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白鳥姫
作:岳石祭人



第14章 脱出


 白鳥たちは苦労してなんとかマリシアの遺体を大きな木の根本に埋めました。
 マリシアの冥福を祈り、湖に戻ったところで火の精ヴァイオレットが自己紹介しました。
「あたいはクラリスの友達で火の精ヴァイオレット。クラリスにナージャといっしょにあんたらを守るよう頼まれたんだ。これからはあたいらがあんたたちを守ってやるから安心しな!」
「火の精、じゃなくって、火花の精、でしょ?」
 オデット王女が言うと天馬ナージャがフフフと笑いました。
 ヴァイオレットはムッとして、
「そうだよ、あたいは火の一族の火花の精ヴァイオレットだよ」
 ヴァイオレットは人間の手のひらに立てる大きさで、かわいいピンクの肌にピンピン立った真っ赤な髪の毛をして、真っ赤なミニのドレスを着て真っ赤なブーツを履いていました。いたずらっぽいくりくりした大きな目をした子どもで、背中に妖精の象徴である赤いチョウチョみたいな羽根を生やしていました。
「ねえヴァイオレット」
 オデット王女がグンと顔を寄せて言いました。
「本当に、クラリスさんが私たちを守るように言ったの?」
「そうだよ」
「ほんとーに、本当?」
「ほ、ほんとだってばあ」
 ヴァイオレットはなぜか疑り深いオデット王女にたじたじとなってしまいました。
 王女はため息をつきました。
「しょうがないわねえ。夢の中での打ち合わせではあなたはクラリスさんに付いていってナージャはやっぱりロヴィークに帰すということになっていたのに」
「いいじゃんかよー、あたいたちのおかげでカラスどもを追っ払えたんだろう?」
「そうね、一応はね」
 そう、いったん追い払われたカラスたちでしたが、今は湖の周囲のそこかしこの木々に陣取り、上空の黒鳥たちとともに白鳥たちの動向を厳しい目で監視していました。
「火花の目くらましなんてもう通用しないでしょうしねー」
「カラベラスが悪いんだよー! あたいとナージャを元に戻しちゃったからあ」
 以前ヴァイオレットとナージャはカラベラスの魔法で合体して火龍ヴァイオレットとして生きていました。クラリスの羽織っている火龍のマントはその火龍ヴァイオレットの毛を植え込んだものです。
「あの頃のあたいたちはそりゃあもー強かったのになあ〜」
 なっ、とヴァイオレットは相棒ナージャに同意を求めましたが、ナージャはどうでもいいようにあくびをしました。
 ねえねえ、と子どもたちが寄ってきました。
「ヴァイオレットちゃんはカラベラス様と仲いいの?」
「カラベラス様って本当はどんな人?」
「旦那様とラブラブなの?」
 へー、とヴァイオレットは横目でオデット王女を見ました。
「なーんだ、クラリスよりカラベラスの方が人気あるんじゃん?」
 子どもたちに向かって、
「あたいはねー、クラリスが生まれるずっと前からのカラベラスとの付き合いでね、そうそう旦那、あれとくっつくまでのあいつときたら、そりゃーもう、とんでもないワルでね」
 イッヒッヒッ、とヴァイオレットは笑いました。
「それじゃあ愛の力がワルの道からカラベラス様を更生させたのね?」
「あいつも強面のくせにけっこう乙女チックだったりするんだよなー」
 ヴァイオレットと子どもたちはキャッキャと盛り上がりました。
「こらこらあんたたち」
 オデット王女が四人を睨みました。
「私たちは今マジな話をしてんのよ」
 王女はみんなをできるだけ近くに集めて首を寄せ合ってどうやって敵の包囲を破ってこの湖を脱出するか作戦会議を開きました。
 まず近衛女官のレスリーが現実的な意見を述べました。
「全員でロヴィークに向かうのは無理です。王女と我ら近衛官の精鋭がまずカラベラス殿と会うべきです」
 ニーナが他の侍女たちに推されて侍女を代表して固い決意を述べました。
「私たち侍女は何があろうとも決して王女様の側から離れはいたしません」
 それを聞いてマリシア亡き後暫定的に女中頭の任に着いた一番年長の女中イヴリンが女中たちの不満を言ってやりました。
「近衛女官だの侍女だの、いかにも自分たちこそが王女様の忠義の僕であるみたいに言うけれど、お城の生活全般を切り盛りしているのはあたしたち女中だよ。あたしたちだって王女様の立派な忠義の僕だよ。そのあたしたちを邪魔者扱いみたいな言い方は我慢がならないね!」
 温厚でみんなに慕われていたマリシアが亡くなってしまったせいで、三者三様自分たちの主張を繰り返すばかりで、作戦会議は難航し、無駄に時間ばかりが過ぎていきました。
 大人たちの言い争いを見ていた子どもたちは自分たちはいったいどのグループの仲間なんだろうと不安になって、とうとうシクシク泣き出してしまいました。
「ストーップ!」
 オデット王女が会議を中断しました。
「私は誰も後に残してどこへも行く気はありません!」
「しかし王女、現実に・・」
 レスリーが言いかけるのを、
「おだまんなさい!」
 ピシャリと止めて、
「レスリー、お願いだから、みんなでここを脱出してロヴィークに行ける方法を考えてちょうだい。一番頼りになるのはあなたなんだから、ね?」
 王女に懇願されて仕方なしにレスリーは言いました。
「方法がないわけではありません。決してお勧めはできませんが。
 やはり王女と体力のある者だけで湖を脱出します。と、見せかけて、敵の注意を逸らしている間に他の者は森の中を通って湖を脱出します。
 ただし、お勧めできないと言うのは、森を通って逃げるのはかえって危険かも知れないからです。地上では動きが鈍くなりますし、また狐のような獣に襲われる危険性もあります。黒鳥たちはともかく、カラスたちは平気で森の中へ下りてくるでしょうし、見つかれば我々が助けに下りるのはまず不可能です。
 残念ながら私にはこれくらいの作戦しか思い付きませんが、それでも、やる覚悟がありますか?」
 皆シーンとなってこの作戦が成功するだろうか考えました。王女への忠義の心は決して偽りではありませんが、やはり死への恐怖は拭いがたいものでした。
「じゃあさー」
 会議の様子を眺めていたヴァイオレットが言いました。
「あたいらみたいな用心棒をもっと雇えばいいじゃん」
 おお、と声が上がりました。
「なるほどねー、なかなかいいこと思い付くじゃない」
 オデット王女はなぜかヴァイオレットには言葉遣いがぞんざいになってしまうようです。
「いいわ、用心棒を雇いましょう! で、誰を雇ったらいいかしら?」
「あたいに任しときな」
 ヴァイオレットが胸を張って言いました。
「ちょっくらこの辺りを回ってきてみるよ」
 ピューンと、赤い光の筋を残してヴァイオレットは森の中へ飛んでいきました。

 一時間ほどしてヴァイオレットが戻ってきました。
「やっぱりさー、でかくて、うんと強いのがいいよねー?」
「そりゃあそうだけど、誰かいたの?」
「いたことはいたんだけどね、もしかしたら、逆に食べられちゃうかなあ・・・なんてね」
 何者だろうと皆震え上がりました。
「熊さん。子連れのママさん熊」
「そりゃあ、強いでしょうねえ・・」
 森で子連れの母親熊ほど強い者はいません。
「で、交渉はうまくいったの?」
「それがさー、妖精のあたいにさえすっごい警戒しちゃってさー、たぶんあのカラスどものせいだと思うんだけど、まずいことに、この湖も熊さんたちの縄張りになっているらしいんだよねー。だからあ、ここでたむろしてると、襲われちゃうかもよ」
 ヒーと悲鳴を上げて白鳥たちはバタバタと湖の中央へ逃げ出しました。
「い、いいんじゃないの?」
 オデット王女が顔をひきつらせながら言いました。
「カラスたちに反感を持っているなら交渉しやすいじゃない。いいわ、私が交渉してくる!」
「い、いけません!」
 ニーナが慌てて止めました。
「そうです」
 レスリーもとんでもないと反対しました。
「相手は野生の獣です。狐同様、王女様もただの餌に過ぎません」
「でも用心棒にするなら最高じゃない。とてもあきらめられないわ」
「では私が行ってまいりましょう」
 レスリーが言いましたが、さすがに彼女も顔がこわばっていました。
 王女はうーんと考えて、
「やっぱり私が行くわ。だってね、あなたが行ったら喧嘩になってそれこそ食べられちゃうような気がするの」
 大丈夫よ、とヴァイオレットを見て、
「危なくなったら頼りになる妖精さんがいるから」
 レスリーとニーナはさんざん言葉を尽くして止めようとしましたが、王女の決意は固く、絶対に無茶はしないという約束で王女とヴァイオレットの二人が交渉に赴くことになりました。

 ヴァイオレットの見たとき母親熊は肩を怒らせて見るからに不機嫌でした。小熊は二頭いて、幼い子どもを連れた母親熊はただでさえ神経を尖らせて周りに攻撃的に身構えているものですが、頭のいいバカなカラスたちが退屈しのぎにちょっかいを出したりしたものですからすっかり怒ってしまって、近づいてくるものはなんでも張り手を食らわせてやろうと身構えていました。
 熊に思い切り張り手を食らわされたら、ふつうの生き物はだいたい死にます。
 今、日の射す草原の上でクルクルじゃれ合っている二匹の小熊を見守りながら、母親熊はわずかに中腰になりかけて、何かあれば即座に攻撃に移れるような準備態勢を取っています。
 まだだいぶ離れた茂みの陰から親子の様子を盗み見ながらオデット王女はうーんとうなりました。
「なるほどー、これは手強そうねえ・・」
 王女は考えました。
「踊って子どもたちを喜ばせて手なずけちゃうってどう?」
「逆効果だと思うなあ。ママさんはそんな気分じゃないだろうからなあ」
「それじゃあ・・、熊と言ったら死んだふり!」
「それって迷信だって聞いたぞ」
「えーい、考えてもらちがあかない。とにかく行ってくるから、いざって時はフォロー頼むわよ」
 オデット王女は茂みの陰から出るとゆっくり慎重に歩いていきました。
 ヴァイオレットはその様子を見ながら、
「ふーん、王女様ってずいぶん行動派なんだなあ」
 と感心しました。
 とことこ歩いていくオデット王女はやがて母親熊の視界に入りました。
 母親は体を立て、力の固まりのような両腕を構えました。
 白鳥はぎょっとして、その迫力にやられたようにフラフラと足下がおぼつかなくなり、右にフラフラ、左にフラフラして、やがてばったり倒れました。羽を震わせて二度三度地面を掻き、起き上がるそぶりを見せながら力が足りずに地面にふせり、ずりずりと前進し、悲しそうに首を振り立て羽を天に差し伸べ、ブルブル震えてバタリと伏し、また同じ動作を繰り返しました。
 じゃれ合って遊んでいた小熊たちは白鳥の不思議な動きに興味を持ってじーっと見つめました。
 その後ろから子どもたちをかばうように足元に抱き寄せて、母親熊が言いました。
「それはいったいなんの真似だい? このあたしに食べてくださいって言うのかい?」
 白鳥は地面に伏した首をむっくり起き上がらせました。
「あらよかった、ちゃんとお話ししてくれるんじゃない。いきなりガブリと来たらどうしようかと思ったわ」
 オデット王女は起き上がるととことこ親子に近づいていきました。
 母親の手の伸びるギリギリのところで立ち止まり、片方の羽を広げてていねいにお辞儀しました。
 母親熊は感心したように言いました。
「バカじゃあないようだね」
「私はユークリナの女王オデットと申します。どうぞよろしく」
「なんだいそりゃ? それじゃああたしはこの森の女王閣下だよ」
「はい、女王閣下。それに王子殿下。実は閣下と殿下のお力をお借りしたくてまいりました。実は閣下と殿下を悩ませているあの無礼なバカカラスどもは私どもを監視しているのです。そこでなのでございますが、」
 と、オデット王女は熊の親子に自分たちが湖を脱出するための手助けをしてくれるよう頼みました。
 子どもたちはキャッキャと面白そうにはしゃぎましたが、母親熊の方はそう簡単には頷きませんでした。
「それじゃあおまえたちが消えればあのうるさいカラスどもも消えると言うことだね? だったら、この場でおまえをくびり殺して死骸を湖の真ん中に放り投げてやればそれですむことじゃないか?」
 母親熊はほんのちょっと体を前傾させましたが、それだけで巨大な岩がのしかかってくるようで、オデット王女はぞーっと無力に震えました。
「ちょっと待ったーっ!」
 慌ててヴァイオレットが飛んできました。
「この人はクラリスの友だちなんだよ」
「クラリス? あの狩人のかい?」
「そうそう、カラベラスの娘のクラリスさ。この人を殺しちゃったらクラリスがあんたを狩りにやってくるぞ」
 母親熊はヴァイオレットとオデット王女を見比べて考えました。動物たちの世界では狩りの名人クラリスの名は広くはるかこんな遠くにまで知れ渡っているようです。
「フン、クラリスだろうが、このあたしを仕留められるものかね。返り討ちにしてくれるさ」
「クラリスさんは子どもを連れた母親は絶対狙いません。何があっても」
 母親熊はじっとオデット王女を見つめました。
「お礼はいたします」
 オデット王女は言いました。
「私がユークリナの女王の座に返り咲いた暁には小熊は絶対に殺してはならないと制令を出します。と、約束はしますがこれは果たせるかどうか確実にはお約束できませんので、まず現物で取り引きいたしましょう。湖に大きな鯉がたくさん泳いでいましたが、あなたもさすがに水の深いところを泳ぐ鯉は捕まえられないでしょう? まるまる太った大きな鯉を十匹。それで脱出のお手伝いをお引き受けいただけませんか?」
 まるまる太った大きな鯉。子どもたちはよだれを垂らして母親熊におねだりしました。
「いいだろう」
 母親熊は頷きました。
「だが白鳥のおまえたちに漁なんか出来るのかい? 十匹だ。一匹たりとも負けてやらないよ」
「ええ、どうぞ見ていてください」
 オデット王女は胸を張りました。
「クラリスさんに負けないくらい見事な漁をしてご覧に入れますわ」

 翌日の朝。
 湖の底で目覚めた鯉たちが朝食を探しに泳ぎ始めると、水面から射し込む光に影があるのに気付きました。
 見覚えのない小さな浮島が漂っています。
 見慣れないものには警戒心を持つ鯉たちでしたが、仲間の鯉が三匹、浮島の下に取り付いて何やら熱心に食べています。
 ぽろぽろ取りこぼした食べかすをパクリとしてみると、それは鯉たちの大好物のタニシでした。
 鯉たちはこれは見つけ物、他の仲間たちに全部取られてなるものかと、我先にと浮島の底へ取り付いていきました。
 浮島は岸辺の草の根が絡みついたものが流れてきたもののようで、絡みついた根っこを口先でほじると大好物のタニシが面白いようにぽろぽろこぼれてきました。鯉たちは大喜びで夢中になってどんどん浮島の底に潜り込んでいきました。
 そうして夢中になっているうちに仲間たちが一匹二匹、どんどん居なくなっていっているのに気付かずに・・・

 浮島を湖の中央に流したのはもちろんオデット王女率いる白鳥たちでした。昨日のうちに二手に分かれて一方は草の根っこを集めてきてうまく自然に見えるように根っこを絡ませ合って浮島を造り、一方は出来るだけ多くタニシを集めてきて作った浮島に植え込んでいきました。
 仲間たちにその指示をしておいて、オデット王女はヴァイオレットといっしょに偽物の鯉を作りました。材料は重りの小石と芯の小枝と表面の形を作る草でした。仕上げに自分の白い羽根と拾い集めたカラスの羽根を混ぜて本物っぽく植え込みました。くちばしでは細かい作業は無理なので指示をしてヴァイオレットに作らせましたが、ヴァイオレットは特に器用でもありませんでしたが何しろ小さいので細かい作業もふつうに出来ました。さんざんオデット王女に文句を垂れていましたが。
 浮島は白鳥が三羽十分乗れる大きさで、翌朝、オデット王女と、手先、というか、口先の器用な若い女中が二人、乗り込みました。
 オデット王女が口と両の羽で作り物の鯉を器用にまるで生きているように操って池の底の鯉たちをおびき寄せ、鯉たちがタニシを食べるのに夢中になって浮き草の中に潜り込んでくると、他の鯉たちに気付かれないように素早く二羽の女中がくちばしで鯉をくわえ上げました。
 他の白鳥たちは湖の反対側からやわやわと水掻きで波を起こし、浮島を少しずつ少しずつ岸の方へ追いやっていきました。そうして岸に近づいたことに気付いた鯉たちが浮島から離れて水底に帰っていく頃には、浮島の上には見事十匹のまるまる太った鯉たちが白鳥たちによって釣り上げられていました。
 岸で待っていた白鳥たちは大喜びで浮島を引き寄せ、釣った鯉を岸に運び上げました。
 さーて、久しぶりにごちそうにありつけたとはしゃいでいるところに、親子連れの熊が現れて逃げ上がった白鳥たちがガーガー非難する中ゆうゆうと獲物を奪って森の奥へ帰っていきました。
 と、いうのはもちろんお芝居。
 なにしろ湖の上には黒鳥たちとカラスたちが監視の目を光らせていますから、彼らをごまかす必要があります。
 オデット王女はこっそり森に入って熊の親子に会いました。
 小熊たちは大喜びで滅多にありつけないご馳走にかぶりつき、厚く引き締まった肉と脂の乗ったトロリとろける皮を味わっていました。
「見事なものだ、まるで人間みたいだったね」
 母親熊はオデット王女たち白鳥の手際を褒めてくれました。
「だからね、私は人間なんだってば」
 オデット王女は苦笑して、
「人間の知恵も大したものでしょう?」
「そうだね。でも忠告しておくよ、けっしてその知恵に溺れちゃいけないよ。人間の浅知恵なんてこの自然の大いなる知恵に比べれば赤ん坊のようなものなんだからね」
「はい。心得ております。ですから約束通りきっちり十匹ですわ」
「まったく抜け目のない奴だね」
 母親熊はまいったというように笑いました。王女に対してはすっかり警戒も解けたようで、優しい母親の笑顔でした。
「で、どうするね? いつ脱出を開始するんだい?」
「出来るだけ早く。出来れば、今すぐにでも」
「分かったよ。この子らの食事が終わったら残りの獲物を隠して、そしたらこっちはいいよ」
 と言っている間に小熊たちは鯉を一匹ずつまるまる食べ終えてしまいました。
「あら、もう終わっちゃったわ」
 とオデット王女は言いましたが、小熊たちはおかわりをねだってもう一匹ずつ食べ始めました。
「あらあら。それじゃあ私は仲間たちと打ち合わせしてくるわ」
 と、オデット王女は湖に戻りました。

 午後二時。
 一番日差しの強い時を選んで作戦は決行されました。
 オデット王女と近衛女官の五羽、それに侍女と女中の中から若く体力のあるものが十羽、総勢十六羽がギラギラ日光を反射する湖面の中央に集まりました。
 残りの十三羽は岸辺の木陰に身を寄せて中央のオデット王女と精鋭たちの行方を見守りました。優しく力に自信のないニーナはこっちの組、子どもたち三羽ももちろんこっちで、こちらの組のリーダーは女中頭のイヴリンが努めることになりました。
 ヴァイオレットとナージャコンビは遊撃手として岸辺で待機しています。
 レスリー率いる近衛女官隊が水面を駆けて宙に羽ばたきました。
 湖の周囲を回り、黒鳥とカラスたちを威嚇します。
 機を見てオデット王女が羽ばたき、他の者たちも王女に続き羽ばたき始めました。
 カラスたちが団体を組んで突撃してきました。
 小回りの利いて器用なカラスたちは王女以外は皆撃墜する気でいるのです。
 バシバシバシッとぶつかり合い、白鳥、カラス、双方数羽ずつ体勢を崩して隊列から離脱しました。
 敵はその離脱者を集中して襲いました。
 オデット王女は「クワーッ!」と激しく鳴いてその敵のただ中に隊列を突入させ離脱者を拾い上げました。
 レスリーたち近衛女官隊も攻撃態勢を取って王女の周りの敵たちを襲っていきました。
 ヴァイオレットとナージャも離脱者を救うために出撃していきました。目くらましの火花ですが、当たり所によってはけっこうなダメージを与えることが出来ます。ナージャの強靱な蹄も強力な武器になりました。
 下から見上げると黒と白の影が湖の周囲を渦を巻いているようで、戦闘は予想以上に激しいものになっていました。
 その渦はやがて北を向いて流れていきました。ロヴィークは西の方ですが、下の者たちを逃がすため、王女たちはいったん北のベルーシアに戻る方向を目指すのです。
 上空の鳥たちの姿がまばらになったのを見越して木の陰から母親熊が地上組の白鳥たちを手招きました。白鳥たちは大きな熊におっかなびっくり、イヴリンを先頭に付いていきました。小熊たちもいっぱしの用心棒気取りで白鳥たちを挟んで歩きましたが、白鳥たちはかえって怖くて仕方ありませんでした。
 作戦は成功したようで、敵の鳥たちは皆オデット王女たちを追って飛んでいきました。
 オデット王女は敵の目が完全に自分たちに向いたのを知ると敵を引き離すためひたすら全力で跳び続けました。鳥たちがいったいどこまでついてくるのか、もしかしたらずーっと付いてくるのかも知れません。でもこの精鋭メンバーならなんとか力だけでロヴィークに向かうことが出来るでしょう。地上組と落ち合う場所は一日目の場合、二日目の場合、三日目の場合と、いくつも候補を立てています。今は出来るだけ敵を引き離し、地上組の安全を確保するのが肝心です。
 オデット王女の隊列を守って敵に執拗に攻撃を繰り返すレスリーたち近衛女官隊は全員傷だらけで赤い血をあちこちににじませていました。オデット王女はそんな彼女たちに心を痛めましたが、彼女たちの決死の頑張りに答えるためにもオデット王女は皆を励まし全力で飛び続けました。
 ヴァイオレットとナージャのコンビも期待以上の働きをしてくれていました。二人の息はぴったりで、ヴァイオレットの火花攻撃を警戒して飛び込んでこれない鳥たちに、ナージャはドカドカ踏み込んでいき、強烈なキックを食らわせていきました。やはり馬の脚力は鳥たちには思いの他の脅威でした。
 数時間休みなしに飛び続け、追っ手の鳥たちの数も徐々に減っていきました。
 ついに西の空が夕焼けに変わっていく頃、森の中に湖が見えました。王子と出会った湖ではありません。そこよりだいぶ西の方の別の湖です。追っ手の圧力のせいで徐々に方向がずれている風を装って実は計画通り大きく迂回してロヴィークのある西の方へ向かっているのです。
 オデット王女は迷いました。仲間たちはもうだいぶ疲れて限界が近づいています。敵の数もだいぶ減ったことですし、今日は地上組との合流はあきらめてここで休むことにするか、それともこのまま行けるところまで行ってとにかく敵を振り切ってしまうか・・・
 そんなオデット王女の迷いが伝わったのか隊列は微妙に速度を落としました。その微妙な減速が敵を懐に招いてしまいました。一羽のカラスがレスリーたちの隙を縫って隊列に突っ込んでくると、まともに最後尾の一羽の脇腹にくちばしを突き刺しました。
 白鳥、若い女中の一人は悲鳴を上げて列から落下し、よろよろとともかく湖を目指しました。
 敵はまだ思った以上の戦力を有しているのです。オデット王女は自分の甘さを悔い、落下していく仲間を救いに向かおうとしました。
「いけません! ここで速度を落としたら確実に奴らに追いつかれます」
 レスリーが王女に並んで警告しました。
「でも!・・」
「王女は飛び続けてください。ここは私が」
 レスリーは後に続く近衛女官に合図すると一人下へ向かって飛びました。
 レスリーは落下する仲間を羽で支え、その傷の思った以上に危険な状態を見て飛び続けるのは不可能と判断しました。残念ながら彼女とはここでお別れです。けれどせめて安全な所に降ろしてあげなくてはなりません。
 しかしそんな二人をまた新たなカラスたちが襲いました。
 レスリーはなんとか敵を払いのけ、湖の上に達しました。
 湖に下りるため立ち止まった二人に敵が大挙して襲いかかりました。
 オデット王女はヴァイオレットを呼びました。
「あなたが先頭でみんなを導いてちょうだい。私は二人を助けに行きます」
「待ってよ、もうあの二人は・・」
「見捨てられないわ! あなたなら分かってくれるでしょ? 私は大丈夫、やつらは私だけは絶対襲わないから」
 オデット王女は後をヴァイオレットに託して通り過ぎた湖に急降下して戻りました。
 湖面に黒い影が群れて立ち騒いでいます。
 オデット王女がその中に突っ込んでいくとカラスたちはパーッと飛び上がり、湖面には傷つきぐったり意識のない二羽の白鳥が浮いていました。傷口から溢れた血が湖水に流れ出しています。
 オデット王女は水掻きでばしゃばしゃ水の上に立ち、いたずらを仕掛けてくるカラスたちを怒りも露わに羽で追い払いました。
 調子に乗った一羽が急降下してきてまともに王女の羽に殴られました。
 空に戻ったカラスは怒りにカーッとなり、ロットバルトの命令も忘れて王女目がけてくちばしも鋭く突っ込んでいきました。
 その空間に一陣の黒い風が巻き起こったかと思うと、そこに背中に大きな羽を生やしたロットバルトが現れました。
 ロットバルトは腕の一振りでカラスを水面に叩き落とし、他のカラスたちは恐れおののきいっせいに周囲に散りました。
 ロットバルトは背中の羽を優雅に羽ばたかせ、王女を見下ろし微笑みました。
「私の部下がたいへん失礼をしました。申し訳ない。なにしろ離れれば離れるほどバカな鳥の頭では私の命令が徹底しなくなってしまう。私から離れるのはたいへん危険ですぞ。さあ、安全な我が宮殿へおいでください」
 ロットバルトが手を差し伸べると王女の周りの空気が渦を巻いて上昇し、王女の体をロットのバルトの元へ運び上げました。
 王女は暴れてなんとか空気の渦から逃れようとしましたがロットバルトの腕に抱きかかえられると、ふうっと、意識が飛んでしまいました。












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