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しげあ記
作:大和木彦



しげあ記 人界編 3


 白鶴はっかくの本名は甲太郎こうたろう

 浦島うらしま甲太郎こうたろうと言う。

 登竜門とうりゅうもんで通している白鶴はっかくと言う名前は道名どうめいだ。

 道名どうめいとは仙人せんにん道士どうし―――。

 所謂いわゆる仙道せんどうのこと。仙道せんどうは、本名を真名まなと呼んで特別視すると共にかくす。

 仙道せんどうの中には真名まなさえわかれば相手の顔も知らずとも呪い殺せてしまう恐ろしい術の使い手もいて、真名まなを知られると言う事は命を握られると言う意味を持っていたからだ。

 そんな恐ろしい術があっては軽はずみに仙道せんどう同士で名乗る事も出来ない。

 だから仙道せんどうは本名の代わりに道名どうめいを作り、その名で互いを呼び合う。

 僕は日本生まれの日本人だ。

 日本には戸籍こせきが在り、真名まなも明記されている。

 真名まななんて隠し様が無いのだけれど、それでも古くからの慣習かんしゅうから登竜門とうりゅうもんでは白鶴はっかくと名乗っていた。

 名付け親は南極なんきょく仙翁せんおう)

 白鶴はっかくに「仙人せんにんに成るがいい」と言っていた人だ。

 今は師弟の関係にあり本人は「南極なんきょくと呼び捨てにして構わん」と言っているが、教えをうている立場にある白鶴はっかくとしては分別を付けたいらしく先生と呼んでいる。

 道名どうめいの由来は南極なんきょく仙翁せんおう)白鶴はっかくと初めて出会った時の姿を見て直感的に決めたそうだ。

 上下真っ黒な装束の上に白い羽織を纏い、頭に赤い布の髪留めをしている姿が一羽の鶴――『タンチョウヅル』――を彷彿ほうふつさせたらしい。

 道名どうめいを与えられ、南極なんきょく仙翁せんおう)の弟子になる事で白鶴はっかく道士どうしになっていた。

 ―――この道士どうしとは仙人せんにんになる前の段階に居る仙人せんにんのことで、仙人せんにんに成るにはこれから30年も50年も修行を重ねた先の話になるが、上手く行けば、登竜門とうりゅうもんの中で仙人せんにんに成る事だって可能らしい。

 それから週に3日ほど。

 南極なんきょく仙翁せんおう)との修行に明け暮れる白鶴はっかくは日本と南極なんきょく大陸を行き交いしている。

 如何どうやって日本と南極なんきょくまでを行き交うかと言えば、海底列車に乗ってだった。

 海の底には、列車が走っている。

 異世界から導入された技術によって作られた海底列車は毛細血管の様に海底を駆け巡り、その時速は4000キロと戦闘機の速度を越えていた。

 南極なんきょくから1万1千キロほど離れた日本にだって、海底列車なら3時間足らずで行き交い出来る。

 料金は、冒険者ぼうけんしゃは無料だ。

 開拓者かいたくしゃが定価の8割引で、海底列車を使えば誰でも気軽に南極なんきょくまで行ける。

 観光客は多く、最近では修学旅行で南極なんきょくの11機関本部まで足を運ぶ学校もあった。

 修行は仙境せんきょうにて行われる。

 仙境せんきょうとは11の区間に分かれた組織の本部の仙界せんかい代表者だいひょうしゃに宛がわれた区間の事を指す。

 正式名は仙界せんかい崑崙山脈こんろんざんみゃく辺境麒麟崖きりんがい

 1番前の文字と1番最後の文字を取って仙境せんきょう麒麟崖きりんがいと言う。

 仙境せんきょうに入れるのは、ジョブが仙人せんにん道士どうしである者のみだ。

 現在、組織に仙道せんどう白鶴はっかく南極なんきょく仙翁せんおう)を含めて10人しかいない。

 ………東京ドームより一回りくらい大きい広さと高さを持つ広い区間に、その人数は寂しい気もする。

 麒麟崖きりんがいでの修行を白鶴はっかくは3年ほど続け、中学生になった頃から登竜門とうりゅうもんの中での修行にシフトチェンジしていた。

 義務教育である中学校を卒業したら、白鶴はっかく登竜門とうりゅうもんの本格的な攻略こうりゃくに臨む予定でいる。登竜門とうりゅうもんの中で修行を行うのは、今の内から登竜門とうりゅうもんの空気に慣れて置いた方が、いざ乗り込んだ時に混乱が少なく不用意な行動を起こさないだろうと言う念を入れてのことだ。

 白鶴はっかくは、行き当たりばったりの行動を好まない。

 万能薬ばんのうやくの2つ名を組織から与えられたのも最近のこと。

 登竜門とうりゅうもんの中で修行を始めた時。

 言い方は悪いが登竜門とうりゅうもんで見掛けた負傷者を助ける事が、白鶴はっかくの扱う仙術の良い練習台となり、負傷した冒険者ぼうけんしゃ開拓者かいたくしゃを治療し、登竜門とうりゅうもんの外に護送する事を繰り返していたら何時の間にか『万能薬ばんのうやく』何て言うご大層な2つ名が着いていた。

 南極なんきょく仙翁せんおう)の見立てでは白鶴はっかく登竜門とうりゅうもん攻略こうりゃくには10年は掛かりとのことで、更に仙界せんかいで修行を積んで仙人せんにんに成るのには50年くらい掛かるそうだ。

 ならば「その見立てよりも早い5年で登竜門とうりゅうもんを攻略し、30年の内に仙界仙人せんにんになって先生を驚かしてやろう」と、密かに心に決めて今日も今日とて修行に明け暮れていた。


『おい、何ボーっとしてやがる。何か回ってきたぞ』
「ん。ありがとう」


 脳に直接届くきのとの声が、ぼんやりとしていた白鶴はっかくを正気に戻した。

 黒色の、オーソドックスな学生服に身を包む白鶴はっかくは自分の在籍している教室の席に座っている。

 目の前には、プリントを差し出している担任の教師が居た。

 どうやらボンヤリしていたのは僅かな間だけらしい。

 差し出されたプリントを受け取るタイミングは遅くなく、注意を受ける事も無かった。

 口には出さなかったがチョークにまみれた手で触れたプリントはチョークで汚れ「手を洗いなさい」と言いたくなり、白鶴はっかくは自身の口を塞ぐ。

 きのとは普段、白鶴はっかくの影の中に沈み込んで居る。

 玉手箱たまてばこと言う箱の所為で、きのと白鶴はっかくの影から乖離かいりが出来ない状況にあった。

 ――――ティッシュ箱サイズの箱。玉手箱たまてばこ

 色は黒。

 外殻がいかく胡桃くるみの様な模様を浮かばせており僅かに熱を放っている。

 鼓動と言うには荒々しくも乱雑な、壁を殴りつけるような音が中から響いてきたのを「きのと玉手箱たまてばこを内側から破壊して脱出しようとしていた」のだと気付いたのは、白鶴はっかくの影に玉手箱たまてばこが完全に融け合い1つになった後のことだ。

 玉手箱たまてばこは箱の様であり、植物の種の様であり、卵の様であった。

 すずりの中で融けるすみや煮えた熱湯の中に投じられた一撮ひとつまみの氷の塊の様に。

 白鶴はっかくの影と融け合い1つになった玉手箱たまてばこは3年の間を置いてからきのとひねり出した。

 ………まるで蛮族ばんぞくを捻出する登竜門とうりゅうもんの様だと思ったのは白鶴はっかくだけの秘密だ。

 カエルの子がカエルである様に―――。

 影から生まれた子(きのと)は影となるり白鶴はっかくの影から引きがすことが出来ない。

 時に騎乗し、時に共闘するきのとは実体では無かった。

 触る事の出来る立体映像とでも言えば良いのか。

 応身おうしんと言うらしい。

 簡単に言えば忍者の分身の術みたいなもので「触れるほど密度の高い幽霊」の様なもの――。

 実体は影に解けた玉手箱たまてばこの中に安置されており、影から捻り出されるきのとは肉体から幽体離脱ゆうたいりだつして来た仮初めの体でしかない。

 きのとが失われた実体を取り戻すには―――……。

 まず白鶴はっかくの影の中に融け込んだ玉手箱たまてばこをサルページしなければならない。

 そんな事はきのとには出来ず、白鶴はっかくにも出来ず、南極なんきょく仙翁せんおう)にも出来なかった。ただ仙界せんかいに往けば、それが可能な仙人せんにんが居り、設備も在るそうだ。

 何故そんな仙人せんにんがいるかと言うと、仙界せんかい仙道せんどう霊界れいかい霊獣れいじゅうは親交が深く、共存共生の友好的な関係に在るからだと言う。

 この玉手箱たまてばこの技術も元々は仙界せんかい霊界れいかいで共同開発されたものらしい。

 玉手箱たまてばこと影によって仙道せんどう霊獣れいじゅうを1つに繋げる事が出来る技術が開発された時に、キチンと引き離す技術も開発をしているそうだ。

 だからきのと仙界せんかいを目指し、同じく仙界せんかいを目指す白鶴はっかくとは協力関係にあった。

 白鶴はっかくと共に仙界せんかいに赴き、仙界せんかいから登竜門とうりゅうもんを経て霊界れいかいへと帰る。

 これがきのとの大まかな目的だ。

 寿命が1000年を越す竜の種族であるきのとには、白鶴はっかく仙界せんかいに往くまでの5年や10年は時間はそんなに長い時間だと判断できたのだろう。

 ―――此処までの話で分かるだろうが、きのとは好き好んで玉手箱たまてばこに入った訳でも無いし、霊界れいかいから人界じんかいまで渡って来たのでも無い。

 霊獣れいじゅうの様な人界じんかいでは伝説上の生き物とされる獣の捕獲ほかくを専門に狙う密猟者みつりょうしゃの仕掛けた罠に捕まって、きのとは霊界から人界じんかいに来ていた。

 自分の一族の支配する縄張りを一人で散歩していたところ、玉手箱たまてばこ草叢くさむらの中で見つけ「何が入っているのだろうか」と中を開けて覗き込んだら、箱の中に飲み込まれて出て来れなくなってしまったのだと言う。

 この密猟者みつりょうしゃ登竜門とうりゅうもん開拓者かいたくしゃ達だった。

 偶然にも登竜門とうりゅうもんの中で取引をされていた霊獣れいじゅうの売買を目撃した白鶴はっかくが派手な殺陣たてを演じて密猟者みつりょうしゃを捕らえ霊獣れいじゅうたちを解放したのだが、その混乱に紛れて玉手箱たまてばこが1つ白鶴はっかくの影に融け込んでしまっていたらしい。

 それがきのとだった訳だ。


「……はい。じゃあ今お前たちに配った紙は来週のあたまに提出するように」


 クラスの席の最前列から最後列まで。

 プリントが行き渡った事を確認した男性教諭きょうゆ(40)が、教卓きょうたくの上に両手を置いてクラスの生徒全員を見据えて言う。

 此処は僕の通う中学校の2年生の教室だ。今は2学期で、夏休みを終えたばかりのせいかクラスの生徒達の中には休み明けの気だるさが目立つ。


「まだ早いと思ってる奴も多いかも知れんが、来年の今頃はお前たちも受験生じゅけんせいだ。1年なんて過ぎちゃえば「あっ」と言う間だぞ? 中学を卒業した後、自分が何をしたいのかをキチンと考えて提出するように―――」


 普段よりも数分だけ長く。

 男性教諭は言葉を続け、クラスの帰る時間を遅らせた。

 隣のクラスはもう解散となったのだろう。廊下には、同学年の生徒の賑やかな喧騒けんそうが聞こえてくる。

 余り目上の者を敬うと言う事を知らない素行不良の生徒達が「話がなげーよ」と言葉を発し、その他の何人かの生徒が、その言葉に便乗して「早く終われ」と文句を投げかけていた。

 それに応じた訳でもないだろうが、ちょうど男性教諭の話も終る。

 男性教諭は、この生徒からのブーイングに何も言わない。

 このくらいのブーイングは悪ぶりたい小生意気な年頃の中学生徒には在り来たりだからなのだろう。

 タバコを吸っていたり、耳にピアスをつけていたりしなければ教諭も一々目くじらを立てない。寛容かんようなのか諦めているのか「問題を起こしたくない」と言う自己保身の為か、その判断は難しい。

 教諭からの号令で今日は解散となり教室から出て行き生徒に混じり、職員室に向う教諭の後姿を見ても、南極なんきょく仙翁せんおう)先生の様な威厳は感じられないで居た。

 通常。

 6時間目の授業が終わり、クラスごとに割り当てられた掃除区間の掃除を済ませて教室に戻った後は、担任の先生から一言二言の連絡事項を聞いて解散となる。

 ………先ほどクラス中に配布はいふされ、この帰りの時間を少しばかり延ばした一枚の書類しょるいは『進路希望調査表しんろきぼうちょうさひょう』と言う。

 就職を希望するか、高校への進学を希望するか。

 就職をするのなら何処に就職したいのか。

 進学をしたいのならば何処の高校へ行きたいのか。

 そんな内容が記されている。


 ―――きゅ〜……きゅきゅきゅ…きゅきゅきゅ〜〜…ッ…―――。


 ボールペンで空欄くうらんを埋めていく。

 自分の将来を決めている僕はスラスラと書類を書き終えて、見直しを行っても3分と時間は掛からなかった。

 僕が成りたいものは決まっているのだから、こんな書類は忘れない内にササッと書いてしまった方がいい。

 就職希望にマルを書き、成りたい職業を書くらんにも自信を持ってきたい職業しょくぎょうを記す。

 そう――。

 ――――『仙人せんにん』――――と。



第3話『中学生・浦島うらしま甲太郎こうたろう中学校を往く』



 登竜門とうりゅうもんへ挑む人は冒険者ぼうけんしゃ開拓者かいたくしゃに分けられる。

 冒険者ぼうけんしゃとは、組織によって勧誘を受けた開拓者かいたくしゃや一般人のことを差し、開拓者かいたくしゃとは組織に属していない冒険者ぼうけんしゃのことを差す。


 ――――『組織』――――。


 それは11機関のこと。

 人界じんかいが未だ登竜門とうりゅうもんを知らない時代から登竜門とうりゅうもんを管理し続けてきた組織に所属していれば冒険者ぼうけんしゃ。所属していなければ開拓者かいたくしゃになった。

 組織の本部は南極なんきょくにある。

 登竜門とうりゅうもんを囲むドーナツ状の建造物で、組織に所属している冒険者ぼうけんしゃのみならず開拓者かいたくしゃにも様々な支援を行なって登竜門とうりゅうもん攻略の手助けを行なっていた。

 支援してくれる内容は様々だ。

 開拓者かいたくしゃを始める為に準備金を低い利息で用立ててくれるし、登竜門とうりゅうもんの中で溜まったお金をソコソコの金利で預かってくれる。

 本部の内部に在る宿泊施設の手配を行ってくれ、登竜門とうりゅうもんに関する知識を得る為の図書館も開放されている他、4年制のアカデミーも存在した。

 他にも登竜門とうりゅうもんの中で特定の依頼をこなせば報酬ほうしゅうを得ると言う任務の斡旋あっせん登竜門とうりゅうもんで手に入れた『何が何だか良くわからない物』の鑑定かんてい換金かんきんまで行なってくれ、海底列車の運用も11機関が行っている。

 様々な便宜べんぎはかってくれる組織は冒険者ぼうけんしゃ開拓者かいたくしゃにとって無くてはならない存在と言えた。

 昨今では世界中に支部が設立し、無論日本にも支部は在る。

 ―――冒険者ぼうけんしゃに11機関と言う組織が在るように。

 開拓者かいたくしゃにはギルドと言う組合が在る。

 冒険者ぼうけんしゃには11期間と言う組織しか無く、冒険者ぼうけんしゃとは11機関に名を連ねている開拓者かいたくしゃしか名乗れないが、開拓者かいたくしゃは「登竜門とうりゅうもんに挑もう」と志した瞬間から名乗れる自称に近い。

 ギルドも沢山あり有名所では「錬金術師ギルド」や「魔術師ギルド」なんて言うギルドが有り日本では「陰陽寮おんみょうりょう」や「高原塾」なんて組合が在る。

 10万人単位と言う、11機関の冒険者ぼうけんしゃよりも人の多いギルドもあれば、学校のクラブ活動の様に5人と居ない小さなギルドも有り、1つしかない11期間と言う組織と無数に存在する開拓者かいたくしゃのギルドはまるで夜空に浮かぶ月と星の関係のようだった。

 白鶴はっかくの通う中学校にも開拓者かいたくしゃを自称する生徒が居て、20人くらいの人数が集まって小さなギルドを作っている。

 日本の他県と比べ、愛智県はこうした開拓者かいたくしゃのギルドが多い。

 愛智県の名古屋市に11機関の支部があるから、その影響だろう。

 昨今ではこうした幾つもの開拓者かいたくしゃギルドを1つに纏め上げ『愛智県ギルド連盟』なんてものまで設立がされた。

 現在ではこの連盟から50人ほどの開拓者かいたくしゃ登竜門とうりゅうもんでの活動を行っており、組織の運営するアカデミーに毎年5人程度入学させている。

 2つ名持ちではないものの10年の内に7人の冒険者ぼうけんしゃを輩出してもいた。

 教室を出て昇降口前の下駄箱の前に立った白鶴はっかくの目の前に居る3人は、そのギルドに所属している冒険者ぼうけんしゃだった。

 高原木の葉と霧崎刹那と霧崎六徳。

 ………正確には所属しているのは六徳だけだ。

 冒険者ぼうけんしゃはギルドに所属できず、組織にのみ所属する。

 木の葉と刹那は今年の夏に行われた組織の冒険者ぼうけんしゃ試験に合格をしてEランク冒険者ぼうけんしゃに成っていたからギルドは表向き、脱退している筈だ。

 高原木の葉は愛智県ギルド連盟を築いた高原塾の塾長、高原木斎ぼくさいの孫娘で、刹那と六徳は木の葉の幼馴染おさななじみであり塾の同期生だそうだ。

 刹那と六徳は霧崎神社の巫女さんと神主さん候補で、双子の姉弟になる。


「よう」
「―――ん。こんにちわ。今から部活ですか、頑張ってくださいね」


 下駄箱で出会った六徳に、声を掛けられたので白鶴はっかくも軽く会釈をしてから横を通り抜ける。

 背後から「待てよ」と肩を掴まれそうになったが、軽く身を捻れば六徳の腕が空を掻き体勢を崩した。

 ちょうど其処に彼の姉が居て、抱き付きそうになった六徳に刹那が見事なアッパーを放つのを垣間見る。


 ドゴン。


 なかなかの快音が昇降口に響き、六徳が天井にキスをしてから床に落ちる。

 10人近く居た木の葉たちの取り巻きが、その光景に「おお」っと歓声を上げた。

 ―――その隙に3人の側を離れる。

 どうにも白鶴はっかくは彼らが苦手だった。

 彼らがと言うよりも、その周りに居る取り巻きが。だ。

 幼馴染みと言えるほど親しくは無いが、中学の1年生で白鶴はっかくよりも歳が1つ下の3人とは多少の縁が在る。

 木の葉の父親。

 4人居る木斎の息子の1人花丸と白鶴はっかくは碁会所で碁を打ち合う碁打ち仲間だ。

 花丸とは親交が深く、その関係で木の葉とも少なからず面識が在った。

 刹那と六徳の曽祖父そうそふに当たる霧崎切り丸も碁を打つ仲間で、白鶴はっかくの持つ巨大な剣、鞘切さやきまるを打ち鍛えたのは切り丸だ。

 登竜門とうりゅうもんでボロボロにしてくる鞘切さやきまるを鍛え直し、ぎ直して貰う為に度々切り丸の住まいを訪ねており、其処で刹那や六徳と顔見知りになっている。

 こうした繋がりが有って、時折花丸や切り丸から言伝ことづてを預かった3人が僕の元に来る事があった。

 その時は取り巻きも一緒に着いて来る。そして白鶴はっかくを探る様な、値踏ねぶみする様な、そして粗捜あらさがしする様な不躾ぶしつけな視線をぶつけて来て気分を悪くさせる。

 だから白鶴はっかくは3人が苦手だった。

 3人に話し掛ければ「気安い」と嫉妬に駆られた言葉をぶつけられ、無視をすれば「失礼な」と批難されてしまうのでは、係わり合いに成らないのが1番賢い方法に見え、関わらないように素っ気無い態度を取ってしまう訳だ。

 最近は切り丸も花丸も携帯電話を持っているので、それで連絡が取り合える。

 声を掛けてきた3人も、あの2人からの連絡をことづかって来た訳では無いはずだ。

 顔を見たから声を掛けた。その程度だろう。

 そう判断し、多少、素っ気無い態度を申し訳無いと思いつつも下駄箱で靴に履き替えて校舎を離れる事にした。

 ―――こうして校舎を出て20分もした頃。

 掛けていた眼鏡めがねが震えた。


「そうでした。今日は木曜日でしたね………」


 毎週木曜日…―――。

 白鶴はっかくの元には、11機関から連絡が届いた。

 差出人は11機関の重鎮じゅうちん南極なんきょく仙翁せんおう)だ。

 存在が確認されている11の異世界の1つ、仙界せんかいを代表する代表者だいひょうしゃである南極なんきょく仙翁せんおう)からの連絡の内容は「今週の土日は修行を見てやれる」とか「今週は少し都合が悪い」などと言う修行にかんしてと言う師弟としての連絡事項が多く、たまに組織としてではなく仙道せんどうとして仕事を任される。

 きのとを影の中に落としてしまった、霊獣れいじゅうの密輸現場の取り押さえも、仙道せんどうとしての仕事に入る。


「ん……? 今週は都合が悪いのか。じゃあ1日早く登竜門とうりゅうもんに挑めますねェ」


 眼鏡の蔓を操作して、レンズ越しに浮かぶ連絡事項を消す。

 白鶴はっかくの掛けている眼鏡は特殊とくしゅなものだった。

 携帯電話の様な機能がそなわっておりメールが届く。

 眼鏡を掛けている時にメールが届くと、30センチほど離れた位置にA4サイズの画面が浮かび上がった。

 その画面を眼鏡のつるやフレーム全体を用いて操作するわけだ。

 この特殊な眼鏡は…―――。

 眼鏡めがねと言うかレンズだが、これは11機関の公認こうにんする冒険者ぼうけんしゃの証。冒険者ぼうけんしゃ認定証ライセンスだ。

 登竜門とうりゅうもんの中でしか手に入らない材料を、11の世界を織り交ぜて生まれた技術で加工するレンズはとても頑丈がんじょうな作りをしており、滅多めったな事では割れないしきずもつかない。

 眼鏡めがねを弄っていた時は未だ学校から家への帰宅の途中だったが『了解しました』と返信のメールを送る頃には家に着いた。

 家が自営業を営んでおり、玄関から帰ってくると「いらっしゃい。………なんだ甲太郎こうたろうか」なんて言われつつも「ただいま戻りました」と笑顔で答える。

 親子仲が悪いわけではなく、働き者の両親は、単純に客が来たのではない事に落胆しただけだ。

 おかえり。と、言った後は視線を白鶴はっかくから外し、店の掃除に取り掛かる。

 学校から帰宅後――。

 3階立ての我が家の屋根裏部屋やねうらべやに階段と、垂直に近い梯子ハシゴを使って登った。

 自室に戻ってきた白鶴はっかくは少しゴチャゴチャと散乱さんらんしている机に学生鞄をドサリと置いてから部屋の窓を開けて空気の入れ替えを行う。

 モウモウと、机の上に積もっていたホコリが舞っていた。

 白鶴はっかくは自分の部屋に余り居ない。

 机の上やクローゼットの上。余り歩かない床の上には薄くホコリを被っている。


「んー。これは1度、部屋の片付けをしないといけませんねェ」


 部屋に舞うホコリに顔をしかめた。

 窓のわきに下駄箱が在るのはご愛嬌あいきょうだ。

 3階よりも上の屋根裏部屋やねうらべやの窓を家の出入り口のように使っている等とは、家族の誰も夢にも思わないだろう。

 広さは6畳半。

 勉強机と本棚と布団を敷けば部屋はもう一杯だ。

 他の兄弟や姉妹と比べて明らかに狭く息苦しいが、ホトンド此処では寝て起きるしかしていないので不便に思ったことは無い。

 うちの親も年頃の子供の部屋に無断で入るようなデリカシーに欠ける事もしないが、兄弟姉妹が時折部屋に入って来るようで、床には白鶴はっかく以外の子供が付けた小さな足跡なんかも浮び上がっている。

 机の上を片付けて、本は本棚にしまいノートは引き出しにしまう。


 ………ぱさ―――ッ!


 ホコリで手を滑らせた。

 落としたファイルを拾い上げると、ソレは日本の文部省もんぶしょうが編集したファイルだった。

 そのファイルには遊び半分で登竜門とうりゅうもんに挑もうとする半端者を脅す目的で作成されたファイルであり「最低限、この位のことが出来ないと登竜門とうりゅうもんへは挑めませんよ」と言う参考資料が載せられている。

 日本の文部省が『妄想と現実の区別がつかない精神的に未熟みじゅくな子供達が一時の気の迷いや勢いから衝動的に登竜門とうりゅうもんへと暴走する事を防ぐ』ことをコンセプトに3年周期で発行しており、全国の学校や役所、図書館に無料配布していた。

 登竜門とうりゅうもんには毎年「夢やロマン」「スリルと冒険」「生活と金」等を求めて世界中から人々がつどい挑む。

 その数は1年間の平均で約600万人。

 地球に住まう人口の約0.1%に相当する。

 そして毎年100万人単位で開拓者かいたくしゃが命を落としていた。

 登竜門とうりゅうもんで死ななくとも体に一生残る障害を負ったり、トラウマを背負ったりして登竜門とうりゅうもんを去っていく開拓者かいたくしゃは多い。

 組織の運営する附属アカデミーに通えば話は変わって来るのだがアカデミーを受験する人は多く、誰もがアカデミーに入れるわけではなかった。

 来年のアカデミー受験まで浪人を余儀なくされた開拓者かいたくしゃの中にはフライング気味に登竜門とうりゅうもんに先走る者も多く、死者の数を増やす原因になっている。

 ギルドが出来たのは、こうした無謀な死者を生み出さないように開拓者かいたくしゃが知恵を搾り出して結果だ。


「自分は違う」
「俺なら大丈夫だ」


 そう言って意気揚々いきようよう登竜門とうりゅうもんに挑む開拓者かいたくしゃ達が見るも無惨な姿で逃げ帰ってくるのは珍しく無かった。

 登竜門とうりゅうもんの出入り口付近の蛮族ばんぞくは雑魚だ。

 金属バットを持った中学男児ならば倒せてしまえるくらいに蛮族ばんぞくは弱い。

 おとりや撒き餌と呼んでいいだろう。

 開拓者かいたくしゃを調子付かせ警戒心けいかいしんを解く為の蛮族ばんぞくを相手にすれば、戦々恐々せんせんきょうきょうとしていた開拓者かいたくしゃも「なんだ、大した事は無いや」と安心し、油断から命を落としてしまう。

 ……このような文部省の努力により登竜門とうりゅうもんへの恐怖心を小学生の頃から植え付けられて来た日本人の中に開拓者かいたくしゃに憧れを持っても成ろうとする者は少ない。

 開拓者かいたくしゃギルドが増え始めた事により、日本国内でも開拓者かいたくしゃになろうという流行の波が押し寄せ始めている。

 このファイルは開拓者かいたくしゃブームにより日本の人口の極端な減少を恐れた政府が「現実を見ろ」と、登竜門とうりゅうもんに夢を見る者を止め、出鼻をくじく為に急遽きゅうきょ発行した別冊だった。


「コレを読んでまだ開拓者かいたくしゃに成りたいと言えるのか」


 そんな脅迫きょうはくを、この資料からは受け取れた。

 南極なんきょく仙翁せんおう)の元で、登竜門とうりゅうもん如何どういう所かもわからない内から登竜門とうりゅうもんの中で修行をして来た白鶴はっかくには「何を今更」と言う当たり前の内容しか書かれていないだが、そんな風に捉えられるのは白鶴はっかくくらいのものだ。

 机の上を綺麗に片付ける。

 一通り片付いた所で、自分がまだ学生服姿である事を思い出して着替えることにした。

 抹茶色の着流しを着て、靴下も足袋にき替えるとスリッパの代わりに使っている草履ぞうりいて部屋を出る。

 向かう先は物置だ。

 中途半端に部屋を掃除するのは気持ちが悪い。

 やるからには徹底的に掃除をしてしまおうと考えて、掃除道具を取りに向かう事にした。












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