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白鳥姫
作:岳石祭人



第23章 大伯爵一家


 ペテロブラーグの河川港における大白鳥号到着の歓迎ぶりはまあたいへんなものでした。
 到着の合図のドラに続いて三十人もいるラッパ隊が高らかにファンファーレを吹き鳴らしました。
 四人の女神の彫刻に支えられた巨大な燈火台が四基並んだ一番大きく立派な船着き場に、ずらりと並んだ赤と金のおしゃれな制服に身を包んだ護衛官に守られて、偉大なるラズベリー大伯爵とご家族が、これまた豪華な金の馬車でお出迎えに来ていらっしゃっていました。
 馬車から大伯爵とご夫人がお出になると、集まった見物の人々は盛大な拍手を送り、
「我らが英雄、ラズベリー大伯爵、バンザーイ!」
 とあちこちから声が上がりました。
 大白鳥号のお客たちは予想外の大歓迎ぶりにすっかり面食らってどうしようかと途方に暮れてしまいました。
 ルピネーも「あちゃー」という顔をして、しょうがないので船長を先に降りさせて港の管理長官と見物人たちと大伯爵に挨拶させて、お客たちに笑顔で手を振らせて順々に下りてもらいました。
 そうして最後に自分とクラリスとアレクサンドラ夫人一家と王子たちで下りました。
 すると見物人たちの中から今度は
「快男児ルピネー特務外交官、バンザーイ!」
 と声が上がり、さらに
「あっ、クラリス様だ、キャー!」
 という声も聞かれました。
 ルピネーもクラリスもペテロブラーグでは有名人で人気者のようです。
 さて、いよいよラズベリー大伯爵と対面です。
 大伯爵は奥さんと、綺麗なご婦人と小さい男の子と、背の高い若者と、地味な中年の紳士とごいっしょでした。
 ルピネーが先頭で大伯爵に挨拶しました。
「父上。ただいま帰りました」
 大伯爵はうむと厳かに頷きました。
 ルピネーは母親にも丁寧に挨拶して、伯爵夫人は「はい。よく帰りました」と上品に答えました。
 ルピネーはついでいかにもラピスの人らしい彫りの深い線のくっきりした綺麗な婦人とかわいらしい男の子に、ゆるみきった笑顔で「ただいま」と挨拶しました。
 これがルピネーのラピスの奥さんユリアナと十歳になる息子アナトリーです。
 ルピネーは背の高い若者には「よっ」と簡単に挨拶し、もう一人、中年の紳士にはきちんと姿勢を正して丁寧に挨拶しました。
 ルピネーに続いてクラリスが挨拶をしました。
 ラズベリー大伯爵は、
 七十五歳。
 黒に銀糸の刺繍のマントと服を着込み、まだふさふさの髪の毛も真っ黒。さらに内からエネルギーがみなぎっているようにひどいくせっ毛であちこちに飛び跳ねています。同じくくるんと巻いた鼻ひげをふさふさに生やし、太い眉毛も上にぴんぴん跳ねています。
 眉間にくっきり二本の縦じわが刻み込まれ、間の肉がぼこんと盛り上がっています。薄い皮膚が張りつめた筋肉にぴったり張り付いています。すごいわし鼻で、高い眉の奥の大きな目もまるでわしのように鋭い光を宿しています。
 大伯爵の風貌を一言で言い表すなら、
 泣く子も黙る恐ろしい顔、
 です。
 その恐ろしい顔が、
「伯爵様、奥様、お久しぶりです」
 と、クラリスが挨拶したとたん、
「おーおー、クラリスちゃんよ、よく来たのおー」
 と、クシャッと目尻にしわの浮いた優しいおじいちゃんの顔に変わりました。
「ルピネーなんぞどうでもいいわい。わしはクラリスちゃんが来るのが楽しみで楽しみでのー」
 伯爵夫人まで、
「ほんとほんと、私たちはクラリスちゃんに会うのだけが楽しみで、ルピネーなんてどーでもいいのよー」
 と、すっかりはしゃいでいます。
「父上、母上、それはないでしょう」
 ルピネーが情けない顔で抗議しましたが、
「うるさい。熊は黙っておれ」
 と却下されました。
 ちなみに伯爵夫人は十七歳のルピネーに再会して抱きしめられたとき、あまりに予想と違う成長ぶりに気絶してしまった経験があります。
 大伯爵と夫人が放してくれないので、ユリアナ夫人とアナトリー、それに若者と中年紳士には簡単に頭を下げるだけで許してもらいました。
 大伯爵と夫人はクラリスさえいれば後はどうでもいいようなので、失礼ながらアレクサンドラ夫人は子どもたちにせっつかれて若者と中年紳士の方に挨拶に行きました。
「兄さん。それに、モデスト様でしょうかしら? お招きありがとうございます」
 それが国民的人気作曲家のピエトロ・コンチャロフスキー氏と、ルピネーのカザリンの奥さんローゼとの子、モデストでした。
 クラリスは伯爵夫妻とお話ししながら、ちらちらモデストの方を見ていました。

 港での歓迎式は大伯爵のペテロブラーグの別宅までのパレードに引き継がれました。
 三台の馬車に、
 一台目に大伯爵夫妻とクラリス、それにオデーレが乗り、
 二台目にルピネーとユリアナ、アナトリーの親子にジークフリート王子がおじゃまし、
 三台目にピエトロ氏とアレクサンドラ夫人と子どもたち、それに何故か夫人とすっかり仲の良くなったオデールが乗りました。
 このパレードもたいへんな盛り上がり方でしたが、港ではまるっきりその存在を認知されていなかった、音楽はとても有名でも、見た目がどうしようもなくじみーな国民的大作曲家までいっしょだというのがようやく知られて、人々はますます大歓迎で盛り上がりました。

 大伯爵の別宅は大きなお屋敷ばかりが並ぶ高級住宅街にありましたが、その中でもとりわけ広い敷地を誇り、見事に手入れされた広い庭に、いったいなん室あるのか大きなガラス窓のずらりと並ぶ王宮のような巨大で豪華なお屋敷でした。
 別宅がこれなのですから本拠地ラズベリーアールの本宅はどれほどすごいのかと思いきや、
「たいしたことないわよ。あっちは山城で、ふつうの家だから」
 とのクラリスの解説で、大伯爵自身、
「わしはこの街は苦手じゃ。無駄にでかすぎる」
 と、あまりお気に召していないようです。
「だがまあ、これだけ客人がおれば少しは落ち着くか」
 と、王子一行やアレクサンドラ夫人一家に好きな部屋を好きに使ってくれるように言いました。
 ふだんはほとんどの部屋が使われていません。
 伯爵夫妻はとにかくクラリスが大のお気に入りのようで、召し使いに命じてお茶とお菓子を出させて、ほとんどそこしか使わない居間にすっかり腰を落ち着けて、とことんお話しするつもりでいます。
 ルピネー親子もいつも使う部屋が決まっていて、久しぶりの夫婦親子対面で、嬉しいひとときを過ごし、
 王子一行とピエトロ氏、アレクサンドラ夫人一家はモデストがお屋敷を案内しました。
 お屋敷には大ホールが一つ、中ホールが三つ、小ホールが十もあって、とりわけ大ホールは壁や柱を黄金の彫刻が埋め尽くし、絢爛豪華極まりないものでした。
「ここで年一回、夏の夜に大舞踏大会が開かれるんだ。ペテロブラーグ中から貴族が集まって、社交ダンスの華を咲かせるんだね。この屋敷はそのためにあるようなものだな」
 オデーレやダヴィドフ家のお姉さんたちはその豪華な夏の夜を思って目をキラキラさせてうっとりしました。
 モデストは一行を何十もある客室に案内しましたが、そのどれもが豪華なもので、見ていくうちに頭がクラクラしてきてしまいました。
 モデストは笑って、
「こっちは本当にお客さんのための部屋。僕たち家族や親しい友人たちのための部屋は別にあるんだよ」
 そっちの方はね、とモデストは指を立てて楽しそうに、
「お偉い貴族様でも入れてもらえないんだよ。もちろん皆さんにはそちらの方を使ってもらいたいと思っているんですがね」
 と、屋敷の裏手の別棟に案内しました。
 そちらの方の部屋は小さな家がいくつか入ったような感じで、ドアを開けると小さな玄関があり、中はそれほど広くない部屋がいくつかありました。部屋の造りもお客様用の部屋がごてごて派手な装飾が施されていたのに対し、骨組みの木が剥き出しになっていたりして、実に質素なものでした。でもよく見ると立派な樫の木の家具が揃っていて、本当は丁寧にお金をかけて作られています。
「こちらでもあちらでも、お好きな方をどうぞ」
 ピエトロ氏はすでにひと月以上滞在して、もちろんこちらの落ち着いた方の部屋を借りていました。アレクサンドラ夫人一家はその隣の二部屋を借りて、実際は子どもたちが入れ替わり立ち替わり大好きな伯父の部屋に遊びに行くのでしょう。
 オデールもその上の階の部屋を借りました。
 ちなみにお屋敷のこの部分は四階建てで、一階に食堂と大きな居間があり、二階から四階までが客室になっています。
 ピエトロ氏とアレクサンドラ夫人一家が二階、オデールが三階です。
 ちなみに、
「僕はここなんだよ」
 と、モデストの部屋はオデールの隣でした。
 二階はいっぱいになってしまいましたが、三階と四階がまだ残っています。
 オデーレはどの部屋にしようか迷っています。
 実はオデーレはせっかくなのだから豪華な貴族のお客さん用の部屋に泊まりたいと思っているのですが・・
 オデーレはジークフリート王子の様子をうかがいます。
 王子も迷っていました。
 オデールのとなりの部屋がもう一つ空いています。
 王子もそれとなくオデーレの様子をうかがいました。
 ふと、二人の目が合って、二人とも慌てて目を逸らしました。
 オデーレがモデストに訊きました。
「クラリスはどうするのかしら?」
「クラリスちゃんはお祖父様お祖母様のとなりの部屋だろうねえ」
 まったく災難なことだなあとモデストは笑いました。
「あたしは・・・」
 オデーレが王子の視線を気にして伏し目がちに言いました。
「クラリスといっしょがいいんだけどなあ・・」
 うーん、どうだろう?とモデストは困った顔をしました。
「そうするとしょっちゅうお祖父様と顔を合わせることになると思うよ。怖いだろう? あの顔」
 たしかにそう思うとあきらめた方がよさそうで、オデーレはしゅんとなりました。
 王子との気まずい雰囲気もそうですが、まるで馴染みのない人間関係の中に放り込まれてすっかり気持ちが委縮してしまっているようです。
「わたしの所に来なさいよ」
 と言ったのはオデールです。
 オデーレはびっくりしました。
「なんであんたの所なんかに・・・」
 と食ってかかったものの、オデールは船にいたときとはまた別人のような、心配を内に含んだまじめな顔をしていました。
「寝室が二つあったからわたしと顔を合わせる必要もないし、それでも嫌なら、となりの部屋にすればいいわ」
 オデーレはオデールが何かまた意地悪なことを企んでいるのではないかと疑いましたが、オデールはちょっと決まり悪そうな誠実な目をしていて、とても何か企んでいるようには思えません。
「じゃあ・・・、そうするわ・・」
「よし。あとは王子様だけだね」
 と、モデストが元気に王子を促しました。
「隣が空いてるけど、そこにするかい?」
「いえ、」
 王子は考えながら言いました。
「僕は上を使わせてもらいます。いろいろ落ち着いて考えたいことがあるので」

 こうして各自泊まる部屋が決まったところで本館の食堂でみんなですっかり遅くなってしまった夕食を取ることになりました。
 食堂もまたいくつもありましたが、人数が多いのでいつも家族で使っているところではなく、特別にお客様用の食堂を使いました。
 これまた金ぴかで落ち着かないったらない部屋ですが、ぐるりと輪にテーブルがつながっていて、大人十一人、子ども七人、赤ちゃん一人の総勢十九人、赤ちゃんはアレクサンドラ夫人の隣で揺りかごで眠り、十八人がゆったり席についてぐるりと一周してちょうどよく収まりました。
「みな長旅で疲れたことだろう。ゆっくり食べてゆっくり休むといい」
 と上機嫌の伯爵が挨拶して夕食会となりました。
 これだけ豪華な食堂でさぞかし豪華な食事が出されるかと思いきや、牛のステーキはともかく、あとはポテトの盛り合わせとコロッケと野菜スープで、田舎の旅館みたいなメニューでした。
 でも味はとても美味しく、みんな物足りない思いをしながらもパクパク食が進みました。
「父上、もうちょっとこう、気の利いたご馳走は用意できないものですか?」
 ルピネーが代表してクレームを付けると、
「おろか者め」
 と伯爵は叱りました。
「おまえのような熊といっしょにするな。他の者は船旅で胃袋が落ち着いておらんだろうが」
「父上、わたしの船はそんなに揺れやしませんよ」
 とルピネーは言いますが、他の者たちはなるほど道理だとこの食事をありがたく思いました。
 食事の後は居間に移ってココアを飲みながらくつろぎましたが、ピエトロ氏とアレクサンドラ夫人一家は子どもたちが眠そうにしていますし、早く伯父さんと遊びたがっていますので早々にご挨拶して自分たちの部屋に戻りました。
 ルピネーは改めて王子を伯爵に紹介してやりました。伯爵も一国の王子を放っておく失礼も出来ないのでしょうがなく王子と国の様子など話し出しました。伯爵夫人の方にはオデールを紹介しました。オデールの方は王子と違って頭の回転が早く、話もうまく、船旅の様子をおもしろおかしく話して聞かせて夫人を喜ばせました。
 オデールは部屋でお上品なふつうのドレスに着替えています。
 こうしてルピネーの配慮でようやく解放されたクラリスは、やっと、モデスト兄さんと話をすることが出来ました。
「クラリスちゃん、お疲れさま。
 いやあ、見るたびに綺麗になっていくねえ。そのドレスもとってもかわいいよ」
 クラリスはポーッと頬が赤くなりました。
 モデストは
 十九歳、
 とっても素敵な人です。
 ルピネーのような極端な大男ではありませんがとても背が高く、スマートです。かといってひょろ長いという感じではなく、顎や肩などかなりがっしりした骨格をしています。それがとても柔らかで優雅な印象を与えるのはキラキラ輝く綺麗な青い瞳のおかげでしょう。
 この目はお祖母様の伯爵夫人とよく似ています。
 肌は浅黒く髪は真っ黒で、これはお母さんのローゼと、それから髪の毛の大きなウェーブはお祖父様の伯爵の血を受け継いでのことでしょう。
 父親のルピネーがあの通りですし、母親のローゼも漁師の娘ですが、息子モデストはとても都会的に洗練された印象です。
 今流行のボタンの多いコート風のスーツをごく自然に着こなしています。
 十五歳からモスクリンに留学し、今年で四年になります。
 この風貌でこの血筋ですからさぞかし女の子にもてることでしょう。
「ナージャにまたがってあちこちいろいろご活躍のようだね。ユリアナ母さんの手紙で拝見しているよ」
 伯爵のラズベリーアールで暮らすユリアナの下には伯爵、ルピネーから、それとローゼの手紙でいろいろ情報が集まってきます。
「いやだわ、まるでじゃじゃ馬みたいだわ」
 クラリスは恥ずかしさでますます顔が赤くなります。
 モデストはハッハッハと笑って、
「そんなことないよ。今日のクラリスちゃんは今までで一番かわいらしいよ」
「そ、そうかしら?」
 恥ずかしさと嬉しさで思わず顔がにやけてきます。
 大きなリボンのピンクのお人形ドレス。
 ガルボリースでオデーレが選んでくれたドレスです。
 ニヤニヤしながら、はっと、そういえばオデーレはと捜してみると、ルピネーが自分の家族に紹介してユリアナとお話ししています。
 相変わらず気が利く男です。
 安心してモデストとの会話に戻って、
「バレエをプロデュースしているんですって? すごいわね!」
「うん、まあね。まあ、たまたま偶然が重なってね。
 大学の関係で王室劇場の総裁とお近づきになってね、僕が芸術を経済的に成り立たせることに興味を持っていると話したら、じゃあ何かやってみないかと言うことになってね。これもお祖父様と父さんの名前のおかげだね」
「でも成功したんでしょ?」
「うーん、どうなのかなあ・・」
 モデストはちょっと困ったような微妙な表情をしました。
「公演は残すところあと三日、お客の入りは悪くないんだけどねえ・・・
 もちろん見に来てくれるんだろう?」
「もっちろんよ!」
 クラリスは力を込めて言いました。
「もう明日にもさっそく!」
 いやいや、とモデストは笑ってクラリスを押しとどめました。
「そうだな、あさってにしようよ。長旅の後だろう? ずーっと座ってたら眠くなっちゃうよ。なにしろ二時間もあるから」
「そんなにあるの?」
 せいぜい一時間程度のものだろうと思っていました。
「明日は僕がペテロブラーグの街を案内するよ。いつもお祖父様といっしょじゃゆっくり見物なんてしたことないだろう?」
「ええ!」
 モデスト兄さんとデートと思うともう浮き浮きして嬉しくて仕方ありません。
 クラリスもあんまりオデーレのことをとやかく言えないようです。
 そういえばバレエといえば肝心のことを訊かなくてはならないのですが・・・
『ま、いっか』
 とクラリスは思いました。
 実際バレエを見てからの方がいいでしょう。

 夕食後の団らんは、アナトリーが大あくびをしてとろとろ半分眠りかけてきたのでルピネー一家が部屋に引き上げることにして、それを潮に解散することになりました。
 オデーレはオデールと連れだって部屋に戻りました。
 オデーレは、さっきは心細さでついオデールとの同室を承知したのですが、今こうしていっしょに歩いているとどうにも気まずい思いがして、すっかり後悔してしまっていました。
 でもオデールの方は何とも思っていないようで、
「ユリアナさんて本当に綺麗な人ね。どんな人だったの?」
 なんて親しく話してきます。
 部屋に着くとオデールが言いました。
「ねえ、お風呂に行かない? もう何日も入ってないでしょう? わたしはもう気持ち悪くてしょうがないわ」
 お風呂は一階にサウナ風呂があります。
 もちろん男女別です。
「あたしは、いいわ」
 オデーレは遠慮しました。
「あら、いいの? きれいにしなくちゃ王子様に嫌われちゃうわよ」
 オデーレはムッとしましたが、オデールは屈託なく笑っています。
 どうにも船の時とは態度が違いすぎて、まったく謎な女です。
「さ、行きましょう」
 オデールはオデーレの腕を取って強引に連れ出しました。

 もわーっと熱い温室の中でオデーレとオデールは体にタオルを巻いてすのこの長椅子に座っています。
 オデーレは気になってついチラチラオデールのタオルを巻いた胸元に視線をやってしまいます。
 さっき服を脱ぐときに見た裸身は引き締まった、彫刻の狩りの女神みたいに美しいものでした。
 でも男の人はもうちょっとお肉がついてふっくら柔らかな方がいいんじゃないかしら? なんて思ってみたりしましたが、我ながら明らかに負け惜しみです。
「水を浴びてこようっと」
 オデールが立ち上がり、タオルを外しました。
 桃色に火照ってしっとり汗に塗れた肌が同性の目から見てもドキリとするほど魅力的です。
 オデールは扉を開けて石畳の部屋に出ると瓶から冷たい水を汲んで頭からザバッとかぶりました。
 頭をブルブル振って水しぶきを飛ばし、
「あー、気持ちいい!」
 と声を上げ、そのまま手桶で水を汲んで戻ってきました。
「さあ、熱くするわよ」
 サウナ室は角に釜があり、その上にめいっぱい熱された石が乗っています。オデールがその焼け石に手桶の水をぶちまけるとジューッとものすごい水蒸気が上がって部屋がカーッと熱くなりました。
 オデーレは思わず「熱いっ!」と叫んで水蒸気から逃げました。
 オデールは笑って、
「ほら、あなたも水を浴びてらっしゃい」
 と、オデーレの体からタオルをはぎ取りました。
 オデーレはたまらず外に逃げ出し、言われたとおりザバーッと頭から水をかぶりました。
「あー、気持ちいいっ!」
 オデールと同じことを言って、ふとガラス窓からサウナ室を見るとオデールがおかしそうに笑っていました。
 今までならムッと怒るところですが、何故かオデールのその笑顔にはまるで腹が立ちませんでした。
 腹が立たないどころか、自分でも笑いたくなってしまうような、不思議と幸せな気持ちになりました。
 オデーレはそんな自分の気持ちが理解できません。
 あんなに腹が立って、大嫌いで、そして、怖くて仕方なかった相手なのに、何故でしょう?
 オデーレはおずおずとサウナ室に戻ってきました。
「いらっしゃい。垢を落としてあげるわ」
 オデールは新しい垢擦りタオルを用意すると軽く優しくオデーレの体を撫でていきました。
「ほーら、ご覧なさい」
 タオルにこすられると恥ずかしいくらいボロボロ垢が浮き出てきました。
 オデーレは真っ赤になりましたが、オデールはまるで嫌そうな様子は見せず、むしろ楽しそうにオデーレの体の隅々まできれいに撫でていきました。
「いいわよ。もう一度水で流してらっしゃい」
 オデーレはとなりの部屋でもう一度水で体を流しましたが、さっぱりして、まるで生まれ変わったような、体の中まできれいになったような感じがしました。
 サウナ室に戻るとオデールが自分のタオルで体をこすっていました。
「やってあげるわ」
「そう? お願い」
 オデーレはタオルを受け取るとオデールの体を自分がしてもらったようにやさしく撫でていきました。
 オデールの体からもオデーレに負けないくらいボロボロ垢がこぼれてきました。
「あなただってひどいじゃない」
「そうね」
 オデールは屈託なく笑い、オデーレも釣られてつい笑ってしまいました。
「ありがとう。流してくるわ」
 今度はオデールがとなりに出て体を水で流しました。
 油の灯火の下、白い肌が黄金に輝くようで、ますます魅力的に美しくなりました。
 オデールが戻ってくると、オデーレが真っ裸のまま、真剣に思い詰めたような顔で立っていました。
 オデールも笑いを引っ込めてまじめな顔で向き合いました。
 オデーレが問いました。
「あなた、いったいなんなの?」
「なにって?」
「あたしをからかって、バカにしているんじゃないの?」
「そうよ。あなたをバカにしてからかっているのよ」
「なんなのよ?」
「あなたがそんなバカなことをしているからよ」
「・・・・・・・・・・あたしが、
 なにバカなことをしているって言うのよ?」
「わたし、綺麗でしょ?」
「話をはぐらかさないで」
「わたしは、あなたよりずっと綺麗だわ。少なくとも今はね。それは、わたしがあなたよりずっと自分のことを知っているから。わたしは他人の名前を騙っても自分は偽らないわ」
「なにが言いたいのよ?」
「ああ、一つ、嘘をついていたわ。
 わたしね、ジークフリート王子のこと、ぜーんぜん好きじゃないの」
「・・・・」
「安心した?」
「だから何故そんなことするのよ?」
「だから、あなたがそんなバカなことしているから、腹が立ったのよ。そんなことして、ジークフリート王子の気を引いて、それで、嬉しい?」
「だって・・、あたしはただ・・、王子様といっしょにいたかっただけなんだもの・・・・・・・」
「今は、後悔しているのね?」
「・・・・・・」
「わたしが現れたから?」
「あなたは、・・・・・いったい誰なの?」
「あなた、ほんとのバカ?」
「なんですって!」
 オデールは笑いました。
「同じ顔の人間がもう一人現れて、それが魔法で顔を変えているんじゃなかったら、答えは決まっているでしょう?」
 オデーレは信じられないと言うように目を大きく見開きました。
「それじゃあ、あなたは・・・、あたしの・・」
「しっ!」
 オデールは人差し指を立てて口に当てました。
「どこかに魔女の目や耳があるとも分からないわ。
 クラリスはあなたにだいぶ同情的なようだけれど、彼女はオデット姫のためにここにいるのよ、信用しきっては駄目。彼女は、結局はわたしたちの敵になるわ」
 オデールは怖い目でオデーレに念を押すように言いましたが、ふと、目の力を抜くと、
「でも、噂ほど大した魔女ではないわね。ほーんと、拍子抜けだわ。でも、やっぱりあのカラベラスの娘ですものね、油断は禁物だわ」
 と、自分に言い聞かせるように言いました。
 オデーレはもはや目をウルウルさせて笑いたいような泣きたいような、何ともかわいらしい顔でじっとオデールを見つめています。
「まったく、なんて顔してるのよ」
 オデールが手を伸ばすと、オデーレは反射的にビクリと体を引きました。
 オデールはオデーレの頬に手を当て、反対の頬に優しく口づけしました。
 オデーレは感極まったようにオデールを抱きしめ、オデールもオデーレの背を抱き、頭を撫でてやりました。
「ねえ、教えて、お母様って、どんな人?・・」
「そうね、あなたにはちょっと言いづらいわね。ま、いいじゃない、部屋に帰ってからゆっくり話しましょう。
 そうだ」
 オデールはオデーレの肩に手を置いて顔を向き合わせると真剣に、でも優しい目で言いました。
「王子はあなたが大好きよ。ただ、自分の本当の気持ちに気付いてないだけ。だから、自信を持ちなさい」
「はい・・・」
 オデーレは嬉しくてポロポロ涙を流しました。
 オデールは優しく微笑みました。
「まったく、あの王子様もとんだ大バカね。あなた、あんなお坊ちゃんのどこがいいの?」
「大バカは、言い過ぎよ」
 オデーレはオデールを睨んで、笑いました。
 オデールは二人のタオルを取ると一枚をオデーレに渡しました。
「さ、そろそろ帰りましょう。ゆっくりお話しするのもいいけれど、やっぱり早く寝なくちゃね。明日からは、きっと楽しいわよ」












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