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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第五話 傾国の一撃
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第五話 傾国の一撃⑩

イストとニーナのお話です。

この師弟は書いていて楽しいですwwww


「あ、ししょー。おはようーざいます」


 寝起きの冴えない頭でニーナは師匠であるイストに挨拶をした。彼もまた寝起きらしく眠そうに欠伸をかみ殺している。


「ん~、おはよ~」

 窓から差し込む光は明るい。今日もいい天気になりそうだ。


「にしても、すごい寝癖だな………」


 そう言われ、元気よく飛び跳ねている髪の毛をニーナは慌てて手櫛で撫で付けた。が、当然のことながらその程度では収まってくれない。


「むぅ。というか師匠だって寝癖ひどいじゃないですか」

 ニーナの言うとおり、イストの頭もなかなかにひどい状態だ。


「ふ、あまいな」


 イストがそういった瞬間、彼の髪の毛は一瞬にして整えられた。いつもどおりの髪型で、そこには寝癖一つない。


「え?ええ?え~?」


 目の前で起こった現象が理解できず、ニーナは目を丸くして軽く混乱した。まったくイストと旅をしていると驚くことには事足りない。弟子のワタワタした様子を眺めて満足したイストは、得意げに種明かしをした。


「『形状記憶ジェル』っていう魔道具を使ったんだよ」


 聞くところによれば、「形状記憶ジェル」という魔道具は使い捨てタイプの魔道具で、形を整えジェルを塗り魔力を込めるとその形をジェルが記憶し、形が崩れてしまっても魔力を込めれば記憶した形を復元してくれるのだとか。整髪だけでなく、衣服に使うこともあると言う。


「おお~。便利そうですね~」


 ニーナは素直に感嘆の声を上げた。毎朝寝癖と格闘しなくて済むのは確かに素晴らしい。


「ちなみに効力は三日~四日くらい」

 意外と短いような。


「ずっと同じジェルを付けとくのも嫌だろ?」


 そういわれればニーナも頷くしかなかった。それからイストは彼女の何かを期待するかのような目に気づいた。


「欲しいか?」

「くれるんですか!?」

「自分で作れ」


 魔道具職人だろうが、と言われればニーナも頷くしかない。となれば「形状記憶ジェル」が手に入るのはもう少し先だろうか。なにしろ課題として出された魔道具は、まだレポートをまとめている最中だ。


「今晩にでも教えてやるよ」

「え、いいんですか!?」


 思いもしなかった話の展開にニーナは喜んだ。


「ああ。材料計って練金炉に入れて魔力込めながら混ぜるだけだから」


 そういってイストは堪えきれない欠伸を再びかみ殺すのであった。


**********


 ポルトールのパートームを旅立ったイストとニーナの師弟は進路を西にとっていた。ポルトールの西にはラトバニアという国がある。国土は七三州。そのさらに西にはジェノダイトという国があり、その国土は八一州である。


 これらの国々のすぐ北には教会の影響力がつよい「神聖四国」と呼ばれる国々があった。地理的に見ればこれらの四ヶ国が大陸の中心部に位置しており、またこれまでの歴史上でも主役となることが多かった。ただ早期に文明が発達したせいか、今の時代は衰退期に入っている感があり、その組織は教会を含め腐臭を放っていた。これまでは聖銀(ミスリル)がもたらす莫大な売却益がいわば「芳香剤」となってその腐臭を隠していたが、その製法が暴露されお金が入ってこなくなると、教会と神聖四国は「暴走」を始めることとなる。それがシーヴァ・オズワルドとクロノワ・アルジャークという、東西の雄を戦場で引き合わせることになるのだがそれはまだ先の話だ。


 ともあれイストとニーナの師弟の旅路である。彼らは今ラトバニアにいる。そしてこれからジェノダイトに向かおうとしていた。


 ラトバニアからジェノダイトに向かう道はいくつかあるが、彼らが選んだのは「エプティアナの森」を通過するルートであった。理由は至極単純で「移動距離が一番短いから」である。整備された街道を通ることもできるのだが、そうすると南に大きく迂回して沿岸沿いの街道を行くか、北に向かい一度第三国を経由していくしかない。距離的にも日数的にも最も短くて済むのがエプティアの森を突っ切るルートなのだ。


 エプティアの森は森であるから当然街道など整備されていない。だが、森の中は高低差が少なくほとんど平坦で、また方位磁針を狂わせるなどといった難所指定要素もない。極端な話、まっすぐ西に向かっていればそのうちジェノダイトに着く。唯一気をつける点があるとすればその広さであろうか。エプティアの森は一日で抜けることはまず不可能である。人の足で歩いて二日、ともすれば三日かかることもザラである。当然その間は野宿をすることになり、そのための準備が必要になるのだ。


「そんなローブを着て保存食を買い込んでいるところを見ると、お嬢ちゃん、エプティアの森を越えるつもりかい?」


 ニーナが買い込んだ食料品を道具袋にしまっていると、露店をやっているおばちゃんにそう聞かれた。


「はい、そうですよ。森を抜けてジェノダイトに向かうつもりです」


 今、ニーナは師匠であるイストと森越えに必要なものを分担して買い込んでいる。もっとも元々旅をしている身なので、食料などの消耗品を補充すればいいだけだ。


「大丈夫かい?あの森は悪霊が出るって言う噂があるんだけど…………」


 露店のおばちゃんの言うところによると、五・六年前あの森を越えようとしていた旅人が悪霊を見たらしい。


 曰く「それは月が隠れた晩のことだった。悪霊は二人とも黒いローブを着込んだ鉤鼻の老婆のような姿で、しわしわの手にさじをもって火にかけられた鍋をかき混ぜながら、『ケーッケッケッケッケッケ』とそれはそれは邪悪な笑い声を上げていた」らしい。驚いて逃げた後、数分後にもう一回確かめようと様子を見に行ったところ、今度はいきなり怪しげな霧が現れ、二人の老婆の姿は見えず、ただその邪悪な笑い声だけが木霊していた、という。


「ま、まさか………。た、ただの見間違いでしょう?」


 顔が引きつるのを自覚しながら、ニーナはそうであって欲しいという願いを込めてそういった。お化けだの悪霊だのは大の苦手だ。


「そうだといいんだけどねぇ………」


 実際、町の人々の大半はこの話を信じていない。最初の目撃証言のほかに見たと言う人がいないからだ。だが、最初の目撃者が三人組の旅人だったことが、この話しに妙な信憑性を与えている。


「み、見間違いの聞き間違いです………。そうに決まっています………!」


 日が高く春麗らかな陽気のこの時間、怪談話をするには雰囲気が足りない。露店のおばちゃんも「まあ、そういう話があるってだけだから」と笑って噂話を切り上げた。


 宿に戻ると、既にイストは買出しから戻ってきていた。彼のほうは虫除けの薬や、傷薬の類などを補充してきた。


「お、来たか」


 弟子の姿を認めると、イストは立ち上がった。既に宿のチェックアウトは済ませているらしい。


 イストは「少し食べてから行くか?」と聞いたが、まだお昼には早くお腹も空いていない。結局、町を出る前に露店で軽食を買い込み、それをお昼に食べることにして二人はエプティアの森へと向かったのであった。


*********


 夜の森は暗い。

 どれだけ空に月や星が輝いていても、生い茂る木の葉はその光を遮ってしまう。昼間であれば「薄暗い」程度で済むが、夜になると本当に真っ暗だった。早めに用意しておいた焚き火が、今は妙に頼もしい。


 ちなみに、熱や光を得るだけならば魔道具を使っても良いのだが、煙を出したほうが虫が寄ってこないということでこの夜は焚き火で、ということになった。


 時折物音がする木々の奥の闇を、ニーナは落ち着かない様子で警戒(・・)していた。昼間、森に入る前に露店のおばちゃんから聞いた、「悪霊うんぬん」の話を思い出してしまい、どうしても気になってしまうのだ。


 それを聞いたイストは面白そうに、かつ不敵に笑った。


「面白そうじゃないか、悪霊。出てきたらとっ捕まえて研究材料にしてやる」

 その物言いに、さすがにニーナも呆れた。


「どうやって捕まえる気なんですか、師匠」


 そうだな、とイストは「無煙」を吹かしながら考え込んだ。その様子は実に楽しそうで、ニーナは嫌な予感を覚える。


「乗り移ってきたところを精神力でねじ伏せて捕獲、ってのはどうだ?二体いるみたいだから、一体はお前の持ち分な」


「イヤァァァァァアアアアアアアア!!」

 ノリウツラレル。のりうつられる!?乗り移られる!!


「とまあ、楽しげな話は置いといて、だ」

「全然楽しくないですよお!?」


 ニーナの絶叫その他諸々を、恐らくは意図的に無視して、イストは話を強引に切り替えた。


「ほいこれ」

 軽い調子でイストは二つ折りにしたメモ用紙をニーナに手渡した。


「………なんですか、コレ」


 ニーナがちょっぴり涙の残る目でその紙を確認すると、なにやら素材の名前とその数量が記されている。


「朝言ったろ?『形状記憶ジェル』の作り方だよ」


 そういってイストは「ロロイヤの道具袋」から材料を取り出していく。さらに木箱に納められた天秤と分銅を出した。ちなみにこの天秤はかなり高価なもので、これだけで一シクするという。


 作り方の注意点を聞くと、材料を正確に計ることの他は特にないらしい。焚き火の明りだけだと暗いな、と思っていたらイストが師匠らしく「新月の月明かり」を用意してくれた。


 一つ一つ丁寧に素材を計りながら作業を進めていく。こうやって作業に没頭していると、「悪霊うんぬん」の話は忘れることができた。そんなニーナの様子をイストは「無煙」を吹かしながら楽しそうに眺めている。


 全ての材料を計り終え練金炉に入れたところで、ニーナの手が止まった。作り方が記されたメモ用紙を見ながら眉間にしわを寄せている。


「あの、師匠。この『一定量の魔力を込めながらかき混ぜる』ってどうやるんですか?」


 魔力の制御というヤツは往々にして感覚的で、多いか少ないかぐらいしか人間にはわからない。「一定量の魔力を持続的に流す」と言う作業は、あるいは熟練した職人ならばできるのかもしれないが、現状ニーナには無理だった。


「ああ、それにはこいつを使う」


 そういってイストが取り出したのは、スープやシチューなんかをかき混ぜるのに使いそうな木製の匙だった。柄の上のほうに小さい結晶体がついており、その匙が魔道具であることを主張している。


「魔道具『魔女の匙加減』。効果は魔力の整流作用」


 この魔道具は流せる魔力の上限が決まっており、それ以上は魔力を込めても霧散してしまうそうだ。上限は固定されており、別の一定量が必要になったときはそれ用にもう一つ作るしかないという。


「そしてもう一つ。コレだ」


 ニヤリ、と悪戯を思いついた悪餓鬼のような笑みを浮かべてイストが差し出したのは、黒いローブだった。おとぎ話か何かで、魔女が着込んでいそうな感じである。


「………なんですか、これは………?」

 ひしひしと感じる嫌な予感にニーナは頬を引きつらせた。


「こいつを着て『ケケケケケ』と邪悪な笑い声を上げながら作る」

「な、なんでそんな魔女の真似事なんてしなきゃならないんですか!?」


 そんなの恥ずかしすぎる。恥ずかしすぎて死ねそうだ。しかも使う匙も「魔女の匙加減」だし。狙っているとしか思えない。


「それがこの魔道具を作るときの流儀で作法だ!」


 イストは胸を張ってそう宣言した。なんでも匙で鍋をかき混ぜるならそれっぽい格好をしたほうが面白い、と言う理由らしい。


「だ、騙されませんよ?し、師匠はそんなことしなかったんでしょう?」

「いや?やったぞ」


 ニーナの期待をイストはあっさりと裏切った。


「五・六年前、ああ、ちょうどこの森だったな。師匠が思い出したみたいに『この魔道具を作ってみろ』っていいだしてさ」


 その時に作らされたのが『形状記憶ジェル』だったそうだ。そしてイストの師匠、オーヴァ・ベルセリウスは彼にその“流儀”を強要したと言う。


「そ、それでやったんですか………!?」

「やった。いや~もうノリノリだったね。挙句の果てに師匠と二人で『どっちがよりそれっぽくできるか?』って競っちゃてさ」


 二人とも黒のローブを着込み、さらには老婆に変装し、鉤鼻の付け鼻をつけ、「ケーッケッケッケッケッケ」とそれはそれは邪悪な笑い声を競うように上げたそうだ。


「それを誰かに見られたらしくってさ、そいつら悲鳴を上げて逃げちゃったよ」

「悪霊の正体は師匠たちですか!?」


 当時を思い出して愉快そうに笑うイストに、ニーナは頭痛を感じながら突っ込んだ。知りたくなかった新事実だ。


「で、戻ってきて邪魔されても迷惑だから『霧の迷宮(ミスト・ラビリンス)』をつかって勝負を続けたんだ」


 イストと師匠が使ったという魔道具「霧の迷宮(ミスト・ラビリンス)」は一種の結界で、放射状に魔力を放出して、他人を中心部に近づけないようにする効果があるらしい。その時に発生する“霧”は放出された魔力がそう見えるのであって、実際の水分からなる霧ではない。


 結局、勝負はオーヴァの勝ちだったらしい。イスト曰く「入れ歯を外したのが勝因」だったそうだ。


「年の功には勝てなかった」

 とイストは楽しげに笑った。


 聞かされたことの真相にニーナはあらゆる意味で衝撃を受けていた。怪談話の裏側にまさか自分の師匠が絡んでいるとは思わず、ニーナは安心すればいいのか怒ればいいのか、はたまた呆れればいいのか、それはそれは判断に迷う。あるいはこの先で見聞きする怪奇現象にイストが関わっているのではないかと思うと、まだ起きてもいないのに気が遠くなるニーナであった。


「さ、気を取り直してやってみよう」


 そういってイストはとてもいい笑顔を浮かべ、黒のローブと「魔女の匙加減」を持って迫ってくる。その清々しい笑顔の奥に言い様のない邪気を感じるのは、決して勘違いではないはずだ。渋っていると、


「他の変装道具も用意してやろうか~?」

 と物凄くありがたくない提案をしてくれたので、必死に辞退した。


「う、ううう…………」


 かつて師匠も通った道をまさか弟子の自分が嫌だともいえない。「誰も見ていないから。誰も見ていないから」と必死に自分に言い聞かせて、ニーナは黒のローブを羽織った。そいて「魔女の匙加減」を手に、魔力を込めながら練金炉の中身をかき混ぜていく。


「………ケ、ケケ…………ケケ、ケ………」

「もっと大きな声で!もっと禍々しく!」


 なにが悲しくて魔女の真似事などせにゃならんのか。羞恥心で一杯のニーナの胸のうちなどまったくお構いなしに、イストは実に楽しそうに煽る。


「ケケケ、ケッケッケケケ…………」

 ああ、何かが壊れていく………。


「もっと激しく!魔女になりきって!!」


 自分の格好とその場の雰囲気、そしてイストの言葉とハイテンションに煽られてニーナの健全な思考力は加速度的に低下していく。


(ああ、なんか練金炉の中身が毒薬に見えてきた………)


 毒薬の入った鍋を匙でかき混ぜる黒いローブを着た女。それはまさに魔女。そう、今まさにわたしは魔女!!


「ケーッケッケッケッケッケ、ヒーヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!!」

 何かが解放されていく。ああ、自由って素晴らしい…………。

 雰囲気に酔わされ、エクストリームにはまっていくニーナ。


「うわあ、やっちゃったよ…………」


 そんなニーナに対し、けしかけた張本人であるはずのイストは、いきなりテンションを下げて傍観者を気取るのであった。


「うわわぁぁぁぁああああんんん!ししょーのばかぁぁぁああああああ!!」



 ちなみに「形状記憶ジェル」はきちんと完成した。しかし、そのジェルを見るたびにニーナは羞恥心に打ちのめされ、しばらくは使うことができなかったと言う。


 彼女の弟子生活はまだまだ始まったばかりだ。




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