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こんにちはセカイ
作:青銅



第一話 『クラッカー』Aパート後


 学校が終わると、宗は誰にも目もくれず裏門を出て帰った。
 学校から駅までにはちょっとした商店街(といってもアーケードのようなたいそうなものではなく、本当に昔ながらの商店街、といった風情だが)と、その裏通りを通るルートの二種類がある。宗は高校に入学してからずっと、登下校共に裏通りを歩いていた。無駄に人と会いたくないからだ。
 裏通りの長さは百メートルほど。幅は、車が一台やっと通れるほどしかなく、暗くゴミ臭いからか人もめったに通らない。かつて宗の高校の生徒がかつあげを受けたこともあるらしく、入学して間もないころ学校から注意が呼びかけられていたが、宗は全く聞いていなかった。宗は今まで一度もそれに出くわしたことは無い。仮に被害にあったとしても、ずっと自分はこの道を通るだろう。
 宗はふと空を見上げた。裏通りの壁や建物によって分断されたように見える青い空。それに宗は不思議と寂寥を覚えた。
 暇になると宗はいつもあることを考える。
 何故自分は生まれてきたのだろう、と。
 それを見つけるために生きるんだ僕達は……なんて理想めいたことを書いているジュブナイル小説を見ると、虫酸が走る。
 結局、自分は生きている。だから生きるしかない。違うのか?
「……君はいつも、そうやって一人で帰るのかい?」
 前から聞こえた声。見ると、少年が立っていた。
 透き通るような鋭い碧眼。それと対照的な漆黒の髪。少年は宗と同じ高校の制服を着、微笑を浮かべて立っていた。見覚えは無い。いや、無いはずだ。
「一人は嫌だろ?」少年は続けた。
 自分と同じ一年にはこんな外国人はいない。おそらく。
 まだ入学して二月程しか経ってないから、というわけではないが、宗はクラスメイトの名前を一人も覚えていなかった。だがさすがに、平凡な都立高校へこんな外国人が入学してくれば同学年内で多少の噂は立つだろう。自分の知る限り、そんな外人は一年にはいないはずだった。
 例のカツアゲか? しかしこんな朗らかな不良がいるだろうか……。なら二、三年だろうか? 可能性はゼロではない。宗は一応敬語を使うことにした。まあ、形だけだ。
「……誰ですか?」宗は、明らかに疎ましさを含めた声で言ってやった。
「別に名乗る必要もないけど……、言おうか。僕は、ニル=アドミラリ。……君と同じクラッカーさ。トウマソウ、君」
 ニル=アドミラリ?名前も充分謎だったが、宗には後半の言葉の方が気になった。
 クラッカー。確かインターネットでサイバーテロとかする人たちのことか? 宗はパソコンを持っていなかったが、それくらいは学校の授業などで聞いたことがあった。
 それが僕と同じ、だって?
 呆気にとられている宗を尻目に、その少年――もといニルは続けた。
「手っ取り早く言うよ。僕と一緒に来てもらいたい。無駄に連中と戦いたくないから、ね」
 戦う? 宗は頭の中で、目の前で語っている男について、状況分析を始めた。つまり、自分が何か重要な存在で早く保護しないとその『連中』とやらと交戦するハメになる、ということか? ――我ながらすごい発想飛躍能力だとは思うが、これだけは言える。
 ――有り得ない。
 自分はごく普通の高校生。当麻宗だ。そんなのはアニメか小説の中のおとぎ話だけにしてくれ。
「さ、どうする? できれば穏便に事を運びたいんだけど」ニルとやらは、相も変わらずニコニコと微笑を浮かべている。
 宗は直感的に感じた。
 たぶんこの人は何かよくある心の病気で……、とにかく近づいて良いことは無いだろう。バーチャルとリアルを混同するほどまずいことは無い。
 テンプレートな言い訳だが仕方ない。宗は、ニルと顔を合わせないように歩き出し、言った。
 結果から言えば、それは間違いだったのかもしれない。
「……すいません、急いでるん」
「嘘だ」
 ニルの姿が、消えた。
 次の瞬間、宗は脇腹に凄まじい衝撃を覚えた。何が起こったか、見ることすらできない。
 反転する視界。
 何かに体が激突した。肺から酸素が絞り出される。
 ゆっくり目を開けると、そこは路地のようだった。裏通りには一本だけ、袋小路になっている路地がある。宗は今まさにその突き当たりまで吹き飛ばされたことになる。距離で言えば十メートルほどだ――待て、十メートルも蹴り飛ばした?
「かなり強い蹴りのつもりだったんだけど……、ファイアウォールか。流石はクラッカーってとこだ。後、ゴミ捨て場に助けられたね。全く運が良い」
 ニルの声。路地裏の入り口に立っている。
 宗は脇腹に残る鈍痛を堪えながら、自分がゴミ捨て場で仰向けになっていることに気づいた。おそらくこのゴミ捨て場が、吹き飛ばされた宗のクッションになってくれたのだろう。
 宗は震える足を無理やり立たせた。自分の全神経が言っている。逃げろ、と。
「バカだね、君。素直について来ればいいのに……。なんかイライラしてきたな。時間が無いし、死ね。どうせ要るのは眼球だけさ」
 何が何だか分からない。だがこれだけは理解した。
 自分は今確実に、殺されようとしている――。
 ニルが右手を上に挙げ、呟いた。
「object-code:アイアンパイル」
 この世のものとは思えない白い閃光に包まれるニルの右手。それを降りかぶり――、
「interpreter」
 ニルが何かを宗めがけて投げた。
 ――宗がそれをかわせたのはほとんど僥倖と言ってよかった。とっさにしゃがんだ宗の頭上の空間を、鈍い金属光が切り裂いた。
 針。いや、そんな生易しいものではない。工事現場などにある、長い鉄パイプ。その両端を尖らせたような、二メートルはあるだろう巨大な鉄の針。それはまさに、『鉄の(アイアンパイル)』と呼ぶに相応しかった。
 その鉄の杭が、自分が元いた位置のコンクリートの壁に突き刺さっている。深々と。
 考えられない。
 宗は腰が抜け、その場にへたり込んだ。手足が震える。冗談はやめてくれ、と言おうとしたが、歯と歯が噛み合わず、喋れなかった。
 そもそも、これは冗談か? いや、あいつは人間なのか? 微笑を浮かべながら鉄パイプを投げつけてくる、あの男は。
「あれ?」ニルは言った。「一発で仕留めてあげようと思ったんだけど。どう足掻いても君は逃げられないよ? だったらもう諦めて死ぬのが得策だと思うけど」
 ニルはまた先程の呪文のような言葉を発した。
 閃光。再び迫り来る鉄の杭。かわせない。宗は思った。
 宗は初めて悲鳴をあげ、本能的に目を閉じた。
 死ぬ。
 こんな現実的に考えて、有り得ない状況で、自分は。
 轟音。一瞬にして腹を貫く鉄の杭の感覚。喉から湯が沸騰するように溢れる血液。宗はもう声をあげることもできずに……。

 ――違った。
 宗が目を開けると、そこには何者かが立っていた。
 その人影が出しているらしい、六角形が多数に集まったような障壁――バリアと呼ぶべきか。それに阻まれ、鉄の杭は空中で制止していた。もはや宗は目の前の現実をただ受け止めるしかなかった。というより、これは現実か? 夢じゃないのか?
 次の瞬間。静止している杭は吹き飛び、弧を描いてから近くの地面に突き刺さった。防御できたのだ。
 人影は、宗の方を振り向いた。
 歳は十五、六ほどに見える。見るものを魅了するような美しいブロンドの髪を左右でツインテールに束ね、水晶のような青い瞳はまるできらきらと美しい輝きを放っているようだった。アイドルか何かのオーディションを受ければ、一発で審査員の目を引くこと間違いなし、文句なしの美少女だったが、無駄な贅肉の一切無い引き締まった身体を見れば、彼女がただの少女ではないことは容易に想像できた。……だが!
「バカ? 学校、ちゃんと正門から出てくれない? 護衛のしようが無いから」
 ……彼女の第一声は『バカ』だった。












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