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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
幕間Ⅱ
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幕間 とある総督府の日常 前編

幕間 とある総督府の日常



 それほど厳密なくくりではないが、魔道具には属性が存在する。火・水・風・雷・土などといったものだ。一見して属性を当てはめるのが難しい魔道具もあるため、それほど重要視されてはいないが、性能を説明する上では大切なパラメータだ。


 さて上に記した五つの属性のうち、水と土は他の三つとは一線を画している。それは火・風・雷といったものがエネルギー体であるのに対し、水と土は物質であるからだ。魔道具を触媒として魔力をエネルギーや力場に変換することは容易だ。しかし、魔力を用いて物質を生み出す術は未だ確立されていない。


 それゆえ何がおこるかというと、水や土といった物質を操る魔道具の場合、対象となる物質の有無によってその性能は著しく異なってくる。


 土の魔道具はまだいい。船にでも乗らない限り足の下には大地が広がっており、土がなくて困るなどという事態はおよそありえない。


 だが、水の魔道具はそうはいかない。近くに川があるのでもない限り、十分な量の水を確保することは難しい。そのため水の魔道具を使う魔導士が戦場に赴く際、水の入った樽を抱えながら従軍するといった傍から見れば滑稽な様子が見られるわけだが、本人たちにしてみればいたって大真面目だ。それが有るか無いかで、自分の発揮できる実力が大きく変化してしまうのだから。


 こうして説明してみると、水の魔道具は火や雷の魔道具と比べ、使い勝手が悪いように思われるかもしれない。だがしかし、水の魔道具には大きなメリットがある。水さえ十分にあれば大きな効果を容易に得られるのだ。


 古来より優れた用兵家たちはこの性質をうまく用いて軍を進めてきた。


「水のある戦場は気をつけろ」

 とはこの世界ではよく言われてきた格言である。


 どれだけ容易に大きな効果が得られるのかといえば、魔道具を使い始めてから一年くらいの未熟者でも、巨大な水柱を作り出すくらいのことはやってのける。そう、今まさにリリーゼ・ラクラシアがそうしているように。


**********


 大陸暦一五六四年四月、モントルム領総督府の置かれた旧王都オルスク、そこにある城の堀から一本の水柱が音をたてて立ち上がった。朝日が昇りきっていない時間帯とはいえ、町には人影がある。しかし誰もこの光景を目の当たりにして、驚いたり取り乱したりはしていない。


「あら、昨日より高くなったかしら」


 などと暢気に感想を述べている婦人もいる。初めこそ総督府に質問が殺到したが、ここ二週間ほどですっかりと見慣れた光景になってしまった。城壁の上から見張りをしている兵士たちもまったく気にしていない。中にはこれを使って賭け事をしている者もいるとかいないとか。


 自分の朝の訓練がすっかりオルスクの名物になってしまったことを、しかし当のリリーゼはまったく気づいていなかった。


「うん。いい調子だ」


 あれだけの水柱を操ってみても、初めのころのように息切れするということはない。随分と扱いに慣れてきた証拠だろう。思えば操る水の量も多くなった気がする。複雑な水の動きもだんだんと制御できるようになってきて、このところのリリーゼの自主鍛錬は充実していた。


 手にした「水面の魔剣」はリリーゼの魔力を受け、その刀身に波紋のように揺らぐ光を輝かせている。最近気づいたことだが、この輝き自体が一種のバロメータになっており、その日の調子を測ることができるのだ。


(本当に綺麗な魔剣だ………)


 時々刻々と変化するその刀身の輝きは見ていて飽きることがない。暗いところでやれば、その輝きはより神秘的になり、見る人を惹き付ける。月のない晩に星明りの下でその輝きを眺めるのが、リリーゼの密かな楽しみとなっていた。


「まったく、本当にあの男は何者なんだろうな………」


 イスト・ヴァーレ。この「水面の魔剣」を作った流れの魔道具職人。魔剣から連想するようにその男を思い出した。リリーゼは魔導士としてはまだまだ未熟だが、それでもこの魔剣が“超”がつく一級品であることは容易に想像がつく。


「こんなに美しい魔剣を作れるような人間には見えないのだけど」


 それは偏見が過ぎるか、とリリーゼは頭を振った。とはいえその考えを否定できない自分もいる。


 これだけ優秀な腕を持ちながら、特定の工房には属さない流れの魔道具職人。本人の言葉を信じるならば遺跡巡りが趣味で、知識も豊富な様子だった。加えてクロノワ閣下の友人。


「滅茶苦茶な人間だな」


 思わず苦笑がもれる。彼に騙された記憶は苦々しいが、今となってはそれほどの怒りは感じない。聖銀(ミスリル)の製法は確かにヴェンツブルグの利益になったわけだし、そろそろあの事件に自分の中での決着をつけてもいいころだと思う。


「と、いけない。集中集中」


 意識を朝の訓練に引き戻す。この場にいない男の正体を勘ぐってみたところでどうしようもない。今の彼女にはきちんとした仕事があり、そのため時間は限られている。ならば密度の濃い訓練をしなければならない。


 目を閉じて「水面の魔剣」を正面に構える。流し込まれた魔力に反応して、魔剣の刀身に淡い光が揺らいだ。堀の水が今度は幾筋もの水柱になって立ち上がり、整然と動いたかと思えばバラバラに動いたりと、複雑な運動を繰り返す。


 オルクスの朝の名物は、日が昇りきるまで続く。



 ちなみに………、


「今日は私の勝ちですね」

「負けちゃいましたねぇ~。まあ、全体としてはまだ僕のほうが勝ってますけど」

「今までの負けの分も、そのうち返してもらいますよ」

「………お二人共、リリーゼ嬢の訓練で賭け事をするのはいかがかと………」


 賭けの結果に一喜一憂する総督とその主席秘書、そしてそんな二人に苦い顔をする女騎士がいたとか。



 モントルム領は、今日も平和だ。


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