第2話 国会
遡って、2014年 第184回通常国会・・・
「病院2系統性原案に賛成の方はご起立ください」
背広が椅子に擦れる音が響いて、多くの議員が立ち上がった。
品川議長の声が高らかに議事堂に響く。
「採決の結果、本法律案は、多数をもって原案どおり可決されました」
議員席から拍手が送られた。
長らく続いた日本の国民皆保険制度が廃止された瞬間である。
衆議院を通過した本原案は、あっさりと参議院でも可決された。
医療制度改革を推し進めてきた与党。
当初、野党の多くが病院2系統性原案に反対していた。しかし、結局のところ、野党はそれに代わる有効な対案を示せないまま、時間だけが過ぎた。
(因みに、2系統性というのは、社保と国保ではない。これらは、すでに一本化され『国民保険』となっていた。2系統とは、国営と民営という意味である)
勤務医の過酷な労働状況が明らかになるにつれ、政府は、開業医の締め付けを行うことで、開業医から勤務医への流れを作るつもりでいた。
ところが、その思惑は外れた。
まず、団塊の世代の開業医達が、次々と現場から去っていった。本来なら、あと10年くらいは社会貢献できるはずの医師達が、今が潮時とばかり『医師』という仕事を放棄した。もう少し若い世代の開業医達は、開業時の借金を返せないまま倒産するケースが増え、中には自殺に追い込まれる者も増えた。
一方、病院も大変だった。政府が改革を打ち出すたびに、新たな天下り団体ができ、現場はそのための新規の仕事が増えるばかりで一向に労働環境が改善する兆しはない。
医師、看護師、薬剤師、放射線技師、検査技師……現場を担う労働者はことごとく疲弊していた。
悪循環が進行し、医療現場はますます荒廃していった。もともと、現場を締め付けることで医療を崩壊させるのが官僚たちのシナリオだったという見方をする者もいるのだが……
それはさておき、医療崩壊の悪循環をストップさせる一つのアイデアが病院2系統性法案であった。
標準的な医療を提供する公立病院と、より高度な医療を提供する民間病院の二つに分ける法案である。公立病院は今までと同じく健康保険料を国に納めることで受診可能とする一方、民間病院は民間の保険会社との提携か全額を自費で払うことによって受診可能となる。
野党の意見は、これまでと同様、個別契約をする人達も等しく国に健康保険料を課すべきとしていたが、『公立病院を受診する意志の全くない人たちに保険料を課すのはどうか』で議論が分かれた。
結局、病院2系統性法案が通過したことで、国民皆保険制度は事実上廃止された。
政府は、『経済的に余裕のある人たちは自立して頂き、どうしても国の力が必要な人達への面倒を見ることに力を尽くしたい』と謳った。
何と耳障りのいい言葉であろうか。
実際には、富裕層からの保険料納付金がゼロになったことで、国民保険の財政状態は保険としての機能を果たさないレベルにまで下がった。他の国家予算から補填することも政府はしなかった。結果、国民の受ける医療レベルに雲泥の差が生じた。最先端の医療は民間病院、そして、公立病院はまともな医療を提供するにはあまりにもお粗末な状態となった。それでも、多くの国民は公立病院に頼らざるを得ないため、外来受診しても、気が遠くなるほど長い時間を待たされ、そして、入院待ちの間に病状が悪化するのは当たり前の状態になっていった。
国民は、国の健康保険に加入している群と、民間の保険会社と契約している群、それに、いずれにも属さない群(国にも保険会社にも保険料を支払っていない群)に分かれた。
国としては、『国民の自由な選択』を尊重したという名目が成り立つ。第3の群に対して責任を持つつもりは国にない。切り捨ての医療である。
沙希の母親は、国民保険の支払いをしていたことから、公立病院での治療は保障されていた。民間の医療も受けようと思えば可能である。保険が利かない分、自費で支払えば済むことであった。問題は、医療費が異常に高い、という一点であった。
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