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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第五話 傾国の一撃
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第五話 傾国の一撃④

 実の父であるコステア・フォン・アポストル公爵の名で送られてきた手紙の内容は、にわかには信じがたいものであった。


 ブレントーダ砦が落ちた。しかもシミオン王子が戦死されたという。


 その手紙を読んだとき、ランスローはさすがに内容を疑った。しかし手紙に押されている紋は、確かにアポストル公爵家のもので、その筆跡も父コステアのものだ。あの父親にユーモアのセンスがないとは言わないが、それにしてもこの状況でこんなウソをつく必要などどこにもない。それどころか危険でさえあるだろう。


「だとすれば………、まさか、本当に………?」


 ジワリ、と嫌な緊張が体を支配する。


 砦を落としたカンタルク軍の動向は?派閥のパワーバランスはどうなる?この国は一致して外敵に立ち向かえるのか?様々な懸念が頭の中を駆け巡る。


「くそっ!」


 一つ悪態をついて無理やり頭を切り替える。手紙を読み進むと、すぐに領軍を率いて王都アムネスティアに来るように、との指示があった。


 落ち着け、と自分に言い聞かせる。なんにせよ情報が少なすぎる。今この場で性急に判断を下さないほうがいい。全ては王都アムネスティアで父たちに会ってからだ。


 しかしこうなると国王であるザルゼス・ポルトール陛下が、病床に臥せっているとはいえ存命であることは不幸中の幸いであるように思われる。後継者を巡る派閥同士のイザコザも陛下の鶴の声によって解決する。


 ふう、と息をつき動揺をひとまず自身の体の中に押さえ込む。それからランスローは執務机の端っこに用意してある二つのベルのうち、片方を鳴らした。


「お呼びでしょうか、ランスロー様」


 すぐにティルニア家の執事であるテオドールが現れた。初老の男性で頭にはすでに半分以上白くなっているが、腰はまっすぐに伸びており声にも張りがある。


「テオドール、イエルガ将軍を呼んできてもらえるか」


 イエルガ・フォン・シーザスはティルニア軍の将軍である。大まかな指示はランスローが出しているが、実際に軍を動かしているのは彼だ。ミドルネームが示すとおり貴族であるが、彼の家系は治めるべき領地を持っていない。


「かしこまりました。すぐに」

「ああ、それとカルティエは今どうしている?」


 一礼して執務室を出ようとするテオドールに、ランスローは妻のことを聞いた。王都に行くことになればしばらく家を空けることになる。一声かけておいたほうがいいだろう。


(あまり気は進まないが………)


 観光に行くわけではないし、それどころか権力闘争の真っ只中に飛び込んでいくのだ。心配をかけるに決まっている。


「お嬢様でしたら庭にいらっしゃるはずです。お呼びしましょうか?」


 子どものころからカルティエのことを見守ってきた初老の執事は彼女のことを「お嬢様」と呼ぶ。カルティエ自身は止めるように言っているらしいのだが、現状改める気はないらしい。


「いや、いい。後でこちらから出向くことにする」

 承知しました、とテオドールはもう一度腰を折ってから部屋を出た。


 一人になったランスローは思考を巡らせていた。


(さて、どれほどの兵を連れて行くべきか………)


 父であるアポストル公の派閥は文官の貴族が中心である。それぞれが領地に軍を持っているとはいえ、生粋の軍閥貴族が集まっているラディアント公の派閥と比べればその戦力差は如何ともしがたい。アポストル公としてはランスローが連れて行く兵をアテにしたいところだろう。とすれば兵の数は多いほうが良いのだろうが………。


(あまりに多くの兵を連れて行ってラディアント公を刺激するのは良くないな)


 自分が原因で武力衝突が起きるなどという事態は、なんとしても避けなければならない。それに兵力をアテにされて権力闘争に巻き込まれたくない、というランスロー個人の願望もある。


(あと注意すべき点は………)


 時間であろう。のんびりと構えている時間は当然ない。可能な限り速やかに王都アムネスティアに向かわなければならない。


 さらに頭の中でグルグルと思考を巡らせていると、執務室の扉がノックされた。


「お呼びでしょうか、ランスロー様」


 視線を上げると、腰に剣をさした一人の男が立っていた。その眼光は鋭く、彼が生粋の武人であることを如実に物語っている。


「急に呼び出してすまない、イエルガ」


 ランスローが事情を説明すると、目の前の武人の表情は見る見るうちに険しいものへと変わっていった。


「ブレントーダ砦が落ち、しかもシミオン王子が戦死されたとは………、にわかには信じられませんな………」

「とはいえ父上がこのようなウソをつくとは考えられないし、事実なのだろう」


 そういうランスロー自身、やはり心のどこかでは信じ切れていない。それほどまでにポルトールの国民は「守護竜の門」を信頼していた。イエルガの困惑も当然であろう。


「父上から軍を率いて王都に来るよう要請を受けた」

 そう告げると、イエルガはひとまず困惑を自分の中に収めてくれた。


「数は二千。兵の選抜は貴方に一任するが、全て騎兵にするように。準備にどのくらい時間がかかる?」

「三日ほどあれば」

「二日で終わらせてほしい」

「了解しました」


 その後細かい内容を話し合ってから、イエルガは執務室を後にした。再び一人になったランスローは一つ息をつき、そして気を引き締め直す。


「さて、もう一仕事」


 どう考えても、これが一番大きな仕事のように思われるのだ。


 *********


「お仕事はもうよろしいのですか」


 庭に設けられた石造りの東屋にいたカルティエは、ランスローの姿を認め嬉しそうに微笑んだ。ランスローが勧められるままにカルティエの隣に座ると、彼女は手ずからお茶を淹れて差し出した。


(話したくないなぁ………)

 差し出されたお茶を飲みながら、ランスローは心の中で弱音を漏らした。


 とはいえ二日後には王都アムネスティアへ向けて出立しなければならない。ここで隠しておいたところで、バレてしまうのは時間の問題だ。ならば今のうちに自分の口からきちんと説明しておきたい。


「カルティエ、大切な話がある」

「大切なお話?何でしょうか?」


 カルティエはそういってティーカップを机の上に戻すと、ランスローのほうに体を向けた。


「ブレントーダ砦が落ちた。シミオン王子も戦死されたらしい」


 そう告げた瞬間、カルティエは大きく目を見開き、その顔から一切の表情が抜け落ちた。それから徐々に表情が険しくなっていき、口元を手で隠した。


「父上から軍を連れて王都に来るよう、手紙で指示を受けた。二日後には出立するつもりだ」

「………ではランスロー様は、カンタルク軍と戦われるのですか………?」


 カルティエはランスローに体を寄せながら、震える声で尋ねた。そんな妻をランスローは抱き寄せた。


「着いてすぐに戦いになることはないと思う」


 ポルトール軍がその全力を挙げてカンタルク軍に立ち向かうために兵を集めるのであれば、あの手紙はアポストル公の名前ではなく国王陛下の名前で署名がされていなければならない。そうでなかったということは、父であるアポストル公が期待しているのは派閥抗争における威圧力、ラディアント公に対抗するための武力のはずだ。


「この状況で内戦を起こすほど、父上もラディアント公も愚かではないさ」

 そう言ってみても、まだカルティエの表情は硬い。


「ですが、いずれは戦場に立たれることも………!」

「ああ、十分に有り得る」


 その可能性をランスローは否定しなかった。否定してみたところでカルティエが信じるはずもないし、なによりこの場限りのウソで妻を欺くようなことをランスローはしたくなかった。


 少しの間、沈黙が流れる。抱き寄せたカルティエの温かさが今は胸に痛い。


「………わたくしも、貴族の家柄。………覚悟は、できております」


 下から覗き込むようにカルティエが顔を上げる。その表情は幾分柔らかくなっていた。


「ですが、今夜は一人にしないでくださいね?」




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