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ダン教授とタカシ助手

ダン教授とタカシ助手のバレンタイン・2012

作者:檀敬
今年もバレンタインの短編をお送りいたします。
バレンタインのつもりなのに、完璧にSF対応してしまいました。
それに久しぶりに書いたら、ショートショートではなく短編の分量になりました。
ゆっくりとご鑑賞いただけましたら幸いです。
 招子が呼び出した大学の第三十四研究棟の北側にあるLPガスボンベの横で、僕は雪がしんしんと降り続く中を待ち続けていた。
 待ち合わせ時間を一時間も過ぎても辛抱強く待っていると、ようやく招子がハァハァと白い息を吐きながらやってきた。
 分厚いコートにフードを被り、ミニスカートだけどその下には肌の色なんか全く見えないほどの分厚いタイツを穿いて、とっても暖かそうな格好の招子。僕はといえば、白衣の下はワイシャツにネクタイで安物ビジネススーツのスラックスという、身震いが止まらない程のお寒い格好。
 僕はよくこんな格好で雪が降る中を一時間以上も待っていたものだと、自分自身に呆れたと同時に怒りが込み上げてきた。
 僕は招子に文句の一つでも言ってやろうと眼を吊り上げて両手を腰に当てた時、招子は両手で小さなモノを僕に突き出した。
「これ、受け取って」
 招子がそう言って僕に渡してくれた、真っ赤なリボンにピンクの包装紙で包まれた小さな小箱。
 言われなくても判ってるよ、バレンタインのチョコだろ。僕もいい気なもんだな。こんなモノを手渡されただけで、さっきまでの怒りが雲散霧消してしまうのだから。
「僕がもらっていいの? ホントに? ありがとう」
 僕が嬉しそうに受け取ると、招子はニコッと笑って立ち去って行った。僕の頭に降り積もった雪を溶かすような勢いで血が逆流して僕が呆けていると、招子は急に立ち止まり、僕の方を振り返ってこう叫んだ。
「それ、義理チョコだから。うふ」
 不敵な笑顔を残し素早く振り返ってあっという間に姿を消した招子。招子のその言葉で、逆流していた僕の血液は急に流速を下げたために僕の心も身体も急激に冷え込んだ。

 僕は招子からもらったチョコをぞんざいに白衣のポケットに入れ、ダン教授の研究室がある第百八研究棟へと急いだ。
 ちなみに、煩悩の数字が振られた第百八研究棟は大学の敷地の方角から指し示すと鬼門の北東にあたる位置に建てられている。そんな訳で「トンデモ研究者」の集まっている、いや集めさせられている研究棟で、後述する理由もあって『フィーンド・パレス(悪魔の宮殿)』と呼ばれているのだった。
 その第百八研究棟に戻る途中の、大学の中心にある第一中央研究管理棟で夏美とすれ違った。
 この糞寒い二月だと言うのに、ミニスカートに生足でサンダル、シルクのキャミソールにシースルーのカーディガンと、夏美の姿を見ている僕の方が寒さで身も心も心底震えるような格好だった。さすがは夏美、名は体を表す。……って、そういう問題じゃないだろ、それ!
 すれ違いざまに僕だと気が付いた夏美は、僕の肩にグイッと手を掛けて呼び止めた。僕は危うく転びそうになったので、夏美を睨みながら何か言おうとしたら、先に夏美の方が口を開いた。
「これは、これは、タカシ助手サマじゃない。急いでどこに行くのよん?」
 夏美はそういう性格だ。横柄な態度でいつもタメ口。下手をすると上から目線で僕に話し掛ける。
 僕が何をどう話をすればいいかを考えているうちに、夏美は簡単に話を切り替えた。
「そんなことはどうでもいいわ」
 そう言い放った夏美は、どう見ても季節外れな、麻でボーダー柄のトートバッグから真っ赤なリボンにピンクの包装紙で包まれた小さな小箱を取り出した。
「はい、これ、義理チョコ」
 おいおい、いきなり義理チョコ宣言かよ。でも、さっきの招子のように余計な期待を持たされなくていい分だけ、マシか。もっとも夏美から愛の告白をされてもちょっと願い下げたいな、僕は。
 しかしながら、どこかで見たことのある包み。さっきと同じだよなぁ、これ。そう思いながら白衣のポケットの中を左手でまさぐって同じ包みの箱を確かめ、右手で夏美から同じ包みの箱を受け取った。
「お礼くらい言ってよねー」
 ジーッと僕を見つめながら夏美はぼそりと言った。
「あ、あ、ありがと」
 僕がそう言うと、夏美は微笑を返してくれた。
「どういたしまして。……あ、お礼なんていいからね。期待してないから」
 どう解釈しても何かを欲しがっているとしか思えない口ぶりの夏美はそう言い放つと、僕に投げキッスをしてスタスタとその場を去っていった。
 まったく何だってんだ、夏美のヤツ。
 そんな腹立たしさを持ちつつ、両手にはチョコレートを持っている僕。同じラッピングなのが少々気に入らないが、何にしてもチョコを二つもゲットしたんだ。
 僕はある意味で上機嫌で、第百八研究棟へとスキップしながら歩いていった。

 ダン教授の学部生は、招子と夏美しかいない。しかしながら後述するが、ダン教授はダン教授だけにゼミだの実験課題だの実習だのっていう大学の教育業務にはまったくの無頓着。僕が代わりにお膳立てするんだけども、こんな調子でいつも彼女達にはしてやられているのだ。……あしらわれているとも言うかもしれない。……って、自分を蔑むんじゃない!……ぐっすん。
 どうせ、彼女達はこの大学のことを「腰掛け」程度にしか考えてないのだろうなぁ。だけど、彼女達はダン教授の代わりに僕が出している課題には期日までにキッチリと提出し、しかも返答や結果の内容や論述については素晴らしい出来栄えなのだ。
 僕には彼女達のことはサッパリ、訳が分からない。もっともダン教授についても、僕にとってはそうなのだけれども。

 さて、第百八研究棟がなぜ『フィーンド・パレス』と呼ばれているのかをお教えしようではないか。
 この第百八研究棟を誰が設計したのだろうか? どうしてこの建物だけ建築様式が違うのだろうか? そう思うほどの建物なのだ。つまり第百八研究棟は、言ってみれば西洋のお城風の建物なのだ。
 それでもまだ「セゴビアのアルカサル」のような、いかにもお姫様が住んでいそうな造りならまだ許せる。ところがだ、煤汚れて黒ずんでいて、しかも鋭角な尖塔が乱立した、ちょうど「カリオストロの城」のような建物なのだ。
 こういう言い方だとまだ聞こえはいいが、どちらかと言うならば、血を吸う蝙蝠が棲んでいるお城とか、寄せ集めの死体で造られた人造人間が居るお城という例えの方がピーンとくるだろう。
 そして、いつも建物の上には雨雲が立ち込めて時々雷鳴がしそうな、そんなおどろおどろしい雰囲気が辺りを制しているし。……あ、最後のフレーズは僕の印象なんだけどね。

 ダン教授の研究室はそんなおどろおどろしい第百八研究棟『フィーンド・パレス』の地下二階にあり、しかも誰も行きたがらないような鬼門である北東角の研究室なのだ。
 ダン教授がこの部屋に決めたのは意図も簡単なことだった。一番広い部屋だったからだと事も無げに言い切ったのだ。窓も無い部屋で、しかも「もったいないから」とか「節電だ」とかで照明を落として薄暗くしているものだから、怪しさは更に倍になっていた。倍どころじゃないな、テラ倍だ、テラ倍!

「ダン教授、先日注文なさった、核融合起爆剤として使用する『金属ウランペレット』が届いたそうですよぉ。さっき、事務局で伝言を頼まれたので、お伝えしておきますよぉ」
 僕は大声で言いながら、研究室の扉を開いて中に入った。
「しかし、金属ウランなんて。そんな危険なモノがよく流通しているよなぁ」
 僕は少々悪態を付きながら研究室に入った途端、いつもとは違った、異様な雰囲気を感じ取った。
「事務局の話では、十ペレットは無理らしいです。何でもIDMO(インターナショナル・ダーク・マーケット・オーガニゼーション:国際闇取引機構)との協定で、金属ウランは一回に付き五ペレットまでと決められているそうですから。だから五ペレットだけだそうです。……って、ダン教授、聞いてますかー? そんなことよりもダン教授、この匂いは一体何なんですかー?」
 事務局からの伝言の最後に、僕が感じた異様さをダン教授に伝えた。
 その匂いとは、この研究室には似つかわしくないモノだった。
 以前にアルコールの短時間分解方法を研究していて、アルコールを分解処理した後に出てきた酢酸を、ダン教授が誤って研究室にぶちまけたことがあった。あの時は酢臭くて研究室には居られなかった。
 ある時は、一度に味噌と醤油と酒が合わさった画期的な調味料を作ろうと、有望株の菌を全てぶち込んで発酵食品にチャレンジしたが、結局雑菌が入り込んでしまい腐敗臭で研究室はまるでゴミ箱の中のような匂いで充満したことがあった。
 いつぞやは、宇宙で一番重い物質を作るんだと言ってプルトニウムを取り寄せたのだが、ダン教授は「どんな物か見てみよう」と缶を開けた瞬間にプルトニウム・パウダーをくしゃみで飛ばし、除染するのが大変だった。……あ、最後の話は匂いとは関係なかったね。

 この似つかわしくない匂いとはどんな匂いかと言うと、甘ったるい匂い、カカオとバニラの匂いなのだ。僕はおおよその予想が付いた。
「ダン教授、何をやっているんですか? どんな研究をしているんですか? ひょっとしてバレンタインのスィーツ研究とかじゃないですよねー?」
 ダン教授の返事がない。これはいつものことだ。僕は耳を澄まして研究室内の音を聞いた。
 ゴーッというバーナーの燃焼音と、グツグツという何かを煮沸している音が聞こえた。だが、これだけではダン教授が何処にいるか、この広い研究室では判らない。確かに部屋は広いのだが、実験のための装置や器具と研究材料とここまでならいいのだが、その他に研究「後」材料とか壊れた実験装置や機材とかが所狭しと置いてあり、それが広いはずの研究室を狭く、より狭くしているのだ。
「カラーン!」
 研究室入り口にいる僕の右手奥から甲高い音が響いた。これは計量匙を落とした音だな。僕は壊れた実験装置と研究材料の細い通路を通って、ダン教授が居るらしい研究室の右手奥を目指した。

 ダン教授は一心不乱にバーナーで茶色い液体が入っているフラスコを加熱して、測定器にかけるためのサンプル作りに余念が無い様子だった。そこに辿り着いて開口一番、僕がいつも最初にダン教授に浴びせる、お定まりの台詞を吐いた。
「ダン教授、何をやってるんですか?」
 それでもダン教授は僕の方に向きもせず、聞く耳も持たず、一心不乱に作業を続けた。それもお定まりの「いつものこと」だった。
 バーナーで熱しているフラスコの横には、僕が招子と夏美からもらったチョコとまったく同じ包みが二つ置いてあった。しかし、この二つは開封されていなかった。
 その横にはもっと大きな箱があり、それは既に開封されていて、包んでいたであろうラッピングとリボンが無残にも引き千切られていた。そして、中に入っていたであろう大きなハート型のチョコレートは無残にも粉々に砕かれて、いくつかのフラスコの中に入れられていた。いくつかは溶かされて既にサンプルが作られた後の様子、いくつかはフラスコの中でまだ固形のままで溶かされる順番を待っているといった感じだ。
「ダン教授、チョコを溶かして何を測定するっていうんですか? まさか、毒でも入っていると?」
 僕は半分笑いながら、冗談めかしてそう言った。
 すると、ダン教授は作業の手を止めて、鋭い眼光で僕を見た。
「あぁ、その通りだ!」
 ダン教授はドスの効いた低い声で、しゃくり上げるように足下からジーッと視線を舐めていき、最後に僕の顔をジッと見据えた。ダン教授のその行動に、僕はビビって後退りをしてしまった。
「えっ、えぇ? そ、それは、ほ、本当ですか!」
 僕は声を震わせながら、ダン教授に尋ねた。
「あぁ、そうだ。きっと入っているに違いないんだ! 何せ、このチョコレートの送り主は第二研究棟でシャロー(浅い)なリサーチ(研究)を手広くやって世間の注目だけを集めている『朝霧侑華(アサギリ ユウカ)』だからのぅ!」
 僕はビックリした。
「え、ええーっ! このチョコ、あの朝霧侑華先生のチョコなんですかーっ!」
 朝霧侑華といえば、この大学の学長で、理工学部の学部長でもあり、更に化学学科の学科長も兼ねていて、この業界で知らない人間がいたらモグリだとまで言われている人物だ。
 その侑華先生が、うちのこの、何の研究をしているかもハッキリと分からないマッドサイエンティストのダン教授にモノを送ること自体さえ有り得ないと思うのに、ましてやバレンタインのチョコレートなんぞを送ることなんて、どう考えても絶対に、絶対零度を測定出来ないように、有り得ないことのはずなんだ!
 これは何かの間違いなんだ。
 うん、うん、きっとそうに違いない。
 僕はそう思いながら、侑華先生のチョコレートだという包みを点検しながら箱の中を見た。すると中に小さなカードが入っていた。真っ黒なカードに少々紫がかったピンクのハートを散りばめた印刷がされていた。そして、カードの中央にはいかにもという手書きの文字でこう書かれていた。
『あたしの愛するダンちゃんへ。あたしの手作りなの。絶対に食べてね。ちゅっ。(キスマーク) -ゆうか-』
 生々しいキスマークからは、お高そうな、おフランス産のお香水のお匂いがプンプンと漂っていた。確かにこの文字は以前、ダン教授に頼まれて筆跡鑑定をした時の、侑華先生の自筆の文字に間違いない。
「どう考えても有り得ないですよ。ダン教授がこの侑華先生のチョコをもらうこと自体が考えられないですよ、えぇ!」
 僕は論点が違うことを重々承知していながら、自分が言いたいことをハッキリと口にしていた。
「何を言うんだ! 私は好き好んで、あの朝霧侑華から素直に受け取ったのではないのだぞ。アイツが勝手にここに来てだな、こんな寒い日になぜか顔を真っ赤に上気させてだ、しかも汗をダラダラとかいて『ダンちゃん、これ、受け取ってー』とか何とか言ってだな、無理矢理にこの箱を押し付けてだ、渡したと同時にアイツはその隙に一目散に走り去って行ったのだぞ。どう考えたってアレは怪しい。絶対に怪しいぞ。そうは思わんかね、タカシ君」
 僕は逆に驚いたのだ、侑華先生にまだまだ少女の心が残っていることに。侑華先生の行動ってJK……じゃないな、JCだよ。その乙女心は今でも純粋なのねぇ、うん、うん。僕は泣けてきちゃったよ。
「へぇ、侑華先生ってまだ処女なのかな、えへへ」
 僕は自分で言うのも何だが、実にくだらないことを想像して独り言をしてしまったことを後悔したが、幸いなことにダン教授はサンプル作りでそれどころではないらしく、僕の言葉なんか全然聞いてなかった様子だった。
「さて、検査サンプルが完成したぞ。ハート型チョコレートを最初にどこから食べるかという統計的データに基づいて、サンプルを十八個作った。これから、私が開発した『ポイズン・アナライザー』で測定するから、手伝ってくれ」
 ダン教授はいつにも増して機敏な動作で測定器に向った。
「毒なんか入っている訳がないでしょーに。侑華先生の可愛すぎる乙女心が解らないんですかねぇ、この人は?」
 僕は心の中でそう呟きながらも、渋々サンプルを持ってダン教授の後を追っかけた。

 ダン教授は真剣な表情をして、プリントアウトされた検査データを見て唸っていた。
「うーん、おかしい。十八個のサンプル全てからまったく検出されないなんて! あの統計資料は間違っているのではないか?」
 ハート型チョコレートを最初に何処から食べるかなんていう統計資料があること自体が僕には疑問だったけど、更に「ポイズン・アナライザー」なる測定器の方が、非常に胡散臭いと僕は思うのだが。
「何を言うのかね、タカシ君。この装置はアルカロイド類やタンパク質系の毒はもとより、全ての化学物質と単体物質の毒素を検知するとして、イスラエルとアラブ諸国から問合せが来た程なんだぞ。ただ、交渉の待ち合わせ場所を面倒臭さがってニューヨークの同じホテルのロビーにしたので、見事に鉢合わせしちゃったんだな、これが。お陰で儲け話がパーになってしまったのだがな、ははは」
 よく戦争にならなかったもんだ、ホントに。
 しかし、僕は「このヒトは絶対に世の中で損している」と心の中で空しさを覚えてしまった。それと同時に、このダン教授の底が知れない偉大さも感じ取っていることは、ちょっと秘密にしたいくらいだったが。
「素直に受け止めてあげてくださいよ、侑華先生の気持ちを」
 僕が軽い気持ちでそう言うと、ダン教授は鋭い眼光で僕を見た。
「それではタカシ君、そこまで言うのならば、君にそのチョコを進呈しようではないか。どうぞ喰ってくれたまえ!」
 急に怒り出したダン教授にビックリした僕は、何とかなだめようと違う話題に振った。
「ダン教授、そんなに怒んないでくださいよ。最も怪しいのは、侑華先生のチョコよりも招子と夏美のチョコの方じゃないんですかねぇ?」
 ダン教授は涼しい顔で、事も無げに答えた。
「いや、彼女達のチョコが一番安心出来る」
 僕は眉間にシワを寄せた。
「安全? 彼女達のチョコが? え、え? それはどういう意味です?」
 ダン教授は温和な顔をして答えた。
「彼女達のチョコは市販品だっただろう。違うか?」
 僕は要領を得ない顔をして頷いた。
「えぇ、そうです。まったく同じラッピングで同じリボンで。そして裏側に食品表示のシールが貼ってありました」
 ダン教授はしたり顔で答えた。
「だから、安全なんだ。理解出来るかな?」
 僕は今だに狐に化かされている感じだった。
「いえ、イマイチ……」
 ダン教授は、しょうがないなぁといった感じで説明を始めた。
「彼女達がこれを渡す時に必ず言ってただろう、『これは義理チョコだ』って」
 僕は頷いた。
「えぇ、確かに。でも、それって『日頃の感謝の気持ちを込めて』という意味で、そのー、愛とか恋とかは関係ないじゃないですか」
 ダン教授は、可笑しなことを言うヤツだという目で僕を見た。
「何を言ってるんだ? 彼女達にとっての義理とは『対人関係や社会関係で、人として守るべき正しい道』という意味だ。君が彼女達からこの市販のチョコをもらったということは、彼女達は君のことをきちんと人間として、地球人として、そのことを認めているっていう意味なんだぞ」
「えー、何なんですか、それ? 一体どういう意味なんですかねー? 余計に解らなくなりましたよぉー」
 僕は遂に、ダン教授に泣きを入れてしまった。
 僕の不可解そうな姿にダン教授は眉をハの字にして、渋々と話し始めた。
「実はだな、彼女達が我々に渡した市販品のチョコ以外に、彼女達自身が作ったバレンタイン用のチョコが存在しておる。そのチョコには、私が考案して、彼女達に調合方法を教えた『媚薬』が入っておるのだ」
 僕は驚いた。このダン教授という男は、学部生を使って何かやらかそうとしていることに。僕の顔の右頬が、僕の意思とは関係なくピクピクと動き始めていた。
 そんな僕の様子にお構いなく、ダン教授は話を続けた。
「私は、その媚薬に『ミツギタ・クナール』という名前を付けた。このミツギタ・クナールの入ったチョコを食べた男達は、必ず招子もしくは夏美に貢ぎたくなるのじゃ。ここが肝心じゃぞ。惚れて貢ぐ訳じゃない。招子と夏美だけにお金を渡したくなるという点じゃ。苦労したぞ、ホントに。幸いにして彼女達には『特徴』があるから、それで上手く調合することが出来たのだがな。普通の人間じゃ、こうはいかないかな、うん」
 ダン教授は満足気に頷いていた。
 しかし、僕はダン教授の話に納得がいかなかった。それで僕は、ダン教授に解らない点をいくつか質問した。
「ダン教授、ミツギタ・クナールの効果と効用は分かりました。それで、それをどうするんですか? つまり、男達から集めたお金の使い道ですよ」
 ダン教授はコホンと咳払いをしてから俯き加減で答えた。
「招子と夏美のそれぞれの収集金から、媚薬の開発費として十二パーセント、それから彼女達のここでの生活を確保するについての経費、つまり保証金として十二パーセント、合計二十四パーセントずつを私に納めてもらっておる」
 僕の顔の両頬が、完全に引き攣っていた。
「そ、それで、彼女達の手元に残るお金はそれぞれ彼女達が使うって訳ですね? だいたい、女の子の上前を撥ねるなんて、ダン教授はキャバクラの店長じゃないですからねっ! ところで、彼女達のどこに人間とは違う特徴があるというんですか?」
 ダン教授は、僕の言葉に唸った。そして降参したと言わんばかりの顔をした。
「うむむむ。タカシ君、私は今まで君のことを見くびっていたよ。ここまで理詰めでこの私を追い詰めるとは。よし、いいだろう。君には全てを話そうではないか!」
 これのどこが理詰めなんだ?と思ったが、ダン教授が明かす真実というヤツに付き合ってやろうではないかと、僕は覚悟を決めた。
「えぇ、是非ともお願いします」
 ダン教授は一度視線を外してから、再び僕の目を見た。
「実はだな、そのー」
 ダン教授は、急にモジモジとし始めた。
「はっきり言ってくださいよ!」
痺れを切らした僕の恫喝に、ダン教授はビビっていた。
「わ、分かった、分かった。それじゃあ、まずは夏美からだ。夏美はロボットなんだ。いわゆるアンドロイド。あ、いや、女性だからガイノイドと言った方がいいか。彼女は人間社会に馴染むために日々、私の開発したAIアプリと義体を駆使し、更に自らも自分自身の開発も行うという完全進化型の自主自立AIガイノイドなのだ。もちろん、分散型ネットワークで常にインターネットの中でタイムシェアリングでAIを動かしておる。そのためにはかなりの金額が掛かるし、義体の開発にも金が掛かるという訳だ」
 僕は信じられなかった。
 あれがロボットだと?
 あの夏美が?
 ただ確かに、この真冬にあんな薄着でいられることが不思議だった僕は、その一点だけで頷いてしまい、信じることにした。
「それじゃあ、招子は?」
 ダン教授はにこやかな顔になっていた。
「招子はだな、銀河人なんだ。要するに宇宙人だ。ここは銀河連邦サジタリウス州オリオンバレーで、その自治地区の中でもずい分と片田舎なんだそうだよ、この太陽系は。それで、招子はこの太陽系の駐在員なんだ。この地球で調査活動や太陽系の調査をするために地球にいる訳なんだ。だが、地球の、それも人間の社会に馴染むためには、ほら、やっぱり金が要るんだよ。困っていた招子に援助の手を差し伸べたのが私という訳だ。招子には乗ってきた宇宙船の駆動系とか動力系とかいろいろなことを少々バーター取引をさせてもらったしね、うししし」
 僕は驚きを通り越して呆れていた。
 なんてしたたかな人なんだ、このダン教授という人間は。
 僕がうな垂れていると、ダン教授は僕の肩を叩いた。
「もうこれで仲間だな。抜けられないぞ。これからもずっと君は、私の『助手』だ。よろしく頼むぞ、ふぉふぉふぉ」
 そう言ってダン教授は何度も僕の肩を叩いた。
「頼むぞ、タカシ助手サマ!」
 突然、夏美の声が聞こえて、ダン教授が叩いた肩と反対の肩を夏美は力強く握った。
「あ、いててててて! 分かった、分かったよぉ」
 振り向くと、そこには夏美と招子がいた。
「タカシさん、これからもよろしくね」
 招子はニッコリと笑って僕に挨拶した。よーく見ると招子の目はウルトラマリンブルーでボンヤリと光を放っていることに初めて気が付いた。
「あ、分かりますぅ? どうしても目だけは隠せないんですよねー」
 ニッコリと笑う招子は可愛いのだが、目だけは全然笑ってなかった。

 今まで全然気付かなかった、いや気付こうともしなかった、僕の周りの異常な状況。
 知らなかったのは、僕だけなんだ。
 ロボットに宇宙人。
 信じられないよ。
 でも、一番信じられないのはダン教授か。
 そうだ、そうなんだよ。
 異常過ぎるんだよぉ。

 この先、僕はどうなるんだろうか。
 仕方がないよね。
 ここまで教えられちゃったらさ。
 付いて行く、しかない、のか?
 だね、だよね、やっぱり。
 はぁー。

 「逃げるじゃねぇよ」と夏美が言う。
 「逃げちゃダメなんだからね」と招子が言う。
 僕は彼女達二人に両腕を掴まれる。
 今日も、そしてまた明日も、ダン教授の研究室に連れて行かれるのだ。

 こんなバレンタイン・ディは初めてだよぉ。
 こんなことならチョコをもらわなかった方が良かったのかもなぁ。
 あ、それはそれで悲しいな、うん。
 もらわなかった年もあるんだから、僕は。
 ぐっすん。

 こうして二〇一二年の、タカシのバレンタイン・ディは終わりを告げた。
 タカシ助手、二十七歳の冬であった。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
勢いで書いたTwitter-Novelのキャラクターが面白くて話を膨らませました。
ただし、バレンタインの小噺になったかどうかは疑問。
SFの分量が多くなっちゃいました。
何か感想をいただけましたら嬉しいです。

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