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第13話 執着
 母の葬儀に際して、叔父にはとてもお世話になった。諸々の手続きについてもだったが、精神的に私を支えてくれた。
 もともと叔父は私たち家族にとって頼りになる存在だった。そして父が逝ってからその存在感はずっと重みを増した。そうして、今度は、母の死だ。私にはいよいよ頼る人がいなくなって、今回の件では、叔父の存在なしには何一つ物事を進めることができなかったように思う。抜け殻のようになってしまった私を気遣ってくれる叔父の存在は、それだけでありがたかった。

 私は、民間病院ではなく、公立の病院、それも遠く離れた菊花病院に搬送してもらったことに、どうしても引っかかりを感じていた。私の悪夢はそこから始ったように思えて仕方がない。もしも、地中海病院にお願いしていたら、もしかしたら、母は助かったかもしれない。その思いは、時間の経過と共に縮小するどころか、ますます私の中で膨らんでいった。
 四十九日、叔父がお参りに来てくれたとき、私の心を占領し、私を苦しめ続けているこの思いを叔父に吐露した。
 ところが、叔父は、明るい表情で私に言った。
「姉さんは、これで幸せだったと思うよ。知らせを受けたときは、突然のことで本当にショックだったけれど、本人にしてみれば、苦しい期間が短かっただけ良かったんじゃないかな。民間病院に搬送したところで助かったかどうかはわからないし、脳出血だろう? ひどい後遺症を引きずって生きていくのもつらいものがあるかも知れないよ」
「後遺症が残っても何でも、母さんにはもっと長生きをしてほしかった」
「沙希ちゃんはそうかもしれないね。本人と家族の思いは必ずしも一致しないからね。でも、実際に後遺症を引きずっていくのは、その後遺症にもよるけど、沙希ちゃんが想像する以上に残酷だよ。例えば、寝たきり状態で、喋ることもできない、何一つ自分でできない状態になったらどうだろうね。金銭的な問題も発生するよ。今の日本の医療を決していいとは言えないけれど、だからこそ、姉さんの最期は、ボクに言わせたら羨ましい限りだよ。沙希ちゃんは、頑張ったと思うよ。その時に一番いいと思う方法を取ったんだ。何にも後悔する必要はないんだよ」

 叔父の言葉は、私の苦しみをゼロにしてくれたわけではないけれど、30%くらいは楽にしてくれた。確かに、一つしか選べないのだ。取らなかった選択肢についてあれこれ悩むのは決して建設的だとは思わない。それでも、ふっと、母がいない寂しさに押し潰されそうになった時、同じ迷路に入り込む。そして、厄介なことに、それは唐突にやってくる。お茶を飲んでいる時だとか、夕日が悲しいくらいにきれいな時だとか。母の後姿にそっくりなおばさんを見かけてドッキリした後にも。 

 ついこの間まで、日本では救急車要請も無料だった。家族に不幸が襲った場合、もちろん、経済的な問題がなかったわけではないけれど、少なくとも、今よりはずっと安心して病院にかかることができた。公立病院と民間病院とこれほど激しい格差のある医療体制なんてなかった。医療を受けるために、金銭的なことを勘案しなければならないことが、どれだけ患者や患者家族にとって苦痛を伴うか。特に、結果が悪かった時に、家族はひどく苦しむことになる。今更愚痴を言っても仕方がないが、国民皆保険で医療を受けられた時代は良かったと思う。

 芸能人や一部のセレブを対象にした「チョイス」と言ったテレビ番組は、余計に、公立病院しか受診できない者を惨めな思いに導く。「サージェリー」、「ユア・ドクター」、「お訪ねの病院」、「ベスト・ホスピタル」、それらの番組に登場する医師達は、みな、民間病院の勤務医である。特に、「地中海病院」級の、民間病院の中でも超エリート病院は、テレビに出演するドクターを多く抱えている。公立病院にも、大久保医師のように情熱的な医師は存在するのだが、テレビが公立病院の医師を取り上げることはない。メディアにおける公立病院の扱いは、「待たせるだけ待たせてサービス精神のかけらもない最低の病院」という認識である。そこで働く医師達は、メディアに言わせれば、単なる無能集団にすぎない。

 そんなテレビ番組に感化されたわけではないのだが、見るともなく眺めていた映像に、いかにも俊腕医師といったオーラを放つ民間病院の医師群が登場すると、私の中に、押し込めたはずの「後悔」がむくむくと頭をもたげてくる。今まで興味すらなかったテレビ番組が、母を失ってからやたらに目につくようになった。
 わかっているのだ。保険会社がスポンサーの番組。すべては、患者、いや客集めのコマーシャルに過ぎないことを。わかってはいても、整った最新医療機器、世界最先端の技術、医師を含めた豊富な人材、などを効果的な映像とナレーションで見せ付けられると、胸の奥から突き上げてくる苦しみが私を責め立てるのだ。母が死なずに済んだかもしれない可能性を捨てて、わざわざ遠くの寂れた菊花病院へ搬送してもらった自分の判断能力の低さを嘲笑われているようで。
 それにしても、あまりにもかけ離れている。私が見た、公立病院、菊花病院の救急搬入口は手動だった。そこからして、テレビに出てくる民間病院と比較することさえ憚られるような違いなのだ。もしも、もしもだけれど、母が倒れたあの日に戻れるのなら、私は迷わず地中海病院に搬送してもらう。

 四十九日を過ぎてから、時々夢を見るようになった。まるで私が立ち直るのを阻止するかのように。
 母さんが倒れたあの日の夢。決まって救急車を呼ぶところから始まる。
 救急隊員が到着して聞くのだ。
「希望の病院はありますか」
 私は地中海病院と言いたいのに、「菊花病院へ」と答えてしまう。私は自分自身の答えに驚く。ダメ。そこは絶対にダメ。地中海病院。地中海病院。何度も何度も心の中で叫ぶ。そして、いつも、そこで目が覚める。喉を抑えられたような息苦しさに唸りながら目を覚ますと、決まって汗をびっしょりかいている。最近では、夢の途中から、(また、この夢か)と、思うようになった。夢だとわかっていて、やっぱり汗まみれになって目が覚める。
 喪が明ける時、気持の整理をきちんとつけていた叔父とは対照的に、私の中に深く根を下ろした後悔の感情が、むしろ喪が明けてから、様々な外部刺激によって叩き起こされていくのを感じていた。

 取らなかったもう一つの選択肢への執着。地中海病院、地中海病院、地中海病院!!!

 神様。お願いです。無理だとわかっています。
 だけど、もう一度あの日に戻して。
 母さんが倒れたあの日に……





皆様、ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございました。

さて、そろそろ主人公ももう一つの物語の心づもりができたようです。

『2018年 地中海病院』とタイトルを新たにして、物語を綴っていきましょう。

4月に入ってからの投稿予定です。
どうぞ、お楽しみに。


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