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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第一話 独立都市と聖銀の製法
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第一話 独立都市と聖銀の製法④

 


 イスト・ヴァーレと名乗った男は整った目鼻立ちをしていたが、取り立てて美形というわけではなかった。だが悪戯っぽい光を放つ眼は彼の容貌以上に人の目を惹きつけ、彼の存在を無視できないものにしていた。


(まぁ、好き嫌いは分かれそうだな・・・)


 独断と偏見に基づきそう評価を下すと、リリーゼはイストのさらに全体を観察した。


 年のころは二十歳の初めごろで背丈は170半ば。髪の色は黒で、瞳は黒に近い藍色とでも言えばいいのかもしれない。赤褐色の外套を羽織り、手には恐らく魔道具と思われる杖を持っている。彼の身長よりも少し大きいくらいの長さで、先端の歪曲した部分にはところどころ金属のコーティングがなされている杖だ。


 リリーゼは知るよしもないことだが、橋の上で金貨を両替した男であった。


「リリーゼ・ラクラシアだ」

「ラクラシア・・・・?ああ、ラクラシア家のご令嬢か」


 イストにそう言われて、リリーゼは少し不満そうな表情をした。自分が一般的な「ご令嬢」の定義からは激しく逸脱していることを彼女は自覚しているし、またその定義を当てはめたいとも思わなかった。


 そんなリリーゼの様子を、恐らくは意図的に無視して、イストは腰につけた道具袋から一本の煙管を取り出し、口にくわえて吹かした。すぐに雁首から白い煙が立ち上る。火をつけなかったところを見ると、あの煙管も魔道具なのだろう。


「吸ってみるか?」


 彼の様子を眺めていたリリーゼが煙管に興味があると思ったのか、イストはそう尋ねた。


「結構だ」


 少々硬い調子で答える。リリーゼはタバコが嫌いだし、当然自分の周りで吸われるのもイヤだった。しかしイストの吸っている煙管からは不思議とタバコ臭い匂いはしない。


「ちなみにキシリトール味」

「キシリトール味!?」

「柑橘系や焼肉味に海鮮風味、大穴でトリカブトなんてのもある」

「タバコってそんなに色々な味があるものなのか・・・・?」


 トリカブトはあえて無視して話を進める。


「ん?・・・ああ」


 リリーゼの勘違いに気づいたイストは煙管について説明をする必要を感じた。どうでもいいことだが二人のテンションはどうにもかみ合わない。ちなみにトリカブトに食いついてくれなかったのでイストは少々不満げだ。


「こいつは禁煙用魔道具『無煙』。タバコの葉は使ってないから臭いはもちろん中毒症状もない。ちなみに煙は水蒸気だ」

「禁煙しているのか」

「いや、前に頼まれて作ったんだけどな、出来が良かったから自分用にもう一つ作った」


 口元が寂しいときがあってな、とイストは付け加えた。その辺りの感覚はリリーゼにはよく理解できなかった。禁煙をしているわけでもないのにそんなものを吹かすなんて、物好きなことだと思う。


(それよりも今、『自分で作った』みたいなことをいったよな・・・・?)


 それが意味するところを考え、リリーゼは怪訝な表情になる。


「ありゃ、切れたか」


 リリーゼのことは、恐らくまたしても意図的に無視して、イストは呟いた。そして道具袋から手のひらくらいの大きさの木箱を取り出し、そこから小指大のカートリッジを一本選ぶ。煙管の雁首を取り外し、中に入っていたカートリッジを交換すると、雁首を元に戻して彼は美味そうに吸った。


「貴方は・・・・魔道具職人なのか?」


 半信半疑といった表情でリリーゼは尋ねた。職人はどこかの工房に属していてそこでしか魔道具を作れない、というのが彼女の、いや一般的な考え方だ。だがイストはあっさりとこう答えた。


「まあな。オレは流れの魔道具職人だし」

「いいのか?」


 どこの工房にも属さず、自分勝手に魔道具を作っては売り歩く。その行為はリリーゼにとって立派な犯罪に思われた。


「なにか勘違いしているようだが魔道具の製造を規制している国なんてないぞ」


 多くの国で規制しているのは魔道具の取引と所持であって、作ることそのものは規制されていない。その証拠に工房を開くのに必要な手続きは、普通の商店を開くのに必要な手続きとさして変わらない。


「武器ならともかく、こんな禁煙用の魔道具なんて作っても売っても規制になんて引っかからないさ」


 イストはからかうようにしてそう言った。だがいわれたリリーゼはムッとして表情を歪めた。自分の無知を笑われたように思ったのだ。


「なら、その杖はどうなるんだ?立派な武器じゃないか」


 自分で作ったものだろうと特別なライセンスを持たない限り武器の所持は規制されているのだ。少々むきになってリリーゼはイストにつかかった。


「魔導士ギルドのライセンスを持っている」

「ぐ・・・・・」


 あっさりと言い返され、リリーゼは言葉に詰まった。その様子を見て満足したのか、イストは、じゃあな、といってその場を離れようとした。


「どこに行くんだ?街はそっちじゃないぞ」


 茂みの中に入っていこうとするイストにリリーゼはそう声をかけた。


「この先に遺跡があるだろ。それを見に来たんだ」

「遺跡を・・・?」


 リリーゼは首をかしげた。確かにこの先には小さな遺跡がある。だがこれといって珍しいものもない。既に調査・発掘は終了しているし、子供の遊び場には幾分街から遠い。そのためその遺跡に近づく人はほとんどいなかった。そのことをイストに告げると彼は笑って答えた。


「いいんだよ。半分以上趣味なんだから」


 白い煙(水蒸気らしいが)を上げている煙管を片手にした彼はどことなく不真面目そうで、いわゆる遊び人を連想させた。


「何かよからぬことでも企んでいるのではないだろうな・・・・・」


 彼の外見だけが原因だとすればリリーゼの言は少々偏見に影響されていると言わざるを得ないだろう。しかしいわれたイストは特に気にした様子もなかった。


「何もない遺跡でなにを企むってんだよ・・・・。そんなに心配なら一緒に来るか?」

「そ、そうだな。貴様が悪さをしないようにしっかり見張るとしよう」


 いつのまにやら「貴方」から「貴様」に呼び方が変わっている。一瞬感じた動揺に気づかれないよう、リリーゼは生まれて初めて感情を表に出さない努力をするのであった。うまくいっているとはいいがたかったが。



誤字・脱字、ありましたら教えていただけると幸いです。

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