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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第一話 独立都市と聖銀の製法
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第一話 独立都市と聖銀の製法⑤

「はぁ~」


 さして大きくもない遺跡を見回りながらリリーゼはため息をついた。


(どうも今日は調子が・・・・変だな・・・・)

 より正確に言うならばイストにあってから、調子が狂いっぱなしだ。


(あのとき・・・・)


 猛々しい狂気と殺気を放つバロックベアを目の前にしたあのとき、リリーゼは足がすくんで動けなかった。


(だがあの男は・・・・)


 だがイストはその張り詰めた空気の中でごくごく普通に動いていた。別に手を出さなくても、彼なら自分であの危機を切り抜けられただろう。そもそもあの戦いが長引いていたのは、イストがバロックベアの鼻先に一撃を入れることにこだわっていたからで、最初からあの赤唐辛子の入った包みを使っていれば、もっと早く終わっていたはずである。そうリリーゼの前に現れる前に。


(それだけじゃない)


 バロックベアが茂みの奥に消えた後、リリーゼは大きな安堵を感じた。しかしイストのまとう空気は何も変わっていなかった。まるでさっきの状況は危機ではないかのように。意識の差、ひいては実力の差を見せ付けられたようでなんとも面白くない。しかも今そのことに思い至ったものだからなおのことだ。


 さらにそのあと自分の無知を思い知らせれ、つっかかれば軽くいなされ、と彼女の不満は加速度的に増えていく。


(結局未熟なのだな、知識も経験も実力も・・・・)


 そのことに気づいたからなのだろうか。イストの誘いに乗ってここに来たのは。


 そこまで考えるとリリーゼは視線を上げ、イストの姿を探した。彼はなにやら下を向いて真剣な表情で何かを考えていた。ただ時折禁煙用魔道具・無煙をすっているためか、雰囲気は深刻になりきらない。


(あそこには確か魔法陣があったはずだ)


 魔法陣とは魔道具の理論部分だけを図式化したものだ。逆を言えば魔法陣を小型化し最適化して使いやすい器に収めたものが魔道具といえる。


 魔法陣はそれ自体に魔力を廻らせることで効果を得る、つまり魔法を再現できるのだが、いかんせん使い勝手が悪い。しかしその反面、理論のみで使えるので魔道具を作るための煩雑な作業が必要なくコストが安いというメリットもある。そのため、欲しい効果、再現したい魔法が決まっており、特に移動させる必要がない場合には魔法陣が用いられることが多々ある。


(確か、劣化が進んでいて半分近く読み取れなかったと思うが・・・・。なにをしているのだ?)


 ふむ、と頷いたかと思うと、彼は魔法陣の真ん中に立ち手に持った杖で、カツン、と足元を突いた。すると魔法陣が光を放ち始めた。


「な・・・!?」


 その光景にリリーゼは驚愕した。劣化が進み半分以上読み取れなくなっていた、つまりもはや用を成さなくなっていた魔法陣が彼女の目の前で息を吹き返したのだ。


「どうやら転送用の魔法陣らしい。一緒に来るか?」


 目の前で起こったことが信じられず絶句しているリリーゼに、イストは至って普通の調子で声をかけた。まるで自分のしたことが特別なことではないかのように。


 それがよかったのだろうか。彼に比べて己の未熟さを感じそのことが不満だったリリーゼは、徐々に驚愕から立ち直りその思考を回復していった。


「・・・・・聞きたいことがある・・・・・」

「へぇ、聞こうか」


 彼がそう言うと魔法陣の光を消し、リリーゼに体ごと視線を転じた。


「なにが聞きたいんだ?」

「その魔法陣の先には何があるんだ?」


 ほとんど睨みつけるようにしてリリーゼは問いを発した。が、問われた本人はといえば、相変わらず煙管を吹かして白い煙(水蒸気だが)を燻らせていた。


「なんでオレがそんなこと知っていると思うんだ?ここに来たのは今日が初めてだぜ?」

「お前がその魔法陣を発動させたからだ」


 劣化が進み、もはや原型がわからない魔法陣を発動させることなど何人にも不可能だ。とすれば、イストが同じ魔法陣を仕込んだ魔道具を持っていて(恐らくはあの杖だ)その魔道具を使って魔法陣を発動させた、と考えるのが自然だ。


「そこまで周到な準備をしてきたんだ。ここのことを知っていて、この先に何があるのかも知っている。そう考えるのが自然だ」


 どうだ、といわんばかりに自分の推理を披露する。

「はずれ。オレは魔法陣を仕込んだ魔道具なんてもってないよ」


「ウソをつくな。その杖がそうなのだろう?現にバロックベアの爪も魔法陣で防いでいたじゃないか」


 証拠を突きつけると、じゃあ調べてみるか?といってイストは杖をリリーゼによこした。自信満々にその杖に魔力を込めてみると魔法陣が・・・・・


「え・・・・・?」


 発動、しなかった。


「その杖は『光彩の杖』といってな、頭で思い描いたものを空中に光で描くことのできる魔道具だ。そもそも武器でさえないわけだ」


 つまり光彩の杖を使って魔法陣を再現してみたわけだ、とイストはカラクリを説明した。


「だが、半分以上が読み取れない魔法陣だぞ。下調べしていなければ再現なんて出来るはずないだろう?」

「遺跡巡りが趣味なんだ。他の遺跡で同じ魔法陣を調べたことがあるのかもしれないぞ?」


 考えていなかったであろう可能性を教えてやると、リリーゼは「ぬ?」と唸って考え込んでしまった。その様子を見て、扱いやすいお嬢様だな、とイストは笑った。笑われたことが不満なのか、リリーゼはむくれた。その姿にさらに笑う。


「この魔法陣の先に何があるかは本当に知らない。が、半分未満の“ここに来た目的”なら道すがら話してやれる」


 どうする、と眼で問いかける。煙管を吹かしているその姿はやはりどこか真剣みに欠けている。だがそのことがリリーゼの緊張を解きほぐし、思考を硬直させずにいた。


(ちょっとした遊び感覚、なのだろうな。彼にとっては)


 ならば私もそれなりに楽しもう、とリリーゼは思った。彼の言う“ここに来た目的”とやらも気になる。


 リリーゼは半瞬だけ考えるとイストの立つ、魔法陣のほうに足を向けた。彼女から光彩の杖を受け取ると、イストは先ほどと同じようにしてカツン、と足元を突き魔法陣を発動させた。




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