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しげあ記
作:大和木彦



しげあ記 登竜門編 4


 南極なんきょく仙翁せんおう)の弟子は現時点で3人居る。

 白鶴はっかくきつね。それに道化どうけの3人だ。

 まず5年前に白鶴はっかくが最初の弟子になった。

 五穀爺ごかくやに紹介されて遣って来たらしい南極なんきょく仙翁せんおう)に出会い「仙人せんにんに成れ」と誘われて弟子になっている。

 年齢の割りに聡明そうめいで、同年代の児童達と比べても精神年齢の高かった白鶴はっかくが、見ず知らずの南極なんきょく仙翁せんおう)の勧誘に素直に従ったのは、白鶴はっかくの人格形成に大きな影響を与えた五穀爺ごかくやからの紹介があったからだ。

 1000も2000も越す数多の仙術の種類の中で医術に関する巫医ふい術と、薬術に深く関わりを持つ練丹れんたん術を学び始めたのも五穀爺ごかくやの影響に寄る所が大きい。


 ―――次に弟子入りをしたのがきつねだ。

 白鶴はっかく南極なんきょく仙翁せんおう)へ弟子入りしてから2年後―――。

 登竜門とうりゅうもんの中にきつねは居た。

 危機一髪。

 その時のきつねの状態を表すのにこれ以上の表現方法は無いだろう。

 開拓者かいたくしゃ強姦ごうかんされかけていた。

 登竜門とうりゅうもんと言う、いつ蛮族ばんぞくに襲われても不思議ではない危険な場所でだ。

 開拓者かいたくしゃ蛮族ばんぞくとの戦いや登竜門とうりゅうもんのコロコロと変わる季候の変化に精神が追い詰められ恐慌きょうこう状態だったのかもしれない。

 肉体的にも精神的にも限界に達してしまったが故の凶行とも言える。

 だが考えても見て欲しい。

 蛮族ばんぞくは神出鬼没だ。

 登竜門とうりゅうもんの中なら壁や床や天井と、中空以外の好きな場所から蛮族ばんぞくは捻り出される。

 そんな中で周囲の警戒けいかいおろそかにすればどうなるか。

 ……きつね達はフロアマスターに補足されていた。

 辛くも貞操ていそうの危機は免れたきつねだが、今度は命の危機にさらされる事となる。

 ―――此処で開拓者かいたくしゃは信じられない行動に出た。

 悩む素振りも見せず。

 きつねの足の骨を折ると、きつねおとりにして逃げ出した。

 遠くでソレを見ていた白鶴はっかくきつねを保護した時。

 その囮作戦は功を奏していたようで、弱りきったきつねをフロアマスターは標的にしていた。

 背後から、きつねを殺そうとしていたカモの姿を模す巨大なフロアマスターを強襲して鞘切さやきまるで横薙ぎにぶった切った後、上半身の無くなったフロアマスター越しにきつねと目が合ったこの時がきつねとの出会いだ。

 南極なんきょく仙翁せんおう)の言ではきつね仙骨せんこつを持っていたらしい。

 白鶴はっかく南極なんきょく仙翁せんおう)登竜門とうりゅうもんの中で修行をしていた時にきつね登竜門とうりゅうもんに居たのは不幸中の、本当に僅かな幸いだった。

 この時に南極なんきょく仙翁せんおう)白鶴はっかくと自分以外の仙気せんきを感じ取っていなければ、きつね窮地きゅうちすくえずきつねは死んでいただろう。

 きつねは保護された1年後、南極なんきょく仙翁せんおう)に弟子入りをした。

 当時、極度きょくどの人間不信におちいり、余りにも情緒不安定だったきつねは1人で日常生活が送れる様になるまで1年間のリハビリを必要としたからだ。

 少しでも社会復帰の助けになるのであればと雉鶏精ちけいせいと言うきじの妖精・胡喜媚こきびが与えられたのも、手慰てなぐさみにと石琵琶いしびわを与えられたのもこの頃のことで、きつねの方が白鶴はっかくよりも年上だけどきつねよりも白鶴はっかくの方が早い時期に弟子入りをした先輩になる。

 そして最後に道化どうけ

 道化どうけ南極なんきょく仙翁せんおう)の弟子に加わったのは半年ほど前のこと。

 仙道せんどうとしての道名は申公豹しんこうひょうと言うが、白鶴はっかく道化どうけと呼んでいる。

 弟子と言うよりも扱い方はお客様に近い。

 南極なんきょく仙翁せんおう)の師匠である仙界せんかい崑崙山こんろんざんの教主元始天尊げんしてんそん様が人界じんかいで拾い、育てて来た秘蔵ひぞうっ子で、修行の最後の仕上げとして南極なんきょく仙翁せんおう)の元に預けられたらしい。

 仙人せんにんに成る為にも1度は登竜門とうりゅうもんを攻略してこなければならないと言われ、今は登竜門とうりゅうもんを攻略する為に麒麟崖きりんがいに滞在している。

 最初は「こんなモン一日で攻略しきってやるぜ」と意気込んでいた道化どうけだが、初っ端から全力で登竜門とうりゅうもん内部を突き進み、一週間ほどで1020年層辺りまで辿り着くと力を使い果たして死に掛けた。

 お目付け役と言うか親睦を深める為に着いて行った白鶴はっかくきつねが居なければこれ以上進む事も戻る事も出来ずに蛮族ばんぞく餌食えじきに成っていた事は想像にかたくない。

 白鶴はっかくきつね道化どうけ

 この3人が、現在南極なんきょく仙翁せんおう)の指導の下、登竜門とうりゅうもんから仙界せんかいを臨む弟子全員だった。

 ………仙人せんにん道士どうしの絶対数は非常に少ない。

 陰陽師や魔術師など、他のジョブにも言える事だがジョブは成り手を選ぶ。

 そもそも登竜門とうりゅうもんに挑む為に11機関が用意しているジョブは『不便な科学者』たちの為のジョブだ。

 魔力が無ければ魔術師には成れず、霊力や法力ほうりきがなければ陰陽師にも修験者にもなれない。余り好きな台詞ではないけれど、こうした科学で解明しがたい生き物の持つ不思議な力を行使するには相応の資質――。つまり才能が必要になってくる。

 こうした才能を持っていて初めて術を学ぶ事が出来る上、才能の高さ低さが更に学べる学問の幅を狭めてしまう。

 成り手を選び、選んだ成り手をふるいに掛けて厳選せねばならないジョブ『不便な科学』『不便な技術』と呼んで何の差し支えも無い。

 組織は現在3万人ほどの冒険者ぼうけんしゃを抱えているが、厳しい試験や勧誘によって選出された冒険者ぼうけんしゃたちは全員、一定以上の才能を有する術士であった。

 この3万人に及ぶ冒険者ぼうけんしゃの内、組織の重鎮が直々にスカウトしてきた冒険者ぼうけんしゃの数は9000人ほどで、組織のいずれの重鎮たちにも800人近い直属ちょくぞくの部下なり弟子なりが居る計算になる。

 だが南極なんきょく先生の受け持つ弟子は3人だけで、つい最近まで0人だった。

 仙骨せんこつが無ければ、どれほど望んだトコロで仙人せんにんには成れないからだ。

 この基準は厳しい。

 仙骨せんこつは、先天的に生まれ持ってくる骨格だ。

 ごく稀に仙道せんどうの持つ仙骨せんこつを引き抜いて移植いしょくする事で仙骨せんこつを得る者や、金丹きんたんと呼ばれるも薬の力を用いて只の骨を強引に仙骨せんこつに作り変える者も居るが、普通は体が拒絶反応を起こして仙人せんにんになる前に絶命する。

 人界じんかいに住まう人々の中で仙骨せんこつを持って生まれて来る人間が現われる確率は100万人に1人と非常に少ない。

 仮に人界じんかいで暮らす人口の数を65億人とした場合、単純に計算しても650人しか仙骨せんこつを持っている人はいない計算になった。

 ………日本の人口は大凡おおよそ1億3千万人に及び、最大で13人は居る可能性が有るのだが実際には白鶴はっかくきつねの2人しか見付かっていない。

 こう言う仙骨せんこつを持って生まれて来る人は場所も時期も集中するそうだ。

 人口が10億人を超える中国には100人くらいの仙道せんどう候補がいるだろうと探してみた所、300人強の仙道せんどう候補が発見されて仙境せんきょうにかつて無い盛況を見せた時代も有ったと言う。

 秋に作物を収穫するように、仙道せんどうの素養を持って生まれてくる人々が一斉に現われる時期と言うものが有るそうだ。

 白鶴はっかくきつね

 それに道化どうけを含む南極なんきょく仙翁せんおう)の今の3人の弟子は、時期外れに現われた仙道せんどうの変り種とでも言うべき存在だった。



第9話『南極なんきょく仙翁せんおう)の弟子・白鶴はっかく九尾きゅうび申公豹しんこうひょう



 組織の中で最も大きな区域は人界じんかいの区域だ。

 まァ当たり前だろう。此処は人界じんかいなのだから。

 他の10の区域と比べても3倍の広さを持ち、高さも深さも3倍ほど有った。

 大半の冒険者ぼうけんしゃ開拓者かいたくしゃ人界じんかいの区間から登竜門とうりゅうもんに挑み、帰ってくる。

 基本的に、他に10有る区間から登竜門とうりゅうもんに挑むのは重鎮や、その関係者からの勧誘を受けた者だけだ。冒険者ぼうけんしゃになった後も、勧誘を受けていないのであれば人界じんかい区間からの攻略こうりゃくになる。

 人が最も多いだけあって、設備が最も充実しているのも人界じんかいの区域だ。

 病院があり、ホテルがあり、スーパーマーケットや銀行、警吏けいり部隊の詰め所や裁判所も人界じんかいの区間にある他、生徒数3000を数える4年制のアカデミーや、物見遊山ものみゆさんで来た観光客の為の土産物店まであった。

 11機関の人界じんかい区間を訪れるのは冒険者ぼうけんしゃ開拓者かいたくしゃだけではない。

 冒険者ぼうけんしゃ開拓者かいたくしゃを相手にする商人や記者。

 11機関の銀行や病院に勤めている銀行員や医師や看護士。

 アカデミーに勤める教師や警吏けいり部隊の隊員。

 人界じんかい区域は何時も、様々な人たちで賑わい活気に満ち溢れていた。

 最近ではドーナツ状だった11機関の本部も人界じんかい区域の人の多さに改増築を続け、魚の尾びれの様な広がりを見せている。


「…ん〜〜〜。今日もあそこは賑やかですねえ」


 賑わう人界じんかいの区間に視線を送り、笑みを零す。

 他ではチョッとお目に掛かれない人だかりだった。

 剣を装備する騎士のような青年や槍を構え腰蓑こしみのを付けただけと言う半裸はんらの青年。

 サーカスの猛獣使いのような衣装に身を包み、腰に鞭をいている褐色の女性やシスター服に身を包む、戦いが似合いそうに無い大人しそうな女性の姿も合った。


「どこのコスプレ会場だ」


 そう思わなくも無い。

 違いが有るとすれば人々が構える武器も防具も本物で、オモチャではないと言う事くらいだろう。

 ジッと人界じんかいの区間を仙界せんかいの区間・麒麟崖きりんがいから見ていたが、白鶴はっかくの視線に気付いた者は1人もいない。


 ドドドドドド――――…ッ。


 流れ落ちる滝の音が耳に痛かった。

 壁一面が嵌め殺しの強化ガラスになっており、廊下から登竜門とうりゅうもんの大穴を眼下に見下ろせる。

 仙境せんきょう麒麟崖きりんがいから人界じんかいの区間までは直線距離で2キロほど離れていた。

 その位の距離ならば、蛮族ばんぞくを食べ続け視力の向上された目を凝らせば目視できる。

 この程度の視力。冒険者ぼうけんしゃの中では珍しくない。

 『千里眼』の2つ名を持つ冒険者ぼうけんしゃなんて「地球がもし平らならば、端から端まで捉えてみせよう」と豪語しているくいらいだから、ソレと比べれば白鶴はっかくの視力も大した事は無い。白鶴はっかく目視の限界は3キロだけど、千里眼の冒険者ぼうけんしゃは4万キロだ。

 秘境ひきょうに比べ仙境せんきょうに人の気配は全く無く、ガラスに触れれば滝の出す音の振動で細かく震えているのが判る。

 通気口からだろうか。

 潮の香りが鼻に着いた。

 視線を人界じんかい区間から外して後方に移せば霧が濃く立ち込めている中で、幾つものゴンドラが忙しなく動いているのが目に付く。

 ―――登竜門とうりゅうもんを往くにも抜けるにも大滝を潜り抜けなければならない。

 海水の大滝を滝は南極大陸の上を覆う厚い氷が解けて出来ているのだが大滝の水量は膨大で、その水圧の前には自動車でさえ煎餅せんべいの様にプレスされてしまう。

 一見すれば南極点に開いた大穴を囲み360度から均等な量の滝を流しているように見えるが実は、流れる水量には激しい差がある。

 1番勢いが強い部位では滝の厚みが3キロに及ぶが、最も勢いが弱く薄い場所では100メートルほどしかない。

 そういった場所が、登竜門とうりゅうもんの出入り口になっていた。

 水圧も比較的に弱く空き缶をペシャンコにしてしまうくらいで済む場所をゴンドラが運通していた。

 ―――ロープウェイだ。

 大滝の内側と各区間の出入り口には駅が有る。

 南極点に空いた大穴には、クモの巣のようにワイヤーが張り巡らされ、幾つものゴンドラが開拓者かいたくしゃ冒険者ぼうけんしゃを乗せて動いていた。


「………ん。登竜門とうりゅうもん蛮族ばんぞくと戦う時よりもアレに乗って居る時の方がよっぽどゾッとしますねェ」


 ゴンドラの中から登竜門とうりゅうもんの大穴を見下ろし、ロープウェイの細いワイヤーが切れてしまわないか心配になる。

 外側から鍵が掛けられ密閉されたゴンドラは一歩間違えれば奈落ならくの底へと沈む棺桶かんおけに早代わりだ。余り長く乗っていたい乗り物ではない。

 視線を仙境せんきょうの外側から内側に戻す。


「ん。きのと…、どうかしましたか?」
「気楽なもんだな」
「?」
「アイツ等の事さ。今日も今日とて、登竜門とうりゅうもんの中で冒険者ぼうけんしゃなり開拓者かいたくしゃなりが何十人も何百人も死ぬって言うのに、何でああ和気藹々わきあいあいとしてられんのか。………それだけの実力がアンのか、それとも自分が死ぬまで自分が死ぬなんて考え付きもしない馬鹿なのか………。ホント、判んないな。人間は」
「……………」


 人の姿を取ったままきのとが心底わからないと言った顔で言う。

 その手には、書類の束を抱えていた。

 白鶴はっかくの手にも大量の書類が乗せられている。

 きつねの修行のため、南極なんきょく仙翁せんおう)が時間を作ろうと白鶴はっかくに肩代わりさせている分の書類だ。重要な内容の物は少なく『喫煙室きつえんしつを増やして欲しい』だの『他の10の区間を潰して人界じんかいの区間を拡大して欲しい』だのと言う内容の嘆願書たんがんしょが多い。


開拓者かいたくしゃに成るのに制限が無いのは大問題じゃないか? 付けろよ制限。『私は自分の意思で登竜門とうりゅうもんに挑みました。登竜門とうりゅうもんで起きた事の全ては自己責任として受け入れ、死んでも一切文句は言いませんし、生き延びた時に心身に重大な障害を負おうとも文句は決して言いません』くらいの誓約書せいやくしょを書かせろよ。それだけで随分と違って来るだろーが」
「…あー――。とりあえず落ち着いてください。きのとが興奮すると書類が熱で焼けてしまいますから」
「〜〜〜〜〜!!! 子ども扱いするんじゃ無い!」


 とん・とん・とん。と、書類を持ったまま填め殺しのガラスの壁に足を着けて数歩、進む。

 壁に対して垂直に立ち、顔の高さをきのとに合わせると片手で頭を撫でてなだめる。

 きのとの身長は頭から生えている角を除けば155センチほど。

 身長が130センチしかない白鶴はっかくから見ればきのとは長身で、頭を撫でるのにも一苦労だ。

 頭を撫でられたきのとが顔を真っ赤にして怒り出す姿は威嚇いかくをする猫に似ている。

 今が冬である為に、きのとの肌は保護色により雪のように白く染まり、顔が赤くなるととても目立った。


「――――ん。なんですかきのと。ひょっとして先日の件で僕のことを心配してくれているのですか?」


 基本的に人間がどうなろうと知った事ではないと思っているドラゴンのきのとが人間を心配しているような発言をしたので、少しばかり珍しいなと思っていたが、誓約書せいやくしょ云々のくだりで何と無く、言いたい事に思い当たる。

 リュックの告訴の事だろう。

 麒麟崖きりんがいきつねから告訴の話を聞いた後。

 白鶴はっかく人界じんかい区域の警吏けいり部隊に赴いた。

 そこで、リュックが裁判所へと向った事を聞いて裁判所に向う事となった。

 裁判所に往くと、其処でリュックと再会した。

 ………最初にギョッとした目で見られ、次いで怨敵おんてきを見るような視線を送られた後、随分とうそ臭い笑みを浮かべてリュックが朗らかに話し掛けて来る。

 白鶴はっかくをやや強引に部屋から出そうとする中でリュックと共に部屋に居た検察官けんさつかんに話をした所、随分と自分勝手な嘘を言い連ねたらしく白鶴はっかくが厳罰に処されるように手続きされているのには眼を見張った。


「これは嘘です。書き直してください」


 そう言えば、リュックが食って掛かった。

 意見の食い違いに頭を悩ます検察官に「こんな小僧こぞうの言う言葉を信じないで欲しい」と学校の教頭と言う立場を誇示してリュックは「聖職者である私が嘘をつくはずが無い」と断言し互いに証拠がないのであれば私の方を信じるべきだろうとまで主張し、白鶴はっかくの喋るタイミングを奪う。


「証拠は有ります」


 そう言うと、平然と嘘を着いて堂々としていたリュックが大げさに諸手もろてを上げれば「ほら嘘が来た」と笑い出す。

 そんな証拠なんてものは無く、売り言葉に買い言葉だと考えたのだろう。

 この嘘を利用して自分の誠実さをアピールし、白鶴はっかくを嘘を平気で吐くような信用なら無いガキに仕立て様としたのかも知れない。

 そして白鶴はっかく冒険者ぼうけんしゃ認定証ライセンスに備わっている録音機能による白鶴はっかくとリュックの会話を証拠として提出すれば、顔を真っ赤にして「嘘だ」と否定し冒険者ぼうけんしゃ認定証ライセンスである眼鏡めがねを奪い破壊しようとする始末だ。

 結局は、その時のリュックの態度や声の声紋検査せいもんけんさの結果、リュックが開拓者かいたくしゃでは無く冒険者ぼうけんしゃを名乗って居た事が認められ告訴は取り下げられた。

 逆に白鶴はっかくが「名誉毀損きそんでリュック氏を告訴できますよ」と進言されればリュックも顔を赤から蒼に変え脂汗を流しながら「すみません! すみません!!」としか言わなくなった。


「リュック=レオンハートは本名ですか?」
「すみません!! すみません!!」
「告訴する事を誰かに薦められましたか?」
「すみません!! すみません!!」
「中学校の教頭と仰っていましたが何処の中学校ですか?」
「もーしません!! 反省しております!! すみません!! すみません!!」
「他の2人は病院に居ますから、安心してください」
「すみません!! すみません!!」
「あの………」
「すみません!! もーしません!! すみません!!」
「…………」
「すみません!! 反省しております!! 許してください!! すみません!!」


 と、こんな感じで会話にならない。

 そして溜め息と共に「告訴する」を選んだところ「貴様は鬼か!」「これだけ謝ってんだから許してもイイじゃ無ーか!!」「あ〜あ〜…。俺の家族が路頭に迷ったら貴様の所為だからな」等と喚き散らしながら殴りかかって来た所を常駐じょうちゅうしている警吏けいり部隊に連れられていった。

 ―――この一部始終を、きのと白鶴はっかくの影の中で見ていた。

 散々に悪態を吐かれ、命を助けた相手に告訴されかけ裁かれる手前まで来ていた白鶴はっかくは相当のショックを受けていた事を、間近に居たきのとは気付いていたのだろう。

 実際そうだ。

 白鶴はっかくはその日、日本に帰らず麒麟崖きりんがいの一室に泊まると大変な落ち込みを見せていた。

 …………きのとの口から出た誓約書せいやくしょの話は、其処に端を発しているのだろう。

 優しい奴だと礼を述べれば「んなぁ!!」と、猫の様な声を上げた。


「〜〜〜〜あ、あーうー…。ふ、ふざけんな! お前が居なくなるとだなァ………あーあーあーアレだ。わた…私が霊界れいかいに帰るのが遅れるから心配しているだけなんだからなッ、きのえのことなんて全ッッ然、まったく! 微塵みじんにも心配なんかしていないんだからな!!!」
「わわわわわ!! きのと書類ッ! 書類から煙が出てる!!」


 お礼を言ったのに怒鳴ると言う行動に出たきのとの態度を不審に思うよりも、プスプスと煙を上げる書類の方に視線が行く。

 ソレが気に入らなかったのか。

 バン……! と、白鶴はっかくの顔に持っていた書類の束をぶつけて、そのまま何処かに駆け出そうとすればきのとのシッポが白鶴はっかくヘソから抜けてしまう。

 テレビのスイッチを切った時に聞こえる「ヴン!!」と言う音を立ててきのとはそのまま姿を掻き消した。

 書類の束を顔から剥がすと其処にはもうきのとは居らず、影に声を掛けても何故か返事は帰って来ない。


「……ん〜〜〜。何か僕はまずい事でもしたのでしょうか」


 ガラスの壁から地上に足を戻しながら、困ったように呟いた白鶴はっかくの声が、仙界せんかいの一部を切り取って収めた様な箱庭に見える麒麟崖きりんがいの中に溶けて消えた。

 仙界せんかいの一部を切り取って作り上げられた仙境せんきょう麒麟崖きりんがい崑崙山こんろんざんに建つ玉虚宮ぎょくきょきゅうと言う宮殿をモチーフにしているそうで、玉石で出来た中華風の宮殿は神秘的であり幻想的だ。

 その背景は霧の立ち籠もる岩山の山頂を思わせる。
 
 桃の木が咲き、登竜門とうりゅうもんからの潮の香りで消えてはいるが、もう少し仙境せんきょう側に近付けば桃の匂いがかぐわしい。

 空気は冷たく清らかで、本当に11機関と言う施設の中かと疑いたくなった。

 何処から流れ、何処に続いているのかわからないが滝があり、川があり、池も在る。

 川には半円を描く端が掛かり池には小舟が浮き、滝には虹が掛かっていた。

 生き物も住んでおり、池のほとりでカエルが鳴き川面を時折小魚がねる。

 ―――少し離れた場所には温泉も見受けられた。

 岩とひのきを組んで作った壁の影に隠れた温泉から湯気が立ち昇っている。

 広々とした仙境せんきょうには南極なんきょく仙翁せんおう)の他に伯鑑はっかんという年老いた亀と、五畜と言う豚・犬・猫・にわとりかもが暮らしており、ともすればすたれてしまいそうなによる仙境せんきょう美観びかんそこなわれないのは伯鑑はっかん達が定期的な掃除と整備を心掛けているからだ。

 手入れが良く行き届いている仙境せんきょうには枯葉の一枚も落ちていない。

 故郷の仙界せんかいから遠く離れた異世界で過ごす南極なんきょく仙翁せんおう)不憫ふびんに思った崑崙山こんろんざんの教主や13人のおとうと弟子達が、そのさびしさをまぎらわす為にと出来る限り崑崙山こんろんざんに似せて作った仙境せんきょう南極なんきょく先生をくつろがせるだけでなく、仙人せんにんを目指す白鶴はっかくたち道士どうしにも居心地の良い空間を提供していた。


「――――ん? あそこに居るのは…………」


 人気の少ない仙境せんきょうの中。

 きのとと言う運び手を欠いて四苦八苦しながら書類を運んでいる白鶴はっかくの眼に碁を打っている南極なんきょく仙翁せんおう)の姿が映った。

 きつねとの修行は終って小休止と言うところだろうか。

 ぱちり、ぱちりと、碁盤に碁石を打つ音が聞こえてくる。

 南極なんきょく仙翁せんおう)は碁が好きだ。

 白と黒。

 その配色が好きらしい。

 動物ではパンダやイルカが好きで、楽器はオルガンを好まれる。

 白鶴はっかくとしては白鶴はっかく長笛フルートきつね石琵琶いしびわ。そして南極なんきょく仙翁せんおう)のオルガン三重奏が好きなのだが南極なんきょく仙翁せんおう)は音楽よりも碁を好み静寂を好むから滅多な事ではオルガンを引かない。

 ヒマな時は白鶴はっかくきつねに「碁の相手をせよ」とせがんで来た。

 白鶴はっかく南極なんきょく仙翁せんおう)と碁を打って100回に1回くらいしか勝て無い。100回打ち合って全敗する事だってある。

 意外ときつねが碁に強かったが、それでも10回に1〜2度しか勝利を拾えない。

 相性の問題なのだろうか。

 白鶴はっかくきつねが碁で競えば勝敗は5分5分なのが不思議だ。

 きつねと打っているのだろうか。

 他に考えられず無視をして素通りしようとすれば「あら重そうね、運ぶの手伝おうか」ときつねが目の前に居た。

 「え?」と思いながら南極なんきょく仙翁せんおう)の方を見直す。

 其処には子供が居た。

 とても小さな子供だ。幼児と言ってもいいだろう。

 背丈は1メートルをようやく越えた程度でしかなく、老人の様に髪の毛は真っ白だ。

 ビックリする位に大きな目は落書き染みていて、よく見ればソレがピエロ特有とくゆうの化粧で在る事に気付く。

 白鶴はっかくきつねと同様、白を基調とした羽織を纏う背にはいさましい豹の咆哮ほうこうする様子を描いた水墨画風の刺繍ししゅうと『豹』の一字が刻まれていた。


「…んん。なんだ道化どうけでしたか」
「ええ。意外と語の才能が在るらしいわよ。つる君は直ぐに追い抜かれちゃうかもね」


 クスクスと、きつねが笑い、少し焼け焦げた書類を見れば「またきのとちゃんを怒らせたのね」と呆れられてしまう。

 南極なんきょく仙翁せんおう)の弟子の証。

 白鶴はっかく道化どうけ道化どうけと呼ぶのはユニフォームや胴着の意味を持つ羽織の下には豹柄の布地で作ったピエロの衣装を着ているからだ。

 羽織にフードが付いているのではなくピエロの衣装にフードが付いており、フードを被れば豹の耳が頭部にピョコンと現われて、顔のメイクに良く似合う。

 大口を開けたひょうの顔を模しているフードを被れば口の中から子供が顔を覗かせている様に見えた。

 真っ白い髪の毛が丁度、豹の上顎うわあごの牙に見える。

 手袋や靴の所為で顔の半分しか露出されている部分は無いが、その肌の赤みや顔つきの丸みから見て、道化どうけの歳が保育園の年少から年中くらいだと白鶴はっかくは当たりを付けた。

 仙道せんどうと言うよりも道化師に見える。

 だから白鶴はっかく道化どうけ道化どうけと呼んでいた。

 ―――驚く事に、虎の上に座っている。

 本来なら黄色いはずの毛皮が白く、額に黒子ホクロの様な点がある。

 目と耳が虎にしては異様に大きい。

 虎ほども大きい虎縞とらじま模様の猫と言ってもイイだろう。

 凶暴そうな顔には何処と無く愛嬌あいきょうもあった。

 ジロリと1度だけ白鶴はっかくに目を向けた後、すぐに視線を外し、背中に子供を乗せたまま器用に丸くなると眠りにつく。

 目の前の幼児こそ、後に白鶴はっかくが幾度と無く首をね飛ばし、斬り殺そうと試みるも遂に殺しきれなかった不肖のおとうと弟子申公豹しんこうひょうと、申公豹しんこうひょうの御す虎の霊獣れいじゅう白額虎はくがくこ黒点虎こくてんこだった。












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