ギル視点
僕の記憶の中で1番古い記憶は暗い中に閉じ込められて、お腹が空いてて、身体中が痛かった事。
目が合えば殴られ、瓶や鞭で殴打された。
声を発せばご飯を抜かれた。
表情が気に入らないと熱湯を掛けられた事もある
だから常に空気を伺って、表情も声も出さないようにしていた。それでも殴られたけれど。
親に虐待され育った僕は貧しい子達の中でも一番身体が小さくいつでも傷だらけだった。
周りはそんなみすぼらしい僕を見下し、憂さを晴らす道具にすることにしたらしい。外に出れば髪を掴まれ引きずり回され、傷を抉られたり、痣の部分を強く殴られたりした。
だから外にもでなくなって行った。そうしたら家の中に押し入って引きずり出され余計に酷い目にあった。
そんな絶望してばかりの冬の寒い日、僕は飢え死にしそうになった。
身体が痛い。お腹が空いた。
身体の奥が熱くなって抑えられなくなって気付けば辺りは何も無くなっていた。
***
魔力が暴走した僕を周囲は持て余していた。周りに魔力持ちは居ないから対処法は僕にも分からなかった。
「ははっ!!これはイゼリアよりも凄い!!いい道具になる!!お前っ!来るんだ!!」
そんなある日、耳障りな声をあげながら豚に似た人とは思えない醜悪な男が僕の傍に来ていきなり乱暴に髪を掴んだ。
切られる事もなく伸びた髪はいつも乱暴に扱われてぎしぎしする。
連れていかれた家は大きく見たこともないほどに豪奢だった。
そこには太って僕を蔑んだ目で見る女の人と血が本当に繋がってるのか分からないほど二人に似ていない可憐な少女がいた。
手入れされているだろう髪はつやつやで肌荒れもなくて、ただ無表情に僕を見ていた。
男は僕の父親らしく不義で出来た僕を下男として引き取り将来自分の足掛けに使う予定らしい。
母親はヒステリックに糾弾し、父親は僕の頭を掴んで奴隷として扱えと言う。
(あぁどこでも僕は必要ないのかな。)
やはり、という落胆と僅かな絶望が僕を苛む。
「お父様とお母様はその子がさほど要らないご様子、私にくださいませんか?」
そんな暗い感情に支配された僕に彼女の容姿にあった珠のような声が掛かる 。
「構わないが殺すなよ」
「私は元より面倒を見るつもりは御座いません!!」
父親は僕を動物みたいに乱暴に扱う。その大きく脂ぎった手で掴んだ頭をそのまま投げ、少女の足元に投げられる。服が膿んだ傷に擦れて痛い。
「…い…っ!!」
声を上げてしまった。殴られるっと怯える僕に少女は手を伸ばしてきた。
「後で治療をしましょう?私はイゼリア・フォン・オルシア。貴方の姉になります。姉様と呼ぶように」
「……姉様、?」
ふわりと柔らかく掛けられた声は今まで一度も聞いたことがないくらい優しそうだった。如何にも貴族らしい容姿なのに汚い僕を見下したり蔑んで来ないなんて……と驚いて姉様と呼ぶ声が震えていた。
こんな優しそうな人が姉様?夢みたいだ。
「ほら早くおいで?そのままでは痛いままでしょ?」
でも、貧民街の子供がこの綺麗な手を掴んでもいいんだろうか。やっぱり嫌だと振り払われたらどうしよう……と悩んでいれば僕の手を姉様……が掴んだ。
医局へ向かう時も傷に触らないように気遣ってくれる姉様に信用しても良いだろうか、と思う。今ここで頼れるものは姉以外には居らず使用人ですらゴミを見るかのような目で見てくる思わず姉様の手を縋るように掴んだ。
姉様はとても優しかった。何時だって悪意から僕を守ってくれる。だけど姉様がどうしても出掛けなければ行けない時は僕が最も恐る時間だ。
なぜなら姉様の母親が僕を叩いたり、使用人に命じて蹴られたり鞭で打たれるからだ。
苦痛に泣き叫ぶ僕を母親はいい気味だと嘲笑う。
ある日姉様が予定を繰り上げて帰ってきた事がある。
「お母様!?何をなさっているの!?ギルは何も悪いことしてないわ!!」
こんな事をされているなんて夢にも思ってない姉様は僕が知る限り初めて怒鳴っていた。
「この薄汚い子供は存在する事こそが罪なのよ!!」
血走った目で僕を踏みつけ場所など構わず思いっきり鞭を振るう母親は鬼のようで。
「ね、姉様助け、て!!あうっ!!…いっ…!!」
容赦なく振るわれる鞭は僕の肌を裂くように血で汚れていく。使用人は見ているだけでなく僕がこうされていると嬉しそうに……あぁ憂さ晴らしにいいと思われている事が分かった。
姉様に余計な負担を掛けさせないと決めていたのに痛くて、死ぬほど叩かれて頼る人も居ない僕はみっともないほど必死に姉様に助けを求めた。
「お母様やめて!!ギルが死んでしまう!!だ、誰か!!お母様を止めて!!」
僕が助けを求めると今までも青ざめて必死に母親を止めていた姉様が血相を変えて使用人を動かした。
「貴方達!!何を見ているの!?お母様は気が触れてしまったご様子!!!お父様が帰ってくるまで別の部屋に閉じ込めて置きなさい!!」
そして母親を無理矢理拘束したのだ。
「イゼリア!!私を止めるなど……この親不孝者が!!」
「まだ幼い子供をここまで鞭打つお母様はおかしい!!私は従えませんわ!!」
母親は拘束されていながらも姉様に甲高い声で怒鳴りつける。人とは思えないほど怖くて震えるばかりの僕を姉様は後ろ手に庇って真っ向から対立する。
結局あまりの暴行に幼かった僕の身体は耐え切れなかったようで意識を失い、起きた時には姉様が僕の手を握って寝ていた。
付きっ切りで看病していてくれたらしい。
それからも姉様は僕の事を可愛がってくれた。食事は美味しい物を食べて(優しい味が多くて姉様が作っていたと知って驚いた)パサパサな髪も「折角伸ばしているのだから」と姉様が使っている椿油で毎晩手入れをしてくれた。
「ふふっギルの髪は触り心地が良いわ」
そんなある日姉様は僕の髪をゆるゆると撫でながら呟いた。
頭を触られるのは嫌いだった。何時だって振るわれるのは容赦ない暴力だったから
けど姉様は違った。一々ビクビクする僕を疎まず根気強く怯えなくなるまで撫でてくれた。だから安心して僕も身体を任せられるようになった。
人のそばで安心して眠くなるのも久しぶりで姉様に撫でられるのが好きなった。
パサパサになった髪が触り心地が良くなったって事で姉様が髪を手入れしてくれなくなったり撫でてくれなくなったら嫌だった。
「姉様……でももっと、して?」
「う、……もうちょっとだけよ?」
うつらうつらと眠りに堕ちる寸前、姉様に滅多に言わないお願いごとをした。
姉様は僕のお願いごとにとても弱い。大抵のお願いごとは仕方なさそうにしているけど嬉しそうに叶えてくれると僕は知っている。
姉様にドンドン依存していくとわかっている。
けれど唯一優しくしてくれた姉様に置いていかれたり、捨てられたらと思うとどうしても魔力が暴走してしまう。
寝ているすきに姉様が僕を置いていったことがある姉様は仕方なく僕を置いていったのだと分かっていた。だけど姉様が居ない屋敷は僕には地獄で。ただただ怖いだけだった。
瞳が金に染まり部屋の中は散乱して物が飛び交う
姉様には魔力を使うところを見せた事はなかった。この金に染まった目を見て姉様は僕を怯えたように見るのだろうか。
捨てられてしまうのだろうか。あのだれも愛してくれない虐げられる日々に戻るのか。
バタバタと帰ってきて部屋を開けた姉様は金に染まった目も、姉様に当たりかねない飛び交う家具も気にせず抱きしめてくれた。
「捨てないで、姉様」
それは懇願。もし姉様に見捨てられたら僕は死んでしまうか姉様を殺してしまうかもしれない。
大好きで愛しい姉様。どうか僕を暴走させないでください。