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白鳥姫
作:岳石祭人



第15章 ロットバルトの晩餐


 オデット王女が目を覚ますと、そこはとてもよく見知ったところでした。
 すっかり夜になってしまったのでしょう、そこかしこに目に馴染んだガラスのフード越しのろうそくの灯りが広がっています。
 そこはオデット王女の寝室でした。
 湖の畔に建つ美しい白い宮殿。三階建ての建物の、最上階、南側の湖に面した一番良い部屋。
 オデット王女はベッドに起き上がり、何気なくそうした動きをして、王女は自分が人間の姿に戻っているのに気付きました。
 天蓋から下がる薄布をめくってベッドを下り、久しぶりの自分の部屋を歩きました。
 涼やかな青い漆喰の上にまるでレース刺繍のように華麗に浮き彫りの施された大理石の板がはめ込まれた壁、今はちょっと腹立たしい白鳥の物語が描かれた天井、可憐な丸い天蓋に覆われたベッド、銀の鏡台、はめ込み細工の文机、遠くノール海の向こうの国の神秘的な幾何学模様の絨毯、豪華で上品なオデット王女のお気に入りの部屋でした。
 歩いて、触れ、ろうそくの黄色い灯りの中で鏡に映る自分の顔を覗き、今夢から覚めて当たり前の日常に戻ってきて、これまでの白鳥の生活は全て夢だったような気がします。
「そんなはずはない」
 オデット王女は鏡に映る自分の顔をきつい目で睨みました。
「早くみんなのところに戻らなければ」
 窓から夜の湖を見下ろしました。
 大きな湖です。周囲を森に囲まれ、二本の川が流れ出て、流域に田畑が広がっていきます。宮殿の湖と反対側にまっすぐの道路が延び、ユークリナの首都の街並みが広がっています。
 月はまだ出ていないようです。
「ということはまだ7時半になっていないわね」
 今日の月の出はだいたいその頃のはずです。
「さて、困ったわねえ」
 人間に戻りたくてしょうがなかったのに今はこの窓からみんなのところに飛んでいくことが出来ません。
「いったいどうしてこうなったのかしら、というのは考えるまでもないわね」
 ロットバルトの仕業です。
 オデット王女をさらってここへ連れてきて、なんのつもりか人間の姿に戻したのでしょう。
 ドアの方を見ました。
「私が現れたら城のみんなはどう思うかしら?」
 ロットバルトに魔法を掛けられて白鳥になっていたなんて言ったって誰も信じないでしょうねえ、などと思っているとそのドアがノックされました。
 オデット王女はネグリジェを着ていましたが、ま、いいかと思って「どうぞ」と呼びかけました。
「失礼いたします」
 と入ってきたのは王女の知らない女中でした。
「お着替えを持って参りました。晩餐の準備が整ってロットバルト様がお待ちになっております」
 女中の持ってきたドレスは王女のドレスではありませんでした。
「ロットバルト様が王女様のために注文なさって作らせた新しいドレスでございます」
 広げて見せられたドレスは肩とスカートのふんわり広がったオーソドックスな形が凝った裁断の布で縫い合わされ、淡い水色の絹地に青の組み紐が飾られた、いかにもおしゃれなロットバルトの注文らしい物でした。
 王女は着替えると女中に先導されて廊下を歩き、何人か奉公人に会いましたが、どれも王女の知らない者で、彼らも王女にお辞儀しながら特にこれといって不思議そうな顔もしませんでした。
「ねえ、あなたは最近入った人よね? どこから来たの?」
「私はツェーザリ大臣閣下のお屋敷に奉公していた者です。他の者たちもだいたい皆そうです」
「ツェーザリ大臣ねえ」
 いちいち口うるさく偉ぶっていて、王女の嫌いな大臣でした。
「大臣はお元気かしら?」
 一応社交辞令で尋ねると、
「大臣は解任されてツェーザリ家は国外追放になりました。土地家屋は国に没収になり、行き場を失った我々はそっくりロットバルト様に雇われてこちらに移りました。お屋敷はこれから外国の大使など大事なお客様をもてなす施設に使われることになり、お城の方々はその準備にそちらに移られました」
 と、女中はすらすら説明して、元の主人ツェーザリ卿にはなんの感慨も持ち合わせていないようです。
 ツェーザリ大臣は国の政治全般の調整役で大臣たちの中でも一二を争う有力者です。その失脚はたいへんな政変のはずで、王女の居ない間にロットバルトはずいぶん大きく政治を動かしているようです。
「ねえ、それじゃあ私はどういうことになっているの? あのー、私が誰かは分かるわよねえ?」
 王女は自信なさそうに尋ねました。
「もちろん存じておりますわ。オデット王女様。なんでもたいへんな大病をお患いだそうで、お気の毒でございます。今日は気分がよろしいそうで、お元気そうなお顔を拝見できてほっとしております」
 この娘が本当にそう信じているのかどうか分かりませんが、国民に対して王女が居なくなったのはそういうことで説明されているようです。
 王女は特別の時に使う湖に張り出したテラスの食堂に案内されました。
「おお、これはお美しい!」
 テーブルに着いていたロットバルトが立ち上がって両手を広げてオデット王女を迎えました。王女とお揃いのつもりか同じ水色の裾の長いジャケットを着て、女性のように大きなサファイアのはまったブローチでスカーフを留めています。ずいぶん若作りの派手ななりですが、さすが伊達男、それほど不自然でもなく着こなしています。
 テラスの壁はいつの間にやら全面ガラス張りに改修されていて、ほぼ360度、湖が見渡せるようになっていました。
「びっくりですわ。これ、ずいぶんお金がかかったでしょう?」
「誤解なさらんでくださいよ、私の金でやったことだ、あなたを喜ばせるためにね」
 さあさあとロットバルトは向かいに用意した椅子にオデット王女を座らせました。テラスは八角形をしていて、ちょっとした楽団を入れてダンスが出来るくらいの広さがありましたが、奥の窓際に小さめの丸テーブルを一つ置いたきりで、壁際にずらりと色とりどりの花の鉢植えを並べ、ずらりと金の燭台を並べてクルクルねじり上げた細長いろうそくに火が付けられていました。
 オデット王女は見渡して思わずため息をつきました。
「あなたは王様になったら毎日こんな晩餐会を開くつもり?」
「毎日はいたしませんよ。こういうことはたまにするところでいいのです。今日のような特別の日にね」
 ロットバルトは立ち上がって鉢植えの中から選んでごく薄いピンクの肉厚の花びらの花を一輪だけ摘んで、テーブルの中央に置きました。
 花からぷーんと果実の甘い匂いが漂ってきました。
「いつもの食卓にはこれで十分。何しろこの上なく美しい花が目の前に咲いているのですからな」
 王女は半眼になって、
「あなた、どこでそういうセリフを覚えるの?」
 と訊きました。
「胸の内から自然にわいてくるのですよ、あなたのように美しい乙女を見るとね。どうやら私は根っからのロマンチストのようだ」
 何事も度が過ぎると滑稽なものですが、王女は危険を感じました。
 ここまでべったべたに気障だとなんだか愉快になってきて敵対心が薄れてしまいます。
 王女は内心いけないいけないと自分をいさめて、
「城の者たちをすっかり入れ替えたようね?」
 と、硬い口調で問いました。
「他に思わぬ豪華な屋敷が手に入りましてな。もちろん国の物ということですよ。公務にはそちらを使うことにしましてね、こちらの宮殿は王家の私邸にいたしました。城の者たちには大事な任務を担ってもらうためにあちらに移ってもらいました」
「この宮殿をまるごと王の私邸にするですって? そんなもったいないこととても許可できないわ」
「まあまあ、そんなベルーシアの女王のようなケチくさいことは言わないで、そうだ、晩餐を始めましょう、お腹がお空きになったでしょう?」
 王女はかっこよくけっこうですと断ってやろうとしましたが、お腹が鳴きそうでよしました。
 ロットバルトが合図の鈴を鳴らすと渡り廊下で待機していた給仕がカートを押してきました。
 お肉の薄切りの前菜とグラスと赤のワインが乗っています。
「カラスの肉です」
 王女がイヤな顔をするのをいたずらっぽく笑って、
「冗談です。鴨肉のローストです」
 それでもオデット王女はとても手が出ませんでした。
「あなたはこれを食べるの? 鳥はあなたの部下でしょ?」
「カモは使えませんな。群の意識が強すぎる。使えないものは、私にとっては旨いかまずいかでしかない」
 ロットバルトはそれを証明するように鴨肉を口に放り、
「これは旨い」
 とおいしそうに味わいました。
「さあどうぞ、食べてごらんなさい」
 オデット王女も以前は鴨肉は好きでしたが、鳥になった自分を思うとどうにも手が出ませんでした。
 けれどお腹は正直で、とうとうキュルルルル、とかわいい音を立ててしまいました。
 ロットバルトはニコニコ王女を眺めています。
 王女はヤケになってフォークを取ると鴨肉を口に運びました。
 肉汁の溶けだしたソースが舌の上にトロリと乗って、肉を噛みしめると香ばしい香りがジワリと口いっぱいに広がりました。
 こんなに美味しい鴨肉料理は初めてでした。
 いえ、お肉がこんなに美味しいものだったなんて、まるで今初めて味わったような感動がジーンと胸に広がりました。
 王女はもう我を忘れる感じでパクパク鴨肉を口に運びました。
 ロットバルトは笑って、
「料理はまだまだ続きますから、そう慌てずに、ワインも召し上がりなさい」
 給仕がグラスにワインをつぐと、王女はグラスを掴んでゴクゴク飲み干しました。
 ロットバルトは王女のそんな様子を微笑ましく眺めて、ルピネーにも話した例の国を挙げてのお祭りの話をしました。
「ねえ王女様。どうか私を良い王様になるとお認めくださいませんか? よろしければぜひ良い夫とも」
 王女はロットバルトの話なんかどうでもいいように次の料理を催促しました。
 ロットバルトはやれやれと楽しそうにあきれて次の料理の指示を出しました。
 次の料理はロールパンを添えられた野菜たっぷりのクリームシチューで、王女の大好物でした。
 王女は湯気の立つシチューをスプーンにすくってそのなつかしい味に大感激しました。
「どうです? 人間とは良いものでしょう?」
「うるさい。あんたも食べなさい」
 ロットバルトはハイハイとワインを口に含んでシチューを味わいました。
 ちょっぴり、王女はこんなに口が悪かったかと疑問に思いながら。
 王女はペロリと一皿平らげておかわりしました。
「ああ、美味しいわあー」
「ええ、そうでしょうとも。水底の藻ばかりでは飽き飽きでしょう?」
 ロットバルトは意地悪に言いました。
「意地を張らずに今すぐにでもこの素晴らしい人間の生活に戻ってきませんか? もちろんロヴィークに向かったお仲間も呼び戻して」
 オデット王女はシチューをもぐもぐ頬張りながら、ロットバルトの余裕たっぷりの微笑を見つめました。
「次」
「はいはい、女王様」
 ロットバルトは指示してメインディッシュの鹿肉のスープ煮込みを運ばせました。
「これはあなたのジークフリート王子が仕留めた雌鹿の肉をおみやげに分けてもらったものでしてな。どうぞとくとご賞味あれ」
 王女はスープのよく染み込んだ厚い肉をスプーンでサクサク切って口いっぱいに頬張りました。舌に乗せたとたん肉の繊維がパラパラほどけてスープの濃厚な甘さがトロリと口中に心地よくまとわりつきました。
「うーん・・」
 王女は鼻にこもる香りをうっとりして味わいました。
 王女は一切れを十分堪能するとサクサクサクサク切り分けて、パクパクパクパクがっつきました。
「そんなに慌てなくても・・」
 ロットバルトもさすがにあきれ顔になりました。
 王女はあっと言う間にお肉を平らげてしまって、
「デザート」
 と催促しました。
 ロットバルトはため息をついてデザートを持ってくるよう指示しました。
 王女と二人切りのロマンチックな食事を期待していたのに、当てが大外れです。
「だってね」
 口直しにワインを飲みながら王女が言いました。
「私は早くみんなのところに帰らなくてはいけないもの」
「おやおやなんともったいない。あなたはまたたいへんな白鳥の生活に戻りたいのですか? それではせめてまたここへ戻っていらっしゃい。あなたがしていたように、私があなた方白鳥に美味しい餌を撒いてあげましょう」
「あなたの保護の下おとなしく安全に暮らせということ? ハン」
 王女は芝居がかって両の手のひらを天に向けました。
「まっぴらごめんよ」
 王女は急にきつい目になってロットバルトを見つめました。
「一つ訊きたいの。
 私の父と母はどうしても殺されなくてはならなかったの?」
 ロットバルトは顔をしかめて太い息を吐きました。
「あれは事故だとさいさん申し上げたはずですぞ」
「ごまかしはウンザリ。私はこの国の王女として訊きたいのです。前国王は殺されなければならないほど悪い王だったのですか?」
 王女はがぶ飲みしたワインが回ってきたのでしょう、目の周りをうっすら赤くして、ちょっと危ないうるんだ目をしてロットバルトを見つめていました。
 ロットバルトもあきらめて言いました。
「悪い人ではありませんでした。だが、王としては無能で、失格だった。ツェーザリ大臣のような悪党の言いなりになってまたも貴族にとって都合のいい法案を承認しようとしていた」
「ツェーザリ大臣ですか。あなたはあの人を追放したそうですね? 国王を殺さずに最初からそうすれば良かったではありませんか?」
「私は無能な王というのが許せなかったのですよ。ツェーザリのような輩はいくらでもいる。そのような輩は宰相である私にとっては明白な敵であったが、王は違う、敵ではない。が、私にとっては邪魔でしょうがなかった!」
 ロットバルトもせいぜい怒りを押し殺した目で女王を見つめ返しました。
「王妃まで殺すことはなかったでしょう?」
「生きていればまたツェーザリどもに利用されます」
「では私は? 私も殺したら良いではありませんか?」
「出来ませんな。私が王になるために必要だ。それに、私はあなたが好きだった。あなたを愛しているのですよ」
 ロットバルトはそれが生来の気障なポーズなのか、それとも本当に心からのものなのか、熱っぽく、ちょっと悲しそうな憂いを含んだ目で微笑みとともにオデット王女を見つめました。
「私は国の味方で国民の味方で、あなたの味方だ。オデット王女よ、どうか私を受け入れてはくれまいか?」
「イヤです」
 王女は明確に答えました。
「私、あんまり年上過ぎる人は範囲外なの」
 ロットバルトはため息をつきました。
「確かに私はあなたよりはるかに年上だ。見た目以上にね。この姿は気に入りませんか? 私は気に入っているのですがね。ちょっと頑張れば王子くらいに若い姿になることも不可能ではないが、それは私のプライドが許さない。好きになってもらえないのは悲しいが、この姿こそが、今の私の精神をズバリ表したものなのですよ。
 しかし、あなたは一国の姫として国のためどんな相手とでも結婚する覚悟が出来ておいでだと思っていましたが?」
「私もそのつもりでしたが、あなたのおかげで私も欲が出ました。私も、すてきな旦那様と結婚したいですわ。あなたの妻になるのはイヤです」
 酔っぱらった王女は調子に乗ってアッカンベーと舌を出しました。
 ロマンチストのロットバルトは王女のはしたない姿にムッとなってしまいました。
「王女よ。私は紳士で相当我慢強い方だが、それにも限度がある。私がその気になればあなたを無理矢理にでも花嫁にすることは容易いことなのですぞ」
 と、テーブル越しに手を伸ばしましたが、その腕はグンと伸びて鱗に覆われた龍の手となり、指先は黒い恐ろしい鉤爪になりました。
 ロットバルトの手は王女の顔を掴み取るように伸びましたが、すると、王女の額がキラキラ銀色に輝きだし、触れようとした鉤爪はブスブス焼けて煙を吐き出し、ロットバルトは慌てて手を引っ込めました。
「おのれ、妖精の祝福の口づけか」
 ロットバルトは憎々しげに王女の額の銀色の唇の痕を睨みました。
 今度は王女が余裕を持ってロットバルトを嘲りました。
「それがあなたの正体ね。魔王だなんて、本当はただの鳥の大将なんでしょう?」
 ロットバルトは不適に笑い返しました。
「魔王の正体が鳥だったというだけのことですよ。私にはそう名乗るだけの力がある」
「でもカラベラスにはかないそうもないわね。娘の魔力の印にさえそれだけのダメージを受けるのだから、母親の伝説の黒魔女にかないっこないわ」
「あの女は今や無力だ。はるか遠いロヴィークの地から動けなくなってしまったというではないか? あなた方にそこにたどり着く力はない」
「あなたが邪魔するんでしょう?」
「最初の白鳥を殺したのは私の部下ではない」
 ロットバルトのこの言葉は王女の胸にグサリと突き刺さりました。
「自然の世界がいかに厳しいものであるかあなたも身を以て知ったはずだ。これ以上無駄に僕たちの命を危険にさらすべきではありませんな」
「無駄ではないと信じています」
「では教えてあげましょう、
 伝説の黒魔女カラベラス。
 あの女は確かにあくどい女だが、伝説に言われるほど大した魔女ではない。伝説とは時間を掛けて人の口が作っていくものです。真実は、ただの卑怯な悪女と言うだけのことです」
 ロットバルトはたっぷり侮蔑を含んだ目でそう言いました。
「あなたはその悪女にずいぶんひどい目に遭わされたようね?」
 王女は探るようにロットバルトの顔を見つめましたが、ロットバルトはその手には乗らないと無表情を装いました。
「そうそう、森であなたの奥さんにお会いしたわ。奥さんもずいぶんカラベラスのことを悪く言っていたけれど、夫婦揃ってどんなひどい目に遭わされたのかしら?」
 ロットバルトはフンとバカにした笑いを浮かべました。
「私の元妻ですな。ひどい女でしてな、別れて清々しておりますよ」
「奥さんはまだまだあなたに未練たっぷりなご様子でしたけれど?」
「嫉妬深いだけですよ。お気を付けなさい、下手に近づくと引っ掻かれますよ」
 ロットバルトはハッハッハッハッと笑いましたが、オデット王女は初めてふつうにロットバルトを嫌な男だと思いました。
 時間を掛けてようやくデザートが運ばれてきました。
 それはバニラのアイスクリームでした。
「ちょっとついでがありましてな、カカッサスの頂から氷を運んできたのですよ」
 自分で行ったわけではないでしょうが、大した手間です。
 アルコールに火照った体にシャキシャキ氷の粒混じりのアイスクリームはたまらなく気持ちよく美味しいものでした。
 ロットバルトも王女のご機嫌な様子を眺めて自分のグラスを取りアイスクリームを食べ始めました。
 食べながら王女はトローンとした目をし始めました。
 ロットバルトは胸の内でほくそ笑みました。
 王女のアイスクリームにはたっぷり眠り薬を仕込んであるのです。ワインの酔いと相まってその心地よい感覚から絶対逃れようがありません。
 ロットバルトは眠り込んだ後のオデット王女にいったいどんなイタズラをしてやろうか、考えると愉快でなりませんでした。
「ごちそうさま。あー、おいしかった!」
 オデット王女は手をパチンと叩いて立ち上がりました。
 ロットバルトはギョッとしました。立ち上がった王女がフラフラ床に倒れ込んでしまうかと思いきや、しっかりした足取りで立って、ニコニコロットバルトを見ています。
 いったいどうしたのだろう?
 ロットバルトの額に冷や汗が伝いました。
 と、急に視界がぼやけてきて、慌ててハッとして、ロットバルトは驚愕しました。
「ま、まさか、そんなはずは・・・」
「あらあら、私のグラスとあなたのグラス、給仕さんが間違えて置いてしまったようね?」
 オデット王女はニコニコ笑っています。
「そんなバカな、絶対にあり得ん、絶対に・・・」
 ロットバルトは味覚に絶対の自信を持っていました。眠り薬の混じった微妙な変化が舌に引っかからないわけはありません。
 事実、今になってようやく眠り薬の雑味が舌のしびれに感じられてきました。
「なぜこれに気付かなかった?・・」
 何故だ?・・・・
 ロットバルトは自分の失態に信じられない思いでテーブルに倒れ込みました。
「あー、いけないいけない、やっぱりフラフラするわ。調子に乗って飲み過ぎちゃったわね。こんなのが癖になったらたいへんだわ」
 ぼやけていく視界の中でオデット王女が背を向け、表へ出る扉を開きました。
 そこは船遊びの船着き場になっているのです。
「ま、待て、行くな、行かないでくれ・・」
 ロットバルトは必死に手を伸ばし、空を掻きました。
「頼む、私は、本当に、あなたを愛しているのだ・・・」
 オデット王女は振り向いてニッコリ笑いました。
「さようならロットバルトさん。お食事、とっても美味しかったわ」
 王女はちょっと下がって、腕を構えてダダダッと湖向かって駆けました。
 ポーンと飛ぶと、その姿は白く輝き、白鳥に変身して空に舞い上がりました。
 抜け落ちたドレスがひらひら舞って落ちてきました。
 ロットバルトはがっくり意識を失って床に崩れ落ちました。
 空に舞い上がりながらオデット王女は反射的に湖面を探しました。もちろん落下した二羽の姿はありません。それははるか北西の湖なのですから。
 オデット王女は悲しい気持ちを振り切って西を目指しました。
 自分を待っている仲間たちの元へ。
 薄曇りの中、満月から四日目の月が黄金に輝いていました。












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