第一話 独立都市と聖銀の製法⑥
転送された先の空間は真っ暗だった。
「ちょっと待ってろ。今明かりをだす」
その声の少しあとに周りが明るくなった。イストの手にはランタンが握られている。リリーゼも知っている一般的な魔道具で「新月の月明かり」という魔道具だ。魔力を込めると一定時間月明かりを模した光を放つ。
「鍾乳洞みたいだな」
あたりを見回したイストが呟いた。
「寒いな」
リリーゼが腕をさすりながら言った。外は日差しもあり暖かかったのだが、ここはひんやりと肌寒い。
「これを羽織るといい」
そういってイストは腰の道具袋からモスグリーンの外套を取り出しリリーゼに渡した。こんな大きなものが普通に入るとは思えないから、あの道具袋は魔道具なのだろう。
外套を受け取り、着込みながらリリーゼは当然の疑問を口にした。
「なんで二着も外套を持っているのだ?」
「便利だぞ。野宿のときに下に敷いたりできる」
「つまりこの外套は地べたに敷く用なのか・・・・・」
なんともいえない顔をしているリリーゼに、イストはちゃんと洗ったよ、と声をかけた。そして、さて、と言って腰に付けた道具袋から先ほどカートリッジが入っていた小箱を取り出し、そこに入っている小さな黒い球体を取り出した。
「それは?」
「ペイントボール。本来は仮装パーティーなんかで使う魔道具なんだけどな、こうやって目印なんかにも使える」
そういってイストはペイントボールを壁に押し付け魔力を込める。すると球体は解けるようにして広がり、鳥が翼を広げる様子を模した図柄になった。
「他にも蛇、狼、獅子、馬、花とかいろいろある」
「暗いと見えないんじゃないのか?」
煙管を吹かしながら自慢するように説明するイストに、リリーゼは至極当然な疑問をぶつけた。
「そのペイントボールはオレが手を加えていて、こいつとリンクしている。まぁ、大まかな位置関係が分かるわけだ」
そういって彼が取り出したのは装飾の施された眼帯だった。視覚補助の魔道具で千里眼というらしい。
「その他にも髪の毛だとか眼の色だとかを変えられる魔道具も色々ある。なかなか楽しいぞ」
「まるで変装用だな」
リリーゼの感想に、鋭い、とイストは嬉しそうにいった。
「それよりもここに来た目的とやらを教えてくれ」
魔道具の説明談義に脱線していきそうなイストに釘を刺し、話を本筋に戻す。
「ああ、どこから説明したものかな・・・・」
とりあえず歩きながら話そう、ということでイストとリリーゼは一本道を歩き始めた。鍾乳洞の中は足元が湿っており、なかなかに歩きづらい。
「あの遺跡がどれくらい前のものか知ってるか?」
イストはそう唐突に尋ねた。
「300年くらい前だろう?」
「そう。じゃあ、その頃このあたりで何があった?」
まるで教師が生徒を教えるときのように、イストは質問を重ねた。
確か、300年前は大陸の東側一帯を支配した帝国の末期だったはずだ。各地で反政府活動やら反乱やらが起こり世の中は騒然としていたと、聞いた覚えがある。
「まぁその通り。んで、ヴェンツブルグの周りに点在している遺跡は、この地方で反乱を起こしたレジスタンスの活動拠点の名残というわけだ」
その反乱を指揮した中心人物の名はベルウィック・デルトゥードという。そして彼の下で働いた三人が後に三家の初代当主となる。
「まぁ、歴史の概観はこのくらいにして」
ベルウィック・デルトゥードの指揮する反乱軍は他の勢力と比べると比較的少数であった。にもかかわらず戦えば負けなしで、しかも潤沢な活動資金を持っていた。
「なぜだと思う?」
「それは・・・・・」
「強力な魔道具を製造していたからだ」
リリーゼが答えに窮するとイストはすぐに自分で答えを言った。
反乱軍の中に優秀な魔道具職人がいたのだろう。その人物の作る魔道具こそがベルウィック・デルトゥードの反乱軍の武力を支え、また他の反乱組織に売却することで資金を確保していたのだ。
「で、ここからが本題だ。魔道具を作るには当然、素材がいる。ここで作っていた魔道具はとある素材が主として使われていたんだけど、何か分かるか?」
「さっぱり」
もはや取り繕うこともやめて、リリーゼは正直に答えた。もともと知っているとは思ってなかったのだろう。イストは特に気にした様子もなく答えを告げた。
「聖銀だ」
「聖銀!?」
ここで聖銀が出てくるとは思っていなかったのだろう。リリーゼは驚愕の声を上げた。
聖銀とは銀をベースとした合成素材で、魔道具製作においては優良な素材である。現在その製法は教会が独占しており、市場に流れる聖銀には法外な値段が付けられている。そこに生まれる利益たるや莫大なもので、教会は年間の活動資金のおよそ3割を聖銀から得ていると言われている。
「教会が聖銀の製造を始めたのがやっぱり300年前くらいだから時期的にはあってるわな」
「つまり・・・・どういうことだ・・・・?」
話が思いがけない方向に飛んで、リリーゼは少し混乱気味だ。煙管を吹かしながらイストは続けた。
「つまり、ベルウィックの反乱軍で作られていた魔道具に聖銀が多量に使用されていた。で、調べてみたら反乱軍にフランシスコ・メーデーが協力していた、らしい」
「・・・・・本当か・・・?」
フランシスコ・メーデーの名前が出てきてリリーゼは唸った。
フランシスコ・メーデーは聖銀の製法を発見した人物だ。ただしそれは彼が教会直営の工房に身を寄せるようになってから、というのが定説だ。
「で、オレの“半分未満の目的”だけど、聖銀の製法、あるいはその手がかりがのこってないかなぁ~、と言うわけだ」
「まさか。残っているわけがない。仮に残っていたのならば、教会がもっと早く動いているはずだ」
イストの話に驚かされながらも、はっきりとその可能性をリリーゼは否定する。教会にとって聖銀は重要な資金源だ。300年もの間その製法の秘密を守っているのだから、その管理体制の厳重さが窺える。もし少しでも在野にその製法が残っている可能性があるとしたら、文字通り大陸中で草の根分けてでも探し出すはずである。教会にはそれだけの力があるのだから。
「いいんだよ。どうせ半分未満の目的で、半分以上は趣味なんだから」
こんな面白いものも見れたことだし結構満足してるよ、と白い煙(水蒸気だが)を吐きながら気楽そうにイストは言った。
リリーゼには言っていないが、イストが得た情報の中には「聖銀の製法が壁に刻んであった」というものがあり、それが半分未満とはいえ目的の根拠となっている。なぜこのことをリリーゼに教えてやらないのかといえば、彼なりの腹黒い思惑があるからだ。
「それよりも、ベルウィックの反乱軍で作られていた魔道具に聖銀が多量に使用されていた、なんて情報どこから手に入れたんだ?」
聖銀の製法うんぬんも気になるが、リリーゼとしてはそのことも気になった。いわばここは地元なのにそんな話は聞いたことがない。
「ま、蛇の道は蛇ってやつだ」
疑問は軽くはぐらかされた。
道は続く。リリーゼはふと浮かんだ疑問をそのまま口に出した。
「ここで聖銀が作られていたのなら、なぜヴェンツブルグには聖銀の製法が伝わらなかったのだろうな・・・・」
「魔道具を作っていたその腕のいい職人は戦いが終わったあと、ここを離れたらしい」
職人がいなくなったことで、魔道具が作られなくなり、聖銀の需要もなくなった。たがそれだけでは理由にならない。
「おかしいだろう。職人はその一人だけではなかったはずだ。それに聖銀自体に需要があるはずだ」
「そもそも銀が手に入らなくなった、聖銀を精錬するのに必要な素材や道具が手に入らなくなった、聖銀の需要が減った。まぁ、それらしい理由ならいくらでも思いつくさ」
本当のところどうなのかは分からないけどね、とイストは肩をすくめた。
「しかし惜しいな。聖銀の製法が残っていればヴェンツブルグは巨万の富を得られただろうに」
なにしろ教会の年間の活動資金のおよそ三割だ。ともすれば、小さな国ならばそのまま国家予算になりかねない金額だ。
「そうだな。が、とき既に遅し、というやつだ。仮にここで聖銀の製法が見つかっても、普通に作って売っていたんじゃ、利ザヤは少ないだろうしな」
イストの言葉にリリーゼは反感を持った。現に教会は聖銀から膨大な利潤を得ているではないか。なぜヴェンツブルグに同じことができないと言い切れるのか。
「教会から横槍が入る。売却益の9割は持っていかれるだろうな」
「そんな・・・・・」
それが政治って奴さ、とイストは無煙を吹かし、白い煙(水蒸気だが)を吐きながら言った。教会とヴェンツブルグの力の差は歴然で、言うなれば「月とスッポン」だ。圧力を掛けられれば屈せざるを得ない。
「まぁ、やり方を変えればそれなりに儲けられると思うけどな」
「どうするのだ?」
教会に横槍を入れさせず、大きな利益を上げる方法などあるのだろうか?
「自分のおつむで考えな」
ちょうどその時、一本道が終わり少し広い空間に出た。川の流れている音がする。新月の月明かりを掲げると、先が幾つかに枝分かれしていた。
イストは再び木箱を取り出し、壁にペイントボールを張り付け目印を残している。
「どれを選ぶのだ?」
枝分かれしている道はここから見えるだけで五つある。選んだ先がさらに分岐している可能性もあるから、全てをしらみつぶしに探索するのは無理だろう。
それが分かっているのかいないのか、イストはふむ、と顎に手を当てて考えるしぐさをした。悔しいがさまになっている。
「・・・・話は変わるが、その腰の魔剣・・・・」
「・・・はぁ?・・・何だ?一体何だ・・・・?」
話が唐突に飛びすぎてついていけない。
「だからその魔剣。かなりの業物だな。ずっと気になってたんだ。少し見せてくれないか?」
まったくこんな時にそんなことしなくてもいいじゃないか、とブツブツ文句を言いながらも水面の魔剣を鞘から抜いてイストに渡す。魔剣を受け取ったイストはその刃をためつすがめつ眺めて、
「な、ちょ!お前!」
いきなり魔剣に魔力を込めた。蒼白色の淡い光が闇に浮かび上がると、リリーゼは咄嗟に声を上げた。
悪い悪いあまりに見事だったものでついな、と明らかに悪かったと思っていない軽い調子で謝りながら、魔剣をリリーゼに返す。
「そうそう、今魔力を込めてみて分かったんだけどな。その魔剣、単なる水属性の魔道具ってだけじゃなさそうだ」
「どういうことだ・・・・・?」
扱いに熟練しているとはとてもいえないが、今まで使ってきた限りでは水を操る以外の能力などなかったはずだ。
「どうやら魔力を放出してその反射を観測することで周りの状況を調べられるらしい」
水面に浮かぶ波紋の如くってわけだ、と白い煙(水蒸気だが)を吐きながら軽い調子でイストは言った。
慌てて取り返した水面の魔剣に魔力を込める。今度はそういう能力を使うつもりで。
(確かに魔力を放出して、それが反射して返ってくるような感じがするな)
イストが言うところの観測とやらは魔剣自体がやっているらしく、頭の中には大まかな地形が浮かんだ。
「故に『水面の魔剣』というわけか・・・・・」
少々複雑な心境だ。手にしてからまだまだ日が浅いとはいえ、自分の魔道具について今さっき触っただけの他人から教えられるとは。
(未熟だな・・・・)
思い知らされる。
そんなリリーゼのセンチでブルーな心境を意図的に無視して、イストは右から二番目の通路を選んで先に進んでいく。その先が一番広くなっていたからだ。リリーゼも無理やり気持ちを切り替え、そのあとを追った。
進んでいくと回りの雰囲気が変わった。
「工房・・・・か?」
目の前に広がったその光景は工房と呼ぶのがもっともふさわしく思われた。どうやら反乱軍はここで魔道具を作っていたらしい。
「だが、工房というにはガランとしすぎていないか?」
「もともとは色々道具があったんだろうが、戦いが終わってから持ち出したんだろう」
そうやって資材をかき集めて町を作り、だんだんと成長して独立都市ヴェンツブルクとなったのだろう。知識として知っているのと、こうして遺跡を探索し肌で感じるのとでは、心に迫るものが違う。
「少し見て回るか」
そういってイストは古の工房跡に足を踏み入れた。足元は荒くではあるが舗装されており、先ほどまでと比べると格段に歩きやすい。無数に残る人工的に削られた跡や窪みが、ここで多くの人が働いていたことを無言のうちに物語っていた。
入ってすぐの空間が広くなっており、さらに左右の壁を掘って作ったのだろうか、幾つかの小部屋が連なっている。
その一つに、それはあった。
「これは、・・・・・まさか・・・・・」
壁に何かの文字が刻まれている。ただ現在は使われていない古代文字が使用されており、リリーゼには読めない。
「珍しいな。この時代の遺跡に古代文字が使われているなんて」
300年前ならば既に現在使用されている常用文字が一般に普及していたはずだ。
「これじゃあ、何が書いてあるか読めないな・・・・」
これが聖銀の製法かもしれないと思うと残念で仕方がない。
「だがまぁ、先人たちの足跡を見られただけでもためになったな。・・・・ってイスト?」
イストは眉間にしわを寄せながら壁に刻まれた古代文字を睨むようにしてみている。
「『我ら・・・・』」
「読めるのか!?」
「何とかな・・・・・」
集中しているのかイストの返事はいい加減だった。欠けていて読みにくいとか劣化が酷いとか色々ブツブツ言いながらイストは解読を試みている。
「何で古代文字が読めるんだ?」
今更この男にどんな秘密や特技があっても驚かないが、それでもやはり気にはなる。難しい顔をして解読するイストの背中に、リリーゼは問いかけた。
「オレの師匠が酔狂な人でな。自分が作った魔道具についての記録を古代文字で書くんだ。で、オレも覚えさせられたってわけ」
ま、今でも職人の中には使っている人もいるし、古い文献なんかは結構古代文字で書かれたものも多いから便利だぞ、とイストは事もなさげに答えた。
職人たちは自分の作った魔道具について詳細なレポートを残しておくことが多い。が、それは誰にでも見せてよいものでは断じてない。そこで現在は一般には使われていない古代文字や、仲間内で使う暗号を用いてレポートを書くのだ。
もっともこの話は一昔どころか二昔以上前のことで、現在はそういったレポートは各工房で厳重に管理されているのが普通だ。そのため使用される文字も常用文字が圧倒的多数で、古代文字などほとんど使われない。そんなご時勢にわざわざ古代文字を用いるイストの師匠は、そして恐らくは彼自身も、よほどの酔狂なのだろう。
そんなことを考えていると、解読が終わったのか、イストが立ち上がった。
「なにが書いてあったのだ?」
まさか本当に聖銀の製法が書かれているとはさすがに思えないが、わざわざこんなところに、しかも古代文字を用いて書いている文章だ。人並みには興味がある。
「『我ら・・・・』」
我らは自由を求めるものなり
我らが求める自由は与えられるものにあらず
我らが求める自由は我らの手で掴むものなり
同志たちよ、忘れるなかれ
与えられし自由は、また奪われるもの
己が手で掴む自由こそが真の自由なり
我らはここに宣誓す
我らは諸人の自由を奪わず、我らの自由を奪わせず
朗々と、イストの声は響き渡った。
「宣誓文だったのだな」
余韻に浸りながら、リリーゼはポツリと呟いた。ベルウィック・デルトゥードとその同志たちはこの言葉と理念を胸に戦ったのだ。そしてその歴史は今まさに独立都市ヴェンツブルクへとつながっている。
「先人たちの理想と大望の上に私たちはいるのだな」
そう考えると胸が熱くなる。
イストの方を見ると、なにやらノートのようなものに壁の宣誓文を書き写していた。ちなみに古代文字のままだ。
「聖銀の製法じゃなくて残念だったな」
「なに、もともとそんなに期待していなかったからな。それにこれはこれで予想以上に面白いものが見れた」
満足満足、とイストは白い煙(水蒸気だが)を吐きながら嬉しそうに言った。書き終えたノートをしまい、立ち上がる。
「さて、残り四つの分かれ道も探索してみるか」
そうして、大まかにではあるが鍾乳洞全体を探索し終えたのは、もうしばらく時間がたってからであった。
**********
転送用の魔法陣を使ってもとの遺跡に戻ってきたときには、あたりは黄昏時を迎えていた。頭上を見上げると、昼間と夜の曖昧な境界が地上を見下ろしている。これから時間が進むにつれて夜が深まっていくのだ。
「しまった!」
リリーゼが焦った大声を上げた。日の傾きが分からない場所にいたせいか、遅くなりすぎた。
「イスト、今日は本当に面白かった。それにためになった。それで、ええと・・・・」
「ああ、オレのことは気にしないで早くいきな。門限とかあるんだろ?」
焦っているせいかうまく言葉の出てこないリリーゼに苦笑しながらイストは声をかけた。それを聞くと挨拶もそこそこにリリーゼはモスグリーンの外套をイストに返し、脱兎の如く駆け出した。
「良家は門限にも厳しいか」
大変だな、と完全に他人事の調子で呟く。そして、さて、といって表情を改めた。
左手の袖を軽くまくる。左手の手首には古めかしい腕輪が付けられていた。装飾は凝っているが派手な感じはしない。
その腕輪には魔力を込める。すると先ほどまで何もなかった空間に、突如石造りで蔦の絡みついた扉が出現した。
「アバサ・ロットが工房、『狭間の庵』へようこそ、ってか」
軽口を叩きながらイストは石造りの扉を開きその内側へ消えた。扉が完全に閉まりきると、その石造りの扉は宙に溶けるようにして消えていった。
少し長めです。いや、今までのが短かっただけのような気が・・・・・。
誤字・脱字、ありましたら教えてください。