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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第六話 そして二人は岐路に立ち
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第六話 そして二人は岐路に立ち②

 真っ先に異変に気がついたのは、先頭をいくジルド・レイドだった。


(静かすぎる……?)


 遺跡の発掘作業は騒音をともなうようなものではない。それでも人間が作業をする以上、そこには物音や話し声があってしかるべきだ。それが今は聞こえてこない。これまで何度か街に使いに行ったことがあったが、この距離でそれらしい音が何も聞こえてこないなんて事は一度もなかった。さらに意識をめぐらせてみれば、周りの森もひっそりと静まり返っている。


 ジルドの目が、スッと鋭くなる。


「おっさん、どうかしたか」


 ジルドの様子が変わったことに真っ先に気づいたのは、さすがというかイストだった。ジルドの様子に感化されたのか、彼のほうも周りを警戒するような素振りを見せている。このあたり、さすがに旅慣れしているといえるだろう。


「いや、静かすぎると思ってな。なにかあったのかもしれん」

「まさか地竜が………!?」


 シゼラが焦ったように声を上げる。仮に地竜に襲われれば、情熱はあっても腕力と戦闘能力がない発掘員たちはなす術がない。


「それは分らん。が、警戒しておいた方がいいだろう」


 冷静なジルドの言葉に一同は頷く。足音を立てないようにして遺跡に近づいていく。崩れた壁に沿うようにして移動し、遺跡内部の様子を窺っていく。


 そして、ソレはそこにいた。


「…………!」


 危うく悲鳴を上げそうになったニーナの口をイストの右手が塞いだ。さらに彼は左手の人差し指を唇に当てる。


「喋るな、静かに」


 という、万国に通じるジェスチャーだ。ニーナが頷くとイストは手を放し、さらに「姿勢を低くしろ」と身振りで指示する。それに従って崩れた壁の影に身を隠す。


 一息つき落ち着いてから改めて壁の影から様子を窺う。


「間違いないな。リザイアントオオトカゲ、地竜だ」


 ジルドが断定した。いや、はじめて見るニーナであってもそれ以外の回答など思いつかない。


 牛ほどの巨躯。鋭い爪と牙。全身を被ううろこはまるで金属のようで、太陽の光を反射し光っている。そして体長程もあるその長い尾。先っぽに着いた硬い鈍器のようなものは、その尾が立派な凶器であることを無言のうちに主張している。


 リザイアントオオトカゲ、地竜は用意しておいた食料を食らっているらしく、今はまだこちらに気づいた様子はない。


「血痕が見当たらない。発掘員はとりあえず無事なようだ」


 ジルドの言うとおり、テントの類は派手に倒されているが、血痕や死体を認めることはできない。最悪の事態にはまだ至っていないようだ。


「遺跡の中に逃げ込んだのかもしれないね」


 人影は見当たらないし、その可能性は高いだろう。発掘調査の仲間がともかく無事だとしり、シゼラは安堵の息をついた。


「とはいえそう楽観できる状況でもないな」

 イストが苦い口調で呟く。


「地竜、リザイアントオオトカゲは鼻が利く。あそこの食料を食い尽くした後、臭いを追って遺跡に入られた終わりだ」

「そんな………!あ、いや、でも食べ終わったら、そのまま立ち去ってくれるって事も………!」


 ほとんどすがる様にしてシゼラがその可能性を指摘する。


「それでもエサ場としてここを覚えられてしまえば同じこと。いや、その方がタチが悪いと言えるな」


 この遺跡をエサ場として認識されれば、地竜が頻繁にこの遺跡に来ることになる。その度に食料を食い荒らされていては、仕事にならない。いや、その前に危険すぎるということで発掘を撤収しなければならないだろう。


「殺す必要はない。だけど最低限、痛い思いをさせて追い払う必要があるな」


 イストがそう宣言した。しかしその口調はどうしようもなく苦い。やり切れるか、自信を持てない様子だ。


(赤唐辛子の粉末を使うか………?)


 以前、独立都市ヴェンツブルグの近くの森でバロックベアに襲われたときに使った赤唐辛子の粉末は、今もちゃんと用意してある。ただあの時は相手がバロックベアで、さらに暴れられても対処できる、倒せる自信があったから使ったのだ。


(今回の相手は地竜だぞ………?)


 追い払えず、かえって逆上し暴れまわるようなことになったら、対処しきれる自信がない。使うにはいささかリスクが高い。


「イスト、おぬしはどれくらい戦える?」


 イストが考えを巡らせているとジルドが声をかけて来た。彼の視線は鋭く地竜を睨みつけている。


「人並み以上だとは自負しているけどな」


 それを聞くとジルドは小さく頷いた。一瞬だけ視線をイストのほうに移したが、すぐに地竜のほうに戻す。


「得意な距離は?」

「………中・長距離、かな。接近戦はやりたくないね」


 少し考えてからイストは答えた。


「では援護を頼みたい」


 その言葉を聞いて、イストは嘆息した。どうやらこのおっさんは地竜と真正面から戦って退けるつもりらしい。


「おいおい戦うつもりかよ、おっさん」

「痛い思いをさせて追い払う必要があるといったのはおぬしであろう?」


 確かに言った。しかもついさっき。


「………この状況で四の五のいうつもりはないけどな。オレの本職は戦闘じゃないんだ。あんまり期待してくれるなよ」


 そうはいうものの、イストの本音としては「やりたくない」だ。古代文字(エンシェントスペル)で記録が残されている遺跡の調査というのは確かに興味がそそられる。が、遺跡巡りは所詮趣味だ。趣味に命はかけたくない。


 やるからには命懸け。地竜とはそういう相手だ。実際に戦ったことはないから正確には分らないが、やらずに済むならそれで済ませたい相手に違いない。

 しかし、今は戦わねばならない。


(逃げてるときに後ろから襲われたら全滅しそうだしな………)


 イストやジルドはあるいは無事に逃げられるかもしれない。しかしニーナとシゼラは確実に“アウト”だろう。


(“庵”から強力な魔道を見繕ってくるか………?)


 そう考え、しかしすぐに否定する。そんなことをやっている時間はない。第一、“庵”に保管されている魔道具の全てを把握しているわけではないのだ。使ってみて役立たずならまだしも、逆にピンチに陥っているようでは目も当てられない。


(その可能性を否定できないのがアバサ・ロットの怖さだよな………)

 脈々と続いてきた“変人”の歴史に思わず苦笑する。


「どうした?」

 怪訝に思ったのか、ジルドが声をかけてくる。


「いや、なんでもない」


 イストは頭を振って余計な考えを外に叩き出す。相手はリザイアントオオトカゲ。食物連鎖の頂点に君臨し、人など意にも介さぬ野獣だ。集中を欠けばすぐにやられてしまうだろう。


「お前らは離れてろよ」

「うむ。それと風上には立たぬようにな」

 イストとジルドの言葉に、非戦闘員の二人は何度も頷く。


「じゃ、やりますか………!」


**********


 幾筋かの閃光が地竜の横腹に炸裂した。その閃光の元をたどればそこには「光彩の杖」で魔法陣を描いたイストがいる。


(ち、やっぱり浅いな………)


 イストの先制攻撃は地竜のうろこを数枚剥いだだけで終わった。同じところを何度も攻撃できればあるいは効果があるのかもしれないが、あいにくと地竜相手にそんなことをやってのける自信はない。


 地竜がギロリとイストを、食事の邪魔をする無礼者を睨む。イストはニヤリと笑うと、まだ展開してある魔法陣に再び魔力を込め、その顔面めがけて閃光を撃った。


 ――――ギャャァァアアアウウゥゥゥオオォオォオオ!!


 耳を(つんざ)くような獣の呼砲が響く。それは決して痛みの呼砲ではない。怒りの呼砲だ。


「おっさん!」

「うむ!」


 怒り狂った地竜がイストめがけて突進してくる前に、ジルドが素早く前に出て距離を縮める。まるで暴風のように振りまわれる地竜の腕と爪を滑らかな足捌きでかわしながらジルドは間合いを詰め、すれちがいざまに打ち抜きでその前足を斬りつける。


(斬った……!が、浅い。浅すぎる)


 ジルドの持つ魔剣「不屈の魔剣」は地竜の三重のうろこを切り裂きその下に刃を届かせたが、如何せん浅すぎる。薄っすらと浮かぶ赤い筋をなんとか認めることができる程度だ。目指す「痛い思い」には程遠い。


 地竜が捕食の目標をジルドに切り替える。喰いちぎろうとする鋭い牙のはえ揃った顎を後ろに飛びのいて逃れ、魔剣を正面に構える。と、その時………。


 「!!」


 ほとんど反射的に体を屈めたその頭の上を、鈍い風切り音を残し地竜の尾が通過していく。


(一度飛びのいたくらいでは地竜の間合いから逃れられんか………!)


 肌が粟立ち、緊張が内臓を締め付ける。殺るか殺られるか。野獣の戦いは全てが生存競争であり、こそに善悪など介在しない。そして、それゆえに凄まじい。


 爪を振り上げ追い討ちを仕掛けようとする地竜の腹部に、再び複数の閃光が炸裂し何枚かうろこが剥がれる。


(やっぱこの術式じゃほとんど効果がないな………)


 ダメージらしいダメージなど入っていないが、地竜はこの小うるさい攻撃を不快に思ったのか、ジルドへの攻撃をやめイストのほうに首を向ける。その間にジルドは体勢を立て直した。


 ジルドが魔剣を構えなおしているその間に、地竜はさっきから小うるさい攻撃を仕掛けてくる無礼者に向かって走り出した。


「ちっ!!」


 短く舌打ちをすると、イストは「光彩の杖」を構えた。閃光を撃ち込んでも止められないのは分りきっている。だから展開するのは防御用の魔法陣だ。かつてバロックベアの爪を防いで見せた魔法陣を三枚重ねて地竜の前に展開する。


 ――――ピキィィィィィイイイインンン………。


「おいおい………」


 鈴の音に似た音を立てて展開した魔法陣(正確には魔法陣が展開していた不可視の盾)のうち二枚が、まるで紙切れか何かのように切り裂かれた。残った最後の一枚に、イストはありったけの魔力を込めて、地竜の鋭い爪を防いだ。


 ――――グルゥゥウウァァァアアア!!


「ちっ!!」


 地竜が雄叫びを上げながら爪を再び振り上げる。それを見たイストは魔法陣を放棄し、転がるようにして突き出される地竜の爪をかわした。


(ヤバ………!)


 転がりながらイストは自分の失策に気づいた。転がっている間に追い討ちをかけられたら無事で済むかどうか。しかし地竜は追い討ちを仕掛けてこなかった。距離を取って体勢を立て直して見れば、ジルドがけん制してくれている。が、圧され気味だ。


「ヤロ………!」


 すかさず「光彩の杖」を構え、魔法陣を展開。閃光を地竜に叩き込む。今度はうろこが一枚も剥げなかった代わりに、地竜が体勢をくずした。その隙にジルドも一度距離を取る。


(こっちのほうがいいか………)


 先程の閃光はダメージを入れることではなく、体勢をくずすことを主眼においている。微々たるダメージを入れるよりも、こちらのほうが役に立ちそうだ。


「おっさん、どんな感じ?」

 注意深く地竜との間合いを取りながらイストはジルドに声をかける。


「硬い、速い、間合いが広い。厄介なことこの上ない」

 その言葉を聞いてイストは頷いた。やはり彼も攻めあぐねているようだ。


(おっさんにあの魔剣を渡すか………?)


 あの魔剣とは馴染みの鍛冶師であるレスカ・リーサルに刀身を作ってもらい、工房「ドワーフの穴倉」を間借りして完成させた、未だ名前のないあの魔剣である。仮に「強化」と「切断」の術式しか使わないとしても、「不屈の魔剣」などよりもはるかに上等な魔剣である。この場では良い戦力になるだろう。


(だけど、な………)


 アバサ・ロットが魔道具をタダで渡すのは、気に入った相手と認めた相手だけ。それがアバサ・ロット唯一のルールだ。破ったからといって、なにかペナルティがある訳ではない。だが、名を受け継いだものとしてこの一線を越えることは、イストのプライドが許さない。


「アバサ・ロットは、つまるところエゴイストだ。だからこそ自分のエゴの責任は自分でとらにゃならん」


 師であるオーヴァの言葉が頭をよぎる。

 ただジルド・レイドが優れた剣士であることは、今までの戦闘を見れば良く分る。地竜と一度ならず真正面からぶつかって無傷でいられる剣士など、そうはいない。


 地竜が動く。それにあわせてジルドも動いた。イストも魔法陣を展開し、彼を援護する。イストが閃光を叩き込み、地竜が体勢をくずしたところをジルドが斬りつける。一見すればイストとジルドが地竜を攻め立てている。が………。


「むう………」

「決定打が入らねぇ………」


 精神的に追い詰められているのは二人のほうである。地竜のほうは細かい傷を全身に負っているが、動きが鈍っているようには見受けられない。体力の限界は人間のほうが先に迎えるだろうか、このままではジリ貧である。


「くっ!!」


 風をひきちぎって地竜の尾がジルドを襲う。身をかがめてそれをかわし、再び身を起こすと、

「む!!」


 振り戻された尾が再びジルドを襲う。ジルドは吹き飛ばされながらも、尾の先についた鈍器を魔剣で受け止めた。


「おっさん!!」


 吹き飛ばされる瞬間、ジルドは自分から後ろに飛びのいている。だからほとんどダメージはない。だが………。


「魔剣が………!」


 地竜の一撃をまともに受け止めた「不屈の魔剣」は、その刀身が半ばから折れてしまっていた。折れてしまっては「不屈の魔剣」はもはや魔剣として、いやそもそも剣として用をなさない。それはこの場において、地竜に多少なりともダメージを負わせる手段がなくなったことを意味している。


 まさに絶体絶命。しかし………。


「おっさん………?」


 ――――ジルド・レイドは笑っていた。

 まるでこの戦いが楽しくて楽しくて仕方がないとでも言わんばかりに、ジルド・レイドは壮絶な笑みを浮かべていた。


 ――――それを見て、イスト・ヴァーレもまた、笑った。

 ああ、間違いない。こいつは“本物”だ。なにがどう“本物”なのか、そんなことは知ったこっちゃない。だがオレの、このオレの直感が告げている。このおっさんは“本物”だと!


 地竜が動く。

 腕を振り回し顎を開き、鋭い爪と牙でジルドを攻め立てていく。その全てをジルドは滑らかな足捌きでかわしていく。回避に意識を集中しているためか、その動きは今までよりも速い。


 ジルド・レイドは後ろに下がらなかった。魔剣を失いもはや攻撃手段がないにもかかわらず、彼はむしろ前に出て地竜との間合いを詰め懐に入り込もうとする。それを嫌ったのか、地竜のほうが後ろに下がった。


 飛びのいた地竜のわき腹に閃光が直撃し、その巨体を一瞬だけよろめかせる。その一瞬が全てであった。


「おっさん!!」


 イストは「ロロイヤの道具袋」から一本の刀を取り出し、ジルド・レイドに向かって投げた。それを見たジルドは反射的に折れた魔剣を投げ捨て、飛んできた刀の柄をつかんだ。鞘は投げつけられた勢いそのままに飛んでいき、白銀に輝く刀身があらわになる。ジルドはごく自然な動作でその刀を正面に構えた。


 ――――闇より深き深遠の


 そう古代文字(エンシェントスペル)が刻まれた刀身は優美なそりを持ち、その透明感のある片刃の波紋は乱れ乱刃。


「刻印した術式は三つだがとりあえず『強化』と『切断』だけ使ってくれ!!」

「うむ!」


 ジルド・レイドが前に出る。それに合わせるように地竜が尾を振るう。横から迫り来る鈍器を彼は前のめりにかわし、さらに間合いを詰める。そして………。


「ハァァァアアアアアア………ハッ!!」


 ジルドが頭上から振り下ろしたその一撃は、地竜のうろこと肉と骨を切り裂いてその尾を切断した。


 ――――グゥゥルゥゥギャァァアアアアア!!!


 初めて聞く地竜の悲鳴。己の最大の武器である尾を失った地竜は、耳を(つんざ)く悲鳴を残して森の中へと逃げ去っていった。


 地竜が逃げさった遺跡に、静寂が戻る。緊張が切れたイストは、堪えきれずその場にへたれ込んだ。呼吸が荒い。思い出したように汗が吹き出てくる。


「助かった、イスト」

「こっちの台詞だよ、おっさん」


 刀を鞘に納めたジルドが側によってくる。こちらは特に呼吸を乱した様子はない。まったく牽制しかしていない自分がこの有様なのに、地竜と真正面からやり合っていたジルドのほうが元気だとは。


「いい魔剣だな」

 そういってジルドは鞘に収めた魔剣をイストに差し出した。


「いいよ、その魔剣はおっさんにやる」


 しかし、イストはそういって差し出された魔剣を受け取ろうとはしなかった。このおっさん、ジルド・レイドは“本物”でクセの強いあの魔剣の力を十全に引き出してくれる。そのイストの直感は、いつの間にか確信に変わっていた。





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― 新着の感想 ―
初見で竜と言われてる尾切れば 魔剣の所有者としては合格でしょうね
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