第五話 傾国の一撃 プロローグ
ようやく乱世っぽくなってきました。
なってきたはずです。
外なる敵は破壊をもたらし
内なる敵は腐敗をもたらす
さて、どちらがマシなのか
それが問題だ
**********
第五話 傾国の一撃
カンタルクとポルトール。この二カ国が因縁の間柄であることは、既に何度か記した。ではその原因は何かといえば、それは“塩”であった。
カンタルクとポルトールは、元々は一つの国であった。塩は海水から作るものであるから、その産地は当然海に面した南側、つまり今のポルトールの側であった。この塩が北側、つまりカンタルクにつくまでにかなり値上がりしてしまったのだ。
理由は貴族たちが自分の領地を通る品物にかける通行税であった。一つの領地を通るたびに通行税を払わなければならないのだから、自然と品物の値段は上がっていく。しかも塩は生活必需品で、それがなければ人は生きていけない。高くても売れる、高くしても売れる、そういう有様であった。
こういった場合、国が塩に対し課税を禁止すれば問題はそれで解決するはずであった。しかし貴族の力が強く、そういった話は握りつぶされるのが常であった。余談になるが、カンタルクとそしてポルトールで貴族の力が強いのは、この時代からの流れであるといっていい。
民の困窮を見るに見かねて、ついに北側の貴族たちは兵を起こした。カンタルクの歴史ではそうなっている。確かにそういう側面もあるのだろうが、より生々しい内情を暴露するならば、塩の課税で富を蓄えていた南側の貴族たちへの嫉妬が大きいだろう。その富を奪うためにもっともらしい口実を考えたのだ。
こうして内戦が勃発し、国は北と南の二つに分かたれた。カンタルク軍は一時期ポルトールの半分を切り取るまでに迫ったが、そこからポルトール軍が反撃。自国の領内から敵軍を駆逐した。そしてポルトールはカンタルクの侵略を防ぐために一つの魔道具を作ることとなる。
魔道具「守護竜の門」
それは厚さ十センチもある巨大な銅の城門で、カンタルクとの国境付近にあるブレントーダ砦に置かれた。二枚一組の城門で、左右の扉にはそれぞれ宝珠を握った竜が描かれている。この宝珠こそが魔道具の核であった。
この魔道具の効果はいたって単純である。不可視の結界を発生させる。ただそれだけである。ただしその効果は絶大だ。記録によれば二十万の大軍を押しとどめたこともある。もはや戦術級、いや国境の要衝にあるのだから戦略級の魔道具といえるだろう。
この魔道具「守護竜の門」には二つの核があるからその効果、つまり結界の展開の仕方も二つある。
右側の扉に埋め込まれた「右竜の宝珠」は、宝珠を中心にして内側から外側に向け敵軍を押し戻すようにして結界を展開する。この結界によって押し戻されると当然隊列は乱れ、そこに砦から大量の矢が降り注ぎ大量の出血を強いるのだ。
左側の扉に埋め込まれた「左竜の宝珠」は、発動されると特定の位置に結界を展開し、その内側と外側に敵軍を分断する。そして結界の内側に取り残され孤立無援となった敵軍を徹底的に叩くのだ。
ただこの「守護竜の門」は使いやすい魔道具では、決してない。大量の魔力を消費するため発動には五十人以上の魔導士が必要だし、発動させても時間的な制約が付きまとう。だがその運用如何では絶大な効力を発揮することを、これまでポルトール軍は証明し続けてきたし、そしてこれからも証明し続けるだろう。ポルトール王国第一王子、シミオン・ポルトールはそう信じていた。
彼は今甲冑を身につけ、ブレントーダ砦の城壁の上からカンタルクの方を眺めていた。眼下の青草が茂り始めた平原には、甲冑を身にまとった非友好的な一団が迫っている。掲げられた旗には翼を持つ獅子が描かれており、その一団がカンタルク軍であることを示している。
総勢およそ十八万。軍を率いるのはかの大将軍、ウォーゲン・グリフォードであるという。
「先王の喪が明けた途端にこれか」
浅慮なことだな、とシミオンは嗤った。
先のカンタルク国王アウフ・ヘーベン・カンタルクは、冬の初めに病が悪化して息を引き取った。そして王座を継いだのが現国王ゲゼル・シャフト・カンタルクであった。彼は父の喪が明けるとすぐに、勅令を発しポルトールに宣戦布告をしたのだ。
「手始めに箔をつけておきたいのだろう」
それがポルトール宮中の一致した意見で、シミオンもその通りだろうと考えていた。というか彼の人となりを知る者ならば、それ以外の解釈はないだろう。
「ゲゼル・シャフトよ、残念ながらお前が手にするのは屈辱と失笑だけだ」
名誉と栄光は我が手にする、とシミオンは口にせず心の中で呟いた。彼の父である国王ザルゼス・ポルトールは今病床に臥せっており、その余命は幾ばくもないと思われている。父王の後を継ぐのは第一王子であるシミオンなのだが、王位継承の前にここで大きな戦果をあげれば、それこそ箔がつくというものだ。
余談になるが、とある歴史家がこんな言葉を述べている。
「カンタルクとポルトール。この因縁の二カ国で同時期に国王が死病で病床に臥せっていたという事実は、まるで古い時代の終わりと新しい時代の到来を象徴しているかのようである」
遠目にではあるがカンタルク軍のその堂々たる陣容を見て、しかしシミオンが恐怖を感じることは皆無であった。彼は己の勝利を信じて欠片も疑っていない。
その自信には根拠がある。なぜならこれまで幾度もカンタルク軍はこのブレントーダ砦に対して攻撃を仕掛け、そしてただの一度も攻略に成功していないのだから。「守護竜の門」は常に敵軍を押しとどめ押し返し、ポルトール軍に勝利をもたらしてきた。
「歴史は繰り返される。此度も我々が勝利する」
その確信はシミオンただ一人のものではない。この砦にいる兵士全てに共通した確信だった。勝利は約束されている。ゆえに兵士たちの士気は高かった。
ただ勝利を確信しているとはいえ、シミオンは決して油断しているわけではなかった。その証拠にこの砦にいる軍の数はおよそ十万。仮に「守護竜の門」がなかったとしても堅牢を誇るこのブレントーダ砦を落とすことは、あるいは二倍の軍勢をそろえても難しいだろう。
「『守護竜の門』があり、敵軍は二倍に届かない。もはや勝ったも同然だ」
しかし彼は思慮深かった、とは言えないだろう。過去幾つもの難攻不落を誇った砦や要塞が陥落している。ならばどうしてこのブレントーダ砦だけが例外でいられよう。
そう、「歴史は繰り返される」。
立ち止まっていたカンタルク軍がゆっくりと動き出す。
後の歴史家たちが言うところの、「傾城の一撃」が今まさに放たれようとしていた。
つ、次も一週間以内に投稿できるようにがんばります………!