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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第七話 夢を想えば
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第七話 夢を想えば④

今回は教会の、というより神子のお話です。

 教会の本拠地たる神殿がアナトテ山にあるという話は以前にした。ではそのアナトテ山がどこにあるのかといえば、神聖四国の国境線のちょうど中心、つまりこの四カ国の中心にこの山は位置していた。


 神聖四国は大陸のほぼ中央に位置している。つまり神聖四国の中心にあるアナトテ山は、このエルヴィヨン大陸のほぼ真ん中に位置しているのだ。このような地理的な条件が、今現在教会を蝕む傲慢で硬直した思想の一因になっているのかもしれない。


 それはともかくとして。この神殿に教会の核心とも言うべき人物がいる。教会を支える信仰の根拠にして現世に残された奇跡の体現者。


 ――――神子、マリア・クラインその人である。


「マリア様、これよりララ・ルーは視察巡礼に赴きます」


 栗色の髪の毛をした少女がマリアの前で頭をたれる。年の頃は十五、六だろうか。童顔のせいで幼く見えるので、本当はもう少し上かもしれない。彼女の名前はララ・ルー・クライン。神子マリア・クラインの養女にしてその後継者である。


 余談であるが彼女の名前「ララ・ルー」の「ルー」はミドルネームではない。「ララ・ルー」でファーストネームだ。彼女は生後間もない頃、孤児院の前に捨てられていた。名前などを教えるものは何もなく、孤児院の子どもたちが名前を考えたのだが、その時に最後まで残った候補が「ララ」と「ルー」であった。双方引くに引かず、それなら両方くっつけちゃえ、と子どもならでは強引さで彼女の名前は決定したのである。とはいえララ・ルー本人は自分の名前を大切にしていた。


「わたしのことを本当に想って付けてくれた名前です」


 閑話休題。話を戻そう。

 彼女がこれから出かける「視察巡礼」とは、簡単に言ってしまえば神子の代わりとして町々を視察することである。


 神子は大陸中の教会信者の信仰を一身に集める存在だ。それゆえ教会の光輝を高めるには、神子という存在を前面に押し出すのがもっとも効果的である。しかし神子は神殿から離れられない。いや、アナトテ山の麓にある、千年前神界に引き上げれらたパックスの街の代わりに造られた神殿の御前街程度ならば足を伸ばせるのだが、それ以上神殿から、いや御霊送りの祭壇から離れることは出来ないのだ。


 そのため、神子の名代としてその弟子や後継者が町々を巡り、信者をつなぎとめたり増やしたりするのだ。以前は神聖四国を越えてかなり遠くまで赴いていたのだが、ここ十年ほどは血生臭い話題も多くなり、視察巡礼は神聖四国内に限定されている。


 今回ララ・ルー・クラインが視察巡礼に赴くのは、神聖四国の西の端、サンタ・ローゼンとサンタ・パルタニアの辺境付近である。もっともこの辺りを巡って帰ってくるということなので、神聖四国の西部を巡ると考えたほうが正しいだろう。


「体に気をつけるのですよ」


 これまで精一杯の愛情を注いできた愛娘に、マリアは優しい眼差しを向けた。このようないわば公的な場では、ララ・ルーはマリアの養女として振舞うことはなく、その後継者として弟子のような立場をとる。だがプライベートでは少々おっちょこちょいで甘えたがりな娘だ。


 ララ・ルーはもう一度挨拶をしてから、神子の部屋を辞した。マリアはそれを相変わらずの優しい眼差しで見送る。しかし、そこにいい様のない罪悪感が混じっていることに、一体誰が気づいたであろうか。


**********


 当代の神子マリア・クラインは先代神子ヨハネスの弟子でありまた恋人であった。教会には神子の婚姻に関する明確な基準はない。しかしこれまでの風潮ゆえか、神子の婚姻はタブー視されている。だがその反面、処女性や童貞性を求められているわけではない。そのため恋人を作ることに関してはおおらかで、そのこと自体が何か問題になることはほとんどない。人物が問題になることはあるが。


 先代神子とマリアの関係は事実婚であったと考えればよい。当然のことの成り行きとして、やがてマリアは懐妊する。しかしその時期が悪かった。


 この時期、神子と枢密院は対立していた。


 以前説明したように、枢密院の位置づけは神子の補弼機関である。ゆえに本来の力関係から言えば、枢密院は神子に逆らえるわけがない。だがしかし教会の長い歴史の中で、枢密院はすでに最高意思決定機関としての事実上の立場を確立しており、神子はその決定に承認を出すだけの存在と成り果てていた。


 枢密院が良識的でその決定が信者たちや大陸の人々にとって益となるものであれば、神子も傀儡の立場を受け入れられたであろう。しかし枢密院が追求したのは富を集めることであり、そのため教会は腐敗しきっていたと言っていい。


 その状況を良しとせず、改革を志したのがマリアの恋人である先代の神子ヨハネスだ。彼は教会の宗旨である清貧に立ち返るよう説いた。さらに枢密院の決定に承認を出さないことさえあった。その結果、枢密院と神子の関係は加速度的に悪化していった。


 マリアの懐妊が発覚したのは、そんな時期であった。


 もはや建前の上だけとはいえ、枢密院にとって神子は目上の存在である。加えて神子の首はそう簡単にすげ替えることは出来ない。次の神子を指名できるのは神子だけであり、しかもその継承は神界の門をくぐった先で行われるのだ。神界の門をくぐりそして戻ってきたという事実のみが、神子を神子たらしめる最大の要因なのだ。枢密院が自分たちに都合のいい神子を用意したとしても、信者たちがそれを認めることはないだろう。


 つまり、神子がどれだけ目障りであろうとも、枢密院としてはこれを排除するわけにはいかないのだ。口惜しいことに監禁や軟禁もできない。建前上枢密院は神子の補弼機関でしかなく、その承認がなければ何を言ったところでそれが教会の意思となることはない。それに神子こそが信者の信仰の対象なのだ。これを表に出さなければ教会はもはや立ち行かないだろう。


 枢密院は神子に手出しできない。しかし、ヨハネスの弟子であり恋人であるマリアはそうではない。しかもその腹には神子の子どもがいるのだ。人質としてこれ以上の存在はいないだろう。


 無論、そんなことはヨハネスも承知していた。ゆえに彼はマリアを秘密裏に神殿から脱出させ、サンタ・ローゼンの辺境にある、信頼できる人物が管理していた町の教会に隠したのだ。


 この時、マリアは恋人から別れを告げられていた。


「権謀術策が渦巻くこの場のことは忘れ、どうか子どもと幸せになってほしい。それが私の幸せだ」


 それが恋人の嘘偽りのない本心であることはマリアにも分っていた。しかしただ一人で孤軍奮闘する恋人を忘れることなど、彼女にはできなかったのだ。それにいつまでもこの町の教会に隠れ続けていられるわけではないだろう。いずれは枢密院に見つかる。そうなれば母子共々捕まって神子への人質とされてしまう。


 戻ろう、とマリアは決めた。身重でさえなければできる事はそれなりにある。かりに人質になったとしても、身の処し方などいくらでもある。ならば戻ってヨハネスをそばで支えたいと、マリアはおもったのだ。


 生まれた子どもは女の子であった。オリヴィア、と名づけたその子が乳離れするとすぐ、マリアはオリヴィアをサンタ・ローゼンの辺境にある孤児院に預けた。誰にも見つからぬよう、まだ朝の薄暗いうちに古い寺院を利用した孤児院の門のところに子どもを置いたのだ。娘の名前を書いた紙と、恋人であるヨハネスとお揃いの蝶をあしらった腕輪だけをおくるみの中に入れて。


 正直な話、とても辛かった。胸が張り裂けるとはどういうことか、マリアはこの時身をもって実感した。手が震えて涙がこぼれた。声を上げて泣いてしまえばオリヴィアが起きてしまうし、孤児院の人が出てくるかもしれない。そう思って必死に声を抑えた。


 赤ん坊を入り口のところに置くと、すぐに走ってその場を去った。そうしなければもう泣き声を抑えられなかった。息が切れるまで走って孤児院から離れ、もう大丈夫と言うところまで来てから声を上げて泣いたのを良く覚えている。


(大丈夫、これは一生の別れじゃない………!必ず迎えに来るから………!!)


 マリアはそう自分に言い聞かせた。神殿に戻り事が落ち着いたら必ず迎えに来る。そうしていっぱい謝っていっぱい可愛がろう。一緒にいてあげられない時間は取り戻せないけれど、その寂しさを忘れるくらい楽しい思い出を作ろう。そう自分に言い聞かせて、彼女は鉛のような足を引きずって孤児院を後にしたのだ。


 あらかじめ決めていた通り、子どもは死産だったことにした。神殿に戻ってきたマリアを見て、ヨハネスはなにも言わなかった。何かい言いたそうな顔はしていたが、結局なにも言わずただ彼女を力いっぱい抱きしめた。この時ヨハネスが何を言いたかったかマリアには全て伝わっていた。なぜ帰ってきたのだと言う非難。その一方で帰ってきてくれて嬉しいと言う感謝。痛いほどに強く抱きしめられたその腕の中で、マリアは帰ってきてよかったと涙した。


 少し迷ったがオリヴィアのことはヨハネスにも伏せておき、ただ死産であったとだけ伝えた。余計な気を使わせてはいけないと思ったのだ。お揃いの蝶をあしらった腕輪は赤子の遺体と共に埋めたと話した。


 正直なところ、マリアはヨハネスが目指す改革に傾倒していたわけではない。マリアが傾倒していたのはヨハネスの志ではなく、ヨハネス本人である。改革の力になりたいと思ったのではない。ヨハネスの力になりたいと思ったのだ。多分だが、ヨハネス自身もそのことは薄々気づいていると思う。


 それからしばらくの間は忙しくも幸せな時間だった。恋人の、ヨハネスの目指す改革のために奔走する毎日。愛する人と、愛する人のために働けるのは本当に幸せだった。状況は芳しくなかったが、それでも充実していたと言い切れる。


 しかし、幸せな日々は唐突に終わりを告げた。神々より神子に与えられたという腕輪、その腕輪にはめ込まれた「世界樹の種」が赤い光を放ったのだ。それはすなわち、御霊送りの儀式を行う合図だった。


「時間切れ、か………」


 悔しさを滲ませるようにしてヨハネスは呟いた。そして目を閉じ、一つ大きく息をはいた。


 マリアのほうを振り返ったヨハネスは、笑っていた。少し困ったような顔をして笑っていた。遣り残したことへの悲壮感は感じられない。むしろ、憑き物が落ちたような顔だとマリアは思った。


(ヨハネス様に付いてきて良かった………)


 マリアは泣いた。どうしてだか分らないが、涙は止まらなかった。ヨハネスは少し呆れたように笑って抱きしめてくれた。


「神子の座を、君に継いでもらいたい」


 マリアを抱きしめたまま、ヨハネスはそういった。枢密院には話を通して、もう対立はしないと言って置く。だから君も改革からは手を引いて神子として穏やかに暮らして欲しい。ヨハネスは泣き続ける恋人にそう願った。


 それはヨハネスの最後の気遣いだったのだろう。彼はマリアが改革そのものにはあまり興味がないことに気づいていた。自分を支えてくれる彼女の存在は得がたいものだったが、いなくなってしまう自分を理由に枢密院と戦い続けるようなことはして欲しくはなかった。


「はい。全てはヨハネス様の御心のままに………」


 マリアは涙を拭って顔を上げた。彼女を覗き込むヨハネスは一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたが、すぐに笑顔に戻りそっと恋人に口づけをするのであった。


 それから儀式が行われるまでの数日間は、本当に穏やかな日々だった。ヨハネスはすでに枢密院と話をつけており、彼らから無粋な横槍を入れられることもない。結果だけ見ればヨハネスはマリアのために改革を断念した形になるのだが、彼はそのことをなんら後悔していなかった。


「彼女が穏やかに暮らせるならば、それだけでいい」

 万感の思いをこめて、ヨハネスはそう言い切った。


 幸せで穏やかな日々はまたたく間に過ぎ、そして御霊送りの儀式当日。神子ヨハネスとその後継者マリアの二人は御霊送りの祭壇の上に立っていた。これから神子が神界の門を開け、神界へと引き上げられたパックスの街へと赴くのだ。


 マリアは興奮していた。それも当然だろう。彼女は敬虔な教会の信者なのだ。信者として彼女は神界に対して憧憬を抱いていたし、自分が死後そこに行くことを純粋に信じていた。それがヨハネスの改革にのめり込めなかった理由の一つなのだが、それはともかくとして死後に赴くはずだった場所に生きたまま行けるとは、なんという僥倖なのだろう。顔を輝かせ頬を上気させるマリアを、ヨハネスは痛ましそうに見ていた。


 大勢の信者が見守る中ヨハネスが腕を掲げると、「世界樹の種」が強い光を放つ。その光が収まると、二人の姿は祭壇の上にはなかった。信者の中から怒涛の如く歓声が沸きあがる。御霊送りが、現世に残された最後の奇跡が、ここに行われたのだ。


 神界の門の先でマリアが何を見たのか、ここでは語らない。機会があればいずれ語る事もあるだろう。しかしそこで彼女は知ったのだ。


 ――――どうしようもない、救いようのない真実というやつを。


 ヨハネスは全てを話した後、マリアに泣きながら謝った。

 こんなものを、こんなどうしようもない、救いようもないものを背負わせてしまってすまない。重すぎるものを背負わせてしまってすまない。とんでもない貧乏くじを引かせてしまってすまない。と。涙を流し謝り続け、そしてそのまま息を引き取った。


 マリアもまた、泣いた。

 だんだんと冷たくなっていく恋人の亡骸を抱きしめながら、声が枯れるまで泣いた。こんなにも泣いたのは、オリヴィアを孤児院に置いてきたとき以来だった。泣きながら、マリアは恋人から託されたものを背負う覚悟を決めた。ヨハネスの亡骸から「世界樹の種」がはめ込まれた腕輪を外し自分の左腕につけ、お揃いの蝶をあしらった腕輪を右腕につける。男性用の腕輪はマリアには少し大きい。


 涙を拭き立ち上がり、無理やり笑顔を作る。天上の楽園から帰ってきた者が悲嘆にくれていては話しにならない。この真実を背負い続けるには、笑顔を浮かべ続けなければならないのだ。そう自分に言い聞かせた。


 本当は神子の座に付いたら娘を、オリヴィアを呼び寄せるつもりだった。しかし、あの救いようのない真実を知った後では、それは躊躇われた。


 もしオリヴィアを呼び寄せれば、彼女は言うまでもなく神子の娘という立場になる。そうなれば次の神子になるのはほとんど彼女で決まったようなものだ。それはつまり、愛娘にあの救いようのない真実を背負わせると言うことだ。


(それは、それだけは出来ない………!私はどうなってもいいけれど、それだけは出来ない………!!)


 一ヶ月近く悩んだが、結局オリヴィアを呼び寄せることは断念した。娘にアレを背負わせないということは、他の誰かに背負わせることだということはマリアも重々承知していた。いずれは弟子を取り、その中から後継者を選ばねばなるまい。


(わたしは、ひどい女ですね………)


 娘を守るために、他の誰かを身代わりにしようというのだ。神々をも恐れぬ所業だ。もっとも神々などいないことを、マリアは嫌というほど思い知らされていたが。


 マリアはそれから慈善活動に力を入れた。決定に異議を唱えない代わりに枢密院から資金を用意してもらい、神殿の御前街に病院を創った。家を持たない路上生活者のために炊き出しを行い、夜露をしのげる場所を用意した。


 それが捨ててしまったオリヴィアへの償いになると思ったのだ。またそうやって慈善活動に打ち込むことで、愛娘への思いを多少なりとも和らげることが出来た。


 しかし彼女はまたしても絶望を経験することになる。


 愛娘を手元に置かない。その選択を後悔したのは、オリヴィアを生んでからおよそ十年後のことだった。ひょんなことで、風の噂を耳にしたのだ。


 曰く「サンタ・ローゼンの辺境にある孤児院が盗賊の襲撃を受けて全滅したらしい」


 まさか、と思った。

 湧き上がる嫌な予感から必死に目を逸らしつつ、彼女は伝手を頼って情報を集めた。そうやって集めた情報は、マリアを打ちのめした。


 盗賊に襲撃され全滅した孤児院とは、まさしく十年前マリアがオリヴィアを捨てた孤児院だったのだ。誰かにもらわれているかもしれない。そんな一縷の希望も、すぐに絶望へと変わった。


「あ、ああ、アア、う、うう、ううアアああアアああァァァアアアアああ!!!!」


 マリアは絶叫した。声が枯れ、血を吐くまで泣き続けた。三日三晩、一滴の水も喉を通らず、一睡もせずに泣き続けた。


「オリヴィア、オリヴィアァァァ………」


 手元に、置いておくべきだった。いや、そもそも神殿に戻ってくるべきではなかった。ああしていれば、こうしていれば。いくつもの後悔が頭の中を巡っていく。


 立ち直るまで、半年かかった。いや、“立ち直った”というのは嘘だ。マリアの心の喪失は大きすぎ、決して補うとこはできない。


「腐っていてもあの子はうかばれない」

 とか、

「出来ることを精一杯やるのが償いだ」

 とか、自分でも信じられないような、安っぽい激励で無理やり自分を奮い立たせただけだ。心の傷口からは、血が止まることなく流れている。その傷がふさがることは決してないだろう。


 ララ・ルーと出会ったのは、ちょうどそんなことだった。


 視察の名目を借りて神殿の御前街に出かけたときのこと、一人の浮浪児が彼女の前を横切った。

 後から聞いた話だが、彼女がお世話になっていた孤児院がつぶれて、この御前街まで流れてきたということだった。


 ひどい有様だった。着ているものは服というよりは布に穴をあけただけのもので、泥で汚れあちらこちらが擦り切れている。手足は細く、すりむいたのかところどころに赤いものが浮かんでいた。顔はすすで汚れ、その目には絶望しか映っていない。肩まで伸びた髪の毛が、かろうじてその子が女の子であることを主張していた。


 ふと思った。

 もしオリヴィアが生き延びていたら、同じような境遇で苦しんでいるのだろうか、と。


 気がついたら、抱きしめていた。ごめんね、ごめんね、とその女の子のむこうにいる娘に謝り続けた。


 マリアは分っていた。

 この子はオリヴィアではないと、分っていた。

 この子にオリヴィアを重ねていると、分っていた。

 この子はオリヴィアにはなれないと、分っていた。


 分っていても、もうどうしようもなかった。


 惚けたように大きく目を見開いてこちらを見上げる女の子を、優しく抱き上げる。手放すことなど、考えられなかった。


 この二日後、ララ・ルーは正式にクラインの姓を受け、マリアの養女となる。


**********


 ララ・ルーを養女にしてから、およそ十年。ありったけの愛情を注いできた。そのことを後悔しているはずもない。笑って怒って喜んで、親子として楽しい思い出を幾つも作った。


 正直な話、随分と救われた。


 オリヴィアを失い、紙一重の気力だけで生きていたあの頃に比べれば、かなり精神的にも身体的にも安定した。ララ・ルーが元気良く真っ直ぐに成長していくのを見守るのは、楽しくまた嬉しくもある。


 しかし、今でもオリヴィアを手放した、あの日のことを夢に見る。そんな時はどうしても考えてしまうことがある。


 まず愛情を注ぐべきだったのは、オリヴィアではなかったのか。

 楽しい思い出を作ってあげるべきだったのは、オリヴィアではなかったのか。

 成長を見守るべきなのは、オリヴィアではなかったのか。


 ――――ララ・ルーを、オリヴィアの身代わりにしているのではないか。


 マリアは精一杯ララ・ルーを愛してきた。そしてそれに応えてくれることが、本当に幸せだった。けれども彼女を愛すれば愛すほど、応えてもらって幸せになればなるほど、本当の娘であるオリヴィアへの罪悪感が強くなる。


 さらにマリアは神子である。そしてララ・ルーは神子の養女である以上、すでに事実上の後継者とみなされている。それはつまり、あの救いようのない真実をララ・ルーに背負わせるということだ。


(わたしは、そのためにあの子を育ててきたのでしょか………?)


 オリヴィアの身代わりとして。そう考えると、今度はララ・ルーへの罪悪感がわいてくる。


 オリヴィアへの罪悪感。そしてララ・ルーへの罪悪感。

 二人の娘への罪悪感。


(わたしは本当に、罪深い女です………)




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