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ちょこっとバレンタイン
作者:めい
「真由ねえ……そろそろ寝たらー?」

 2月12日の夜中、私は夕飯を食べた後からバレンタイン用のチョコ作りを始めていた。

「うるさい。作り終わったら寝るんだから」

 弟の眠たげな声にぶつくさ文句を言われながら、私は仕上げに取り掛かっている。
 最後にチョコクリームでメッセージを書いて……ここが肝心なんだから。絶対に失敗しないようにしなくちゃ。

「……そう言ってもうかれこれ4時間くらいたってるよ。かちゃかちゃ音立てて俺も寝られないんだよ。早く終わらせてよ」

「今話しかけないで。大事なところなんだから」

 私は弟の方に目を向けずに注意して、チョコに集中する。
 そうっと……そうっと……。

「ふーん? なになに。『だ・い・す……?」

「ちょっと!? のぞきこまないでよ! ……ってあああ!?」

 『き』を最後に書こうとしたところで覗きこまれ、そっちに注意が行ってしまい、手がすべった。
 『き』と書くはずだったところは大きく上にはねて、『も』になってしまっている。

「もおっ! 邪魔しないでよ!」

 私は不機嫌そうな顔をして、『き』が『も』になってしまった原因を作った弟をキッと睨みつけた。
 ちょっと気まずそうな顔をしてる弟だったけど、私と目が合うとぷいっと目をそらして、

「はいはい、悪かったよ。もう邪魔しません。けど真由ねえだって悪いんだからな。もう寝たいんだから早く作ってよ」

 少しばかりの謝罪と悪態をついて、2階に上ってった。
 もう、文句ばっかり言って。いいでしょ少しくらい。せっかく久々に裕也に会いにいけるんだから。
 高校の時同級生で、同じ大学に入って同じサークルに入って、いつの間にか好きになってて、大学3年の頃から付き合い始めた。
 卒業と同時、裕也は東京の大手メーカーに就職し、私は地元の小さな企業に勤めることになり、遠距離恋愛が始まった。
 もうすぐ2年……2年の間、裕也はすごい忙しいみたいで、両手に数えきれるくらいしか会えてない。
 ついこないだのクリスマスも仕事だーって言ってたし、お正月も時間が合わなくて、裕也とは会えずじまいだった。
 去年のバレンタインも結局会えずじまいだったし……それで今年のバレンタインこそ、2人でなんとか有給もらって休みを合わせて、会おうねって約束したんだけど……。

「だからこそ気合を入れてチョコレート作ってたってのに、あんにゃろう……」

 『も』になってしまった字を見ながら弟に悪態をつき、私はどうやって『き』に直すか考えて頭を抱えていた。




 ふわぁあ……ねむ。2月14日早朝。夜行バスに揺られながらうとうとしながら私は東京に向かってた。
 昨日もチョコレート作りであんまり寝てないし、今日も夜行バスに乗ってるせいできちんと眠れなかった。
 『も』は結局どうにもならなくて、後ろにおっきなハートマークを描いてごまかした。それできっと意味は通じるんじゃないかなって。
 もうすぐ東京につく。新宿の駅まで裕也が迎えに来てくれて、それから今日は池袋に行って、それから上野……で、帰りにこのチョコレート、渡すんだ。
 はぁあ……もうすぐ裕也に会える。今日昨日と寝不足だから、くまができてないか少し心配だけど……だ、大丈夫だよね。
 せっかく久しぶりに裕也に会うんだから、くまとかできてるのいやだなあ。

「はぁあ……」

 初めて裕也とデートした時と同じくらいワクワクしてる。はぁ、あと少しで裕也に会える。
 バスは予定時刻より少し遅れ気味に高速から降りた。新宿駅に着くまでがものすごく待ち遠しい。もしかして裕也、もう待ってるかな。
 すでに私はそわそわし始めてた。隣に座ってた人がうるさそうに寝返りを打ち、自重しないとと思うのだけど、どうにも待ちきれなくて、ついついまたそわそわしてしまう。
 そんな風に他の人の迷惑になりながらも、もうすぐ新宿駅の前につこうかというとき、私の携帯が鳴った。
 ……誰だろ、こんな朝早くに、まだ7時前だっていうのに。けげんに思いながら、私は携帯画面を見た。

『裕也』

 ……裕也だ!
 あっ、もしかして心配で電話してきてくれたのかな。
 眠たそうに勘弁してくれという目線を送ってくる隣の人に申し訳ないなと思いながら、出来る限り小声で私は電話を取った。

「もしもし裕也? どうしたの? あっ、あと少しで新宿につくから」

「……」

 あれ? 裕也からの返事が聞こえない。黙りこくったまま、何も言ってこない。

「……ん」

「ん? 何、聞こえなかった」

「真由、ごめん!」

 ……え? 何が?

「ホントごめん! 今日どうしても仕事が休めなくて! 昨日のうちに何とか仕事終わらせようと会社に泊まったんだけど……定時には何とか終わらせるから……そうしたらすぐに会いに行くから! ごめん!」

 ……え?

「う、ううん! 気にしないで! 仕方ないよね」

 いや、違うでしょ私の口。何言ってるの。
 
「今度絶対埋め合わせするから! 頑張って仕事終わらせるから」

「うん、仕事、頑張ってね」

 いや、だから違うって。何で聞き分けのいい女になってるのよ。

「うん、ごめんな。また仕事終わったら電話するから。それじゃまた後で」

「うん、それじゃまた後でね」

 違う違う違う。こんな簡単に電話切って言い訳ないでしょ私!

「ね、ねえ! ちょっと待っ」
 プツッ、ツー、ツー、ツー。

 裕也からの電話が切れた。
 ……え、嘘。

「間もなく新宿駅に着きます。荷物のお忘れの無いようにお降りください」

 電話が切れた直後に、新宿駅に到着のアナウンスが流れた……。


 ……新宿駅に着いたけれど、私はいったい何をすればいいのか。しばらくの間、私は呆然と立ち尽くしていた。
 楽しみにしてたバレンタインが、楽しみにしていたデートが一瞬にして崩れ去った。
 帰りの夜行バスまでの時間、一体何をして過ごせばいいのか。

「今日は平日だし……誰も来てくれない」

 というか、休日だろうが私には東京に裕也以外の知り合いはいないから、嫌でも1人で過ごさなきゃいけない。

「いや、というかそもそも裕也以外の誰かが来てくれたって……」

 楽しい訳がない。だって今日は私は裕也と過ごしたかったんだから。
 ああもう、なんで私はダダこねないの。別によかったでしょ、ダダこねてたって。

「だって約束やぶったのむこうなんだから」

 もしかしたら、どうしても今日は会いたいって言えば、無理してでも仕事やらずに来てくれたかもしれないのに。
 こんな時に聞き分けのいい女になったりして、自分、何がしたいんだか。
 一瞬ラッピングして手に抱えたチョコレートを投げ捨てたい衝動に駆られたけど、何とか思いとどまった。

「あー、こういう時だったら『仕事と私、どっちが大事なの!?』とか聞いてやればよかった」

 きっとすごく困った声を出すだろうね……でも、そんなこと聞いて困らせても、なんかさびしいだけかな。
 ふぅ……夜にまた連絡くれるって言ってたし、それまでは適当にどこかぶらついてるかな。適当に私は今からどこに行ってみようかと考え始めた。



 夜の23時、新宿駅。結局私はほとんどの時間、漫画喫茶で寝て過ごした。
 最初は適当にお店に入ってみたり、買い物を楽しんでみようとしたのだけど、ほんと全然つまんなくて。
 普段だったら気に入った服だったのかもしれないけど、今日はなんとも思えなくて。
 寝不足だったこともあって早々にぶらつくのはやめて、漫画喫茶に入って眠ってしまった。
 夕方の18時頃から目を覚まして、裕也から連絡が来ないかずっと待ってたけど、結局ずっと来ないまんま、この時間になってしまった。

「裕也のばか」

 ほんと楽しみにしてたのに。
 今日したことって言えば、2件くらい服屋に入って冷やかしをして、後は漫画喫茶で寝て過ごしただけだ。一体何のためにこんなに無理をして私は東京まで来たんだか。
 周りではバレンタインで浮かれたカップルが人目も気にせずいちゃいちゃしてるってのに、私は1人ボケッとしてる。
 何でか付近ではそんなカップルだらけ。なんだか1人取り残されたみたいだ。あーあー、ほんとだったら私もあのいちゃいちゃしてる側だったのに。

 あ、帰りのバスが来た。
 もうさっさと東京から帰りたくて、誰よりも早くバスに乗ろうと私はバスに乗り込もうと、バスに足をかけた。

「真由! 真由!」

 乗り込もうとした瞬間、手を引っ張られて、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
 …………ふえ? え? え? え? なになに?
 
 混乱しながら手を振りほどいて慌てて振り返ると、スーツ姿の裕也が立っていた。

「えと、裕也?」

「なんで疑問形なんだよ!」

 ……え、だってもう会えないと思ってたし。

「ほんとごめん、遅くなって。実はまだ仕事が終わってなくて。またすぐに戻らなくちゃいけないんだけど」

「あ、そうなんだ……」

「ごめんな、ほんと今日は。ほんとだったらいろいろどこか回るはずだったのに」

 ものすごく忙しかったのだろうことは、見ればわかる。よれよれなスーツを着てて、社員証もぶら下げて、いかにも今仕事抜け出してきたって感じの格好だ。目の下に大きなくまもできてしまってて、全然寝れてないんだろうなって思う。
 無理しちゃって……私はくすっと笑った。ほんとは何かもっといろいろ言ってやろうって思ってたんだけど、裕也の申し訳なさそうな顔見てたらなんか怒る気がなくなっちゃって、私は裕也にキュッと抱きついた。

「ま、真由!?」

 さっきは裕也の方から私に抱き着いたくせに、私の方から抱きつくと、突然慌てた声だしてあたふたする裕也。
 こんなこと遠距離になる前はしょっちゅうしてたってのに、こんな照れた反応するなんて、なんか新鮮。
 慌ててた裕也だったけど、その後裕也の方からも、キュッとわたしを抱きしめてくれた。
 しばらくの間そうしてて、どちらともなしにそっと離れる。ほんとはもっとずっとそうしていたかったけど、そろそろバスが出てしまう。

「裕也、これ。ハッピーバレンタイン」

 私は手に抱えてた包みを裕也に手渡す。
 一昨日一生懸命手作りしたチョコレート。ちょこっと誤字が混じってるけど、私の思いが詰まったチョコレート。

「ありがと、ホワイトデーには必ずそっち行くから」

「ほんとかなあ? 嘘なんかついたら、今度こそ承知しないんだからねっ」

「うっ……ほんとごめん! もう今日のうちから3月14日の休暇申請しとくっ!」

「ふうん、じゃ、信じたげる。それじゃ、またね」

「ああ、またな」

 そう言って私はバスに乗り込んだ。
 ほどなくバスは出発し、すぐに裕也の姿は小さくなり、見えなくなった。



 私は帰りの夜行バスに乗ってうとうとしながら、幸せな気分に浸っていた。
 ずっとずっと電話しかしてなくてずっと会いたくて、今日ようやく会えるって思って楽しみにしてたバレンタイン、ほんの数分間、ほんとにちょこっとしか会えなかったバレンタインだったけど、会えてチョコ渡せただけでも満足かな。
 まあけど、ホワイトデーにはこの埋め合わせ、しっかりさせてやんないと気が済まないんだからっ!
 
 ちょこっとバレンタイン、ハッピーバレンタイン。



 翌日、裕也からメールが入ってた。

『昨日はホントごめん、ちょこありがと。けど『だいすも』ってなんだよw』

 味の感想も何にもなくてそこ!? ……裕也め、やっぱりホワイトデー、きちんと埋め合わせさせてやる。
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