空のナミダ。
「先輩……。」
「おはよ、二人とも。」
先輩はいつものように笑顔で自分の指定席に座った。
「あの、昨日は……」
「あーいいよ。知ってる人は知ってた話だし。それに……山崎君なら知ってても大丈夫な気がするから。」
綺麗な笑顔に俺は顔に熱が集まるのを感じた。信頼されている、それが俺を喜ばせる。
「んじゃあ山崎。とっとと授業戻れ。」
時計を見れば授業終了まで後十五分。戻りたくないのに――
「帰れ。」
「……はーい。」
半強制的に保健室から追い出された。それは珍しいことで、何か意図がある気がしたが気付くことはなかった。
「あ、やーっと戻ってきた。」
「……。」
斎間に出迎えられ、残り十分の授業を行った。
「なぁ山崎、帰りどっかで飯食わない?」
腹減ったー、とうわ言のように俺の横で呟く。周りの男子はガヤガヤと制服に着替えていた。
「良いよ。」
そう答えたら、斎間が目を丸くした。
「……何。」
「あ、いや……珍しいなぁって思って。」
「そう?」
「だってお前誘っても断るじゃんか。」
思い返せば確かに断ってた気がする。
「何か良いことあったわけ?」
斎間の問いに中野先輩の笑顔が頭に浮かんだ。
「……別に。」
「ふーん?まぁいいや。何食べよっかなー。」
楽しそうに斎間は着替えを始めた。俺は机に顔を乗せて、熱った体をしばらく鎮めることにした。
「ファミレスで良い?」
「おー。」
放課後、俺と斎間は学校近くのファミレスに向かっていた。
「急に天気悪くなってきたな。傘ある?」
「折りたたみなら。」
カバンに入れたままだった傘がようやく役立つようだ。
「俺も折りたたみ。入れっぱだったんだよなー。」
斎間と同じ思考回路だったことにはショックだが、一つの傘に二人の男が入るのは嫌だったのでよしとしよう。
そんなことを考えているうちに、雨がパラパラと降り出した。
「うわ降ってきた!!」
慌てて傘を開く。まだ小雨だったのでそれほど濡れずに済んだ。
「今日に限って何であんな混んでたんだー?」
「……雨だから?」
そのファミレスには珍しく、二十分くらい待たなければならないほどの盛況ぶりだった。そのため、俺と斎間はそこを諦めて雨の町中をさまよっている。
「帰んない?」
「あーあ、せっかく山崎と遊べると思ったのによー。」
ふてくされる斎間を横目で見たそのとき、少し離れた場所にいる見知った人物を見つけた。
「悪い、斎間!!用事思い出した!!」
「は?おい山崎……っ!!」
斎間の呼び止める声はちゃんと聞こえていた。でもそれに構っていたとしたら、確実に見失う。
折りたたみ傘を揺らしながら俺は走った、中野先輩の元に。
「先輩!!」
追い付いた場所は公園の前だった。雨足が強まってきて、通行人は俺と先輩以外いなかった。
「山崎、君……。」
「何やってんですか……風邪引きますよ?」
折りたたみ傘を先輩に寄せる。すでに先輩はびしょ濡れだったが、これ以上体を冷やすのはよくないと思ったからだ。
「……忘れられないの。
「え……」
「頑張ってるのに忘れられない……!!」
先輩の頬を伝うのは雨粒か、涙か。
「これじゃ前に進めないよ……。」
一瞬、何のことを言っているのかわからなかったが、泣きじゃくる先輩の姿に『恋人』の二文字が浮かび上がった。
「何か、あったんですか……?」
昼間は明るい姿を見せてくれたのに。
「……山崎君が授業に戻った後、阿澄先生に言われたの。一生独りで終わるのか、って。」
先輩の涙はなかなか止まらない。
先生が俺を保健室から追い出したのはそんな話をするためだったのか、と少しばかり驚く。
「あたしだって、このままじゃ駄目なのはわかってるんだよ?だからこれを、捨てようと思った。」
握りしめていた手を開いた。そこには指輪が二つついたネックレスがあった。
「豪がくれたの。一つずつつけてたんだ。」
「そう、ですか……」
返す言葉が見つからなかった。
「豪が死んでからは両方ともあたしが持ってるの。なんか側にいる気がするから。」
二つの指輪に悲しげに微笑む先輩。
「……天国が見たい、って前に言ったじゃない?」
俺は黙ったまま頷く。
「本当はね、天国が見たいんじゃなくて、豪に会いたかったの。一目だけでも……。」
そう言った先輩は今にも消えそうなくらい儚げに見えた。
「……あの。」
「?」
俺は折りたたみ傘を持つ手に力をこめる。
「先輩が好きです。」
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