第四話 工房と職人④
以下、シーヴァを舞台に上げるため、続けて記す。
ゼーデンブルグ及びパルスブルグの両要塞はもちろん、建設工事用の魔道具が存在するとはいえ、完成までにそれなりの年月を費やしている。だがその基礎となる部分は比較的早い段階で完成した。
このときより、アルテンシア半島の人々は血みどろの戦争から解放されたと言っていい。そして次に始まるのは復興である。
あるいはこの時代が、アルテンシア半島の人々にとって最もよい時代だったのかもしれない。
領主と領民は等しく被害者であり、また復興を志す同志であった。今日の努力が明日には報われ、流した汗の量だけ幸せになれると、人々は本気で考えることができた。苦難の先には成功と豊かさがあり、十年二十年先の未来は輝かしいと、ごく素朴に信じることが許される時代であった。
だが、そんなよき時代もいずれは終わりを告げる。
復興を果たし豊かになった土地をただ受け継いだだけの領主たちの時代になると、半島の住民たちの上に再び暗雲が立ちこみ始めた。
アルテンシア同盟への参加により、領主たちは外敵に警戒する必要がほとんどなくなったといっていい。半島外の侵略者は二つの大要塞(この時期にはすでに完成している)がこれを防ぐだろう。他の領地を侵略することなどできないが、逆に自分の領地を侵略される恐れもない。
自然、彼らの目は自分たちの領地に向く。
領主たちは互いに競い合うようにしながら、自分たちの周りを豪華絢爛に飾り付けていった。壮麗な城と屋敷をいくつも建て、何人もの愛妾を囲い込んだ者がいる。黄金と宝石を溜め込んだ者がいる。珍しい魔道具を買い漁った者がいる。
これらの出費はすべて、領民たちの血税によってまかなわれていた。小幅ながら繰り返し行われた増税によって、税率はついに六割を超えている。
役人たちも腐敗した。賄賂を贈らなければ何もできない。貧しい者が無実の罪で獄へと引いていかれる。犯人捜査の名目で略奪が行われることも度々あった。
アルテンシア同盟と言う「家」を支える、いわば「柱」が腐りもはや腐臭さえ放っている時代。それがシーヴァ・オズワルドという男が舞台に上がる時代であった。
アルテンシア同盟には二種類の軍隊がある。
一つは同盟軍と呼ばれ、同盟に参加している領主たちが資金を出して運営し、半島全体から兵を募っている。同盟を一つの国と考えれば国軍に相当する存在である。
もう一つは警備隊と呼ばれている。これは各領主が自身の領地におくもので、軍隊と言うよりも警察機構を想像したほうが、役割としては近い。ただ実質的に領主の私兵であり、それゆえに腐敗するスピードも速かった。
シーヴァは同盟軍の将軍であった。役職名はパルスブルグ要塞司令官及び要塞常備軍司令官。パルスブルグ要塞を預かり、ロム・バオアにてゼゼトの民からアルテンシア半島を守る、北方の守護者であった。
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一人の男が城壁の上から雪原を眺めている。長身痩躯で、歳の頃は三十と少しといったところか。無造作に伸ばされた黒い髪の毛をもてあそぶ風は、刃にも似て鋭く冷たい。
「ここにおったか、シーヴァ」
その声を聞いてシーヴァはすぐに相手を察した。この要塞の中で彼を呼び捨てにする人間など一人しかしない。
「珍しいですな。ベルセリウス老がここに来るとは」
城壁に現れたのは一人の老人であった。その眼光は鋭く、この人物が曲者であることが傍目にも良く分かる。
「お主に少し用事がな」
そう言ってから、ベルセリウス老と呼ばれた老人は身を震わせた。
「しかし、ここは寒いな」
その言葉にシーヴァは苦笑する。要塞の一角に設けられたベルセリウス老の工房は、要塞内いやロム・バオアで間違いなく最も暖かい部屋である。兵士たちが老人の工房に温みにいって捕まり、そのまま強制労働させられていた事件は記憶に新しい。解放された兵士たちは、
「助かりました!もうサボりません!」
と、泣きながら言ったそうな。厳しい訓練を積んだ屈強な兵士たちに、トラウマじみた恐怖を植えつけた強制労働について、シーヴァは深く考えないことにしている。
「して、要件は何ですかな」
要塞内で起こった珍事件についての記憶はひとまずおいておき、シーヴァはベルセリウス老に尋ねた。
「依頼のあった魔弓『とく速き射手の弓』注文通り三十張、完成した」
「そうですか。ありがとうございます」
シーヴァが礼を言うと、ベルセリウス老はつまらなそうに「ふん」と鼻を鳴らした。
「退屈な仕事だった。二度とやらせるな」
あまりに率直過ぎる物言いにシーヴァは再び苦笑した。
「そうするとしましょう。なにせ老公を怒らせると後が怖い」
シーヴァは肩をすくめるようにしてそういった。ベルセリウス老は特に何も言わなかった。あるいは自覚しているのかもしれない。
「・・・・・・もうすぐか」
「ええ、老公に造って頂いた魔道具のおかげでかなり戦力に余裕ができた。ゼゼトの民を引き込めれば御の字」
シーヴァの目に危険な光が宿る。
「お主は好きにやれ。儂は儂の作品が世界と歴史を動かす様子を見物させてもうとする」
アルジャーク帝国がそうであったように、この時代歴史は極寒の大地から動く。