第四話 工房と職人①
「すると、親父さんの工房はもともとニーナさんのお祖父さんがはじめたものなのか」
「そうです。あ、あとわたしのことはニーナでいいです」
「じゃ、オレも呼び捨てにして」
イストは今ニーナと一緒に彼女の父親の工房である「ドワーフの穴倉」に向かっている。さきほどの飲食店でイストは魔道具に刻む術式、つまり魔法陣の理論設計をしていた。それを見たニーナは、彼が「エバン・リゲルト」の職人ではないかと思ったらしい。
「違うよ。オレは流れの職人だから、どこの工房にも属してはいない」
イストのその説明を彼女はあっさりと信じた。
「お祖父ちゃんのお師匠さんも、流れの魔道具職人だったらしいんです」
そのせいか、彼女にとって流れの魔道具職人と言うのは、世間一般が考えるよりもずっと身近な存在らしい。
さらに聞くところによれば、その師匠は魔道具の記録を付けるのに古代文字を用いており、当然ながら弟子にもこの現在は廃れてしまった言語を覚えるよう強要したという。
「その流れでウチの工房はいまだに古代文字を使っていて、わたしもお祖父ちゃんから習ったんです」
あんまり役に立ってはいないんですけどね~、とニーナは笑った。
そんな彼女の話に相槌をうちながら、イストは古代文字を用いる流れの魔道具職人について考えていた。
(もしかすると、アバサ・ロットかもしれない・・・・・)
というか、それ以外心当たりが無い。
ニーナの祖父がその人に弟子入りしたということらしいから、イストの師匠で先代であるオーヴァの若かりし頃か、あるいはその前の代の、つまり先々代のアバサ・ロットかもしれない。
(ま、確かめる術はないけれど・・・・)
ニーナの祖父はすでに他界しているらしい。もし仮に彼の師匠がアバサ・ロットだったとしても、それを家族に話しているとは思えない。かの魔道具職人に関する情報は軽々しく人に話すにはあまりにも危険で、そのことはアバサ・ロットの近くにいればいるほど良く分かる。
(直接の弟子だったんなら、師匠の名を使わなくたって自立していけるだろうし)
実際に自分で工房を開いて、それが今現在まで残っている。彼の人生はそれなりに順調だったのだろう。
「それよりもいいのか、オレが親父さんの工房にお邪魔しちゃって」
今イストがニーナに連れられてドワーフの穴倉に向かっているのは、イストが流れの職人だと知ったニーナが、
「それならうちの工房を使ってください」
と言ったからだ。
どうやら祖父とその師匠が、たびたびどこかの工房を借りて作品を作っていたという話を聞いていたらしい。
「大丈夫です。設備も整ってますし、お父さん、一人で持て余してますから」
そこまで言うと、ニーナはふいに俯いた。その表情は心なしか暗い。
「エバン・リゲルトができるまでは、お父さんの工房、結構評判良かったんです。それなのに・・・・・」
エバン・リゲルトができる前、「ドワーフの穴倉」では六人の職人が働いていた。創業者であるニーナの祖父はもう引退していたが、彼の息子であるガノスを中心に弟子たちが工房を守っていたのだ。
だが国営の魔道具工房である「エバン・リゲルト」ができたことで、ドワーフの穴倉の状況は悪化する。
「お祖父ちゃんのお弟子さんたち、みんなあっちに引き抜かれちゃって・・・・・」
魔道具職人の引き抜きは、日常茶飯事である。職人たちもまたそれを普通とし、より良い条件を提示する工房には多くの職人たちが集まってくる。そして当然のことながら各工房にはそれぞれの規則があり、職人たちはそれを遵守するよう求められる。
いやな言い方をするならば、この世界はそうやって黄金色の鎖を使い、魔道具職人たちを囲い込みまた管理しているのだ。
「『エバン・リゲルト』ができてパートームは大きくなったけど、ウチは細る一方です・・・・」
イストは肩をすくめるだけで、何も言わなかった。
彼に言わせるならば「ドワーフの穴倉」が零細に陥っているのは、ひとえにガノス・ミザリの腕が不足しているせいである。
魔道具職人の世界は冷徹なまでの実力主義だ。成果主義と言い換えてもいい。強力な、そして便利な魔道具を作ることができる職人のみが、高い評価と破格の待遇を得ることができるのである。
逆に言えばどこかの工房に属したりしなくても、秀逸な魔道具さえ作れればそれは高値で売ることができる。実際イストをはじめとする歴代のアバサ・ロットたちは、そうやって旅や開発の資金を得てきたのだから。もっとも魔道具を売るさいには「アバサ・ロット」の名を名乗ることは決してしないが。
ゆえにイスト・ヴァーレという魔道具職人はこう考える。
「工房が細る一方なのは、ガノスの腕が未熟だからだ」
とはいえこれは卓越した技術と知識をもっている彼の、アバサ・ロットのエゴだろう。独立都市ヴェンツブルグでの騒動をみれば分かるように、イストほどの腕を持つ職人というのは本当に稀少な存在で、誰もが彼のように優秀な魔道具を作ることができるわけではないのだから。
そもそも新しい魔道具を一から作ろうとすればそれなりの開発費がかかる。天然の宝石でも使おうとすれば、十~二十シク(金貨十~二十枚)かかることはザラだ。加えて開発には時間がかかり、その間の生活費も必要になる。職人が少なく一度経営が傾いた工房は、職人の腕如何にかかわらず、なかなか新魔道具の開発に手を出せないのが現実だ。
「あ、ここです」
少々くらい話をしている間に、どうやら「ドワーフの穴倉」についたらしい。一時期は創業者であるニーナの祖父を含めて七人が働いていただけのことはあり、工房はそれなりに大きく作りも重厚である。だが中から響いてくる音は小さく工房内が閑散としていることを示しており、それがそこはかとなく哀愁を感じさせる。
「お父さん、ただいま」
そういってニーナが工房の中に入っている。イストも、おじゃまします、と声をかけて中に入った。
工房の中を見回してみると、なるほど確かにニーナが言ったとおり設備は整っている。
(庵はもっとすごいけど・・・・・)
イストの言う「庵」とはアバサ・ロットの工房「狭間の庵」のことである。確かにあそこの設備はここよりも充実している。歴代のアバサ・ロットたちが、
「あると便利だから」
と言う理由で自作の機材を作っていった結果、原材料さえあれば一から魔道具製作が可能なほど設備は充実している。たった一人のためにあれだけの設備を用意したのだ。普通の工房からすれば開いた口がふさがらないであろう。
「でね、お父さん。冬の間、イストにここを使わせてあげたいんだけど、ダメかな」
イストが工房内を物色している間に、ニーナが説明を済ませたらしい。
「差し支えなければ、そうさせていただけるとありがたい」
イストも頼み込む。ただダメだった場合、「狭間の庵」を使えばいいと思っているせいか、どうにも真剣味に欠ける。
ガノスは娘を見た。彼女は何も言わなかったが、その目は言葉以上に切実な思いを伝えてくる。
「・・・・・・ここでよろしければ、いくらでも使ってください」
イストが礼をいい、ニーナは手を叩いて喜んだ。そんな娘の様子を見て、ガノスは己のふがいなさを思いため息をついた。