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「くっきー。ちょーだーい」

「あまいのすき」

「すきすきぃ! あまいのぉー!」


 丸っこい幼児体型の、形はシンプルだが色とりどりの服を着た五センチから十センチくらいの生き物たち。

 背中には機能しているのかどうかも疑わしい、ちいさな丸っこい羽が生えている。

 彼らは、昨夜ソフィアが置いていた窓辺のクッキーに群がっていた。


「あー! こっちー。こっちちがうのあるー!」


 その中で、赤い服を着た一匹が大きく声を上げた。

 ソフィアも声につられて見てみると、部屋の中央にあるテーブルの上に赤い服を着たのが飛び乗っているところだった。


 どうやらテーブルに置いてあったバスケットに、目を付けられたらしい。


「えいっ!」


 彼がバスケットの上に被せていた布を引っ張った。

 思い切り力を込めて引っ張った勢いのまま、その子はコロコロと布を巻き込みながらテーブルの上を転がっていく。

 そのまま転がり続けてテーブル上から絨毯の上へと落ちた。

 さらに大きくバウンドして、またコロコロ転がって、壁にぶつかって止まった。


「いたーい! うわーん!」


 しかしそんな悲劇的な事故にあって泣いている仲間(?)に気をかけるものはいない。

 他の小さく羽の生えた生きものたちは、覆い布の外されたバスケットへと集まりだしている。


「おぉぉぉ!」

「うまそー!」

「あまあま! うまうま!」


 バスケットの中には、ソフィアが作ったお菓子が入っている。

 ちょっとした時につまむように、いつも何かのお菓子が彼女の部屋には常備されていた。


 バスケットの中身を知ったらしい意味の分からない変なちいさくて羽の生えた生き物たちは、目をきらっきらに輝かせて、今度はバスケットに群がった。

 その中身が見えないくらい、何匹も何匹も何匹も(匹と数えるのかは不明だけれど)バスケットの上に飛びつき、折り重なりあう。

 ひしめき合いすぎて、バスケットの上でこんもりと高い山になってしまっている。


「どけどけー!」

「おれの、おかしっ」

「あたしゅのよー」


(あっ)


 しばらくの攻防の末。

 積み重なった彼らの重さに耐えきれなくなったらしいバスケットが、ころりと転がった。

 バスケットが傾くのと同時に、その小さな生き物たちと、中身のお菓子は周囲へと投げ出される。

 テーブルの上だけじゃなく、絨毯の上にも散らばった。

 中身はプレーンクッキーとチョコチップクッキーとバターパウンドケーキだ。

 それらに彼らは我先にと、わらわらと群がりだす。歓声をあげながら。


「………あ、の」


 思わず伸ばした手をどこに向ければ良いのかも分からず、ソフィアの手は空をさまよう。


 バスケットから取り出したお菓子をわあわぁと奪い合うもの。

 こぼれたお菓子を拾い、そのまま口に放り込み、至福そうなとろける表情をしたあとにじたばた悶絶しているもの。

 クローゼットの上まで死守したらしい、身の丈ほどの大きさのクッキーを一人で抱え込みかじりつくもの。


 それはそれは……それは…非常に……たいへん、騒々しかった。


「…………あ、ああああの」


 ソフィアは彼らに二度目の声をかけた。

 しかしそんな小さな声、好物に群がり目の色を変えて興奮しきっている彼らの耳には届かない。

 ソフィアの声は、わぁわぁと騒がしい妖精たちの声に簡単にかき消されてしまう。


「…………うるさっ」


 あまりの煩さに、だんだん目も頭も冴えてきた。

 

 キンキン響くいくつもの声が、頭に響く。

 しかも視界をあっちへこっちへ飛び回られて、鬱陶しい。

 騒々しさに、なんだか怒りさえ芽生えてきてしまった。


「あ、あのっ!」


 これではらちがあかないと、ソフィアは今度は少し大きく声をはってみる。

 しかし彼らの耳にはまだ届かない。


(ど、どれだけお菓子に夢中なの……!)


「これ、おれのー!」

「あのあの、あの!」

「やーだ! チョコはあげない!」

「これは、一体…」

「かえせよ! ばーか!」

「その、君たちは、ななな、」

「うわーん!クッキーなーい」

「…………っ」


 ソフィアは、ぷっつりと自分の頭の中の糸が切れるのを聞いた気がした。


 起き抜けだからぼんやりしていたけれど、元々大人しい性質じゃない。

 腹いせも込めて、目いっぱい息を吸い込んで、声を張り上げてやる。


「………っ! しっ、しずかに、しなさあぁぁぁいっ!!!!!」

「ふお!?」

「はいっ?」

「っ………!?!?」


(と……止まった……?)


 ピタリと動きをとめたそれらが、一斉にソフィアを振りむいてくる。


(うっ……!)


 いくつもの目に注目されて、しかもそれが意味不明の生き物だから、ソフィアは少々おびえてしまいそうだった。


(お、落ち着け私。相手はなんだかよく分からないけれど、こんなに小さいのよ。しかも聞いているかぎり相当な馬鹿っぽいし……! 負けるはずがない!)


 ソフィアはベッドから降りスリッパを履いて立ち上がる。

 それから、部屋の中をゆっくりと見回してみた。


 怒鳴られたことに驚いたのか、彼らは少しビクビクした感じでこちらの様子をうかがっている。

 それでも皆、持っているお菓子はきつく抱きしめたままだった。

 お菓子だけは離さないという、たいへん強い意思を感じた。


(……必死ねぇ。なんだか良く分からないけど、私の作ったお菓子をここまで気に入って貰えたのは少し嬉しいわ)


 ソフィアは彼らに対しての警戒心をいくらか緩めた。

 落ち着くために深呼吸をして、それから今度は普通の声量で口を開く。


「あなたたちは、一体何なのかしら?」

「…………っ!」

「…………っ!?」

「っ!?!?!?!?」


 ソフィアのセリフに、それらはそろってびっくぅっ!! と飛び上がった。

 揃って同じタイミングでジャンプする光景は、なんだかおもしろい。

 そのあと彼らは互いに顔を合わせて、ひどく慌てた様子で仲間たちと会話をする。

 内緒話と言う単語は頭にないのか、その会話内容はソフィアに筒抜けであった。


「なにこいつ! わたしたちのことみえる?!」

「みてる! みてる! み、みてる……?」

「はなす! はなしてる?」

「みえるにんげん! ひさしぶりだな!」

「ふしぎなにんげん!」


 大きく身振り手振りをしつつ、彼らは大わらわで会話を交わしている。

 混乱もしているのか、ちょろちょろちょろちょろ、身の丈ほどのお菓子をがっしり抱えたまま走り回るのも多い。

 慌てるあまりにうっかり転げて、その丸っこさから何回転かしてから止まり、衝撃で手の中のクッキーが砕けたことに気付いて床に伏せて大泣きしているものもいる。

 もう大混乱だ。静かにして欲しくてソフィアは声をかけたのに、余計にうるさくなっただけだった。


(収拾が付かない…………)


 ソフィアは眉間を指で押さえて苦悩したあと、大きく溜息をついて彼らへと近づいた。


「ねぇ」


 しゃがみ込んで床に伏せっておいおいと泣いている一匹を摘み上げ、自分の目の高さまでもちあげた。


「っ!? ななななな!?」


 ソフィアに捕まったその生き物はびっくう! と身体をはねさせ、あわあわと四肢を振りかぶっている。


「………ねぇ。あなた」

「ぼぼぼぼぼぼっ、ぼくでしゅか?!」

「そう。あなた。……というか貴方たち、いったい何なの?」

「ななななな! な! な! なにといわれても!」

「何?」


 指でつまんだまま左右に振ってみれば、その生き物は「うわぁー」と悲鳴を上げた。


「早く話しなさい。あなたたちは何。いきなり現れて意味がわかんない。どうしてこんな所にいるのよ。ほんとに静かにしてくれない? 迷惑なんだけど」

「ゆっ、ゆらしゃないで! に……にっ、にんげんはっ」

「うん」

「よーせーって、よびまっ、す」


 ソフィアはその小さな生き物をつまんだまま、眉間にしわを寄せた。


「妖精……?」


 首を傾げて何度か瞬きを繰り返し、その言葉の意味を頭で反芻した。

 



 妖精なんて存在しない。

 子供の頃にだけ夢見た空想のもの。


 つい昨夜まで、そう思っていたのに、なんだろうこれ。


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