プロローグ β終了
ごきん!
硬質な音をたててぶつかり合ったのは、片や全高1.9mほど、ずんぐりとしたフォルムの装甲スーツ。片や全高3.4m、ギーガー風味のモンスター。ここはマザーシップのフライトデッキにほど近い船内通路だ。もっとも現実の、ではない。仮想空間に作られたそこは、VRMMO「フロンティアプラネット」βテストの最終イベントの舞台。第5船倉でいつの間にか繁殖していたモンスターの排除がイベントミッションだったのだ。
「うん…パワー負けはしてないね。装甲もいくらかは保ちそうだ」
呟くのは女性の声。
「パワードスーツでこんなのの相手って、わたしゃシガニーかい」
あいにくソロプレイらしく、どこからも突っ込みははいらない。力比べの組み合いは、スーツがモンスターを蹴飛ばして離脱することで唐突に終わる。
「火器搭載が間に合ってればここでしとめられるんだけどなぁ」
ぼやきながら踵を返し走り出すその先はフライトデッキ。時折響いてくる爆発音や銃声が他のβプレイヤーの奮闘を伝えてくる。
「みんな派手にやってるなぁ。まあ、はぐれは私一人でなんとかしなきゃしかたないか」
すっかりロックオンして追いかけてくる「はぐれ」がイベントボス個体であることを、彼女、プレイヤーネーム「アイリス」は、βテスト終了まで気付く事は無かった。
500mほどの距離、時折追い付かれてのどつき合いをはさんだ追いかけっこの終点はフライトデッキの一角、アイリス所有の船外作業ポッドだった。そもそも「フロンティアプラネット」βテストでは、全てのプレイヤーに初期装備としてこのポッドが支給されている。アイリスも当然持っているのだが、ほとんど使用はしてこなかった。アイリスはβテストのほとんど全てを今着用している「ザラマンダ・プロト」と名付けた装甲スーツの製作にあてていたからだ。ポッドは資金稼ぎや素材稼ぎののミッションに使ったきりで、他のプレイヤーが様々な強化を施した仲、アイリス機のみがデフォルトの状態を保っている。いや、一つだけ、アイリス機のみに施された改造がある。コクピットのシートや操縦システムは、ザラマンダ・プロトを接続、経由するようにつくりかえられている。アイリスは、その改造コクピットでポッドの離床準備を進めつつ「はぐれ」を待っていた。
「硬いなぁ。もう。あんだけ殴ってまだHPバー7割ものこってるし」
ぼやいてはいるが、その実計画通りだったりもする。とはいえ、最後まで計画通りに「はぐれ」が乗ってくるかどうかという不安が独り言を増やす。離床準備が整った正にその時、ポッドに衝撃が奔る。「はぐれ」が取りついたのだ。すかさず緊急ブースターをふかし、「はぐれ」をはりつけたままアイリス機は宇宙空間に飛び立っていく。
強い加速Gにわずかな間おとなしくしていた「はぐれ」だが、すぐにポッドの外装に爪を立てコクピットににじり寄ってくる。デフォルトのままのポッドの装甲は、ザラマンダ・プロトのそれよりもずっと薄い。「はぐれ」の爪がコクピットハッチにかかろうとしたその時、ハッチが内側から吹き飛び「ザラマンダ・プロト」を射出する。緊急離脱装置だ。
「要するに、マザーシップから追い出せば勝ち、だよね。で、これはおまけだ。取っといて!」
遠隔操作で作業用のマニピュレーターが自らのエンジンと燃料タンクを貫き、アイリスの作業ポッドは「はぐれ」もろとも音もなく爆散した。