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えんじぇる・ほりっく
作者:深月織
 

 我が家には天使が住んでいる。


「涼子ちゃん、おかえりなさい!
 今日はビーフシチュー作ったんだ、食べるでしょう?」

 玄関を開ける気配で気がついたのか、リビングのドアから頭を覗かせ、天使が私に微笑みかけた。

 この世の奇跡かって思うくらいに整った甘い顔立ちに、キラキラした笑顔を向けられて、仕事で疲弊した心が癒される。

「食べる食べるー! ヒジリのシチュー大好きー」

 つられてニコニコ答えると、一層笑顔が華やかになって。

「温め直すから、その間に涼子ちゃんは着替えてきてね」

 いつものことながら新妻を貰った男の気分を味わいつつ、聖にヒラヒラ手を振って自室に入った。


 天使は天宮聖という名を持つ17歳の男子高校生。

 私との付き合いはお隣に天宮さん一家が越してきてからだから12年になる。

 初めて会ったとき、聖は母親のスカートの後ろに隠れていた。
 促されて顔を覗かせ、“こんにちは、おねえちゃん”とはにかんだ笑顔を見せた可愛い生き物に、私は見事ノックアウトされたのだ。

 天然の淡い茶色の髪は柔らかいくせっ毛で、けぶる長いまつ毛に縁取られた瞳は琥珀。

 いつも見る人を幸せにするような笑顔を浮かべていて、フンワリした話し方はまさに癒しの天使。

 最近ではさすがに背が伸びて青年らしくなってきたけれど、ついこの間まではそこらのアイドル顔負けの美少女で、つい、こんな妹がいたらモエモエだなぁ、などと思ってしまったことは一度や二度ではない。

 私は出会った直後から聖を実の弟よりも可愛がり、甲斐甲斐しく世話を焼いてきた――今は逆に焼かれる方になっているけれど。

 兄弟のいなかった聖も、私を実の姉のように慕ってくれている。

 だから、既に弟と二人暮らしをしていた我が家に、彼を居候させることにも異論はなかった。(因みにうちの両親は脱サラして田舎に引っ込んでいる)

“涼子ちゃんが見ていてくれるなら”と、三年前大事な一人息子を置いて海外転勤になった天宮夫妻の信頼に応えるためにも、私がこの天使を立派に育てなければ! ……と、張り切っていたのは最初だけ。

 私より要領のよかった聖は、あっという間に腕を上げ、今では主婦顔負けの家事能力を発揮してくれている。

“僕が家のことするから涼子ちゃんはお仕事頑張って”と健気に言ってくれた聖はその言葉通り、毎日栄養バランスを考えた手料理で私の健康を気遣い、ピカピカに家を整えて帰宅する私を迎えてくれる。

 私が結婚したときに同じことが出来るかと問われれば否と答えるしかない。

 無理。ガサツな私には絶対無理!

 適当な私と自堕落な弟が暮らすこの家がマトモに保たれているのは聖という守護天使がいるお蔭だ。

 遊び盛りの男子高校生なのに悪いなぁと思って、たまには遊びに行きなよ、と進めても、人混みは苦手だからと逆に申し訳なさそうに微笑む。

 小さい頃から天使のような容姿が注目を集め、よくも悪くも様々な感情を寄せられ続けた聖はすっかり人見知りになってしまい、出掛けるのだって私の買い物に付き合ったりするのがほとんどで。

 来年の春には大学生になるんだし、いつまでもお姉ちゃんベッタリじゃ駄目だな、と思いもするんだけど、“涼子ちゃんとお出掛け、嬉しいな”とニコニコされてしまえば、何も言えなくなってしまう。

 結局私だってブラコンなのだ。


「あれ、アンタ居たの」

 最近は女のところに入り浸って顔を見ない実の弟である幾真いくまがリビングに寝そべっているのを発見する。

「なんちゅう言い草だ、久々に会う弟に向かって」

 久々だからじゃん。

 聖と同い年の実弟は、両親の不在をいいことに女を取っ替え引っ替えして滅多に家に帰ってこない。

 聖の情報では学校には行ってるし、授業もちゃんと受けているようなので、私は弟の下半身のだらしなさには目を瞑ることにしている。

 しかし同じ育て方をしてるはずなのに、こうまで違うかな。

 ソファーでゴロゴロしているむさ苦しい弟と、テキパキ食事の用意をする動作も涼やかな聖との落差に目眩を覚えた。

「はい、涼子ちゃん。シチューに使ったワイン少し残ってるけど、飲む?」

「うん」

 バゲットをかじりつつ、トロトロに煮込まれた肉の柔らかさに悶える私をニコニコ見ていた聖がグラスに赤い液体を注いでくれて。

 んはー、シアワセー。


 …なのに愚弟が余計な発言をして私の気分を台無しにしやがった。

「…そういや涼子、あのオトコどうした? お前に迫ってたイケメン」

「知るか。あんなロリコン死ねばいい」

 ついこの間までの彼氏候補だった同僚の顔に頭の中でバッテンを付けて吐き捨てる。

 こともあろーにあの野郎は私に交際を申し込んでいる最中に女子高校生と遊んでいやがったのだ。
 思い詰めた顔をした若い女の子にその事を告げられ、事実関係を確かめたあと、即座に拳を入れてやった。

 27歳にしてやっと初カレができるかと思ったら、またしても彼氏いない歴を更新。

 やんなっちゃう。

 ぶつくさ愚痴を溢す私に、真摯な眼差しで聖が言った。

「そんな男に涼子ちゃんは勿体無いよ。涼子ちゃんに相応しい相手は絶対、他にいるから」

 そんなこと言ってくれるのは聖だけだよぅ〜。

 自分ではそんなに悪くないと思うんだけど、私ってモテないんだよね。
 告白されたりいい感じになったりすることはあるんだけど、それ以上の関係にならないっていうか、いつの間にかなかったことにされてたり。

 女力が不足してるってこと……?

 ションボリしてしまった私に気付いたのか、聖が明るい声を出す。

「ねえ涼子ちゃん、もうすぐ僕の誕生日でしょう? 欲しいものがあるんだけれど、プレゼントおねだりしていい?」

 珍しい言葉に、私は目を瞬いたあと、コクコク頷いた。

 聖からのおねだりなんて、同居をお願いしてきたとき以来かしら。
 高校生になって、しっかりしてきた頃からあまり甘えてくれなくなってたから、嬉しいなぁ。

「もっちろん! ボーナスも出たし奮発するよ!」

 遠慮はナシね、付け加えるのも忘れず。

「何でもいい?」

「上限五万までよ? さすがにそれ以上は無理」

 そんなおねだりしないよ、とクスクス声を上げた聖は、ふと私を琥珀の瞳で見つめて。

「じゃあ、遠慮なく貰っちゃおう」

 18になることだし。と謎の一言を付け加えた、艶やかな笑みに一瞬、目を奪われた。

 何故かドキドキした胸の鼓動を誤魔化すように私も笑う。

「?? うん、何でもあげちゃうよ」

 ソファーに寝そべる弟の、あ〜あ、言っちまった、という呟きが聞こえてきたけれど、ニッコリ笑った聖に“涼子ちゃん、お風呂沸いてるよ”と言われた私は聞き正すこともなく、バスルームへと向かう。


 そういえば聖の欲しいものが何なのか聞き忘れたけど、後でまた聞けばいいか。

 そう思った私の頭からは、既に不愉快なモロモロの出来事は遠ざかっていて。




 私が居なくなったリビングで交わされた弟たちの会話を知ることもなく―――


「そういうことだから、幾真、僕の誕生日は帰ってこないでね?」

「ヘイヘイ。しかし手段を選ばねぇな〜、相変わらず」

「なんのことかな」

「お前と同じクラスの三角さん、最近エリートサラリーマンの彼氏をゲットしたってはしゃいでたなぁ、そういや」

「そうみたいだね」

「……この年増好き」

「失礼だな、実の姉に向かって」



――疲れを癒すアロマが焚かれたバスルームで、今日も私は天使がいる幸せを噛み締めていた。



End.


ふと思い付いたまま書いちゃいました。
いろいろと問題作。
年齢差、10歳。

涼子ちゃんが天使の正体を知る日はそう遠くなさそうです……。


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