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NO−KA

 伊佐治がひときわ強い揺れに目を覚ますと、正面に老人が座ってこくりこくりと船を漕いでいた。まだ不明瞭な意識のまま少し上に目をやれば遥か彼方に見渡す限りの青い空。白い雲。地平線まで続く青く波打つ小麦畑。こんなに広いのにも関わらず、その中にぽつんと一件だけしか農家が見えなかったので、この辺もやっぱり過疎化が進んでいるのかと思った。しかし、遠くによく目を凝らすとランドノーカーがちらほらと歩いているのが見えたのでこんな田舎にも機械化が進んできているのかと伊佐治は思った。
 ランドノーカーとは二年ほど前に庵農業機械が開発した全自動農業用作業機人である。ランドノーカーが開発される五年前、即ち2039年に国は食料自給率が5%を切ったことにより非常事態警報を発令した。その為、14歳以上の国民の約80%は強制的に農業に従事させられることになった。無作為に選ばれた彼らは、三日間以内に最新鋭の完全農家マニュアルをコンピュータを使い脳に直接叩き込まれ、国中へ送り込まれる。国中の都市は一斉に農村へと変貌し、山は巨大な棚田となるはずだった。しかし、いくら大量の人材を集めたところで、人の体力には限りがある。国は何よりも速急に事を進める事を望んでいたので、いちいち人力での作業ではなく、作業用機械を使用することが重要とされた。街を農村にへと改変するための超大型重機は第一次国土改変プロジェクトの際に大量配備されていたが、その後の農業を推し進める為の農業機械は大量にあったものの、耐久性と汎用性に難があり、これだけでは不十分であった。そこで耐久性が高い農業作業用機人を導入する事が望ましかった。従来の農業作業用機人は全自動のタイプはちらほらあったものの、どれもタイプ
別に応じた専用機だった。それ故、幾つもの農業を兼業する農家は何台もの高価な農業作業用機人を導入しなければならず、しかも育成が困難な農作物に対応する農業作業用機人ほど更に高価だったので、農家の負担は決して小さいものではなかった。そして、そんな所に現れたのがノーカーだった。どんなタイプの農作物も、パーツの交換やプログラムの書き換えにより種まきから収穫まで自動汎用性が高いノーカーは瞬く間に全農家の注目を浴び、飛ぶように売れた。それに伴い、庵農業機械農業機械産業業界トップに躍り出た。ノーカーを軌道に乗せた庵農業機械は、更なるノーカーの開発に着手、農薬散布と機動力に力を注いだスカイノーカー、土壌の開発・発展を重視したアンダーノーカーなどの新たなるノーカーを次々に開発した。莫大な金を稼いだ庵農業機械は、国と連携し事業を発展させた。近年ではノーカーシリーズの量産化が進み、更に廃価版が発売されたので一般の農家も農産物の安易な大量生産が可能になった。だからこんな広大な小麦畑も数台のランドノーカーがあれば管理しやすいのだろう。
 ふと、伊佐治は右を見ると沢野が俯いてイビキをかいていた。沢野はいかにも彼女のいなそうな醜男だった。少しずり落ちている丸渕メガネが乗っている鼻は吹き出物で覆われかけている。スーツは薄汚れ、ヘルメットのような髪型でまだ二十代だというのに毛は薄く、出っ歯が覗く口からはいつもひゅうひゅうと空気が漏れていた。ぐるりと見渡してみると、この車両には伊佐治含めて三人しかいなかった。電車の天井付近には色褪せた広告が貼られていて、よほど長い間使われている事を伊佐治に思わせた。すると、先程からの振動がさらに大きく感じられ、伊佐治達が座っているシートも色褪せている気がしてきた。ここ一週間ほど忙しかったので、よほど疲れているのだろう、沢野はこんなに揺れているのに未だに眠り続けている。つかの間の休息を楽しんでくれよと、伊佐治は思った。ガタゴトと電車は揺れながら、先の見えない線路を進んでいった。
「すいません、次は何という駅でしょうか。」
と、突然声を掛けられた伊佐治は少し驚いた。声のした方向に目をやると、さっきまで寝ていた老人が背もたれにもたれかかっていた。
「ああ、次は穴日向駅です。」
伊佐治が答えると老人は顔に少し皺を寄せた。何が嫌なんだろうかと伊佐治は思った。老人は少し間を開けて
「おお、ありがとう。ところで、おたくはどちらまでですか。」
と伊佐治に声を掛けた。。伊佐治は先ほどの老人の様子が気になったが、特に言っても問題ないだろうと思い、
「次です。」
と、答えた。すると、老人は更に顔に皺を寄せて、唸り始めた。伊佐治はなんだか不安になった。老人はしばらくして、
「あそこには行かんほうがいい。」
そう返された。
伊佐治は見ず知らずの人間に言われて非常に不快だった。しかし、言い返す前にいかにもというような寂れた駅に到着した。周りには線路と小麦畑しかないような駅だった。こちらを睨み付けている老人を無視し、沢野を起こして電車を降り、切符を取り出して辺りを見渡すと駅員はおらず、ポツリと切符を入れる為の箱があった。まだ寝ぼけ眼のまま危なっかしい足取りの沢野と出入り口の階段を降りて薄汚れた無人駅を抜けると、舗装されていない砂利道に一台のワゴン車が停まっていた。助手席に座っているのはメガネを掛けた真面目そうな男で、運転席に座っていたのはこれまたメガネを掛けていたがニヤニヤしていて不真面目そうな男だった。
「早く来いよ。こちらは五分待たされているんだ。」
運転席の男が伊佐治に呼び掛けた。
「すまない。だが、ダイヤは時間通りだ。」
「おうおう、それはこちらが悪かったね。まあ、早く乗ってくれ。」
そう急かされ、沢野と伊佐治は後部座席に乗り込んだ。
「よし、じゃあ行くぞ。」
左側に川が流れ、右側に小麦畑と線路が通っているでこぼこ道を低い爆音を響かせ、四人を乗せたワゴン車は出発した。日はまだ高く、カンカン照りの太陽は容赦なく辺りに降り注ぐ。車内はクーラーが効いていて、中と外では天国と地獄のような差があった。伊佐治は線路を眺めながら、今回の仕事の内容を頭の中で反芻した。スーツの内ポケットのなかの者を取り出し、きちんと動くか確かめた。動くのを確認すると、またきちんと元に戻した。それから十分ほど走った頃に、一人の男が声を上げた。
「なぁ信一、鮫島さんの所でいいんだよね。」
だんだん覚醒してきた沢野が助手席の男に呼び掛けたのだった。
「そうですよ、沢野さん。僕に聞く前に自分の資料を確かめたらどうですか。」
信一と呼ばれた男は半ば呆れながら言いはなった。
「全くだ、沢野。」
隣の男が冷やかす。
「信二は黙っててくれ。このままでは事故が起こるよ。」
そう沢野に言われると、後ろを向いていた運転席の男、信二は黙り込んだ。危険極りなかった。
「そんなことを言っている間に鮫島さんの家に着いたようだ。」
伊佐治は信二に言った。二十メートルほど先の道の右側にそこそこ大きな家が見えた。庭の入口の正面右に大木があり、入口の延長線上に母屋があった。そして、大きな庭の左側に農機具小屋とその側に井戸があった。おそらく、農機具小屋にはノーカーが何台も収納されているのだろう。家に充分近づいて、車は止まった。庭の入り口まであと少しのところだった。伊佐治は皆に言った。
「いいか、車を降りたら沢野はアタッシュケースの中を農機具小屋に仕掛けろ。不正品は破壊する。俺は鮫島さんが気付いて出てくるだろうから撃ち殺す。信一と信二はいつでも出せるように。わかったな。」皆の顔に緊張が走る。再び車は走り出す。ハンドルが右に切られ、


その瞬間、車体に激しい衝撃が走った。ワゴン車は見事に家の前の大木に激突していた。
幸い、伊佐治には大したこと怪我は無かったが、運転席にいる信二はガラスを突き破った太い枝に頭を貫かれ脳味噌を撒き散らしていた。白昼の花火を見せた。
隣の信一は死を免れたものの胸を強く打ち、痛みで身動きがとれなくなった。沢野は座席に頭を強く打ち付け、気絶した。メガネは砕け、フレームはひしゃげていた。伊佐治は左腕を折ったものの、なんとかドアを開け、車外に這いずり出た。なんとか立ち上がり、ぐったりしている沢野を引きずり出し、地面に寝かせた。
轟音を聞き付けたのかすぐに鮫島さんが飛び出してきた。
「あらまぁ、のーかさまが。たいへんじゃ、たいへんじゃぁ。」
そう言って鮫島さんは慌てふためいた。
「さかのまちゃん、さかのまちゃん。のーかさまをなぐったど。はやくきとくれ。」
鮫島さんは大声で叫んだ。

凄まじい音がして農機具小屋の扉が吹き飛んだ。そこには一体のマネキンが立っていた。マネキンは凛々しい女性の顔立ちで黒髪のおかっぱ頭だった。作業用のツナギを着ていた。黒いゴム長靴をはいていた。右腕がチェーンソーになっていた。こちらを確認するやいなや、チェーンソーを向けてどこかぎこちない動きで突っ込んできた。伊佐治は拳銃を取り出してマネキンの顔目掛けて撃った。マネキンは頭をのけぞらせたものの、すぐに顔を起こした。顔の真ん中に空いた穴から向こうの景色が見えた。

伊佐治はそれを見て、あのマネキンは新型のノーカー、ヒューマノーカーに間違いないと見当を付けた。形や動きが人間に近いヒューマノーカーは人間の頭部にあたる部分がない。故に服を着せたら人間と首から下は見分けがつかなかった。最も、肌はゴム製で、すぐに見分けがつくのだが。

マネキンは体制を立て直すと、獲物の方に変わらない顔をゆっくりと向け、チェーンソーを振り上げた。

遠くで蝉が鳴いていた。スーツは汗でシャツと共に肌にへばりついていた。鮫島さんは笑っていた。伊佐治は叫んでいた。風景は美しかった。


一瞬の間を空けて降り下ろされたチェーンソーは車の屋根を突き破り、フロントガラスを砕き、信一の額部分に斜めに食い込んだ。刃は頭蓋骨を通り抜け、脳ミソを掠めた。そのままメガネを両断し、鼻を2つにした。唇の表面を抉り取り、ワイパーを分断した。信一はショックの為かわなわな震えていた。傷は浅かったが、かなり出血している。マネキンはチェーンソーを抜き取り、ワゴンの右正面にぴったりと胴体を押し付け左腕を伸ばした。黒く塗られただけの目が信一を見つめている。伸ばされた左腕のさきの手は五本の指でチェーンソーが砕いたガラスの隙間に手をねじ込み、手をパーの形にして無理矢理隙間を広げ始めた。ミシミシと音を立て、隙間が握り拳くらいのレモンのような形に広がった。マネキンはじっと信一を見つめている。左手で広げられた部分のガラスの端をがっちりと握りしめると、左腕を引いた。ベキリと鳴り、握られた大きさの穴がガラスに空いた。マネキンは左手のガラス片を握り潰し粉状にした。握ったままそれを先程の穴に入れる。信一はやっと震えが止まったところだった。マネキンが信一を見つめている。握りしめた左手を信一の顔のすぐそばまで近づ
け、それを開いた瞬間に信一の顔に思い切り押し付けた。手のひらはとても固かった。叫び声が聞こえた。鮫島さんは笑っていた。マネキンは上下にガラスの粉を擦り付けた。微細なガラスが信一の肌に刷り込まれ、血で染め上げた。痛点は悲鳴をあげ、神経は焼けただれた。マネキンが信一を見つめている。


鮫島さんはとっくに家の中に戻っていた。沢野はまだ動かない。伊佐治は立ち上がり、沢野から離れた。ワゴン車の右側を通り、木を回り込みマネキンの背後に立った。
拳銃をマネキンの動力部があるべき心臓部分にあたるように目掛けて背中から撃った。ツナギに穴が空いた。プラスチックの破片が散った。伊佐治は驚愕し、絶望した。


マネキンの痛い愛撫は信一が死ぬまで続いた。信一がショック死すると、マネキンは左手を引き抜いた。どす黒い血に濡れた左手だった。マネキンは伊佐治の方に振り向いて真っ直ぐに歩き出した。マネキンが伊佐治を見つめている。

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