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『燎原』は“りょうげん”と読みます。
o メイドさんとご主人様
ACT XX. 『燎原』-1
「何だ、分かってたんならすぐにでも言ってくれればいいのに。無駄に隠れてしまったじゃないか」


何もない空間から姿を現したのはローブを纏った一人の男。
地上では『燎原の賢者』として名が知れ、人々からは畏敬と羨望の目で見られている、偉大なる賢人。その名をステイルサイトと言った。

だがその男を見る二人の目は冷たい。いや、冷たいとすら感じさせないほどに感情がない。


「黙れ貴様が口を開く事を許可した覚えはない。顔も見たくないんだよゲスめ」


「…やれやれ。まだあの時の事を根に――」


「黙りなさい、ステイルサイト。旦那様の御言葉が聞こえなかったのですか」


「……貴女までもまだ根に持っているのか。それともそっちの彼が怒っているから、と言う理由かな?」


答えはない。そもそもとして対話の意思がない。


「たったあんな些細な事でよくもまぁ、ここまで――」


「黙りなさい、と言いました。あなたが今こうして存命できているのは誰のおかげだと思っているのですか?」


「それは当然、アルーシアのおかげだろう?そのくらい承知しているさ」


「その汚らわしい口でアルの名前を口にするな。そして、とっとと去れ。二度と俺の前の姿を見せるな。でないとうっかり殺したくなる」


「相変わらず妹は実に愛されているね。でも、そう言う訳にもいかない。何の用事もなく来るような場所じゃないからね、ここは。あまりいい思い出がない」


「もういい。――即刻、こいつを叩き出せ」


「はい、旦那様」



言った瞬間には既にその姿は消えていた。

男の表情が緊張に凍る。


「っ!!」


瞬きをする間もなく、男の首筋には手刀が 突き付けられていた。


「立ち去りなさい。さもなければ――あなたを消します」


「いいのかな?アルーシアの遺言を破っても…」


言葉を切って男は飛び退く。

問答なしに、男のいた空間は手刀に抉られていた。避けなければ即死は間違いない。


「――いい筈などあろうはずがない。旦那様の許しも得ていない。けど…だがっ、わたしにも限度と言うものがある。貴様を、あなたを消す事自体には何も――」


そう言って彼女は、


「躊躇いなど必要ないのですよ?」



壮絶な、ではない。


ぞっとするほどの、でもない。



「――」


男は笑う。あんな表情を魅せられて笑わない方が間違っている。例え目前に迫るのが避けようのない自身の死だとしても。

どうしようもないほどに、狂おしいまでに、愛しさすらも生温く、美しい彼女の笑みを。

そしてこの笑みを手に入れる為ならば何を賭しても――たとえ自身の妹の犠牲さえも――構わない。

ソレがこの男――『燎原の賢者』ステイルサイトの本質。


だが、と男は内心で一人呟く。

…今はその時ではない、と。


「オーケー、分かった。立ち去ろう。ただし、用事が済んでからだ。どうせすぐすむ用事だよ。昔のよしみで話くらい聞いてくれてもいいだろう?」


手を差し出し男は友好を示す。

その返答は当然――


「やれ」


「はい、旦那様」


目前でさえ霞んで映るその無表情と、背後にある死の香り。

男は壮絶に笑みを浮かべて――身体から赤を噴き出させた。












男から湧き出た赤を避けるように、彼女は元の位置へ――旦那様たる彼の傍へと戻る。


「相変わらず、男には容赦ってものがないね。元・ご主人様?」


男は赤を、『燎原』の名たる紅蓮の焔を身体に纏い、笑みを浮かべながら立っていた。

だがその瞳は一片も笑っていない。憎々しげに、忌々しげに彼女の傍に当たり前のようにいる彼の事を視線で射抜き続ける。


「お前にくれてやる赦しなんて既に一片すらあるか。今生きている事だけでもこの俺に頭を垂れて感謝しろ」


「ふんっ。全てを彼女に任せきりの癖に偉そうに。貴方にいったい何ができるって――」


首を掻っ切る動作をして、

そのまま親指を、地獄へ向ける。


「堕ちろ」


「?転移方、いつの間…!?」


そして男の姿は部屋から消える、跡形もなく。


「…旦那様」


「分かってるよ。これでもまだ生温いって言うんだろ。正直なところ俺にしても同感だ。でもな、それでも、あんなどうしようもない腐れ外道でも、アルの兄貴で、アルが奴に生きてほしいって願ってる事に変わりはないんだよ。それを…これ以上、俺にどうしろと?」


「……いえ、そうですね。はい。先ほどは申し訳ございません。つい頭に血が上ってしまい、暴挙を…」


「別に、責めはしないさ。俺自身もあれで奴がくたばれば占めたものだって考えてるくらいだからな」


「旦那様、そこまでして、アルーシアの遺言は聞く必要のあるものなのですか?」


「それはお前自身が一番よく分かってるだろうよ」


「それは、そうでございますが…」


「ただし、それも奴が何もしてこなかった場合だけだ。あいつがもし掠り傷でも、俺の奴隷たちに傷を負わせようものならもう生きる事を許容する必要もない。今までのつけもしっかり払ってもらうさ」


「はい。そうですね、旦那様」


「………気分転換だ。今日は皆で騒ぐぞ。奴隷たちにも全員に伝えておけ」


「――はい、了解いたしました、旦那様」






――館の立つ大地の下。


まるで排泄物を出すように方陣が浮き上がり、そこから一人の男が吐き出された。
地上からははるか遠く、このまま地上にたたきつけられようものなら死は確実。だが男の表情に焦燥は微塵もなかった。


「…やられた。伊達にご主人さまはしてないって事か。……しかし、まぁ。用件は済ませたからいいか。これで館内への道は繋いだ。これで第一段階――いつでも侵入できる手筈が整ったって訳だ。今回はこれで良しとしよう」


男は眼下に広がる大地へと落ちていく。
どこまでも、どこまでも堕ちていった。



本日の一口メモ〜

悪いやっちゃ、です。それ以上でもそれ以下でもありません。
ちなみに覚えているかどうか分かりませんが、『アルーシア』さんの名前がちょこっと出ています。実は地味に重要なキャラです。


旦那様の今日の格言
「救いようのねぇ事ばっかだ」

メイドさんの今日の戯言
「気分じゃありません」


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