出来損ないロボット
我が家にロボットがやってきたのは、つい先日のことだった。
足腰の悪くなったお母さんの代わりに、家事全般…草むしりからシャツのアイロンがけまで、ありとあらゆる雑用をこなすお手伝いロボット。路地裏の老婆が、特別に格安で売ってくれたんだよ、とお父さんが夕食の席で嬉しそうに話してくれた。家庭にこの手のロボットを置いているところはまだ少ない。申し訳ないがあまり稼いでいなさそうなお父さんがどうやってこのロボットを手に入れたのか不思議だったが、これで謎が解けた。
「こんにちは」
次の日の朝、僕がリビングへ降りていくと、ロボットが流暢なあいさつとともにぺこりとおじぎして出迎えてくれた。見慣れた景色に現れた新しい住人を、僕は返事もせずマジマジと眺めた。ロボットはにこりともせず、ジッと僕の目を見つめ返してきた。
「ほら、一号。あいさつが終わったら、食事の準備をしてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
奥のほうからお父さんが大きな声を出して一号を呼んだ。一号と呼ばれたロボットはその場でおじぎをして、くるっと踵を返して台所へと入っていった。それから僕らが朝ごはんを食べている間に、ロボットは四人分の朝食を用意し、洗濯物を干し、新聞を取ってきて、トイレ掃除をし、朝の着替えと忘れ物チェックを済ませた。
「次は草むしりをやっておいてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
お父さんが出かける前に、上機嫌でロボットに命令した。ロボットは相変わらず無表情で、深々と頭を下げた。
それからしばらく、ロボットとの生活が始まった。
ロボットがいるだけで、僕はみるみる家がきれいになっていくのが分かった。お母さんは前みたいに家事で腰を痛めることもなくなり、お父さんもロボットの仕事ぶりに大満足だった。最初はおっかなびっくりだった僕も、いつのまにか部屋の掃除や面倒なお使いなどをロボットに頼むようになっていた。ロボットは決して嫌だとは言わなかった。いつも無表情で、深々と頭を下げた。二回目の夏を過ぎても、ロボットはいつものように無表情で家事をこなしていた。
そして三回目の冬を越えたときのことだった。会社でボーナスが出たとかで、ある日お父さんは新しいロボットを連れてきた。
「二号だ!最新式だぞ。一号よりも優秀だ」
「よろしくね!お坊ちゃん」
二号と呼ばれたロボットは、にこやかな表情で僕に笑って見せた。僕は驚いた。ロボットが笑えるとは思わなかった。
それからその夜には、二号はすっかりうちに打ち解けていた。流石に高い金を出して買っただけあって、一号よりも愛嬌があり、なおかつ仕事も倍以上の速度でこなせるのだ。何より一号と違って、会話する機能さえ備わっている。二号は時々、「嫌だ」といった。それが僕達には、何よりも新鮮に映った。僕も弟も家族はみんな、二号を快く受け入れた。しばらくすると、当然、安物で旧型の一号は用済みになった。
「…というわけだ。一号、いままでご苦労様。ここでお別れだ」
「……かしこまりました、旦那様」
お父さんが僕と一号を車に乗せ、スクラップ工場の前で別れを告げると、一号は一瞬だけ間をおいて、いつものように深々とおじぎをした。顔を上げた一号の表情は…なんと泣いていた。目に涙を浮かべる一号の姿を見て、僕は驚いた。ロボットが泣けるとは、思っていなかったのだ。一号はだけど、それ以上は何も言わず、目を伏せあの日と同じようにくるっと踵を返して工場へと歩いていった。
肩を震わせる一号を振り返りながら、僕はお父さんに尋ねた。
「…ねえお父さん」
「んん?」
「ロボットは泣けるの?」
「いいや。ロボットは普通泣かない。あれはきっと、安物だからな」
「なんでロボットは、ケガをすると赤い血が出るの?」
「弱いからさ。もともとロボットは、別の星から来た。我々と違って、身体にオイルが馴染まない」
「ロボットは、どうして眠るの?たまに真夜中に起き出したと思ったら、夜空を見上げているのは何故?」
「一号だけ、特別に出来損ないだったんだろう。ロボット全部がそうじゃないさ」
お父さんは頭のネジをボリボリと掻いた。
「二号は泣かない?時々疲れて、ため息をついたりしない?」
「もちろんさ」
車に乗り込む前、僕はもう一度だけ工場を振り返った。
無表情で、出来損ないだった一号の背中が、僕の一眼レフにいつまでも焼きついて残った。