幕間 とある総督府の日常 後編
「魔道具は使っていませんよ。カツ丼を出しただけです」ってやりたかった。
カツ丼は自白率100%、後遺症なし、違法性なしの最強の自白剤なのです!
え?違う?
ソンナバカナ
(本文を読んでもらえれば分るかと思います)
ドタドタドタ!と騒がしい足音が、総督執務室の外の廊下から聞こえてくる。そんな騒がしい音が響いているにもかかわらず、室内の三人はしかし少しも取り乱してはいなかった。
「今日もまたアレですか」
「今日もまたアレですねぇ~」
「ストラトス執務補佐官もいい加減にすればいいのに………」
クロノワ、フィリオ、リリーゼの三人が若干呆れ気味にしていると、執務室の扉が勢いよく開いた。
「こちらにストラトスが逃げてきていませんか!?」
鬼の形相で入ってきたのは、女騎士のグレイス・キーアであった。よほど気が立っているのか、執務補佐官のことを呼び捨てにしている。
「いえ、来ていませんよ」
「失礼しました!」
クロノワが穏やかに答えると、グレイスは来たときと同じくすごい勢いで去っていった。
「注意しなくていいんですか?閣下」
リリーゼが控えめに尋ねた。グレイスのことではない。ストラトスのことだ。
元モントルム駐在大使ストラトス・シュメイルは、モントルムという国家がなくなりアルジャーク帝国の一地方になったことで、駐在大使の任を解かれいわば失業していたのだが、モントルムにおけるその豊富な知識量を買われて今は総督府で執務補佐官の役職にあった。総督たるクロノワが直接採決する必要のない案件は、ほとんどが彼のところに集まるようになっている。
ストラトスは優秀な人材ではあるのだが、如何せんなかなかやる気をみせようとはせず斜めに構えていたがる人物で、毎日のように自分の執務室から逃げ出してはグレイスを困らせているのだった。
「仕事が滞ったことはありませんし、問題はありませんよ」
実際ストラトスが逃げ回ることでクロノワの仕事が増えたことはない。それにグレイスが城内の警備兵を動員してストラトスを捜索することで、警備兵の練度が上がっているという側面もある。それでも容易には捕獲されない彼には、ある種敬意さえ覚える。
「それにグレイスさんがあの形相で走り回っているおかげで、他の部署の方々は仕事をサボることもなく能率が上がっているとも聞きます。差し引きはむしろプラスですね」
「フィリオさんまで………」
直属の上司たる主席秘書官まで容認論に回ってしまい、リリーゼはがっくりと肩を落とした。リリーゼとグレイスは同室で寝起きしているから、彼女の気苦労について色々と聞かされているのだろう。
そもそもグレイスは騎士であり、ストラトスは文官である。仕事畑の違う二人がどのようにして出会ったのかといえば、とある事件がきっかけだったという。
あるとき凶暴な犯罪者が城の地下牢に収監された。だがこの男が暴れまわって手がつけられず、取り調べも出来ない。どうしたものか、という話がグレイスのところまで来ており、彼女も頭を悩ませていたときにストラトスと出会ったのだ。
「どうしましたか?」
ひょっこりと現れた彼は(今思えばこのときも仕事をサボってフラついていたのだろう)、難しい顔をしているグレイスから一通りの話を聞くと一つ頷き、何とかしてみましょう、と言ったそうだ。
それから二・三日もすると、例の男は突然大人しくなり取調べにも応じるようになったという。驚いたグレイスはストラトスに「どんな魔道具を使ったのか」と聞いた。すると彼は笑ってこう答えたという。
「魔道具は使っていませんよ。食事から塩を抜いただけです」
なるほど、確かに塩が不足すると力は出ない。そんな手があったのか、と感心するグレイスに彼はさらにこう言った。
「なまじ魔道具という便利なものが存在するから、人間は不可解な事象を見たときにすぐに魔道具のせいにします」
それは思考の硬直ですよ、とストラトスは賢しい顔でのたまったのだった。
例えば、あるときとある船乗りが風に向かって船を進めてみせた。帆船は帆に風を受けて進むものであるから、当然「風に向かって」走ることなど出来ない。だからそれを見た人々はまず「どんな魔道具を使ったのか」と尋ね、次に魔道具を使っていないことが判明すると人外の力を使ったとしてその船乗りを教会の弾劾裁判にかけてしまった。
種明かしをすれば、風に対しジグザクに船を進めることで「風に向かって」走っていたのだが、結局それを実演して見せることで船乗りは裁判を乗り切った。人の思考がいかに硬直しやすいかを示す事例だろう。
「一般の人々はそれでいいかもしれませんが、人の上に立つ人間がそれでは困りますよ」
そう言われてグレイスは大いに赤面したという。だが事が今に至れば彼女にだって言いたいことがある。
「なるほど柔軟な思考は必要かもしれないが、それも常識の範疇内での話。貴方の逃亡癖は常識を欠いている!」
これは全面的にグレイスが正しいと言っていいだろう。しかしどれだけ正論を吼えてみたところでストラトスは逃げるし、逃げる以上グレイスは追わなければならない(いつのまにかそんな役回りになってしまった……)。
「あの二人はなかなか相性が良いと思いますよ」
そのクロノワの言葉には賛成しかねるリリーゼであった。
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時間は少し遡る。
エムゾー族の族長ウルリックは海を見ていた。ロム・バオアは北限の島、二月といえば真冬の盛りだ。だが目の前の海は穏やかだった。波は少し高いが、それでも荒ぶる様子はない。
その海に無数の戦船が浮かんでいる。大きさとしては様々にあるが、大別すれば種類は二つだろう。帆船とゼゼトの民の舟である。
「まさか、ここからこの海を見る日が来るとはな」
「シジュナの族長殿」
ウルリックの隣に立ったのは、ゼゼトの民らしい巨躯の男だった。厳しい面構えで、立派な顎ひげを湛えている。
今二人の族長が立っている場所はパルスブルグ要塞の船着場の近くで、眺めている海はロム・バオアとアルテンシア半島の間の海、バラバクア海峡であった。
「静かなる海。ゼゼトの民のもう一つの生命線」
ウルリックの言葉にシジュナ族の族長は頷いた。
ゼゼトの民はバラバクア海峡のことを「静かなる海」と呼んでいる。海流や季節風の影響なのか知らないが、この海は一年を通して穏やかでほとんど荒れることがない。ゼゼトの民は昔からこの海で漁をしてその恵を得てきた。
しかしパルスブルグ要塞ができこの海の制海権を奪われてからは、満足に漁を行うことが出来なくなった。ゼゼトの民の食糧事情が悪化したのは、穀物を手に入れにくくなったこともあるが、同時にこの海で漁を行えなくなったことも一因だ。ゼゼトの族長たちがシーヴァの誘いに応じたのは、この海を取り戻したかったからでもある。
「大陸との行き来ができるようになれば、また自由に漁ができるようになるな」
シジュナ族の族長は満足そうに頷いた。
「さて、それもシーヴァが盟約を守れば、だが」
「おぬしが見極めたのだ。信頼していいと思うが」
形だけの紙切れなど意味はない、とウルリックは言ったが、後日シーヴァは書類を用意して届けさせている。
「紙切れに意味はないかもしれないが、用意しておくことで防げるイザコザもある」
とシーヴァは言った。形が中身を守ることも確かにあるのだ。シーヴァが彼なりの方法で誠意を見せたといっていいだろう。
「そういえばおぬしの娘だが………」
「いやあ、お恥ずかしい限りだ」
からかうような目を向けるシジュナ族の族長にウルリックは苦笑した。彼の娘であるメーヴェは今現在シーヴァに張り付いている。
「裏切ったときに殺すため」
本人はそう言っていたが、ガビアルを倒したシーヴァに興味が湧いたというのが本音だろうと、父親であるウルリックは見当をつけている。
「それを許可したのはおぬしであろう?」
「押し切られただけのこと」
ウルリックは苦笑いをしてシジュナの族長の追及をかわした。ウルリックとしてはシーヴァとゼゼトの民の間に橋渡しをする人間がいると便利だと思いメーヴェに許可を出したわけだが、思惑通りの働きをしてくれるか我が娘ながら不安なところがあった。
「なんにせよ戦いに勝たねばどうにもならん」
そういってウルリックは至るべき戦いに意識を向けた。この戦いにもし負けるようなことがあれば、ゼゼトの民への締め付けはこれまで以上に厳しくなるだろう。そうなってしまえばもはや氏族としてこの土地で暮らしていくのは不可能かもしれない。
「あの男にはあの男なりの勝算があるはずだが………」
シジュナの族長が顎ひげを撫でながら呟いた。
「それをここで言い合ってもどうしようもない」
ウルリックがそういうと、確かにな、とシジュナの族長は応じた。
「お前が見極めたのだ。正直なところあの男は信じられんが、お前の目は信じている」
結果から言えば、このときのゼゼトの民の選択は正しかった。そのことを証明する戦いは、もう目の前に迫っている。
今日は重大な発表があります。
それは…………
ストックが切れたーーーーーーーーーーー!!!!!!
えー、というわけで(泣)
次回からは時間がかかってしまうこと請け合いです!
あーちょっとまってそこの人どこ行くのー?
と、ともかく見放すことなく生暖かく見守ってください。
お願いします!!