第2章 運命の出会いその2
ルピネー・ラズベリー子爵。
ラピス国は大陸の東およそ半分を占める大陸一の大国。
カザリン国は内海ノール海の対岸にある小国ながらここ数年海上貿易によって急速に国力を伸ばし、ノール海沿岸諸国の信頼も厚い名士的な国。
ルピネー子爵はラピスの国王もしのぐ実力者として名高いラズベリー大伯爵の長男でありながらどういう事情でか遠く離れたカザリン国で育ち、十七歳でラピスに帰国後両国を結ぶ貿易でカザリンを今の地位に押し上げた立て役者であり、抜群の行動力と実績による信頼と大貴族の血筋によって国際的な諸問題を数多く解決し、ラピス国からは子爵位を、カザリン国からは侯爵位をそれぞれ授与され、同時に両国から特務外交官という役職を託される国際的な最重要人物。
ではありますが、
まだ三十五歳の若さで、まさに熊のような愚鈍そうな大男で、とてもそんな大人物には見えません。
「では子爵様」
大魔術師の美少女がからかうように言いました。
「私はお二人をお送りしてきますわね」
少女はキラキラ憧れの眼差しをルピネー子爵に向ける娘たちを促して門に向かいました。
ルピネー子爵の名は今や村の女こどもにまで知れ渡っているのでした。
「こ、これはたいへんな失礼をしてしまいました。申し訳ありません」
ジークフリート王子は真っ青になって頭を下げながら、それでも本当にこの大男があの名高い英雄かと半分疑いの気持ちを拭い切れませんでした。
「いや、別にいいさ。俺はただの何でも屋、そんなたいそうな人間じゃあない。それに、生まれは立派でも育ちは粗末なものでね、貴族様の行儀作法なんてまるで心得ちゃいねえ。無礼の段はこちらこそ許してくれよ」
ルピネー子爵は肉の厚い顔にニーッとなんとも優しそうな笑顔を広げました。
王子はほっとして、やはりこの人こそ大人物であると認めざるをえませんでした。
しかし母親の方はそれで済ませるわけにはいきませんでした。
「いいえ、ルピネー様、どうかこの子を甘やかさないでくださいませ」
女王はルピネー子爵とは対照的に薄いこめかみにヒクヒク怒りを張り付けて息子を睨みつけました。
「ちょうどよろしいですわ、ルピネー様、どうかルピネー様からもこの子に言ってやってくださいませ。
この子は来月の今日で十八歳になります。十八ともなれば立派に独立しなければならない年ですが、この子の場合は特にしっかりしてもらわなくては困るのです。
前国王である夫はこの子が五歳の時に亡くなりました。以来私が王としてこの国をまとめ、母としてこの子を育ててまいりましたが、正直私にはどちらも一人では手に余る重責でございました。ずいぶん気を張って頑張ってまいりましたが、長年の心労の積み重ねでございましょうか、このところ体調の思わしくない日が多く、健康に不安を感じることが多く、いつなんどきもしもの事があるかと思い、そうなったらこの子はどうなってしまうのだろうと思うとまた胸の辺りが痛んで、ますます悩みが深まるばかりでございます」
ルピネー子爵は正直女王の女性特有のねちねちした物言いに辟易する思いでしたが、王子の方はあからさまにうんざりした顔をしていました。
女王は息子をジロリと睨み、話を再開しました。
「今日こうして盛大な集まりを催しましたのは、ご存じでしょうが、来月の王子の十八歳の誕生日に向けて花嫁候補を選ぶためでございます。年頃の娘さんがいらっしゃる名士の皆様には特にお願いして娘さん共々出席していただきました。それだというのにこの子ときたら・・・」
女王のこめかみの怒りの血管がブチッと切れそうに青く膨れ上がりました。
「まあまあ、そう興奮なさらずに」
ルピネー子爵は本当に心配になって女王を落ち着かせようとしました。
しかし当の息子は子ども丸出しで食ってかかりました。
「だから僕はつまらない結婚なんてしないと言っているでしょう!
僕は僕が命がけで愛するに値する女性に巡り会うまで結婚なんてする気はありません」
女王は呆れて口を丸くして、ハッ、と胸から息を吐き出しました。
「子どもだ子どもだと思っていましたが、ルピネー様お聞きになりました? ハッ、命がけで愛する女性ですって? あらまあそういえば子どもの頃ベッドでそんなおとぎ話を聞かせて上げたことがあったかしらねえ? おやおやまあまあ」
王子はむっとして顔を真っ赤に怒らせました。
ったく、しょうがねえなあ・・
と内心呆れ返りながらルピネー子爵は王子に言いました。
「王子、その心がけは大いにけっこう。しかしそれならまずは今日集まってくれたお嬢さん方のダンスの相手をしておあげなさい。貴族の令嬢といえば日頃深窓にこもってめったに遠出なんてできやしない。せっかくの心浮き浮き楽しい外出に花を添えて上げなさい。それに彼女たちだって運命の白馬の王子様との出会いを夢見てやってきているんだ、彼女たちにとっちゃあ今日という日は十分特別な出来事なんだ」
そう言われると王子も彼女たちのことが気になり出しました。見てみればみんなどこかしらそわそわと王子の方に視線を投げかけています。もしかしてこの中に運命の姫がいないとも限りません。
「そうですね、騎士たるもの淑女に恥をかかせるものではありませんね。ダンスのお相手をお願いしてきましょう」
王子の後ろ姿を見送りながらルピネー子爵はやれやれと肩を落としました。
王子は最初に出会ったお嬢さんにお辞儀してやがて手を取り腰を抱いて曲に合わせて踊り出しました。
「ああ、さすがはルピネー子爵様ですわ」
やれやれまだこっちがいたかと、ルピネーはにっこり笑って女王に向き合いました。
「父親が生きておりましたらあの子ももう少ししっかりしていましたでしょうに、それなりに厳しく育ててきたつもりではおりますが、やはり女親と男親とでは厳しさの種類が違いますのでしょうねえ」
「そうご心配なさいますな。悪い子ではありませんよ。王子は高貴な理想を持っている。いずれは良い王におなりになる」
ルピネーは女の子と踊る王子を父親のような暖かい笑みを浮かべて見守りました。
魔術師の少女が戻ってきました。
「王子の馬は濃い茶色よ」
「ああそうかい」
「ニシンはみーんな二人にあげちゃったわよ」
「おいおい、冗談だろ?」
「冗談よ」
少女はクスクス笑いました。
健康的にほのかに赤みの差した白い肌、お人形のように整った綺麗な顔立ち、紫がかった青い大きな瞳、つやつやの赤い唇、柔らかな茶色のくるくるの巻き毛。年の頃は十二三でしょうか、見れば見るほど美しい少女です。
その美しさに見惚れてでしょうか、じーっと少女を注視する一人の人物がいました。
午後の日もそろそろ陰ってくる時刻、高い塀に囲まれたお城の庭は特に暗さが気になるようになってきて、女王が奮発して無数に立てられたろうそくに使用人たちが火をつけ始めました。
その人物は、陰った日の中で真っ黒な人型の中に目玉だけが大きく光を発しているように見えました。
「気になるか?」
ルピネーが少女に訊きました。
「向こうもだいぶ君を気にしているようだな」
少女は少女らしからぬ冷静な目つきで黒い人物を観察しました。
「私を呼んだのはあの人のため?」
「そうだ。かなりのくせ者だぞ」
ろうそくの灯の中にぼうっと浮き上がった姿は、かなりおしゃれなものでした。
丸い裾の黒いマント、光沢のある紺色のジャケットの衿は模様の入った鳥の羽がたくさん植えられ、流行りのお尻のふっくらした乗馬パンツに細くとがった長靴。
一番目をひくのは、まるで二本の角のようにピンと立った真っ黒な髪の毛でした。
男は給仕になにやら注文して大小二つのグラスを用意させるとそれを持って二人の方へ歩いてきました。
年はちょうど四十くらいでしょうか、ルピネーほどではありませんがかなりの長身で、口元に友好的な笑みを浮かべた顔は目鼻立ちのくっきりしたなかなかの美男子でした。
「ラズベリー卿、お嬢さん」
男は小さいグラスをルピネーに、大きいグラスを少女に手渡しました。
「ルピネーでいいよ。ラズベリーの名はどうもおやじどのが近くにいるようで落ち着かん」
ルピネーはグラスを受け取りながら言いました。
「ではルピネー卿、お口に合いますかな?」
グラスの薄い赤色の液体からはつーんと鼻を突く匂いが立ち上り、グイとあおったルピネーは舌を鳴らしてウームとうなりました。
「かなり強烈だな」
「スピリットというウォッカの一種です。ルピネー卿にはワインのような甘ったるい酒よりこちらの方が好みかと思ったのですが、合いませんでしたかな?」
「いや、なかなかのものだ」
本当は口の中に火がついたように辛くてしょうがなかったのですが、どうやらルピネーはかなりの負けず嫌いのようです。
少女のグラスは果物のジュースでしたが、様々な果物に香辛料も加わって、今まで飲んだことのないおいしいものでした。
この人物はかなりの食通のようです。
ついつい夢中でジュースを飲んでいた少女はじーっと見ている男に気づいて急いでにっこり笑いました。
「とってもおいしいですわ」
「それはよかった」
男も負けじと魅力的ににっこり笑いました。
「お嬢さん。先ほどの魔術は見事でしたな。いったいどういう仕掛けですかな? まるで本物の魔法のようだった」
少女は真剣な顔になって人差し指を口に当てると声をひそめて言いました。
「実は私、魔女なんです」
「ほお、魔女?」
男も真剣な顔を作って少女を覗き込みました。
少女はじいっと男を見つめて、ニッと悪戯っぽく笑いました。
「そういうことにしておいてください。種が分かったら手品なんてつまらないものですわ」
「ハッハッハッ、これは失礼した」
男は白い歯を見せて笑いました。
「時に、カラベラ・ロヴィーナ嬢と申されたか?
ロヴィーナと申されるとロヴィーク王家の血縁の方であらせられるのかな?」
「いいえ、とんでもない。でもロヴィーク王家のオーロラ姫には仲良くしていただいて、特別にこの姓を名乗ることを許していただいたのです。
えーと、紳士様?」
「いやいやこれはまた失礼した。
私はとなりのユークリナ国の宰相を務めますモダニス・ロットバルトと申します」
どうぞよろしくと、ロットバルトは貴婦人にするようにカラベラの手を取って口づけしました。
カラベラは小首を傾げてルピネーに尋ねました。
「ルピネー様はユークリナで何かお仕事をなさっているのでしたわね? なんでもたいへんな事態になっているとか?」
と、カラベラは無邪気な目をロットバルト宰相に向けました。
ロットバルトは頷き、神妙な顔つきで言いました。
「さよう、国王陛下と王妃殿下が事故で亡くなられましてな、一人娘の姫殿下が王位を継がれたのですが、行方不明になってしまわれて、それから早半年、姫殿下の行方は知れず、王は不在のまま、かといって政治を滞らせるわけにもいかず、そこで我がユークリナ国の盟主であるラピス国よりルピネー特務外交官を派遣していただいて我がユークリナの行政を監督していただいているわけでしてな」
お分かりいただけましたかな?という感じでロットバルトは悲しげに力無く微笑んで見せました。
「監督なんて余計なおせっかいだろうがな?」
「とんでもない。私どものような田舎の国にルピネー卿のような国際経験の豊富な方が見えられてどれほど心強く思っているか」
「そうかい? 豪腕の宰相殿がなんでもかんでもすべて取り仕切ってずいぶん政治もおさかんなようじゃないか?」
ロットバルトは目を細めてただ微笑み、ルピネーも負けじと不敵に笑ってにらみ返してやりました。
二人の大男の間で小さなカラベラは子どものあどけない顔で両者のにらみ合いを見比べていました。
忙しくお客たちの間を飛び回っていた女王が二人の大物の組み合わせをめざとく見つけてやってきました。
「まあまあ、ルピネー卿にロットバルト殿。まさか難しい政治の話をなさっているのではありますまいね? いけませんわよ、このお祭りの日に、楽しく飲んで食べていただかなくては。さあさああちらに席が空いておりますわ、お座りになって狩りのお話でも聞かせてくださいましな」
女王はさあさあと二人とカラベラをたくさん用意してある丸テーブルの方へ促しました。腰を落ち着かせて二人の大物とこの際じっくり懇意になる腹づもりのようです。
テーブルの上には大皿が数枚、色とりどりのつまんで一口で食べられるお料理が奇麗に並べられています。席に着いたルピネーは早速ひとつつまんで口に放り込みましたが、大人のお酒の肴みたいなものばかりでカラベラは果物の盛り合わせからオレンジを取って食べました。
皆が席に着いたのを認めて女王はにっこり笑いました。
「そろそろおなかもすく時刻でしょうけれどダンスが終わるまで肉料理はもうしばらく辛抱くださいましね。料理長が腕によりをかけて特別の料理を用意しておりますのよ。
我が国は森が多くて、ほとんど森の中に国があるようなものですわね。ですから新鮮な肉には事欠きませんのよ。明日は皆さんを狩りにご案内する予定でおりますの、お二人もぜひご参加くださいましね。お二人ならきっと大物をお仕留めなさいますわね」
女王は男性の趣味といえば狩りとすっかり思いこんでいるようです。
「さようですな、ルピネー卿などいかにも大物を仕留めそうだ。これは明日が楽しみですな」
ロットバルトが調子を合わせて持ち上げました。
「いやいや」
ルピネーは大仰に手を振って否定しました。
「俺は海育ちでね、獲物といったらもっぱら魚の奴だ。櫓をこぐのは得意だが馬の手綱はとんと苦手でね。第一俺を乗せる馬がいない。すぐにつぶれちまう。
ま、狩りといえば、この子だな」
と、ルピネーは大きな手でポンポンとカラベラの頭を叩いて、カラベラはすごく嫌な顔をしてルピネーを睨みました。
「ほう、カラベラ嬢は狩りをなされるのですか?」
ロットバルトが大いに興味を示しました。
「自分が食べるときだけですわ」
カラベラはあんまりしゃべりたくなさそうで不機嫌そうに言いました。
「この子は変わった子でね」
ルピネーは酒が回ってきたのかすっかりおしゃべりになっていました。
「ふだんはぜんぜん肉は食わないんだ。それが月に一度、城の料理人を全員引き連れて山に狩りに出かけるんだ。みんな死んだ後の肉を調理する狩りの素人ばっかりさ。朝早く出かけて、山に入ると最初から獲物の居所が分かってるみたいにズイズイ先頭に立って奥深く分け入っていく。途中なにがいようと小物はみんな無視だ。道なき道を、って感じで最初からみんなへとへとさ。ようやく立ち止まると、ピタッと一点を指し示す。そこにいるのさ、でっけえ角を生やした立派な牡鹿がさ。目と目が合ってバチバチッと火花を散らす。少女はまるで宣戦布告するみたいにまっすぐ弓を構えてパッと矢を放つ。ま、逃げられるわな。真っ正面だ。だが、そこから狩りが始まるのさ。一匹、これと定めた獲物を追って追跡行の始まりだ。連れてるのは運動不足のど素人どもだ。とても狩りの役になんて立ちゃしねえ。みんなヒーヒー言って付いてくるのがやっとだ。すると少女はあなたはここ、あなたはここと、途中で一人ずつ場所を決めて置いていく。そうやって一日中山の中を歩き回る。もの凄い早さで歩いていると思うといきなりつと立ち止まって空に向かって遠くの方に弓矢を放つ。それでまたもの凄い早さで移動の開始だ。たまに人を置きながら、また歩いては時たま空に向かって矢を放つ。そうやってまるまる一日過ごすんだ。いいかい? 一度逃げた野生の牡鹿が二度と捕まるわけはねえと思うだろう? ところがだ、日が暮れかかろうって時刻に岩場に出ると、そこにちゃーんと奴がいるのさ。夕日がカーッと赤く辺りを照らし出す。まっすぐ立ってはいるが一日中かけずり回って奴ももうぎりぎりまでへばってやがる。少女はそこで最後の弓矢をまっすぐ奴に向けて振り絞る。奴はその様をじーっと見つめてくるりと後ろを向くと最後の力を振り絞って全力で駆け出す。二十人もいた料理人どもはその頃には一人か二人になっている。逃げ出した牡鹿を見てああまた逃げられたとがっかりする。しかしだ、少女が放った矢はもの凄い勢いで飛んでいくとスコーンと牡鹿の後頭部を直撃する。牡鹿は瞬間もの凄い高さに飛び上がって、地面にばったり倒れ伏す。連れどもがやったーと歓声を上げて駆け寄ると牡鹿はまだピクピクけいれんして生きていやがる。おっきい黒い目ん玉に涙を浮かべてな。それを見ると、料理人どもの顔が急にしんみりしたものに変わる。少女が歩いていってひざまずいて牡鹿に口づけしてやるとな、そこでようやく牡鹿は涙をポロリとこぼしてなんだか安心したような顔をして死んでいくんだ。そん時にゃあどうしたわけか料理人どももいっしょになってボロボロ泣いてやがる。だが、そこからがまた大変だわな。そこから城に帰らなけりゃいけねえ。別な意味で泣きたくなっちまうわな。でっけえ獲物を担いでヒーヒー死にそうになりながら夜道を途中置いていった仲間を拾い上げながら山を下っていくんだ。真夜中過ぎに城にたどり着いて獲物を台所に運び込むとそこでみんな倒れ込んでグーグーいびきの大合唱だ。で、翌日獲物をさばいて少女と料理人がとびっきり旨い最高の肉料理を城のみんなにごちそうしてくれるってわけだ」
ルピネーは話の間に強烈なスピリットをグイグイあおってもう顔は真っ赤になっていました。
「それはまたなんとも素晴らしいお話ですな」
ロットバルトは心底感心したように大きくうなずいてカラベラを見ました。カラベラはもう恥ずかしくって、お酒を飲んだわけでもないのに真っ赤になっていました。
「これはますます本物の魔女のようだ。
ところで、まことに失礼ながらカラベラ嬢はおいくつになられますかな?」
「ほんとに失礼。十五ですわ」
「ほお、十五?」
ロットバルトは意外そうにカラベラを眺めました。
「いやいや、これはどうも失礼した」
何がどう失礼なのか、ロットバルトはしきりに恐縮しました。その方がよっぽど失礼です。
「うむ、まったく大したものだ。狩りの天才ですな。それほど獲物の行動を読みとれるのなら戦でも将軍になれますな」
「ほお?」
ルピネーがとろんとした目をロットバルトに向けました。
「宰相殿にはそういう野心がおありか?」
「とんでもない!
この平和なご時世になんのそんな物騒なことを考えるものですか。
ゲームの話ですよ。チェスのね」
「フム、ゲームねえ・・」
ルピネーはとろんとした目をしながら何か腹に一物ありそうなニヤニヤした笑いを浮かべていました。
なにやらじーっと考え込んでいた女王が難しそうな顔をしてルピネーに尋ねました。
「ルピネー卿。料理人がみんな出かけてしまったら、誰がお城の料理をしますの?」
「は?」
ルピネーはきょとんとして、アハハと笑いました。
「そりゃあ姫や王妃様が料理するんですよ。なかなか上手いものですよ」
「まあ、本当に?」
女王はひどくびっくりして、それから嬉しそうに笑いました。
「そうですの、姫様や王妃様がご自分でねえ、それはそれはたいへんですこと」
オッホッホッホッ、と女王は笑いました。
このパーティーに集まったお嬢様方は十五人ほどいました。王子は一人一人丁寧にお誘いして一曲ずつ踊っていただきましたが、正直なところ、どのお嬢さんも皆似たり寄ったりで心ときめくものはありませんでした。
さてこれで全員のお相手が出来たかなと思うともうほっとする気持ちでした。
庭をぐるりと見渡してみると、
一人、真っ赤な、ひらひらのたくさん付いた派手なドレスを着たお嬢さんが向こうの端に立っていました。
ああ、まだ一人残っていたのか、と王子が視線を向けると、お嬢さんはぷいと横を向いてしまいました。
お嬢さんは明らかに王子がこちらを向いたのを見た上で横を向きました。
いい加減疲れていた王子はちょっとむっとして、なんだか気取った風なその娘を知らんぷりすることに決めました。
王子が横っちょを向いてしまうと、娘はひどくびっくしして、怒りにぷるぷる震えだしました。
この私を無視するなんて信じられないと顔が言っているようです。
王子が母親に全部の娘と踊りましたよと報告に行くと、同じテーブルにルピネーと立派で派手な格好をした紳士が給仕のつぎ足すグラスを交互にぐびぐび飲み干していました。二人とも火の出そうな真っ赤な顔をして、どうやら相当強い酒で飲み比べの勝負をしているようです。
「この私とここまで勝負できるとはさすがは豪傑で鳴らすルピネー卿だ」
「いやいや宰相殿こそ海の男相手にたいした飲みっぷりだ」
王子は大人がバカなことをやっているなと近づきたくなくなりました。
他のテーブルにもだいたいお客たちがついて、そろそろ本格的な夕食を待ちかねている様子でした。
そのテーブルの間に、あの魔術少女が、今度は子どもの遊ぶまりくらいの大きさの銀色の玉を使った手品を見せていました。
開いた手と手の間に玉を浮かせてお客さんに手を差し入れさせて糸でつっているのではないことを確認させています。
お客さんたちは不思議がって喜んでいます。
王子は悪戯心を起こしてそちらの方へツカツカ歩いていきました。
「僕にも見せてくれよ」
どうぞ、と少女がにこやかに笑って手を差し出すと、王子はニヤリと笑っていきなり銀色の玉をつかんで引っ張りました。少女は玉といっしょに引っ張られてキャッと悲鳴を上げました。玉は糸でつられていたのではなく、黒いマントの胸のあわせから黒く塗った細い鋼で持ち上げられていたのです。
「なるほど、こういう仕掛けだったのか」
王子は得意になって笑いましたが、誰一人王子に賛同して笑う者はいませんでした。
恥をかかされた少女でしたが、
「まあ、ご慧眼おそれいりましたわ」
と、胸から仕掛けを外して玉をブラブラさせてお客たちを笑わせました。
王子はゾクリと冷たい視線を感じて振り向くと女王がまた怖い目をして王子を睨んでいました。
さんざん飲み比べをしてべろべろに酔っぱらっているはずのルピネーと立派な紳士も薄笑いを浮かべて冷めた目で王子を見ていました。
王子は自分のしでかしたこととはいえ急激に居たたまれなくなって何かに救いを求めました。
ついと、真っ赤なドレスが王子の横を通り過ぎました。
あの向こうにいた気取った感じのお嬢さんです。
お嬢さんは女王たちのテーブルの前に立ちました。
「お父様」
お嬢さんが呼びかけたのは立派な紳士の方でした。
「私、まだ誰とも踊っていただいておりませんのよ。お父様お相手をしてくださらない?」
王子は慌ててお嬢さんに駆け寄りました。
「それならぜひ僕と踊ってください」
お嬢さんはどうしようかしら?という感じで王子を横目で見ました。
ロットバルトは笑って娘に言いました。
「ぜひ踊っていただきなさい。
ジークフリート王子、ルピネー卿、女王様、紹介いたします。
私の一人娘、オデールです」
オデールは女王、ルピネーに挨拶して、王子に向かって大仰に挨拶してやりました。
「よろしく、ジークフリート王子」
「こちらこそ、よろしく」
父親譲りの真っ黒な艶のある髪、真っ黒な大きな瞳、おでこの広い真っ白な肌に、真っ赤な小さな唇。オデールはツンと上を向いた鼻が小生意気そうでしたが、まあまあそこそこ美しい娘でした。
軽やかな舞曲が流れ出し、庭の中央に歩み出た二人は改めてお辞儀をして、腕を組んで踊り出しました。
ルピネーが立ち上がってカラベラのところへ来ました。
「一曲お相手願えませんか、お嬢さん」
「大丈夫? おじさまに倒れ込んでこられたら私、ペシャンコになっちゃうわ」
「足下が揺れるのには慣れているよ」
カラベラはハアとため息をつくとルピネーと手をつないでテーブルの邪魔にならないところへ出ると踊り出しました。
お客たちはかわいらしい少女と大男の無様な踊りにクスクス笑いながらくつろぎました。
「さーて、どう思う?」
無様に踊りながらルピネーはおどけた口調でカラベラに尋ねました。
「バカね。あんなのが跡継ぎじゃあこの国の将来も知れたものね」
「ハッハッハッ。たしかにこっちはこっちで頭が痛いな。だが俺の関心はあくまであの男でね」
ルピネーは見ないでロットバルトを示しました。
カラベラは踊る王子とオデールを見ました。
「娘を使ってこの国を狙っていると言うこと?」
「やっぱりおまえは頭がいい」
ルピネーは後は黙ってお気に入りの少女とのダンスを楽しみました。
さて、そのロットバルトは、すっかり昼の色が消えてきた空を見上げ、控えていた従者を呼ぶと何か言いつけました。
空には、一群の白い鳥が南に向かって飛んでいました。 |