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非日常への扉
作:かもっち



第15話


「そうか、わかった。ありがとう。少し待っててくれ」
そう言い残して佐伯先生は席を立つ。
私と佐伯先生はまた進路指導室にいた。
 先生が出て行くと、狭い部屋で一人……どうしても昨日のことを思い出してしまう。
昨日……
茜の家を訪れた時のことを……



「そっか……先生……そんな風に思ってたんだ……」
私の話をずっと黙って聞いていた茜が初めて口を開いた。
私も少し一気に話し過ぎたかな……?
でも、ゆっくり話して茜の様子を見ながら……なんて無理。
そんな余裕私にだってない。
だから……私が一方的に話し続けんだし。

茜は何も言わずに部屋の天井を見上げてる。



 茜が連絡を絶ってから、葛西家に電話をかけたけどそこでも話ができなかった大石先生は、とりあえず自分の両親に話をするために実家に戻った。
 当然のように両親は結婚、出産に反対。ただ「相手のお嬢さんと親御さんにお詫びを……」と言って聞かない。
「まだ本人ともちゃんと話が終わったわけじゃないから……」とその場を濁して帰って来て、佐伯先生と会った。
 佐伯先生と話の中で、大石先生ははっきりと
「子供を産んでほしい」
「結婚するつもりだ」
と断言した。ただ、教師を辞めたばっかりだから次の就職先が決まるまでは無理だろうとも。

だけど……その決心までが簡単ではなかった。

失われる社会的地位
世間の目
先の見えなくなる事が決まっている生活
結婚、出産そのものへの戸惑い
何よりも……
まだ15歳の女の子を妻に、そして産まれてくる子の母にする勇気

大石先生はずっと悩んでいた。
だからこそ茜と話し合いたかったが、それも叶わないまま苦悩が大きくなるばかりだった。直接茜の家に行こうとも考えたけど、自分の気持ちさえ決まっていない状態で、そんな度胸はなかった。
 そんな中、帰省するにあたって、自分が茜と一緒にいたいという気持ちだけは変わらなかった事に気付いた。両親の話を聞いても、「結婚する」という心に変わりはなかった。

 とは言え、肝心の茜とはまったく連絡が取れていない。

 茜がどう思っているのか……

それが今、大石先生が最も困っていること。自分の気持ちはわかった。後は2人で話し合うしかない。その上で「結婚」の結論が出て、それぞれの親が反対するならいつまででも説得する。



と、まぁこんな話。
この話を佐伯先生と協力して聞いてきた事も伝えた。

茜はまだ天井を見てる。
泣いている風ではなかったけど……喜んでいるようにも見えない。
その表情からは……初めて会った時みたいに……感情が読み取れない。

「ふぅ〜〜」
茜が大きく息を吐いた。
私はビクッとなる。
「いろいろ聞いてきてくれたんだね、ありがと」
「ううん……結局また聞きでしかわかんなかったから……」
「ふふ、十分だよ。ホントにありがと」
ようやく茜の顔に少し笑顔が見えた。もう今日だけで何回茜の「ありがとう」聞いたっけ?
私も微笑み返して、もう冷めちゃってる紅茶をすする。
茜も同じように冷めた紅茶に手を伸ばす。片手でカップを持ち、もう片手でお腹を優しく押さえながら……。

まだ大きくなっていないお腹。
でも、そこに確かに宿っている小さな小さな命。
その命を……茜と先生は……そして周りの人はどう扱うんだろう……

「まだ目立たないでしょ?」
私がお腹を見てるのに気付かれたみたい。
「うん……もっと大きくなってるのかと思ってた」
「はは。私もそう思ってたんだけど、目立つようになるのはまだまだ先みたいよ?」
「へぇ……そうなんだ」
「まだ11週くらいだしね」
「へ?」
「ふふ、あのね……」
妊娠に関する知識を茜はいろいろ教えてくれる。
でも、多分……私がその知識がいる頃には忘れてるよ……
 とりあえず、産むかどうかの決断をする最終リミットまで……約10週間、2ヶ月近い時間があるのを聞いて少し安心した。
 それまでに……先生と茜は結論を出して、周りを納得させないといけない。
 私が思うよりは大変なんだろうなぁ。
 茜たちにしたら……後2ヶ月の間で自分の人生を決めないといけないんだから。


「私もいつまでもこうしてる訳にいかないか……」
紅茶を置いた茜が大きく伸びをする。
「美優ちゃんがここまでいろいろ聞いてくれたんだしね、当事者の私がずっと知らん振りしてても仕方ないし。早く決めた方がいいのには間違いないもんね」
少し頬がこけてるようにも見えるけど、以前と同じ、可愛い笑顔で私に語りかけてくる。
「……無理はしちゃダメだよ?」
「わかってる。でも、先生とも話をしないと結局どうしようもないからね。なんか、美優ちゃんに元気もらった気がする」
何を言ってるんだか……。
この部屋に入ってから私の方が緊張しちゃって、茜が気を使ってくれてるのに……。
「じゃあ、大石先生と話するの?」
「うん。すぐ……とは言えないけど。私も考えてみて、心が決まったら連絡入れるようにする。」
茜は私の目をじっと見つめてそう約束した。
「だから……悪いんだけど……美優ちゃん。先生に『しばらく待ってて。必ず連絡するから』って伝えてくれる?」
「わかった。任せといて!」
ドンと胸を反らせて叩く。
「あ、えっと……佐伯……先生だっけ?その先生にもお礼を言っといてね」
「うん。OK。でも、茜?ちゃんとご飯は食べなよ?」
前に私の部屋で他愛もない話をした時のような優しい空気が生まれる。
「うん、これからはそうするね。実を言うと……ひょっとしたら悪阻つわりもあったのかも」
「ああ〜、そっかぁ……」
あまりにも当たり前のことに気がついてなかった。
そうだ、悪阻ってのがあったんだ。
「まだわかんないけどね。単純に精神的なものかもしれないし」
「へ〜。どっちにしろ、ちゃんと食ってブクブク太れよ〜」

 葛西さんに簡単に事情を伝え、茜の家を出る。
茜の部屋は……入る時の重苦しい雰囲気もなくなって、帰るときには空気そのものが変わったみたいだった。
 葛西家を出ると、二階から茜が手を振ってる。顔までは見えないけど、きっと……笑顔だ。私も大きく手を振って、家路を急いだ。





「ほい、報酬だ」
「キャッ」
急に頬に熱いものが触れる。
驚いて振り返ると、佐伯先生が笑いながら両手に缶コーヒーを持ってる。
そのうちの一つは……私の顔のすぐ横にあった。

「いやいや、本当に長瀬のおかげで助かったよ。」
「いえ、私は話を伝えただけですから」
さっきのイタズラに反抗するようにツンと答える。
「なんだよ〜あの程度で怒るんじゃねぇよ」
ブツブツ言ってる先生に続いて私もプルトップの口をあける。
「それよりも、ちゃんと大石先生に伝えてくださいね」
「わかってる、わかってる。任せなさい」
軽く受け流して熱いコーヒーをグビグビッと飲む先生は、本当に単なる若いお兄さんって感じ。
 だいぶ時間がかかってからコーヒーを飲み終えた私は帰ろうと立ち上がる。
 まだ完全下校までにはだいぶ時間があるけど、それでも放課後にすぐここに来て、ずっといるのもなぁ……。
「あ、長瀬。しばらく俺たちも待つだけだけど……、また何かあったらここに呼ぶから。それと…ハイ。これは内緒な」
差し出されたメモを受け取る。
「俺から電話するとまたややこしいから、それ俺の携帯ね。なにかあったらかけてきて。俺は緊急の時はお前の家にかけるから」
「は〜い。じゃ、さよなら」
メモを乱暴に制服の胸ポケットに突っ込んで部屋を出る。
ヤバイ……
男の人に携帯番号もらったくらいでドキドキするな、私。
でも……クラスの男子とかと違って……まるで秘密の番号を知ってるみたい。
茜もこんな感じだったのかな?
まぁ……私は先生が好きなわけじゃないけど……

と、思いながら……
教室に戻ってすぐにメモを取り出して登録した。

「なんか、嬉しそうじゃない?いいことあったの?」
急に後ろからユミが声をかけて覗き込んでくる。
「ちょっと!びっくりするじゃない!」
反射的に携帯を隠す。必要以上に慌ててしまった……。
「ふ〜ん……。ま、いいけどね〜」
携帯と私の目と交互に視線を送ってくる。
「な、なんでもないしねっ。じゃあね」
私は逃げるようにその場を去った。そんな私を長い髪をかき上げながらユミはずっと見続けていた……。












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