いいか、クラリス、おまえの母親がいかに強かろうと今俺の手からおまえを救い出すことはできんのだ。おまえは、俺の心一つでどうにでもできるのだ。それを忘れるな」
ロットバルトは憎々しげに凄みましたが、王女は平気な顔をしていました。
「まったく、腹の立つ小娘だ。姫と中身を入れ替える可能性が残っているから許してやるが、俺が心を決めたときは、おまえはただではすまんからな、いずれの場合にしてもだ」
ロットバルトは残酷な想像をしてニヤリと笑うと背中を向けて出ていきました。
オデット王女の姿のクラリスはベッドに座って足をぶらぶらさせて、足首に重くジャラジャラつながる足かせの鎖を面白くなさそうに睨みました。
「このくらいなんとかなりそうだけど・・。さて、時間稼ぎのつもりが困ったことになっちゃったわね」
しっぱいしっぱい、と自分の頭をコツンと叩いて、これからどうしようか考えました。
深夜。
背中に羽を生やしたオデールが眠ったままの王子を抱えて宮殿に帰ってきました。
見張りの鳥たちが騒いで、ロットバルトはバルコニーに娘を迎えに出ました。
ロットバルトもオデールの姿にちょっと驚きました。
「おお、オデールよ、なんと美しい姿になったものよ。
ただ、わしは本当はおまえには普通の娘のままでいてほしかったのだがな」
ロットバルトはオデールをリラックスさせ、背中の羽をしまわせました。
部屋へ招き入れ、王子はとりあえずソファに寝かせました。
オデールは思い詰めた表情で母と会ったこと、母と姉の会話、母が父を殺そうとしていることを話しました。
話しているうちにオデールは感情が高ぶってきて涙を流してしゃくり上げました。
「母親の思いもかけぬ姿にショックを受けたのだろう。かわいそうに。だがな、オデールや、母も最初からああではなかったのだ。出会った頃は、それはそれは輝くほどに美しい娘だったのだよ。あれをああしてしまったのはこのわしだ。あれはわしをいつまでも自分だけのものにしておきたかったのだ。だがわしにはやらねばならぬことがあった。この力の持ち主としてなすべき使命があったのだ。それを、あれはとうとう分かってくれなかった」
オデールは尊敬する父に分かっていますと頷き、不安そうに言いました。
「お母様はお父様を殺そうとお姉さまに妖精の力を封じ込めたダイヤモンドを手に入れさせました」
ロットバルトはうむと頷きました。
「それは少しばかりやっかいだな。しかしおまえが心配することはない。おまえも父の偉大な力は見ただろう? わしは無敵だ。誰にも負けはせぬ」
オデールは心強そうに頷きましたが、また悲しそうな顔になりました。ロットバルトが勝つということは、母が負けるということです。その結果を思うと、やはり胸が張り裂けそうな痛みを感じます。
ロットバルトも娘の心の痛みを思いやり、肩を抱き、頭を優しく撫でてやりました。
「男女の仲というのはなかなか上手くいかないものだな。母にしてみればそれだけこのわしを愛していたということなのだろう」
ロットバルトはこれ以上娘を悩ませないように話題を変えました。
「ところでおまえの方はどうなのだ? 王子とは仲良くなれたのかね?」
オデールの表情が複雑に変化しました。いろいろな感情が溢れかえって、どれか一つに納まらないのです。
ロットバルトは眉を曇らせて尋ねました。
「オデット姫に化けたのはまずかったかな?」
オデールはそれにもはっきり答えることができませんでした。
ロットバルトは難しそうに頷きました。
「おまえが王子についていきたいと言ってもそのままの姿ではとうてい連れていってはくれなかっただろう。かといってこのままこちらにとどまっていても、おまえにはかわいそうだが、おそらく王子の心がおまえに傾くことはなかっただろう」
オデールは悲しそうにこっくり頷きました。
「姿というのは大切なものだ。特に顔はだ。人は結局のところ見た目で判断することしかできんのだ。しかしまったく同じ姿の人間が二人いたら、人は中身を見て判断しなくてはならなくなる。わしは、王子は必ずおまえを好きになると見たが?」
父に顔を覗き込まれてオデールはちょっと嬉しそうに頬を染めて恥ずかしそうにうつむきました。
そんな娘の様子にロットバルトは微笑みました。
「そうか、なかなかうまくいったようだな。それでは、今おまえが悩んでいるのは、ではいったいどうやって王子に自分の正体を知らせようかということだな?」
オデールは潤んだ瞳ですがるように父を見ました。
「さて、何しろ男女の仲というのは難しいものだからな。王子に下手にへそを曲げられてはおまえがかわいそうだし。どうやって王子におまえの真心を伝えるか?」
ロットバルトはふとずるい考えをしてニヤリとしました。
「王子には一つ大きな弱みがあったな。それで城を飛び出してきたのだろう?」
オデールは父の悪い企みに不安を覚えました。
「お父様。どうか王子を惨めな気持ちにさせるようなことはしないでくださいね」
「ああ、分かっているよ。わしは王子をそういう境遇から救ってやろうと思っておるのだよ」
ロットバルトの企みもオデールの心配も知らず、王子はソファの上でのんびり眠りこけています。
翌朝。
オデット王女も久しぶりのふかふかベッドの上で快適な睡眠を楽しんでいましたが、まだ眠りの途中で女中に起こされてしまいました。
眠い目をこすって起き上がると女中がかしこまって言いました。
「ロットバルト様とお嬢様が出立の挨拶をなさりたいとおいでになっております」
まだ夢うつつでぼーっとしながら、ああ、そういえば娘がいたんだわ、とようやく目が覚めました。
女中にドアを開けられ、ロットバルト父娘が入ってきました。
二人ともまだ早朝だというのに気合いの入った盛装をしています。
「オデット姫。ずいぶんとよくお眠りになられたようで、さすが高貴な身分の方は神経が尋常ではあらせられないようで」
ロットバルトは深々お辞儀をしながら小馬鹿にして言いました。オデット王女は面倒なのでベッドの上ではいはいと手を振って答えました。
「あらー、オデールさん。まあ、少し見ない間にずいぶんお綺麗になられたわね!」
本当に、ひと月前の甘ったれた子どもっぽい顔に比べて思いやりのある大人の女性の顔になっています。
オデールはオデット王女がなぜ自分を見知っているのか不思議に思いました。
ロットバルトは可笑しそうに喉の奥で笑ってオデールの肩を押さえてオデット王女に近づけました。オデールは怖じ気づいたように身を固くしています。
「さあ、見てごらんオデール。これが、あの、オデット姫だよ。おまえの目にはどう見えるかな?」
オデールは怖々、でも目を背けることができずにじいっとオデット王女を見つめました。
綺麗な顔です。
ほぼひと月間自分がこの顔でいたというのに、改めてオリジナルを見てみるとやはりなんと綺麗な顔なのだろうと感心せずにはいられません。
でも、もしひと月前にこの顔を見ていたら悔しさで腹が立って腹が立って仕方なかっただろうと思いますが、今はそれほど強い感情は持ちません。
おかしなことなのですが、
「お姉さまの方が綺麗だわ」
と、双子の姉の方が美しく感じられます。
「お姉さま?」
オデーレの存在を知らないオデット王女は不思議そうな顔をしましたが、ロットバルトは愉快そうに大笑いしました。
「そうかそうか、姉の方が美しいか? それは良いことだ。オデールや、顔というのは心の持ちようで美しくも醜くもなるものだ。姉を美しいと思うのは姉の心の方が姫の心より美しいということだ」
それはオデット王女の中のクラリスが醜いと言うことでしょう。
オデット王女は思いっきりむくれました。
ロットバルトはおかしそうに笑いながら、
「姫よ。おまえには面白い手品を見せてもらったからな、今度は俺が面白いものを見せてやろう」
ロットバルトは広げた両手に白い光を溜めると、それをオデールの顔に撫で付けました。するとオデールの顔が白く輝き、驚いたことに、黄金の髪のオデット王女そっくりの顔に変身しました。
「あら、びっくり」
王女は正直に目を丸くしました。
得意満面のロットバルトに、
「なーるほど、お互い考えることはいっしょということね」
と、王女様らしくないにやけた顔で言いました。
「さすが勘がいいな。まあ、そういうことだ。勘がいいついでに、もう分かるだろう? この勝負は俺の勝ちだ」
「さあ、どうかしらね?」
二人は譲らず余裕の笑顔でにらみ合いました。
ロットバルトが身を引き言いました。
「わしと娘はこれから勝負の決着を付けに行ってくる。姫はどうぞごゆっくりここでおくつろぎを」
オデールは父に背を押されながら、想像していたのとはずいぶん違うオデット姫を振り返り振り返りしながら部屋を出ていきました。 |