永遠の記憶。
「あれ、どこ行くの?」
「保健室。」
斎間に短く告げて、俺は足早に保健室へ向かった。
「珍しくご機嫌ナナメってやつ……?」
苦笑気味に斎間がそう言ったことを、俺は知らない。
「失礼します。」
「……またお前か。」
書類に目を通していたところだったようで、阿澄先生は眼鏡をかけていた。これがまた似合う。
「サボりはもう無しだぞ。」
視線が俺から書類に戻る。
「今日はサボりじゃなくて話をしに来た。」
「何。」
「どうして先輩の傷を広げるようなこと言ったんだよ。」
「……中野のことか。」
ふと我にかえったように先生が言う。
「ああでもしなきゃ、中野はずっとあのままだと思ったから。」
「だからって……言い方があるだろ?」
突き放すような言葉に俺は不快感をあらわす。
「山崎が知ってるってことは、その後に会ったんだな。」
含み笑いを浮かべ、俺を見やる。
「だったら何。」
「ちゃんと助けてやれよ?」
「……は?」
「俺じゃ何も出来なかった。この一年近くずっと。」
そうだ、この人は俺よりも先輩と時間をともにして、ずっと先輩を見てきたんだ。
「中野はお前に任すからな。」
予定が変わってしまった。文句を言うつもりが応援されている。
「他に言うことがねぇなら授業行けよ。」
「……今日、先輩来てないの?」
「来ねぇだろ、もう。」
ペンをくるくる回して先生はため息を吐いた。
「寂しい?」
「ふざけんな馬鹿。」
図星なのか、頭をガリガリかいていた。
前からなんとなく思っていたことがある。先生は先輩をいつも見守っていた気がした。
「頑張るよ。恋人忘れさせるくらい。」
「……。」
そう言ったら先生に肘打ちされた。
放課後――
「あ、山崎君。」
「すいません、待ちました?」
「ううん、大丈夫ー。」
学校近くの路地裏で先輩と待ち合わせ。皆に知られずひっそりと付き合うことにしたからだ。
「今日は久々に授業全部出たんだ。」
「……そうですか。」
ふと先生の顔が頭をよぎった。
「今日阿澄先生に会いましたよ。」
「……そう。」
先輩の顔に陰がさす。死んだ恋人について追求されたことがまだ心にあるのだろう。
「あの、これからどうしますか?」
「んー、行きたいところあるの。」
そう言うと先輩は俺の手を握った。
「ここ……」
先輩に連れてこられたのは、飯田豪の眠る墓地。
「山崎君のこと報告したいの。ここで待っててくれる?」
「わかりました。」
小走りで先輩は行ってしまった。残った俺はやることもないのでボーッと空を眺めていた。
「お墓参りですか?」
不意に声をかけられた。
見た先には和服姿のお婆さんがいた。
「その付き添いです。」
「そうですか。」
やんわりと微笑むお婆さん。全体的に細身だが、和服で更に華奢に見えた。
「お墓参りですか?」
今度は俺から尋ねる。
「ええ。初恋の方、ですの。」
ふふっ、と笑う。その頬は微かに赤色に染まっていた。
「ずっと心にいてくださった、愛しい方。」
「それって旦那さんは知ってるんですか?」
「いいえ。これは私と初恋の方との秘密です。ただ、今の夫と一緒にいたから、幸せなんでしょうね。」
こんな人もいるのだ。俺は心のどこかで安心した。そのとき――
「山崎君。」
「先輩。」
先輩が戻ってきた。
「待たせてごめんね?」
「いえ。」
お婆さんと目が合い、軽く頭を下げる先輩。
「……誰?」
「さっき知り合ったんです。」
「そちらが付き添ってた方?」
お婆さんは穏やかな微笑みを見せ、俺に尋ねた。
「そうです。」
「そう……どうか貴方達に幸せが訪れることを。」
それじゃ、と言ってお婆さんもお墓のあるところへ去っていった。
「優しそうな人だったね。」
「そうですね。」
「山崎君。」
「はい?」
「もし、もしものことだからね。」
「……はぁ。」
曖昧に頷くしか出来なかった。先輩があまりにも真剣で暗い顔をするから。
「あたしが死んだら、泣いてくれる?」
「……。」
泣きそうな声。俺より数歩先を歩く先輩の肩は微かに震えていた。
「どうしたんですか。」
さっきまで普通だったのに……。
「あのお婆さん、何回か見たことあるの。」
優しそうに微笑む姿が浮かぶ。
「前はいつも同じお墓の前で泣いてた。でも最近は笑顔なの。それって、忘れちゃったってことなのかな……?」
「……。」
「私は、忘れたくなんかないの。たとえ何十年経っても。」
湿気が凄い。気付けばもうすぐ夏になろうとしている。
手が汗ばむのは、暑さのせいだろうか。
「ねぇ、山崎君。あたしが死んだら、貴方の記憶からあたしは消える?」
「……消えません。というか消しません。」
消せるわけがない。大切な好きな人だから。
「ありがと。」
歩く速度を速めた先輩を走って追い掛けた。そのついでに、先輩の左手を握った。いわゆる手を繋いだ状態。
「ちょっ、山崎君?」
戸惑いを見せる先輩。心なしか照れているように見えた。
「あのお婆さんには、今旦那さんがいるらしいですよ。」
「そう……。」
繋いだ手が熱い。俺は心を落ち着かせながら口を開いた。
「これは俺の推測ですけど……お婆さんは忘れたんじゃなくて、悲しみを乗り越えたんじゃないか、って。」
「乗り越えた……。」
「大切な旦那さんの隣で。」
「……。」
「まぁ、所詮推測でしかないんですけどね。」
珍しくまともな台詞を吐いてしまった。少し恥ずかしい。
「ううん、あたしもそう思う。」
泣いてたはずの先輩は顔を上げて言った。
「っていうか、そう思いたい。」
「……そうですね。」
繋いだ手を前後に揺らし、俺と先輩は帰路についた。
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