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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第六話 そして二人は岐路に立ち
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第六話 そして二人は岐路に立ち⑦

 朝露でしっとりと濡れたとある朝、二人の男が向かい合って立っている。一人の男はがっちりとした体つきをしており、一本の刀を正面に構えている。年の頃は三十の始めから半ばほどだろうか、手に持った刀には「闇より深き深遠の」と古代文字(エンシェントスペル)が刻まれている。


 もう一人は二十代の始めごろだろうか。整った目鼻立ちをして入るが、取り立てて美形というわけではない。だが悪戯っぽい光を放つその眼は、容姿以上に彼の存在に生気を与えていた。手には一本の杖を構えている。彼の身長より少し長いくらいの杖で、先端の歪曲した部分にはところどころ金属のコーティングがなされていた。


 ジルド・レイドとイスト・ヴァーレ。それが二人の男の名である。


 ニヤリ、とイストの口が意地悪げな笑みを作る。次の瞬間四つの魔法陣が現れ、そこから幾筋もの閃光が放たれジルドを襲う。狙いは大雑把、手数優先の攻撃だ。


 その閃光をジルドは滑らかな足捌きでかわし、あるいは手に持った刀で切り裂いていく。切り裂かれた閃光はまるで水しぶきのように散らばり、そして消えていく。


 二人の間の距離が詰まっていく。


「ヤロ…………!」


 イストは攻撃用の魔法陣を消すと今度は防御用の、不可視の盾を作り出す魔法陣を二つ描く。二つの魔法陣の間は、ちょうど人が通り抜けられないくらいの幅になっている。


 ジルドは一瞬だけ足を止め、刀を真横に一閃してその魔法陣を、不可視の盾もろとも切り裂く。そして次の瞬間には、一歩を踏み出しさらに間合いを詰めようとし………、


「!!」


 後ろに飛びのいた。放たれた閃光が彼の足元を穿ったのだ。足を止めイストの方を見ると、先ほどの攻撃用の魔法陣が八つ宙に浮かんでいる。


 手数で押す。それがイストの基本方針のようだ。ニヤリ、とイストの口が再び意地悪げな笑みを作る。一斉射撃は近い。


(仕込みは十分。やってみるか………!)


 魔法陣が輝きを放ち、閃光が一斉に放たれようというまさにその瞬間。


「ふっ!!」

 ジルドは短く、しかし鋭く息を吐き刀を一閃し、その刃は空を切った。


「おいおい………」


 イストが驚愕の、しかしそれでいて面白がるような声を漏らす。彼が用意し今まさに一斉に発動しようとしていた魔法陣は一つ残らず切り裂かれて消えかかっており、もはや用をなさなくなっている。


 ジルドが間合いを詰める。


「ヤロ………!」


 魔法陣を展開していては間に合わない。ジルドの動きに合わせてイストは杖を下からすくい上げるようにして振るう。ジルドはそれを軽く身を捻ってかわし、イストはさらに杖を上から振り下ろす。ジルドは振り下ろされる杖に刀を沿え、そっとその軌道をずらしてやる。そしてそのまま刀の切っ先を突き出し、イストの喉もとに突きつけた。


「………参った」


 イストが負けを認めると、ジルドは切っ先を引いた。こうして今日の朝稽古もジルドの勝ち、イストの負けで終わるのであった。


**********


「あ~、くそ。負けた負けたまた負けた」


 悔しそうにイストはそうぼやいた。

 地竜、リザイアントオオトカゲを撃退したあの日以来、ジルドにそこそこ戦えると認識されてしまったイストは、毎朝彼の鍛錬につき合わされていた。その勝敗はジルドの全勝イストの全敗で推移しており、それは本日も覆らなかったようだ。


「これでも人並み以上には戦えると自負してたんだけどなぁ」


 プライドがズタボロだぜ、とイストは肩をすくめて嘆いた。ただ、ジルドの評価はどうも違うらしい。


「あの距離はワシに有利な距離だ。自分の土俵で負けるわけにはいかぬさ」


 イストの本来の戦い方は「距離を取って手数で押し込む」というものだ。しかも照準は大雑把でしかないから、そもそも相手を叩きのめすための戦い方ではなく、自分が安全に逃げるための戦い方なのだ。本人にしても戦闘ではなく魔道具製作のほうがメインの活動だし、正面からぶつかって戦うのが苦手なのは当然だ。


「それにあの魔剣を作ったのはイストだ。当然その長所も短所も把握しているはずで、やり込めようと思えばいくらでも方法は思いつくのではないのかな」


 師匠をコテンパンにやっつけてしまうジルドを、ごく素直に尊敬していたニーナに彼はそう言った。

 ジルドがイストを評価しているように、イストもまたジルドのことを評価している。


「手加減してくれているのに手も足も出ないなんて、あのおっさん本当に化け物だな」


 ジルドが手加減しているという師匠の言葉を、ニーナはすぐには信じられなかった。彼の動きは素人目にも滑らかで美しくさえあり、手加減をしている様子など微塵も感じられない。


「あれだけボロ負けしてるのに、オレはかすり傷ひとつ負ってない」

 それは明らかにジルドが手加減してくれているからだ、とイストは言った。


「それに、おっさん、手と頭には絶対に攻撃しないようにしてるし」


 イストが魔道具職人であることに配慮してくれているのだろう。そしてそういう配慮ができること自体、かなり余裕を持っていることの証拠である。


「ま、オレとしては自分の作品をふさわしい使い手に渡せて大満足だけどな」


 地竜を撃退したときにジルドに渡したあの魔剣は、今は彼を主としその腰間にある。当初ジルドは「優れた魔道具をタダで受け取るなどできない」と言って固辞したのだが、イストは半ば無理やりに魔剣を彼に押し付けたのである。それでもまだ納得の行かない顔をしているジルドに、イストは一つの条件を提示した。


「それじゃあこうしよう。その魔剣を使ってオレを心の底から驚かせてくれ」


 製作した本人でさえ想像できなかった力や使い方。それを見るのは魔道具職人にとってある意味最高の報酬なのだ、とイストはいった。


 ジルドはその条件を受けた。そしてイストの直感が正しかったことはすぐに証明された。

 あの魔剣に刻印されている術式は、「強化」・「切断」・「干渉」の三つである。強化と切断の術式はともかくとして干渉の術式は抽象的でイメージをつかみにくく、イストをして「癖が強い」と言わせている。


 その魔剣を、ジルドは驚くほどの短時間でモノにしていった。

 例えば今日の朝稽古でジルドはイストが放った閃光を切り裂いていた。これはもっと詳しく説明すると「閃光を構成している魔力に干渉してバラけさせた」ということになる。イストがジルドに確認したところ、イメージとしては「魔力の結合を断つような感じ」とのこと。


「すぐにそういうイメージを持てる辺り、やっぱり相性がいいな」

 自分の直感に偽りがなかったことを再確認して、イストは満足そうに頷いた。


「今日の最後のアレ、アレってどうやったんですか?」


 二人の朝稽古を観戦していたニーナが興味津々に眼を輝かせながら尋ねる。彼女はなかなか好奇心が強い。彼女の言う“最後のアレ”とは、イストが展開した八つの魔法陣をジルドが一振りで切り裂いて見せたアレだろう。


「ふむ、どう説明したものかな………」


 自分のやった事とはいえなかなか言葉にできないでいるジルドに、イストが助け舟を出した。


「あらかじめ拡散させて辺りに漂わせていた自分の魔力に干渉して、オレの魔法陣の術式を壊したんだろう」


 恐らく切り裂かれたような感じに見えたのは、「切る」っていうのがおっさんにとってイメージしやすいんだろうな、とイストは解説した。まあそんな感じだ、とジルドもイストの説明を肯定する。


「いやいや、アレには驚いたよ」


 そういってイストは賞賛してみせたが、ジルドは軽く笑うだけで真に受けた様子はなかった。


「ところでイスト、あの魔剣のことなのだが」

「ん、どうした?返品は受け付けないぞ?」


 まるで悪徳業者のようなイストの言葉に、ジルドも苦笑をもらす。無論、彼に魔剣を返品する意思は皆無だ。


「いや、そうではなく。そういえばまだ名前を聞いていなかった、と思ってな」

「…………しまった。忘れてた」


 そういえば刻印したときに「そのうち」と先送りして以来、すっかり忘れていた。間抜けな失態にイストも苦笑いを浮かべる。


「せっかくだし、おっさんが付けてみないか」


 今更考えるのが面倒なのか、イストは命名権を放棄してジルドに丸投げした。自分で名付けたほうが愛着は沸くのかもしれないが、責任逃れをした感は否めない。


「そうだな、では『光崩しの魔剣』というのはどうだ」

 顎を撫でながら少し考えて、ジルドはそう名づけた。


「いい名前じゃないか。それに魔道具の特徴も良くとらえている」


 教会では“光”と言う語を魔力の隠語として用いている。だから「光崩し」という言い回しは、干渉によって魔力を散したり術式を破壊したりできるあの魔剣の特徴を良くつかんでいるといえるだろう。


 ちなみにこの名前を思いついたのは、今発掘作業をしているハーシェルド地下遺跡が教会に関係していることも一因だろう。


「お~い、朝食の準備ができたぞ~」


 発掘メンバーの一人が三人を呼びに来た。手を振って返事をし、三人はキャンプのほうへ足を向けた。一人でさっさと行ってしまう師匠の背中を見ながら、ニーナは隣を歩くジルドに声をかける。


「そういえばジルドさん、さっき師匠が『驚いた』って言ってましたけど、それってもう条件はクリアって事ですか」

「いや、そうではないだろう」


 製作者であるイストは「光崩しの魔剣」にああいう使い方があることを予測していたはずで、「驚いた」というのは予想よりも早くその使い方にたどり着いたことを驚いているに過ぎない。少なくともジルドはそう思っている。


「それに、どう見ても心の底から驚いているようには見えなかった」


 あるいは「条件はクリアだ」とジルドが言い張れば、イストも承知するのかもしれない。だがそれではジルドの気がすまないのだ。必ずや驚愕させてみせると、自分でも呆れるくらい意地になっている。


「なんともハードルの高い条件を受けてしまったものだよ」


 そういってジルドは肩をすくめて見せた。だがそういう彼がとても楽しそうに見えるのは、きっとニーナだけではないはずだ。


 高いハードルとジルドは嘆いてみせていたが、言葉の端々からは「必ず達成してみせる」という気概が感じられる。イストにしても彼ならば驚かせてくれるという直感があったからこそ、あんな条件を提示したのだろう。


 きっとこの短い時間の中で、すでにお互いを認め合っているのだろう。


(いいな………、そういうの………)


 イストとジルドのような関係は、ニーナにとっては眩しくそして羨ましい。いつか自分も自分の作品を使ってくれる人と、そんな関係を築けるだろうか。


「頑張ろっと」


 そんな未来の日を夢見ながら、ニーナは今日も魔道具職人として知識を増やし技術を磨く。


 ………ただし、目下彼女の仕事は発掘調査のお手伝いであるが。




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