第18章 大白鳥号のお客たち
大型高速旅客船「大白鳥号」は順調に河を下っていきました。下るガルボ河はカカッサス山脈の雪解け水を源泉としてラピスの首都ペテロブラーグまで豊富な水量を維持してほぼまっすぐに続いています。
下りでもあり山脈から吹き下ろす風を帆に受けて早駆けの馬車にも負けないスピードが出ています。ペテロブラーグまで昼夜航行し四日の予定ですが、この分なら予定通りに到着しそうです。普通の客船なら十二日はかかるところです。
お客たちは船のスピードを実感しようと皆甲板に出たがりましたが、甲板はそれほど広くないので全員が出ることは出来ず、オーナーのルピネーが如才なく順番にお客たちを案内していきました。
お客たちは皆次々流れていく岸辺の景色に驚き、ちょっとお年を召したご夫人など目を回しそうになったりしましたが、朝のさわやかな空気を十二分に堪能しました。
客室は大二室、中八室で、定員二十四人でしたが、今回は王子たちを含めて二十八人のお客が乗っていました。四人用の大部屋の一室を王子たち四人が使い、もう一室をさる夫人と子どもたちが使っていましたが、なんとこのご夫人、七人もの子どもたちを引き連れていました。
このご夫人と七人の子どもたちが一番最後に甲板に案内されたのですが、お隣のよしみもあってクラリスたちもいっしょに甲板に出ました。
甲板はいっぱいで、王子とオデーレは脇の通路で仲良く手すりにもたれていい雰囲気になっています。
子どもたちは上は十二三歳から下はまだ生まれたばかりで母親の腕に抱かれていますが、上四人が女の子、下三人が男の子で、さぞかしにぎやかだろうと思いきや、みんなとてもいい子たちで、さすがにまだ二歳になるかどうかの下から二番目の男の子はちょこまか歩き回りたがってお姉さんに無理やり手をつながれていますが、他のお姉さんお兄さんたちは騒いだりせず、かといって暗く沈んでいるわけでもなく、皆子どもらしい綺麗な目をキラキラさせてこの素晴らしい高速船の素晴らしい川渡に感動しています。
母親は七人もの子どもがあるにしてはずいぶん若々しく、下手をするとちょっと年の離れたお姉さんみたいに見えました。額が広く、奥からじっと見つめるような真っ青な瞳をして、とても教養の高そうな顔つきをしています。三四ヶ月といったところでしょうか、腕に抱いた赤ん坊がむずがるとかわいらしい唇からまるで天使のような声でやさしい子守歌を歌い出しました。子どもたちも優しい笑顔で自分たちの一番下の弟を愛しそうに見つめ、お姉さんたちは自分たちも幼い頃に歌ってもらったやさしい子守歌に甘酸っぱい感傷を抱きました。
この素晴らしい子守歌にはオデーレもすっかり引き込まれてしまいました。
赤ん坊がすやすや眠って子守歌が終わるとクラリスは小さく拍手しました。
「素晴らしい歌声ですね。それにとっても素敵なメロディ」
「ありがとう。お褒めに与り光栄ですわ」
夫人は幸せいっぱいの笑顔で答えました。
一番上のお姉さんがずーっと抱きっぱなしの母親の腕から弟を引き受けました。
「はじめまして。私はクラリスと申します。あちらはジークフリート王子とオデーレ嬢」
と、クラリスは自分たちを紹介しました。
「はじめまして。私はアレクサンドラ・ダヴィドフと申します。こちらが・・」
と夫人は自己紹介して子どもたちも紹介しましたが、七人もいるのでとても一度には憶えられません。
「大家族ですね。ペテロブラーグへはご旅行ですか?」
「ええ。兄の招待を受けまして。ああ、この大白鳥号に乗れたのは運命のように感じますわ。あの子」
と長女の腕に抱かれて眠る赤ちゃんをさして、
「のこともあって出発がずいぶん遅れてしまって、もう兄との約束に間に合わないかと半ばあきらめておりましたの。子どもたちは皆兄が大好きで、初めて自分たちの方から訪ねていくのでそれはもう楽しみにしておりましたのに。夫は残念ながら仕事の都合で来れないのですが、私たちもこの船がなかったらあきらめて家に帰るところでしたわ」
「そうなんですか。良かったわね」
とクラリスが言うと子どもたちは嬉しそうに頷きました。
「兄という人は人を喜ばせることが大好きで、お金もないくせに借金をしてでも人を喜ばせるようなことがしたくてならないという、本当にいつまでも子どものようで困ったものです」
とアレクサンドラ夫人は笑いましたが、この船の船賃はかなり割高なのでこの料金を支払えるダヴィドフ家はなかなかお金持ちなのでしょう。
クラリスはちょっぴり自慢げにルピネーと船のことを説明してやりました。説明しながらルピネーの道楽も役に立つものだと感心しました。
「ところで運命とおっしゃいましたけれど、この船の名前、白鳥に何か思い入れがありますの?」
ちなみにこの大白鳥号の名前はずっと前から決まっていて、単純に白くて大きくて美しい船だからなのですが、今回の事件とは無関係ですから、これも運命と言えば言えなくもありません。
「ええ」
アレクサンドラ夫人はびっくりしたように目を見張って言いました。
「私たち『白鳥の湖』を見に行くんですもの!」
「なに、『白鳥の湖』!?」
狭いので反対側の通路にいたルピネーが思わず声を上げて慌てて口を閉じました。さいわい赤ちゃんはぐっすり眠っています。
「どうしたの、ルピネーおじさま、なんだかとっても困った顔をしてらっしゃいますわよ?」
ルピネーは呆然と言った感じで立ち尽くし、なんだか子どもがべそをかいたような情けなーい顔をしていました。
「ねえ、『白鳥の湖』ってなんなの?」
オデーレも話に入ってきました。王子も後ろから覗くようにしています。
「バレエですわ。私の兄はピエトロ・コンチャロフスキーなんですの」
クラリスたちの誰それ?という顔に夫人も子どもたちも実に心外だという顔をしました。
「作曲家だよ」
音楽なんかぜんぜん興味なさそうなルピネーが意外にも知っていました。
「モスクリンじゃあ子どもでも知ってる人気作曲家だ」
モスクリンとはペテロブラーグの北西のラピス第二の大都市です。
「さっき私の歌った子守歌、あれは兄の曲ですの」
なるほどあのやさしい親しみやすいメロディなら子どもたちにも人気でしょう。
「そんなに有名な作曲家さんなら知っているのも分かるけれど・・」
クラリスは珍しくうろたえているルピネーを怪しみ、あ、と思い当たりました。
「もしかしておじさまが言っていた『野暮用』ってそのバレエを見に行くことだったの?」
ルピネーはクラリスが王子をペテロブラーグに連れていってくれるよう頼んだときなんだか他についでがあるようなことをちらっと言っていました。
「へー、おじさまにそう言う趣味があるとは意外ねえ」
クラリスはからかうように悪戯っぽい視線を投げかけました。
「そうじゃねえんだよ」
ルピネーは観念したようにため息をつきました。
「そうさ、確かに俺はそのバレエを見に来るように言われていたさ、親父殿にな。ユークリナの問題を言い訳に行かねえつもりでいたんだが・・、なるほどこれも運命ってやつかもしれねえな。アレクサンドラさん、モデストの奴をご存じですか?」
「ええ、兄の手紙で存じております」
「モデストって、モデスト兄さんのこと?」
とクラリスは尋ねました。
「そ。モデストは私の息子でしてね。そのバレエ『白鳥の湖』のプロデュースをあいつがやってるんだ」
「ひどーい!」
クラリスは思わず声を上げて慌てて口を押さえ、ルピネーを睨みました。
「そんな大事なことどうして私に教えてくれなかったのよ!」
「だってよー」
ルピネーはしかられた子どもみたいにふてくされて言いました。
「教えればおまえ必ず行くって言うだろ? そうしたら俺も行かざるをえなくなっちまうじゃねえか」
おまえ一人を行かせたら後で親父殿に何を言われるか、とルピネーはブツブツ愚痴を垂れました。
「なに子どもみたいにすねてるのよ?」
クラリスはすっかり怒ってしまって目が三角になっています。
「分かった。悪かった。ごめん。許してくれ。な?」
ルピネーはひたすら頭を下げてようやくクラリスに許してもらいました。
「まあいいわ。とにかく、見られるのね、ペテロブラーグに行けば?」
「ボルジョー劇場で上演してますの。ひと月間の公演予定で、最終日まであとちょうど一週間ですわね」
「ギリギリじゃないの。間に合うんでしょうね?」
「大丈夫だよ、任せておけって」
なーんだそれならペテロブラーグ行きに喜んで賛成したのにー、とクラリスはすっかりご機嫌になってニヤニヤしました。
「へー、なるほど、そのモデスト兄さんというのが君の王子様なんだ」
とジークフリート王子にまぜっかえされてクラリスはギョッとしました。
「そ、それは・・・・・」
どうなんだろう?とクラリスは自分の胸の内を覗いてドギマギしました。
「へー、そうだったのか?」
ルピネーもニヤニヤしてクラリスの赤い顔を覗き込んでいます。
「もう、モデスト兄さんのことはいいから!」
照れ隠しに怒った声でクラリスが言いました。
「その『白鳥の湖』ってどういうバレエなの?」
「さあ、俺は題名しか知らねえ」
「私も詳しいことは・・」
と、アレクサンドラ夫人。
「兄の手紙によると、人間の王子様に恋した妖精が人間に変身して恋を成就させようとするのだけれど魔女の呪いによって白鳥になってしまう、というようなお話だそうですわ」
「魔女の呪い?」
クラリスはなんだかすごーく嫌な予感がしました。
魔女が魔王なら今回の事件とどこか似た話らしく思えるのですが。
「そのお話は誰が考えたの? バレエのために作ったの? それとも元々そういうお話があったの?」
「はっきりとは分かりませんが、兄がどこからか聞き知ったお話のようですよ。兄は大の旅行好きで暇が出来るとはどこかしら旅行に出かけていますから」
どこかで仕入れたお話だとして、それが今回のオデット姫の身の上話とは思えません。
では、もしかしたら過去に似たような事件があったのでしょうか?
それとも、それは大人が子どもを喜ばせるために話して聞かせる単なるおとぎ話なのでしょうか?
いずれにしても白鳥つながりで気になることには違いありません。
「王子様、バレエですって。楽しみね」
再び二人の世界に戻ってきたオデーレが王子に言いました。
「ええ、そうですね」
と言いながら、実は王子はどうせ見るならバレエみたいなちゃらちゃらした退屈な出し物より派手なチャンバラのある愉快な劇が見たいと思っていましたが、ともかく、すっかり旅が楽しくなってペテロブラーグへ行く目的もなんだかだんだんずれてきてしまっているようです。
「私、バレエなんて見るの初めて。王子様は?」
「いや、僕もちゃんと劇場で見るのは初めてです」
「あのね」
と、クラリスが二人の邪魔に入りました。
「ラピスでは今バレエはとっても人気があるのよ。そうですよね?」
と話を振られて、アレクサンドラ夫人も苦笑しながら話に入りました。
「ええ、国中あちこちで大小さまざまな劇場や劇団が作られていますわ。ペテロブラーグやモスクリンのような大都市では公営の大劇場がありますし、地方地方では領主たちが競って私設の劇団を立ち上げているようですわ。領民の中から才能のありそうな綺麗な子たちを集めて、お金持ちの領主はわざわざロヴィークやルービッシュから教師を呼んで特訓させているそうで、かなりの熱の入れようですわね」
「ふうーん、そうなの? それじゃあ私も王子様にバレエ団を作ってもらって主演の踊り子になろうかしら?」
「主演のバレリーナはプリマドンナ、男性はプリンシパルって言うのよ」
「あっそ。じゃあ私がプリマドンナ。王子様がプリンシパルよ」
オデーレはクルクル回って王子に倒れ込み、王子は慌ててオデーレを受け止めました。
オデーレの回転はなかなか綺麗でクラリスは思わず感心して、おー、と拍手しました。
「本当は」
とアレクサンドラ夫人。
「ラピスは文化的には後進国なんです。国土が広大で国力はあっても、西の国々の洗練された文化に憧れがあるのですわね。音楽や絵画の芸術や最新のファッションを積極的に取り入れようというのはいいのですけれど、そのために元々ある自分たちのオリジナルの文化を卑下するようなところがあって、兄などは嘆いておりますわ」
「そういえば」
とクラリス。
「ロヴィークでバレエって、なくはないけれどそんなに盛んではないわよねえ?」
とっくにブームは過ぎ去っているような、とまでは言いませんが、ちょっぴりそう思ってしまいました。
国の力を比較すればラピスは圧倒的に強大ですが、そのラピスの人々が劣等感を抱いているなんて、文化の力は偉大だなあとクラリスは感心しました。
そんなクラリスの優越感を感じてでしょうか、意外に負けず嫌いらしくアレクサンドラ夫人が言いました。
「兄がおりますわ。兄の音楽はやがて世界中で聴かれるようになってラピスは文化的にも一流だと認められるようになりますわ。それにラピスでバレエが流行っているのは元々ラピスの人たちに舞踏を愛する心があるからですわ。ラピスの文化的精神にバレエという形がぴったりはまったのですわ」
やはり見た目通りアレクサンドラ夫人はたいへん教養が高く頭の良い人のようです。クラリスは自分の浅ましい心を見透かされたようで恥ずかしくなりました。
アレクサンドラ夫人は笑って、
「でもやっぱり私も西の音楽や小説が大好き。それにロヴィークは気候が穏やかで美しいところなのでしょう? 兄ばかりあちこち旅行に出かけて、私もたまには外国に行ってみたいですわ。ま、当分無理でしょうけれど」
と、ニコニコやさしい目で子どもたちを見ました。
「おそれいります」
クラリスは夫人にお辞儀をしました。
船のお客たちはほとんどが年輩のお金持ちの人たちでしたが、一人、謎の人物がいました。
若い女性、らしいのですが、全身黒ずくめで頭からマントをかぶり、黒いマスクをし、さらに黒のベールを垂らしているので、ほとんど顔を伺い知ることは出来ません。
喪中なのか、それともなにか宗教上の習慣なのか、それにしてはマントの下のドレスは光沢の強いラメが大量にちりばめられて、歩くたびにチラチラ覗く腰はまとわりつく布がキラキラ光を放って艶めかしく、とても慎ましやかな印象は与えません。
話しかけても首を頷かせたり振ったりするだけで一言も声を発しません。時たま外に出てきて景色を眺めていましたが、他のお客たちは気味悪がって声を掛けませんでした。
「怪しい」
と王子が言い出しました。
「あれはぜったい訳ありの女だぞ」
それにはクラリスも異存ありませんが、
「あの女はきっと例の女盗賊に違いない」
と言われると、実はクラリスもそれは考えないわけではありませんでしたが、
「そこまで都合良く偶然は続かないでしょう」
と思いました。
「ハルメイユーからペテロブラーグに行くならずいぶん遠回りじゃない?」
二人とオデーレは部屋の中で顔を寄せ合って小声で話し合っています。壁もしっかりしていますし四人部屋でそこそこ広さもありますのでこそこそする必要もないのですが、こういう話をするときはこそこそしていた方が雰囲気が盛り上がって楽しいものです。ルピネーは夕食の支度に船倉の調理場に下りています。急の出航だったのでコックが用意できなかったのですが、お昼のサンドイッチはなかなかのもので、本当に何をやっても見た目によらず器用な男です。もっともそこそこの広さはあっても大男のルピネーにはさすがにこの部屋は狭すぎてほとんど甲板か船倉にいてこの部屋には寄りつきません。
「だからさ、捜査の目をごまかすためにわざと遠回りしたのさ。ところがよりにもよってこの船には僕らが乗り合わせていたってわけだ。運の悪い奴だな」
王子はすっかり黒ずくめの女をダイヤ「白鳥の涙」を奪った女怪盗だと決めつけています。
「そうかなあ、逃亡者がこんな目立つ船に乗るとは思えないけれど?」
「だから、裏の裏ってことさ。それに、大胆にお城から家宝を盗み出すような女だぜ、本質的には目立ちたがりなんだよ」
「へえ、なるほどねえ」
この人間観察には肯けます。
「なかなか人を見る目が出来てきたんじゃない?」
フフンと王子は得意になりました。
オデーレはあんまり興味なさそうで、あの艶めかしい腰つきを思うと王子が他の女に興味を持つこと自体面白くありません。
「あんなの単なる安っぽい男好きよ」
と、ひどいことを言い出しました。
「この船に乗っているのはお金持ちばかりでしょう? 喪中の悲しい貴婦人を装ってバカな金持ち男を釣って財産を巻き上げようって魂胆に決まっているわ。素顔は、ぜーったいに、ブスね」
「そうかなあ、けっこう美人に思えるがなあ」
女怪盗はなにしろたいへんな美人だそうですから。
王子も女の艶めかしい腰つきを思い浮かべてニヤニヤ嫌らしい笑顔を浮かべると、オデーレのきつーい嫉妬の目で睨み付けられました。
王子は大いに慌てて、
「もちろん、オデーレさんの美貌には足元にも及ばないでしょうとも!」
と、オデーレのご機嫌取りに必死になりました。
王子は言葉を尽くしてオデーレがいかに美しいか褒め称えましたが、機嫌を直してニコニコし始めたオデーレもあんまり王子が一生懸命褒め続けると、珍しく、
「もういいわ」
とすねて背中を向けてしまいました。
王子は驚いて途方に暮れてクラリスに救助の視線を向けました。
クラリスはため息をついて王子を引っ張って部屋の反対側に連れていきました。
「あのねえ、そりゃあ美しさを褒められて嬉しくない女の子なんていないでしょうけれど、そればっかり褒められていたらいいのは外見だけで、中身はまるで駄目みたいじゃない」
「そんな、とんでもない誤解だ!」
王子は泣きそうに顔をしかめて小さく悲鳴のような声を上げました。
「僕はオデーレさんをとても素晴らしい女性だと思っているよ!」
まあたいして広くもない部屋なので囁き声でもだいたい聞こえてしまいます。背中を向けて聞き耳を立てているオデーレは王子のこの言葉でどうやら機嫌が直ったようです。
「そうよねえー」
今度はクラリスが白い目を王子とオデーレの背中に向けて言いました。
「二人はとーっても仲良しさんですものねえー、あーああ、うらやましい限りだわあ」
「いいじゃないか、君にはモデスト兄さんという王子様が・・」
と王子が言いかけたところ部屋のドアがノックされました。
訪ねてきたのはアレクサンドラ夫人の次女ヴェーラと三女ナターリヤでした。
「いいかしら? 一部屋に八人なんて息が詰まりそう」
ヴェーラがトランプを持ってきたのでみんなで遊ぶことにしましたが、カード遊びなんていうお下品なことをしたことのないオデーレは王子にくっついてやり方を習うことにしました。
カード集めで圧倒的に強いのはクラリスで次がヴェーラでした。
クラリスがあんまり強いので王子は魔法を使っているんだろうと抗議しましたが、クラリスは決して魔法は使っていませんでした。ただ勘と読みが圧倒的に鋭いのでした。
ぜんぜん勝てないのですっかり面白くなくなってしまった王子に代わってだいたいルールを覚えたオデーレが王子のサポートを受けながら参戦してからなかなかいい勝負になってきました。オデーレは勘がいいのかただ単に運がいいのかいつの間にやら「手」が出来上がってしまうのでした。
「オーッホッホッホッホ」
オデーレは勝ち誇った高笑いを上げました。
これがクラリスとヴェーラの負けん気に火をつけて勝負は白熱していきましたが、ちょっと気分を変えましょうとカードめくりをしてみると、今度はナターリヤが圧倒的に勝ちを納めました。次がクラリスで次がヴェーラで、オデーレと王子はまるで駄目でした。
しばらくすると今度は男の子たちが遊びに来てお姉さんたちと入れ替わり、今度はババ抜きの勝負になりましたが、これに大人げなく連勝して高笑いを上げたのはオデーレでした。
そんなことをしながら一日目の日が暮れて、各部屋にオーナーお手製の夕飯が運ばれてきました。食堂もあるにはあるのですがテーブルが二つしかない狭いものなのでだいたい皆自分の部屋に運んでもらっているようです。大きな船ですが「動力部」の水車が大きく場所を取っているのでお客のための施設は案外コンパクトになってしまっているのでした。
夕飯のメインは昼間ルピネーと水夫たちが釣った大きな川魚でした。こんなスピードで船を走らせて釣りになどなるものかと思いましたが、よほど釣り人の腕がいいのか案外かかるもので、本当に器用な男です。調理も大味ですがなかなかのものでした。
客室の灯りが消えて「エイサエイサ」と水車を漕ぐ男たちの声だけが寒空に流れていきます。
その船の航行を空から見守る一つの影がありました。
あの鳥人間です。
この鳥人間、湖でクラリスたちが出会った鳥人間とは別の鳥人間のはずですが、見たところそっくりで、同じとしか思えません。本当にこんなのが何匹もいて、ずらりと一堂に集まったらさぞかし気味の悪いことでしょう。
鳥人間は人間の顔をしているくせに相変わらず無表情で、ガラスのような目玉で眼下の船を見つめながらどうやってこの航河を邪魔してやろうか思案していました。
頭のいい鳥人間にもこの新型の船がどういう仕掛けになっているのか理解できません。
「とにかくあれを壊せばいいのだろう」
と、男たちの漕ぐ水車を見ます。
「さてどうやるか? 出来るだけわしの仕業とは見せたくないのだが・・」
さいわい日暮れと共にどんよりと厚い雲が立ちこめてきてまるきりの闇夜です。一番の邪魔は船橋の上に建った見張り台で河図を持って川面を注視して船が浅瀬に乗り上げないように見張っているルピネーです。大白鳥号はスクリューを水面下に沈めるため他の川船より底が深くなっています。ですから浅瀬に乗り上げてしまう危険性が高くなってしまっています。これがこの船の欠点といえます。そのおかげでルピネーはまっすぐ前を凝視して、空の上にはまるで注意が行っていません。
鳥人間は水車の横に付いてとにかく破壊工作の手だてを考えることにしました。
いったん横方向に船から離れ、高度を落とし、ルピネーや水夫たちに気付かれない程度に接近していきました。
首がクルッと真横を向きました。かなり不気味です。
じーっと水車の構造を観察していた鳥人間は、ふと、客室の方を見てギョッとしました。
脇の通路に黒い人影が立ってまっすぐこちらを見ています。
偶然だろうと思いました。
鳥人間は人間の数倍の視力を持っていました。この距離でこの闇夜でこちらの姿が見えるわけはありません。
鳥人間は破壊工作のことも忘れて人影を凝視しました。
黒衣の女はベールをかぶっていました。鳥人間はますます自分の姿が見えているわけはないと思いました。しかし、どうしても胸の内にわき起こる不安をぬぐい去ることは出来ません。
女がベールをめくり上げました。
鳥人間は素晴らしく良い目でその顔を見て、相手の正体を知ると、安堵に胸をなで下ろしました。が、しかし、すぐにそれがあり得ないことに思い当たりました。
「誰だ?」
胸が大きく脈打ち、恐怖が背筋をはい上がりました。
女はじっと鳥人間を見つめ、あっちへ行けと手を振りました。
鳥人間は追い払われるように大きく船を反れ、上空高く垂れ込める黒雲の中まで逃れました。
ようやく安心してこっそり覗き見るように船を見下ろし、さてどうしたものかと、じっと考え込みました。 |